家庭教師
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4部分:第四章
第四章
「それにわかってたし」
「どうしてわかってたんですか?」
「勘よ」
口元がうっすらと笑ったように見えた。一瞬だけであるが。
「勘でわかったのよ」
「本当ですか!?」
何か信じられない話だった。とてもこの先生がそれだけ勘が鋭いとは思えなかったのだ。ところがここで先生はそれも否定するのであった。
「だったらいいけれど」
「じゃあ。何なんですか!?」
話が見えなくなった。義光は目を顰めさせて先生に問うのであった。
「それだと」
「話を聞いていたのよ」
それが先生の答えであった。
「話をですか!?」
「そういうこと」
またにこりと笑って言うがそれも微かであると共に一瞬のことだったので義光にはわかりかねた。どうにもこうにも話が先生の望む方向にいっている気はしていたが。
「彼女から」
「彼女からって」
義光は狐につままれたような顔になった。何か話が得体の知れない方向に行っているように思えてならなかった。それもとんでもない方向にだ。
「従姉だから」
「えっ!?」
今の言葉は完全に我が耳を疑った。
「今何て!?」
「だから従姉なのよ」
先生は義光に対してまた告げた。
「彼女の。気付かなかったのかしら」
「そんなの全然」
義光は目を大きく見開き口をパクパクとさせていた。今はあまり見かけなくなった酸素が足りなくて水面で口をパクパクさせている金魚のような顔になっていた。
「わかりませんでしたよ」
「苗字が同じだったじゃない」
「偶然だと思っていました」
実はそうだったのだ。何で彼女と同じ苗字なんだと内心それも不満だったのだ。
「そんなのって」
「甘いわね」
「甘いも何も」
こんなことは全然予想していなかった。彼にとっては甘いとかそういった問題ではなかった。全く考えてもいない、言うならば完全な死角だったのだ。
「何ですか、それ」
「彼女にも頼まれていたのよ」
先生は驚いたままの義光をそのままに告げる。
「貴方とのことを何とかして欲しいってね」
「えっ」
段々口調が変わってきている先生の言葉にさらに唖然となった。
「何とかって」
「鈍いわね。彼女も貴方のことを気にしていたのよ」
「嘘・・・・・・」
衝撃の事実だった。彼は自分のことだけの想いで一杯だったのだ。それで相手が自分をどう想っているかまでは考えが及ばなかったのだ。恋路ではよくある話だ。
「嘘じゃないわ。彼女にも勉強を教えていたし。大変だったんだから」
「はあ」
「彼女も合格しているわよ」
今度ははっきりわかった。先生は笑っていた。
「安心しなさい。絶対に成功するから」
「何か話が全然わからないんですけれど」
正確に言うと今の出来事に頭が追いついていないのだ。わからないのと同じだがその流れが違っていた。
「どうにもこうにも」
「無理にでもわかるわよ」
先生は無理矢理にでも強引な流れを作るのだった。
「これからのことでね」
「これからって」
「後ろ見ればわかるわ」
また笑って義光に言ってきた。
「振り向けばいいわ」
「振り向けば」
「どうぞ」
「わかりました」
その言葉に従って後ろを振り向くと。本当に彼女がいた。そうして義光の方を熱い眼差しでじっと見詰めていた。
「ここまでくればどうするべきかわかるわよね」
「はい」
一つしかない。もうそれから離れることもない。
「行けばいいわ」
「あの、先生」
義光は先生に顔を戻して言ってきた。
「まだ行かないの?」
「いえ、その前に」
申し訳なさそうに先生を見て言うのだった。
「多くは言えませんけれど」
「御礼なんていいわよ」
あっさりとこう返してきた。
「いいんですか」
「いいのよ。それよりも」
目を前に向ける。彼女がいる方向に。
「早く行きなさい。御礼はそれだから」
「わかりました。それじゃあ」
「ええ」
義光は深々と頭を下げると従妹の方へ行く。あとの流れはもうわかっていたので見るつもりもなかった。先生は踵を返して歩き去っていくのであった。
「これで一件落着ね。さて」
ふと眼鏡を外して髪を解く。野暮ったいコートを脱ぐと。
別人がいた。目がやけに奇麗で星みたいな光を放っている。風になびく髪は艶があり黒い光を放っている。コートの下は赤いセーターに黒いたけに丈の短い黒のタイトミニに同じ色のブーツ。ストッキングまで黒に統一している。スタイルもモデルを見まごうばかりだ。
「全く。私に地味に見せて欲しい、彼の目がいくからって」
従妹の注文を思い出して苦笑いを浮かべる。
「そんな彼じゃないのに。全く女の子ってのは」
自分も女なので気持ちはわかるが。それで言いたかった。
「困ったものね」
合格したばかりの学生服姿の連中がその先生を見ていた。先生はその注目を心地よく受け取りながら帰っていた。その背中にハッピーエンドを見て。
家庭教師 完
2007・10・11
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