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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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クリスマス 怪老人編 ~小さいおじさんシリーズ5


 久々に、クリスマスにケーキを買って帰る。

 コツコツと錆びた階段を昇る。人気のない古いアパートの一棟に、俺の足音が響く。口から洩れる息が白い。残業があったから日付を跨いでしまったが、彼らはどうなのか、起きているのだろうか…。
 廊下側の磨りガラスをのぞき込むと、奥のほうにぼんやりと明かりが灯っているのが見える。…起きている。

 カギを開け、大きく息をつく。…豪勢と、端正が僅かに顔をあげる。白頭巾の姿が見えない。
「…おい貴様、起きんか」
豪勢が声をかけると、俺の炬燵の端っこがもぞりと動いた。…あの野郎、我が物顔だな。



「結局、クリスマスとは一体、何なのでしょうかね…」
俺が買ってきたクリスマス仕様のショートケーキを、3人の小さいおじさんがへらですくっている。フライドチキンも傍らに置いてある。奴らの無言の圧力が半端ないので、この間一番小さいクリスマスツリーも買った。奴らは俺がいない間の灯り代わりに使っているらしい。
「クリスマスツリー、クリスマスケーキ、フライドチキン…クリスマス3種の神器を揃えてみたというのに、パーティーパーティーした気分にはならないものですな。これは私がキリスト教徒ではないからでしょうか…」
そもそも私は油っこいものが苦手なのです…とかぶつぶつ零しながら、白頭巾がフライドチキンには目もくれず、ケンタッキービスケットを薄く割る。
「面子の問題だろうが、たわけが。野郎3人で酒もなし、どう盛り上がれというのだ」
豪勢が喚くが、こいつが一番旺盛な食欲を示している。
「あぁ、つまらんわ。おい貴様、二喬を呼ばんか」
端正が、豪勢をぎろりと睨み付ける。
「まとめるな。そもそも、我が嫁のみならず呉国王妃を酒の肴に呼べとか、貴様正気か?赤壁の続きがしたいのか?」
「冗談じゃ。あぁつまらん。野郎だらけってことを差っ引いてもつまらん面子だ、冗談も云えん!」
「だったら卿のお気に入りの脳筋武将どもを呼んで好きなだけ盛り上がるがよい。俺は食うものを食ったら帰る」
「たわけが。あいつら呼んだら食うものなど残らんし、酒がなければ暴れるわい」
「酒が入ったらもっと暴れるだろう、あ奴らは。前言撤回だ、呼ぶな。絶対だ」
二人が言い合っている間、白頭巾はスマホの上に寝そべるようにして何事かを調べていた。
「……なるほど、なるほど」
白頭巾がスマホの中心あたりを叩くと、山下達郎の『クリスマス・イブ』が流れ始めた。…場が、静まり返る。
「卿…なんだこの、頭悪い詩吟みたいなものは」
「クリスマス・ソングというものらしいですよ。これを歌ってクリスマスは盛り上がる…そういう、ものらしいです」
嘘だ。この歌で盛り上がるような嫌なパーティー聞いたことない。呆然としていた豪勢が、ぶんぶんと首を振る。
「…いやしかし!この男、振られているぞ!?本当にこんなのを歌って盛り上がるのか?」
「お待ちなさい。振られたと断言するのは早計。『きっと』君は来ない、と云っているではないですか」
白頭巾が羽扇を口元に充てた。…どうやって他の二人を虚仮にしてやろうかと考えてるときの仕草だ。最近、読めてきた。
「雨が夜更け過ぎに、雪へと変わった辺りで彼女が現れないと、誰が云い切れましょう」
「馬鹿者が。真の論点はそこではない!」
端正が鼻をふんと鳴らす。そしていつものように、コピー用紙を壁に貼り付け、即席のホワイトボードを作る。そして

・雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう

・街角にはクリスマス・ツリー 銀色のきらめき

とか書きだした。…うわ、また白頭巾の思うつぼに物事が動き始めたよ…。

「この歌詞から想像される状況はだ。この男は街角…即ち屋外で女を待っているのだ」
端正の声は、いくばくかの義憤を含んでいる気がする。
「夜更け過ぎには雪へと変わりそうな、冷たい雨の中で、夜更け近くまで!」
バン!とホワイトボードに拳を叩きつけ、端正は続けた。
「雨降ってるんだぞ!?行かないにしても遅れるにしても、常識で考えたら連絡はしないか!?スケジュール的に微妙だというなら、長居しても差し支えない屋内で待ち合わせるとか!!この男、確実に翌日熱出して寝込むことになるぞ、待つほうも待たれるほうも迂闊にも程があろう!!」
髪を振り乱し、拳を振り上げながら力説する端正。…本当にこいつ、そういう、きちんとしてないのが嫌いだよな…
「なに、こ奴は自業自得よ。大の男が女如きに約束をすっぽかされてなにをぼんやり突っ立っておるのだ」
豪勢が舌打ち交じりに呟く。
「余なら5分待って来ない時点で実家を焼き打ち、そして余の女になるか死かの2択を迫るわ。余と約束を交わしたものは、遅くとも30分前に来い!」
な、なんちゅう恐ろしい2択だ。
「時代も、国すらも違うのです。…価値観とは、移ろうものなのでしょう…そして私たちは、そのただ中に放り出された」
羽扇の影になって、奴の顔は見えない。
「そして彼らがクリスマスに、この歌で盛り上がるという事実。貴方がたには訳が分からないかもしれませぬが」
何を言い始めたんだこいつは。
「このキリストと何の繋がりがあるのか全く分からぬ電球で光る木と、どれだけ違いがありましょう…」
お前…クリスマス黙殺予定だった俺に余計な支度させておいてなんだその言いぐさは…
「さあ、歌ってみましょうか。この異様な盛り上がりの謎が掴めるかもしれませんよ」
「いやしかし」
「試すこともなく批判をするのですか。貴方らしくもない。クリスマスという行事に一番興味を示していたのは、貴方ではないですか」
「ぐぬ…」
端正と豪勢は何か言いたげにしていたが、白頭巾が再びスマホに触り、クリスマス・イブが流れ始めると、意を決したように歌い始めた。


「…雨は夜更けすーぎーに、雪へと変わるーだーろう、サイレーンナーイ、ホーリーナーイ…」


クリスマスツリーを囲んで座る古代中国の偉いおっさんたちがぼそぼそ歌う『クリスマス・イブ』…何だこれは。何なんだ今年のクリスマスは。…俺は、悪い夢でも見ているのか。
「――おい、これやっぱり全然盛り上がらんぞ。…卿、何を震えている」
羽扇をかざして俯く白頭巾の両肩が震えている。ふと覗き込んだ端正の顔が、みるみる強張っていく。
「こ…こいつ!謀ったな!!おい、こいつ大爆笑だぞ!!」
「おっ…おふっ……」
もう笑い過ぎて声にならなくなっている。……本っ当、こいつは。こいつだけは。こりゃ豪勢激怒か、と思われたが、彼は鷹揚に居住まいを正して立ち上がると、腰をぷりぷり振りながら尚も高らかに歌いだした。
「まだ消えのこ~る~、きみへのおも~い~」
「あふっ…うぐっ……く、くくくく…や、やめっ……」
もう息できなくなって体をくの字にして、どうと崩れ落ちる白頭巾。豪勢はどさりと腰をおろし、脇息にもたれた。
「慣れぬ大爆笑で笑い死ね、たわけが」
―――なるほど、大物である。



「…クリスマスについて調べると散見される『サンタクロース』とかいう人物が、浮かれる者と浮かれないものの端境になっている気がするな」
端正が、鋭いことを言う。白頭巾はまだ痙攣中だ。…自業自得だが。
「どうもこの世界の人間は、幼いころから『クリスマスの夜、サンタクロースという赤い服の爺さんが、いい子にだけ枕元にプレゼントを置いていってくれる』と刷り込まれ続けるそうだ。宗教ほぼ関係なく」
「なるほど、永い刷り込みによる条件反射でキリスト信者でもないのに浮かれポンチな気分になってしまうと」
ようやく大爆笑から復活した白頭巾が口を挟む。
「卿は…。そろそろ言い方を選ぶということを覚えよ」
「あれも謎の多い存在ですなぁ。一夜のうちに、何処にでも在り、どこの家にも入り込み、物を置いて去っていく…」
「……ん?」
それまで関心なさそうに脇息にもたれるばかりだった豪勢が、がばと身を起こした。
「貴様、それは真か」
「む?どうしました、そんなに青ざめて」
白頭巾が、羽扇をそっと口元に充てる。この性悪先読み白頭巾をもってしても、予想外の反応だったらしい。端正も、そっと辺りを見回して眉を顰める。
「卿も、思ったか」
「何をです」
白頭巾の声に若干イラつきが混じり始めた。奴は『自分だけが知らない』状況を、病的に嫌う。
「子供たちに配るおもちゃは、魔法のように溢れ出したわけではあるまい」
豪勢は、確かめるように端正に話を振る。
「この世にはクリスマス商戦という言葉がある。クリスマスの時期、市場からおもちゃが減るらしい」
「やはり…奴か」
「おう、奴かと」
「ほほう、貴方たちがこの怪人物の正体に心当たりがある、と」
平静を装い、白頭巾がゆっくりと羽扇を動かす。…何だ、こいつ意外と分かりやすいな。
「左慈……だな」
「左慈と!?」
白頭巾が固まった。今必死に脳内データバンクをさらっているようだ。
「貴様は知るまい。あの老怪は不思議と、蜀には出なかった」
左慈を知らない白頭巾を揶揄うでもなく、豪勢は油断なく辺りを見渡した。
「物の怪の類ですか」
「あれが物の怪でなければ、何が物の怪だというのか…」

端正が何かを思い出したように肩を震わせる。
「なんと、呉にも出たのですか」
「呉にとって『道士』は鬼門なのだ。うちの小覇王は2度、道士に化かされ、最後には呪い殺されている」
「于吉道士の件ですな…孫策殿も…なぁ…」
「うむ。…卿に同意するのも業腹ではあるが、あの気性では…。長生きはしない、とは思っていたが」
二人とも、どうにも歯切れが悪い。うろ覚えだが、孫策って赤壁始まるよりずっと前に、罪のない道士を処刑して呪い殺されていたような。
「なんと、孫策も奴に化かされていたのか!」
豪勢が呻く。
「あいつの迷信、道士嫌いは異常だった。だから超常の力を売りにする仙人道士の類は片っ端から狩っていたのだ。左慈もその対象だったが…」
端正が、肩をすくめる。
「奴は于吉の比にはならない使い手でな。散々揶揄われた上に逃げられた。その経験が奴の道士嫌いに拍車をかけたのかもな。…呪いなど本気で信じているわけではないが、于吉道士の信者には恨みを買ったことだろう」
「はぁ…」
ため息交じりに、しかしどこか懐かしむように端正の述懐は続く。
「直接ではないにせよ、奴の死の一因くらいにはなっているかな、確実に。本当に…気が短いというか軽率というか」
「彼といい貴方といい、呉の土壌にはカルシウムが足りていないのでしょうねぇ…」
刀に手をかけた端正を押し戻し、白頭巾を睨み付ける。
「争っている場合か!…見ろ、12時を過ぎたぞ。どうだ、タイミング的には」
「クリスマス・イブからクリスマスになったわけだな。いかにも出そうなタイミングだ。…おい、なにか聞こえないか」
三人が一斉に押し黙る。俺も耳をすます。…気のせいか、しゃわしゃわと布がひしめき合うような音が聞こえる。これは、一体どこから…
「安い布がこすれあう音だ。…俺の耳に間違いはない」
「そちらです、その扉方向から…!」
白頭巾が羽扇で押入れの方向を示した。襖が小刻みに震えている。これは…まさか。
「教えてくれ、左慈は一体、卿の国では何をしたのだ」
「ぐぬ……」
全員が注視する中、豪勢は渋々口を開いた。
「手に入るはずのない魚や生姜をいとも簡単に出してみせた。それだけならば良かったが…そのうち悪戯の度合いが増し、大量の兵糧を、勝手に兵に振る舞い始めた。見せしめに処刑したのだが」
『処刑』にかぶせるように、襖がバスン、と大きな音を立てて外れた。同時に押入れの暗がりから大勢の青い服を着た老人がなだれ込んで来た。
「きっ…」
「来たぞ――――!!!!」
豪勢が脇息を蹴って立ち上がり、端正は弾かれたように駆け出した。白頭巾は、すっと炬燵を捲って入り込んだ。なだれ込んで来た青服の爺達はおどけながらワイワイ叫び、時に踊り狂い、俺の四畳半を席巻する。…この間の呂布襲来と、どっちがましだろうか…。ニヤニヤ笑う爺の群れに豪奢な袖を散々引かれながら、豪勢が指笛を吹いた。
「許褚――――!!!」


うえ、あいつまた暴れる系の武将呼びやがった!!


襖の暗がりで刃物が光る。身の丈ほどもありそうな刃物を携えた巨デブが、疾風のように現れて手近な青服の首を跳ねた!!紅い球根のような首が俺の膝近くに転がってきた。その後も続々、出会い頭に青服達の首が転がる。借家の畳は真っ赤に染まった。ど、どうしよう、これ畳を自費で変えたとしても事件を疑われて通報されるよな……。
「ひっひいぃ―――!!!」
端正が割と情けない悲鳴をあげた。な、なんだ今度は!!
「ば、ば、化け物!!!」
首を落とされた青服が、ゆらりと立ち上がり、自らの首を掴みあげた。……俺の口からもけたたましい悲鳴が漏れていた。
「うっ…しょい」
首を肩に乗せると、もぞりと傷口が蠕動して首が繋がった。そいつは何事もなかったようにまた走り出す。そしてまた許褚に首を落とされる。
「うっしょい」
「うっしょい」
「うっしょい」
あちこちから奇妙な掛け声が上がり、首を断たれた筈の爺が続々起き上がった。肌がぷつぷつと粟立ってきた。…やばい、俺こういうのほんと無理、無理無理。なんだよこのクリスマス。
「許褚殿やめろ、なんかこいつら増えているぞ!!」
端正がなんとか気を取り直し、許褚を羽交い絞めにする。許褚は無表情に端正を振りほどくと、再び青服の首を刎ね始めた。うっしょい、うっしょい、うっしょい……俺の四畳半を満たす、うっしょい。豪勢は放心したような体で、顎を上げた。
「あの時と同じだ…奴は死なない。斬っても燃やしても蘇り、増えるんじゃ……」
「じゃあなんで許褚とか呼ぶのだ卿は!!……おい、あの男は何処に消えた!こんな大変な時に!!」
白頭巾なら炬燵の中だ。
「うわぁぁあもう放心している場合か、許褚を止めろ!おい、貴様も出てきて手伝え!!」
「――そして奴は余が昔書いたものの後悔して葬った恥ずかしい本を取り出して見せたり、増えて街に溢れてみたり、首を抱えて大勢で余のもとに殺到したりと怪異の限りを尽くし、最後に余の死期を告げて消えた…そして、余は」


以後、道士という道士が嫌いで、恐ろしくて仕方がない。そう呟いて、どうと倒れた。


わぁわぁ叫ぶ端正と、炬燵に立てこもって出てこない白頭巾。そしてうっしょい、うっしょいの掛け声。奴らの青かった服は既に紅い。この椿事は許褚が疲れ果て、倒れこむまで続いた。ちなみにそれが夜中の3時半だ。



―――俺史上、最悪のクリスマスは、こうして幕を閉じた。



翌朝、玄関先に大量の干し肉が積んであった。なんでサンタクロース気取りなんだよ畜生。俺も道士がトラウマだよ。
 
 

 
後書き
次回の更新は来週を予定しています。 
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