お寺の怪
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
3部分:第三章
第三章
「どうにもこうにも」
「どうにもこうにもですか」
「あれよ、最近我が国もおかしいのよ」
さらにぼやき続ける。
「こうしたことは我が国では昔からあるのに」
「そんなに昔からですか?」
「千年以上前からあるのよ」
「へえ、それはまた古いですね」
「ええ。それだけ親しみがあるものなのよ」
これは事実だ。日本では寺でも貴族社会でも武士達の間でも普通にあったのだ。貴族のそうした日記も残っているし織田信長はあまりにも有名だ。当然ながら江戸時代でもそうだ。
「それがね。どうもこの五十年か六十年は」
「けれどそれで捕まった人はいませんよね」
「当たり前よ」
おちょぼ口を尖らせてラーマに答える。
「何でそれで捕まるのよ」
「ヨーロッパだと捕まってますよ」
「昔の話よね」
「確かに昔は昔です」
キリスト教の倫理観に基く。キリスト教では同性愛は忌まわしい悪徳なのだ。その為フランシスコ=ザビエルが愕然としたという記録もある。
「けれど本当に。それで処刑されたりも」
「馬鹿な話だわ。恋愛で死刑になるなんて」
同性愛もまた恋愛というのだった。勝矢は。
「おかしいわよね」
「まあそうですね。少なくともそれで捕まるのは」
「日本でそれで捕まった人間はいないわ」
「一人もですか」
「そうよ、一人も」
これは本当のことだ。
「何で捕まるの?」
「悪いことだからでしょうね」
やはりキリスト教ではそうなのだ。
「やっぱり」
「そんなの今から行くお寺でも普通だったわよ」
今やっとその目指す寺を見た。しかし話は相変わらずそちらの方だった。大きくかつては豪奢だったのだろうそのタイ風の寺院を見ている。やはり廃墟になっていて人はいそうにない。
「お寺でもね」
「ああ、それはわかります」
ラーマは勝矢のその言葉に対して頷いた。彼は密かに寺から視線を外している。
「お坊様は女の子に触れることは」
「あまり守られていなかったにしろね」
だがこれは大抵の国でそうだったのであまり関係ない。日本だけが悪かったわけではない。
「そういうことになっていたから」
「だから代わりにと」
「キリスト教も確か神父さんはそうよね」
「ええ、そうです」
意外と色々なことを結構知っているラーマだった。外見に似合わずインテリということか。
「それで男は以ての外なので」
「悪夢ね」
勝矢にすればそうであった。
「女も男も駄目なんていうのは」
「ですが日本では」
「どっちもよかったのよ」
そこが欧州と日本の完全な違いだったのだ。男色にしろ度が過ぎなければよかったのだ。
「お坊様は一応男だけね」
「そうですか」
「今だとニューハーフもいいでしょうね」
そういうところには実に寛容な日本だった。
「それも大目にでしょうね」
「いい社会ですね、日本は」
「一度来てみる?楽しいわよ」
「お金が貯まりましたら」
その屈託のない笑みで答えるのだった。
「そうさせてもらいます」
「是非そうするといいわ。さて」
「ええ」
ここで二人の顔が変わった。相変わらずにこにことした勝矢と暗くなり果てたラーマ。二人は遂にその寺の前にまで来ようとしていたのだった。
「いよいよね」
「そうですね」
ラーマは勝矢の言葉に対して答える。
「入りますか」
「やっぱり怖いのね」
「正直に申し上げましてその通りです」
その暗い顔ではっきりと答えるのだった。
「本当に鬼女が出て来たら」
「まあその時はその時ね」
だが勝矢の態度は相変わらずあっけらかんとしている。まるで平気だ。
「鬼が出て来たら食べられるだけね」
「随分落ち着いていますね」
「こういうの。慣れてるから」
そのうえでの言葉だった。
「だからよ」
「慣れてるんですか」
「世界中回ったのよ」
勝矢は言う。
「その中には危険なことも随分とあったから」
「それでですか」
「もっとも終わったら男の子だったけれど」
「じゃあ今回も」
「ええ、行くわよ」
ここでまたしても好色そうな笑みになる。そのおちょぼ口も垂れている目元も気持ち悪く曲がる。如何にもといった感じの顔だ。
「タイの男の子の細やかな肌があたしを待っているわ」
「お好きですねえ」
「目指すは男版ドン=ジョバンニ」
実に大胆な言葉だ。
「カタログまであるのよ」
「それでどれだけ進んでるんですか、それは」
「アメリカで三四人、中国で一九人」
「ほう、それはかなり」
「イギリスで七六人、ドイツで二四人、ベトナムで六二人、フィリピンで七九人」
かなり多い。国も様々だ。よく見たら自分でカタログを出して楽しげに言っている。
「このタイじゃ二六五人」
「おおっ!?」
「日本じゃ遂に一〇〇〇にいったわよ」
「本当の数字ですか!?それって」
「本当よ」
どちらにしろ人間離れした数字である。
「遂にね」
「随分堪能されていますね」
「何でも極めないと意味ないわよ」
それが勝矢の哲学らしい。
「この道だってね」
「では仕事が終わった後に」
「ええ。そうしましょう」
そう言いながら一歩前に出た。寺の中に入ろうというのだ。見れば庭も草ぼうぼうでかなり荒れ果てている。少し見ただけでかなり危なそうだ。
ページ上へ戻る