ランス ~another story~
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第3章 リーザス陥落
第89話 想定外の敗戦?
リーザス解放軍とヘルマン第3軍とのノースの街 近郊での戦いは終結した。
人数こそは、相手側が少数。それでも、戦場の熱の高さは今まで以上。そして強さも今まで以上。それ程の大規模な戦闘にも関わらず、犠牲者の数が少数で済んでいるのは、まさに奇跡だと言えるかもしれない。
――いや、奇跡ではない。
それらを頭の中で考えていた男、リックは 眼前をゆく男の姿を見て、奇跡を否定した。
《彼の強さがあってこその物》だと言う事を、改めて認識したのだ。だが、それは勿論、《強さ》と言うのは、腕っ節、剣の腕、等 戦闘力だけを指すのではない。
――真に強い男は、心までも強い。……心力。心技体全てを兼ね備えている。
彼は、まだ先程の戦闘。……否、決闘の傷が、疲労が抜けきっていないのだろう。まだ、足元が覚束無い様子であり、カスタムの女性達や彼を慕う女性達が傍で支え、治癒を施してくれている。
「……どれ程の経験を積めば、あの領域までいけると言うのだ。齢19にして、人類最強を超える、か」
考える彼の隣で呟くのは、異国の戦士、清十郎。
彼の強さも明らかに群を抜いている。何処の国にも属していない流浪の戦士と言う事を考えれば、それも十分凄すぎる、と言うべきものだろう。だが、決してそれに慢心する事なく、己を過信することもなく、常に上を目指している。だからこそ、強さに本当に貪欲なのだろう。
【自分自身を高め続ける事が好ましい=戦闘好き】
それが本音だと言う事。
「私も同感です。……私も将軍なれど、まだまだ若輩者。心技体、全てに置いて、まだ未熟だと自負しています。……目の前で、これほどの男を目の当たりにする事で、更に思います。――自分は幸福だ、とも同時に。だからこそ、軍務も大切ですが……、私は背中を追い続けます。現行人類最強の彼の前で」
「ふ……、そうだな。上には上がいると言う言葉。まさにその通りだ。強さの上に胡座をかく様な男ではない事も、好ましい」
前に尊敬できる男が、全ての強さをもちうる男がいたから、昇って行ける。
リーザス国 赤将リック・アディスンは、強く、改めてそう感じるのだった。そして、清十郎も同様に。
そんな時だ。
彼らの話を訊いていたのだろう。目の前の彼が――ユーリ・ローランドが足を止め、清十郎とリックの前にまで来ていた。
「オレの事を評価してくれているのは、光栄こと極まれり、と言いたい所だが、《人類最強》の称号? だけは認知出来ないな」
少々恥ずかしそうにしつつ、苦笑いをして、そう言っている。
そんな彼の隣では、神魔法をかけ続けてくれているセルとクルックーの姿があった。
「ゆ、ユーリさんっ! まだ、終わってません。歩く程度ならまだしも、そんな急に、それにあまり動き回るのはやめてください!」
「もう少しの辛抱ですから、動かないでくれると助かります」
2人の説教を喰らってしまって、頭を掻くユーリ。
人々を導く聖職者である2人の言葉は、ダイレクトに頭に入ってくる様で、軽く手を上げた。
「ああ、すまない。…本当にありがとな? 2人とも」
「いえ、私はこれくらいしか、出来ません。ですから、出来ることを全力でするだけなんです。……クルックー様より、学びました。引いては、ユーリさんの言葉なんですよ?」
「はい。私の教養は全てユーリの請け売りですので」
「―――……あ、ははは」
これ程までに、清々しく言葉を返されたのは、随分と久しぶりな気がする。感謝しているのに、感謝し返されることは多いが、問答無用で納得させられ、反論も出来ない。
確かに、クルックーに色々と話をしたり、勝手、とは思いつつも、自分の行動や気持ちを教えたりしている内に、しっかりと身に付けてしまっている。信じたことに一直線な所がクルックーにはあるのだろう。
だからこそ、それが少なからず、ユーリは怖かったのはまた、別の話。
――……彼女が―――この世界の根幹を知る事になるだろう事。
それは、頭の何処かでは判っていた気がしたから。
その時が来るまで、ユーリの中で その部分は飲み込むのだった。
「もう徐々オクの街ですが、まだ時間はかかります。疲労もあるでしょう。少しここで休息する事にします」
リックが、全軍に伝令を伝える。
少し、止めようとしたユーリだったが、『疲れている者も他にもいるだろう。……見守る事も、心労するんだぞ? ユーリ』と、清十郎に諭された。
確かにそれはよく判る。あの戦闘が終わって、暫くはセルやクルックーは勿論、カスタムのメンバーを中心にずっと傍につきっきりだった。
正直な所、何だか気が休まらない様な気もしたのだが、その辺は ユーリは空気を読んだ。
それだけ、心配をかけさせた、と言う事であり、甘んじて受け入れていたのだ。
そして、休息中。
「それで、認知しない、と言うのはなぜですか? ユーリ殿」
腰を下ろしたまま、リックはユーリにそう聞いた。
その隣には清十郎がいた。聞きたい事は同じだった様だ。
「トーマは、全力ではない……とは言わない。あの瞬間のトーマの《目》は、最初とは明らかに変わっていたからな。戦場を楽しむ、戦闘を楽しむ。全てを棄てて――」
ユーリは、そう言うと更に言う。
「あの時のトーマは、生きようとする意思が欠如していた。《何かを守ろうとする意思》と《生きようとする意思》。経験上、それを強く持った者が一番強い。まぁ 世の中には綺麗事では済まされない場面は多いが」
「……ああ。判らんでもないな。力が無くては話にならん場面もあるだろう。……戦う意思、動機は必要だ。苦手なジャンルではあるがな」
「いえ、清十郎殿は 我々を助けてくれています。ただ、戦争が、戦闘が好きなだけには到底見えません」
「……ふん。リックも人の事は言えんと思うがな。使命云々抜きでな」
気恥ずかしさが含まれる男同士の会話。
正直、ランスがいたら。
『需要のない事するな。ホモか、貴様らは』
と、盛大にツッコミを入れてくるだろう。ツッコミ、と言うより一蹴するだろう。だが生憎ランスはこの場にはいないから、そういった話にはならない。
女性陣達が、微笑ましくも、何処か呆れた様子で見守っている程度である。……遥か高みにいる強さを持つ男達の会話だ。戦士として、戦う者として少なからず興味があった様だった。
「それは兎も角、だ。……最初に話を戻せ。トーマと言う男は、この世界では最強と称されていたんだろう? その男を打破ったのはユーリだ。……確かに、年波と言うものはある、が。それを笑って超えそうな男だと思えたがな」
清十郎の珍しい場面を見れた、と思っていたようだが、話を訊いて、戻すことにした。
「直に接してみたら判るさ。―――あの男は」
ユーリは、思い出しながら、あの戦いの時に感じた事を、そして 知った事を話した。
――戦いが終結し、トーマ達 ヘルマン側と別れ時。
トーマの傷は思った以上に深いものだった。
単純な話、空間を挟んでの交差、そして ユーリ自身の1撃目を弾かれた後の2擊目、つまり 遠心力の強化。それだけでも、背筋が凍りそうな気分になるのだが、それに加えて トーマ自身の攻撃力が加味される。
最終的に、あの刹那で察知したトーマの恐るべき反応によって、回避しようとしたから半減した様だが、吸い寄せられる勢いと相余って、更に踏み込んでしまって、威力が増すのだ。
それが、トーマの命を結果として救ったのかもしれない。
が、ユーリに軍配が上がったのは、そこだけではなかった。
『はいはい。あんた達の大将にも渡しといて、これ』
ロゼがガイヤスに何かを手渡した。
それを見て、ガイヤスは目を丸くさせていた。
『こ、これは《極世色癌》!? まだ非売品である筈の薬が何故……?』
世の中に出回っていない世色癌シリーズの最高峰であるのが、ロゼが渡す《極世色癌》である。限定生産が数える程度されただけで、まだ世の中に回ってない筈だからこそ、驚愕していたようだ。
何故、ロゼがこんな物を持っているのか? と言うのは 今更である。
『ユーリが あんた達の大将にやんなさい、って。あ、私に感謝するんなら、形でどーぞ? いつでもどこでも、御寄付、お待ちしております。ヘルマン国にもじゃんじゃん求めます。あ~めん』
いつも通りに接しているロゼ。それは、ヘルマンの軍隊だろうが、変わりなく、先程まで戦っていた相手、だと言う事も関係ない。その辺は大した精神力、なのだ。
『……主も底が見えぬ、な。測ることの出来ない器の持ち主』
それは、トーマ自身にも見えている様だった。
『人類最強って言われてるアンタにそう褒められてもね~。女の子としては~、複雑な気分なのよ~??』
ロゼは、そうやって躱す。……が、そこはトーマ。年の功と言うより、数多の数の人間を見てきたからこその極地なのだろう。
『……芯の強き女子だ。故に周囲に人が集まるのだな。あの男、ユーリ同様に……』
フザけた風に対応をするロゼを見て、そう言うトーマ。
勿論、そんなトーマが相手でも、中々隙を見せないのはロゼだ。トーマの様な自分よりも遥か上を相手にした事は彼女も何度もあったから。
『なーんの事かしら? 私は、ただ楽しんでるだけよん♪ ま、流石に この戦場はしんどかったわー、何度死ぬかと思ったやら……』
ひらひら、と手を振るロゼ。
死ぬかと思った割には、全くと言っていい程傷が無い。衣服もまるで傷がなく……と言うより、ローブの下が下着と言う、戦場ではありえない姿、奇抜なファッションだから。
《身体に傷が無い=衣服も無事》 と言っていいのだ。
決して、その事をツッコム者などは誰ひとりとしておらず。
『――………感謝する』
トーマは、その後はただ、感謝の言葉を告げるのみで 何も言わなかった。ただただ、穏やかな目をしている事が、ロゼには判る。――色々と筒抜けだろう、と言う事も、何処か思える気がしていた。
『……ほんっと、アンタも色々規格外な男ね。噂に違わず』
『……なに、――半世紀程、生きてきた杵柄。ただ、齢を重ねただけに過ぎん。そして、これからは若い世代の時代だ。色々と、安泰……なのかもしれんな』
『なーに、一気に老け込んじゃってんのよ。まだ、する事、あんでしょ?』
ユーリに敗れたとはいえ、人類最強と名高いトーマ相手にここまで喋れる女子は、ハンティと言う例外を除けば、ロゼだけの様な気がする……と思うのは気のせいじゃないだろう。
『無論。――儂の手で、正さなければならん。あの男が儂の目を覚まさせてくれた。違える事はせん』
『ん。じゃあ、ちゃーんと、代金はそっちのおバカさんに付けとくわ。ちゃーんと、頭しばいて、ケツ叩いて払わせてよねー♪』
ロゼはそう言うと、離れていった。
その後ろ姿を眺めるトーマ。
『流れておる……な』
そう呟くトーマ。
時代の流れを――いま、トーマは感じていた。
場に流れる風。吹き抜ける風が、頬を撫でる。ゆっくりと、まるで小さな地鳴りの様に、微かに聞こえてくる大地の脈動。
――時代の流れに身に任せて、ただ真っ直ぐに進む。
それは、ハンティが言っていた言葉。彼女も、ユーリと出会って想う所があったのだろう、とトーマは感じていた。幾年月、生きてきたハンティに言わせる何かを、持っているのだという事は、ハンティの言葉を訊いて、よく判った。直に接して、更にによく判った
『――――ッ』
ゆっくりと、身体を動かそうとした時、トーマの身体に気怠さが生まれる。僅かに目眩もし、咳き込む。
ガイヤスやサレ、仲間達には気づかれてない様だったが……。
『やはり、な』
『………』
ロゼが帰った代わりに来ていたのはユーリだった。彼には気づかれてしまった。
いや、薄々は気づいていた。戦っていたからこそ、間近でトーマと接していたからこそ。戦いこそが至高のコミュニケーション、と称する程だからこそ、気づいた様だ。
トーマの身体の事を――。
『戦闘中も、所々だが、確かに何処か動きがおかしかった。……病持ち、だったか。トーマ』
『………黙しても、無駄な様だな』
トーマは観念した様に、ゆっくりと首を横に振った。
それを見て、間違いないと言う事を悟るユーリ。
『……全力、本調子のトーマと戦いたかった、と言う不満は残るがな』
『儂は、ユーリ。主と同じ時代に生まれたかった。主と肩を並べ、研鑽を積みたかった、と思う』
軽く嘲笑し合う2人。
ハンティの時同様に、戦いの中で芽生えた縁……絆が彼らの中で出来つつある様だった。
そして、トーマの身体について、それとなく聞いたユーリはため息を吐いた。
『……そんな状態で、あれだけ戦える、と言うのか。……全盛期を考えたら、末恐ろしく感じるよ。やはり、まだまだ、だな』
この手に残る痺れ。
弾かれた時に、身体の髄にまで響いたトーマの一撃を思い出しながら、ユーリは呟いた。
トーマの病魔は、身体の中を。……肺を蝕み、更に他の臓器にも影響を及ぼしているらしい。《労血咳》と呼ばれる病気であり、《ゲンフルエンザ》や《緑化病》に並んで、不死とされる病だった。時には血を吐きながら咳き込み、代謝機能が少なからずおかしくなり、手足の末端に痺れ、鈍い痛みも時折起こりうる。
一瞬の反応の遅れが、判断の不足、遅れが致命的だと言える戦場で。……戦いに身を置く者であれば、最悪の病の1つだと言えるだろう。
『病魔を理由に言い訳はせん。儂の負けは負けだ。……例え、全盛期であっても判らんものだ。――それに、戦いの最中では、病の影響なぞ気合でねじ伏せておるわ』
トーマはそう言って笑っていた。
本当に病魔等、吹き飛ばしかねない程の笑顔、それはそれは清々しいものだった。
だが、それでも死は着実と近づいてくる。病によって、身体そのものの免疫力も低下する一方である為だ。
『……………』
『同情は、してくれるな。儂は数多の兵士達を。……友を看取ってきた。それがそろそろ儂の番が迫ってきた、ただ、それだけの事だ。それに』
トーマは、ユーリの目を見据えてはっきりと言った。
『主は、……ユーリは、目を覚ましてくれた。まだ、死ぬ訳にはいかん。……死に、逃げる訳にはいかんからな』
『ああ。……侮辱だったな。トーマなら大丈夫か』
この男であれば、人類史上初の男。――不治の病をも克服した男になるかもしれない。そして、初の女は、ミリで決定事項だ。
ユーリはそう思えた。
『リーザス城を目指すか』
『ああ、勿論だ』
『ならば、また――会うだろう』
『……そうだな』
『その時は、この借りを、全て纏めて返させてもらおう』
トーマはそう言うと、ロゼから貰った極世色癌も出して、そう言っていた。ユーリはそれを見ると、軽く笑う。
『ああ。――期待している。また、また会おう。トーマ』
『そうだな。ユーリ』
そして、一行は、トーマ達の部隊と別れ、ノースの街に足を踏み入れた。
~ノースの街~
入る直前までは、それなりに警戒をしていたのだが、ヘルマン軍の気配は少しもない。トーマがあれだけの少数だけで迎え撃った、と言う事が間違いない事がよく判る。
――己の命を捨てる覚悟があったのだろう。あの場に揃った全員には。
「……ユーリ殿が、一騎打ちを申し立てなければ、どれだけの犠牲者が出ていたか、想像がつきませんね」
リックはそう呟く。
それに同意する様に志津香も呟いた。
「誰ひとり、避かなかったから……。魔法が当たっても、マリアのチューリップが当たっても……」
「人間じゃない、思ったしね……。砲弾、落とされちゃった時は」
マリアも、同調した様子で、苦笑いをしていた。
本当に良かったのだと言えるが……だが、そこまで手放しでは喜べない。
「……ゆぅ」
「ん?」
志津香は、ユーリに近づき、耳打ちをした。
「私達は、仲間なんだから。……例え、理由があっても、もう……あまり、無茶しないで」
消えゆきそうな程の小さな声。
確かに、回りに聞こえ無いように、小声で話したから、といえばそうだが、何よりも、志津香は、ホッホ峽でのユーリの姿を見ている。その上に、トーマと言う規格外の人間と一騎打ちをする、と言う場面にもなれば、不安で押しつぶされそうになっても無理はない。
また、倒れてしまった時、安心したのと同時に、あの時のことが過ぎって不安だったから。
――男勝りな部分がある志津香だけれど、彼女も、女の子なのだから。
「……失礼な事、考えてない?」
そういった後、ユーリを睨む志津香だったが……。
「? オレはなんにも言ってないぞ」
「……ふんっ」
ぷいっ、と顔を背ける志津香だった。
少々とばっちりを受けてしまったユーリだが、直ぐに笑顔になると、そっぽ向いている志津香の頭を軽く撫でた。帽子をとっている状態だった。街についたし それなりに埃も付着していたから。
「んっ……!」
「確かに、悪かったな。また、心配を掛けて。信頼してない訳じゃないさ。……が、あの場面では ああするしか無かった。……まだ、失う訳にはいかないからな。あれ程の豪傑を」
ユーリは、また軽く笑う志津香の頭を二度程、軽く叩いて答えた。
「……心配はもう掛けない、と言う約束は、すまないが出来ない。……何が起こるか判らない戦闘中は特にだ。ただ、最善のことをする。それだけは保証するよ。……そして、こうやって話せる時には話す様にするよ」
「そう……」
志津香は、少々訝しんだが、それでも笑顔を見せる。
「約束、よ」
「ああ。判った」
話をしている間に、かなみが帰ってきた。
「ユーリさん。あっ、その………えと………」
丁度、志津香とユーリの距離が少なからず近かったから……思わず言葉が出なかった様だが、志津香は慌てて離れた。
「ど、どうだった? かなみ」
それで、慌ててかなみに訊く志津香。
少々苦笑いをしているユーリの足先をしっかりと踏みながら…………。
少々一悶着があって、ユーリの足の痛みもあって……、それが薄れた頃に、かなみから皆へ説明が入った。
「あ、はい。この都市の中には、ヘルマン軍は誰もいませんでした。駐屯していた拠点の様な場所も発見しましたが、無人で、書類の類もありませんでした。ただ、【迎え撃つ】と言う言葉が記されているだけで」
かなみの言葉を訊いて、トーマが嘘を言っていない事が改めて判る。
信じてなかった訳ではないが、最悪の事を想定しないとならないのは当然だ。そのせいで、窮地に立たされてしまえば元も子もないから。
「大多数を、サウスに向けたか……、或いはリーザスへと戻したのか、それは判りませんでしたが……」
「いや、十分だ。ありがとな、かなみ。疲れてる所を」
ユーリは笑ってそう言い、かなみは 慌てて頭を下げた。
「いえっ、大丈夫ですっ ユーリさん! 私も、(いろいろと……)頑張らないと……、ですから!」
ぐっ、と拳を握り締めるかなみを見て、ユーリは微笑み、志津香は意味深に笑っていた。
それは、他のメンバーも同様である。
「じゃあ、少しノースで休むか? リック」
「ええ、そうですね。幸いな事に施設は無事、店も営業をしている様です。協力要請をしましょう」
そして、一行は少々の休息をした後、オクへと帰る事にした。
……その数時間後、ある事が起こる。
「リック将軍、ユーリっ」
メナドが小走りで、駆け寄ってきたのだ。
休息はしているが、それなりに警戒をしていた所にメナドが来て、少々力が入るのだが、杞憂だと悟る。
「青の軍の皆が、北のバレオ山脈付近から、から戻ってきました!」
「そうですか」
「ん。判った。話を訊こう」
メナドの伝令の数分後に、名の通り、青のリーザスの鎧を纏った部隊が数十名規模で現れた。……一応、洗脳の類がないかどうかを確認した後、問題ない事が判った。
「リーザス解放軍の皆さん。リック将軍。ご活躍は聞き及んでおります。青の軍より、伝令に馳せ参じました」
恐らくは、中隊長であろう男が前に出てやってきた。
「お疲れ様です。……バレオ山脈の方はもう大丈夫ですか?」
リックがそう聞くと、敬礼した後 答えた。
「は……。北部に進駐してきたヘルマン軍と交戦し、同時に山脈越えの警戒に従事していました。完全に問題ない、と言えばまだ不明な点も多く不確定要素が大きいですが、一先ず手は空いたので、参上した次第であります」
「コルドバ殿は無事ですか」
「はっ。北方のヘルマン軍が手薄になったこともあり、将軍達と合流する余裕が出来ました。ご無事です」
その言葉を訊いて、安堵するユーリ。
「そうか。北方の国境付近とノース。この2つを警戒する事は、青の軍の勢力だけで足りるか?」
「はっ。現時点でも大分手が空いております。伝令手段も整っており、二段構えの体勢。不確定要素が多いのも確かですが、青の軍の名にかけて、これ以上の暴挙は許しません」
「……そうか。安心したよ」
ユーリはそう言うとリックを見た。リックは何を言おうとしたのか判った様で、軽く頷くと。
「なら、コルドバ殿を中心とし、北方の警戒とここ、ノースを頼めないでしょうか。我々は部隊を2つに分け、ノースは解放出来ましたが、サウスの様子が解っていないので、兵士達を何部隊か駐屯させ、一度、オクにまで戻ろうとしていたので」
「問題ありません。ただ――コルドバ将軍が、リック殿や、この解放軍のリーダー、ユーリ殿と顔合わせを願っていたのですが……」
それを訊いて、軽く苦笑いをするのはユーリだ。
「はは……、リーダーはランスなんだがな?」
「もう、ユーリさんがリーダーでいいじゃない? あ、勿論ランスが来たら、色々と揉めそうだから 言わない方が良いと思うけど」
「ってか、マリアが元々のリーダーだろ? 残って挨拶に行くか?」
「私がいなくなっちゃったら、チューリップ部隊が大変でしょー!」
確かに、チューリップ部隊もそうだし、兵器のメンテナンス、……チューリップ3号についての最大の技術者はマリアであり、それを除けば、カスミしかいなくなる。カスミも、トーマの一撃でそれなりに打撃を被っているから、あまり無茶はさせられないから、マリアを残すのは、戦力的に考えたら相当な痛手になるのだ。
「だな。……リーダーの件は、正直容認し兼ねるが、それは兎も角」
ユーリはそう言うと、青の軍の兵士に向かって伝えた。
「――行き着く先は皆同じだ。……コルドバ将軍には、こう伝えてくれ。『リーザスで会おう』とな」
「っ……! 承知致しました!」
ユーリの言葉を訊いて、軽く震えた後に 直立不動で敬礼をする。
もう、リーザスに入るのは当然。と言わんばかりだったから、歓喜に震えた様だ。それだけの説得力がユーリの言葉にはあったから。
そして、その後はトーマの部隊との一戦について、詳しく話をした。
リックやメナドは勿論、清十郎やほかのメンバーも。数多くの証人がいる。
――もう、トーマの部隊を必要以上に警戒する必要はない。
とだ。
少なくとも、トーマ本人は 大丈夫だろう。一騎打ちで敗れた上に、恥を上乗せする様な真似をする男ではないのは判る。そして、トーマを信頼し、共に逝く覚悟を決めていたのが、恐らくはあの少数部隊。故に、彼らもトーマと同じく 今回に関しては信頼しても良いだろう、と思える。
その全てを、ユーリは青の軍に伝えた。所々、リック達を交えて。
トーマを打破った事実には、驚きを隠せられない様子だった。そして、ヘルマンと言う敵国と完全認識している青の軍を信用させるのは骨が折れる、かと思えたのだが 予想以上に早かった。……トーマを打破った事実もそうだが、リックやメナドと言った軍のトップ証言だったから、と言う面も大きいだろう。
それを見ていたメンバーの大多数は、染み染みと思った。
『ランスより、ユーリ!!!!!!!』
とだ。
でも、なんじゃかんじゃで、ランスの実力は認めているし、その指揮力もむちゃくちゃではあるものの、理にかなっている部分が多く、戦果を残しているから。表立って強く抗議をしたりはしない。
認めたくない様子だが、ランスを慕っている面子も、多いと言う理由だってあるし(……文面上では少なく感じるかもだけど……)、最大の理由が、なぜだか、ユーリがランスの事をやはり、それなりには信頼しているから。
ランスの攻撃力は未知数。妙に頭が働く場面もあるから、反則技を使わせたら、紛れもなくトップクラスに入ってくる。
――それだけに、この後、驚愕する事になるとは、この時は誰も思っていなかったのだった。
その後は、青の軍に任せ、一旦 オクの街へと戻って行くのだった。
場面はオクの街 近郊に戻る。
「と言う訳だ。……病があり、齢も重ねている。寄る年波を笑って超えそうな男ではあるが、トーマに実力で勝利した、とは正直思えないし、オレとしては 思いたくない。慢心に繋がる可能性が高いからな」
ユーリは今まであった事を、トーマについての事を、清十郎とリックに告げた。
それを訊いて、リックは 否定をしようと思ったのだが、以前、この戦争が始まる前日の事を思い出していた。
鍛錬をしていて、コルドバ将軍が、キンケード副将が、そしてバレス総大将が来て、共に鍛錬をした時の事。リック自身がその最中、バレスに言われかけた言葉。それが今リック自身が思った事と同じだと、理解したのだ。
そして、何故口を噤んだ理由も。
「ユーリ殿が己に過信し、そして慢心をする、とは到底思えませんが、その気持ちを汲みましょう。私自身の戒めとして、刻みます」
「そんな大それた事じゃないんだがな……」
そして、清十郎も言った。
「気の持ち様は、確かに大事だ。過信、慢心は決して持たない。以前までのオレは、オレには そう思っていても、何処か隙があっただろう。……それがなくなったのは、紛れもなくお前らがいたからだな」
口元に軽く手を当て、笑う清十郎。よき男達の友情、と言えるが、本当にランスがここにいなくて良かった、と思うのは作者だけだろうか?
っと、話がそれかけたので、修正する。
「漸くここまで来た。あと少し、だ」
「ええ。……勿論です」
「一山越えたが、一難去って、更に一難が常だ。……次が総本山ともなれば尚更。何が起こるかわからん」
3人は、まだこれからも続く厳しい戦いを見据え、再び気を引き締めなおすのだった。
そして、3人から少々離れた場所にて、休息を取っていた女性陣はと言うと。
「あっら~、禁断の世界に行っちゃいそうな空気ねー? だいじょーぶ? 志津香。ちゃんと、ゆーを引き止めとかないでさ?」
軽口を叩きつつ、皆に《良薬ヒロク》を出世払いで渡していくロゼ。
クルックーやセルの神魔法と併用して、かなりの効果を上げている。……そんな事をしてくれるから、本気で怒れたりはしないだろう。と予想していたのだが、そこは 言われた相手。志津香だから、また別の話。
「ロゼっっ!! なに馬鹿なこと言ってんのよ!」
フンガー! と烈火の如き憤怒を見せちゃう志津香もいつも通り。ちゃんと調子が戻ってきた、と言うべきだ。
「まーまー、志津香。怒んないでって。志津香だって、疲れてるでしょ?」
あはは、と笑いつつ 隠していたおやつを頬張るマリア。
戦闘が終わったばかり、と言っていいのに、こうやって笑える事が本当に嬉しい。だからこそ、その笑顔は何処か晴れやかだった。
何より、犠牲者が少なかった事が。敵味方問わず、少なかった事が、よかった。
「でもでもー、トマトも容認できないですかねー。ユーリさんをそっちには行かせないですよー!!」
ちゃっかりと参戦しようとしているトマト。
何度も志津香に良い所持って行かれてる感がしているから、奮起を、ここから挽回を目指して一念発起である。っと言っても、普段とほとんど変わってないが……。
「ま、いつもと変わらない空気、ってのが良いよな。まさにロゼさまさまだ」
「………」
「つー訳だ。かなみよぉ。マジで心配すんじゃねーぞ?」
「っっ!? な、なんのことですかっ!?」
丁度、ミリの傍で携帯飲料水を、女性にはあるまじき、忍者にはあるまじき音をだし。……盛大に音を立てながら飲みしだいているかなみがココに。 メナドと先程まで一緒だったのだが、彼女は副将として軍のメンバーの様子を見に行っているから、生憎不在だった。いたら、相乗効果が起こりそうな気がするのだが、それはまた今度? である。
「いやー、ロゼと一緒に、ってのが楽しそーだと思ったんだが、外から見てる方も楽しいんだったんだよな? これが」
「っ~~」
「んで、かなみが、さっきから貧乏ゆすりしたり、はしたない音を立てたりしててな~。見ていられなくなっちゃったんだよ、これが」
「ぅ……、そ、そんな事無いですっ! 私、そんな事考えてないですっ!! 次のリーザスの事が心配だっただけですーーーっ!!」
かなみは、言いたい事を言い終えると、反論を待たず、忍者速度で退避していた。
ミリとロゼには、色々と見抜かれてしまいそうだったから。
「ははっ、マジで可愛いな」
「えっへへ~、ウブ、ってヤツだねー?」
「まぁ、そうだな。ミルは、《マセ》って言うんだぜ?」
「ぶ~~、わたし リッパなれでぃだもーんっ!」
身体をくねくね~、とさしつつ、反論するのは、ミリの隣で休んでいたミルである。
意中の相手であるランスが、その姿を見たら、《酔っ払って阿波踊りをしてる姿》程度にしか思われないだろうな、とミリ自身も感じたが、言わぬが花。
「もー ちょいだ。楽しみは先にとっとけって。良い女になる為の期間だよ」
「ぶー。でも、そーなったら ランスもメロメロかなぁ?」
「んー、あいつが、メロメロかどーかは 置いといて、さっさとヤレる様にはなるだろうな。ランスだし」
「んんっ、それちょっと複雑ー。ちゃーんとメロメロになってほしいなぁ」
ミルは、頬を膨らませるが、間違いなさそうなので 否定はしなかった。
そんな様子を見たミリは、ミルの頭を軽く撫でた後、にやりと笑って答える。
「まっ、アイツを振り向かせたり、アイツを押し倒す~まで行く難易度に比べたら、可愛いもんだぜ?」
笑いながら答えながら、まだ楽しそうに言い合っている志津香達の方を見た。
クルックーは、せっせと神魔法を使っているが、それとなく聞き耳をたてているのは間違いないだろう。ポーカーフェイスだから、完璧に見極める事は出来ないが。
更に トマトやラン、いつの間にか、ここから逃げたかなみまで傍にいる様だ。
そして、まだまだ何人もいる。真知子や優希などなど、挙げだしたらキリがない。
それでも、あれだけのアプローチ+志津香達の様子を見ても反応してない? と思えるアイツ相手なら、難易度が遥かに高いのはよく判るものだ。
下手すると、魔物界を横断する方が簡単なんじゃないか? と思える程。
「あははは。そーかも! それ、訊いたら ちょっぴり自信アップ!」
「そーだそーだ。ミルはオレの妹だ。時間が経ちゃ出来る様になる」
ニヤニヤと笑う姿は、本当に姉妹、似ている。
アイツ、と呼んでいるのは、誰なのか…… もはや言うまでもない事ではあるが、ユーリである。
――休憩が終わる寸前、悪寒が走ってくしゃみをしていたのだった。
~オクの街~
一行は、オクの街へと到着し、ランス達の帰りを待つ事にしたのだが……、ほとんど同時に、ランス達も帰還していた。
――予想外の事実を引っさげて……。
「うがあああああーーーーっ!! ゆぅぅりぃぃぃぃぃぃ!!!!」
怒髪天な様子で声を荒げるのは、当然ながら ランスである。
名前で呼ぶのは、結構久しぶりな気がする為、あまり穏やかではないのは判った。何より、ランス以外のメンバーがかなり疲弊している姿を見ると尚更だ。
「やかましい。ちっとは落ち着けバカ」
突撃しかねないランスを抑えつつ、事の顛末をシィルに聞く事にしたのだが……、認めたくはないものの、大体は把握していた。
数では負けていない程までに、集中させていた。そして、ランスは勿論、他のメンバーも相応に手練。
だと言うのに……、まさに想定外の事態。
―――……サウス奪還に失敗した、敗戦しただろうと言う事。
それしか、ユーリの頭の中には思えなかったのだった。
~《出すのが遅れた》人物紹介~
□ コルドバ・バーン
Lv30/44
技能 剣戦闘Lv1 鎚Lv1 統率Lv1 ガードLv1
リーザス第2軍、青の将軍。
通称《リーザスの青い壁》との異名を誇り、その名のとおり、防衛戦においては秀でた能力を発揮する巨漢の騎士。だが、今回ばかりは相手が悪かった、と言う他はないだろう。
魔人の使徒達の洗脳を受けていたのだが、アイゼルが、トパーズ達を招集、現在ある事を確認するため、空けていた所を自力で復活。部下達想いの彼は『愛ある一撃』を見舞い、次々と正気を取り戻させた? とか。
文面から判るとおり、大分豪快な風貌と体格、性格なのである。
解放軍の事を訊いて、リック達は勿論、ユーリやランスとも会ってみたい、と強く願っている模様。
~《出すのが遅れた》技紹介~
□ 犠血 螺旋牙
血の刃を文字通り螺旋状に伸ばし、周囲をなぎ払う広範囲技。
通常の?槍状の《犠血》とは違い、螺旋状に伸びた血の所々に刃が存在し、それが《牙》の様に見える事から、そう呼ばれている。
………血なので、やっぱり無駄遣いをすると、貧血になっちゃうので要注意。
本人は問題なさそうだが……
~《出すのが遅れた》魔法紹介~
□ デビルビームΩ
幾つもの、闇より這い出し暗黒の波動。
通常のデビルビームより数と威力がかなり多い。魔力を上げればあげる程、追従していく為、ダメージに上限が無いのが最大の特徴であるが、それは悪魔であるフェリスだからこその使用法である。
闇属性:上位魔法に分類(但し、同じ上位魔法のデビルビームと比べたら雲泥の差)
~その他~
□ 労血咳(半オリ)
症状の内容は、本文での紹介の通り。
ミリが背負っているゲンフルエンザ同様の死病であり、不治の病の1つ。通常であれば、この病気を抱えたまま、戦場に出る事等、言語道断だと言えるが、病気について知っている者は、トーマの友達であるハンティにも伝えていない為、実際に知っている、と判明しているのは、ユーリだけだった。
元ネタ、名前は現実世界『労咳、結核』より、抜擢
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