魔法少女なゼロ!
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本編
第八話
「諸君、食事中にすまないがちと連絡事項がある」
静かに、或いは友人と談笑しながら朝食を食べる生徒達の耳に学院長の声が聞こえた。
食堂で連絡事項が学院長から直接伝えられるようなことは殆どあり得ない。生徒全体への連絡がある場合は然るべき集会等で纏めて伝えられる。つまり今回の連絡事項はなんらかの緊急性があるものと考えられるが、学院長の口ぶりは差し迫った危機を伝えるような緊迫したものでは無かった。一体何事かと生徒達の間に喧噪が広がる。
「静かに、落ち着いて。 心配せずとも悪い知らせではない。 コホン、本日より新しい授業科目が追加されることになった。 突然の事の為、君たちの食事の時間を削ってもらってではあるが説明させてもらう」
新しい授業の追加の言葉に一度静まった生徒達は再び騒ぎ始める。興味深い、面倒だ、どうでもいい、そんな様々な声が周囲から上がる中、学院長が説明を始める。
「随分と気になるようじゃな。 それでは授業について説明する。 授業の科目名は領地経営実習、これは王家から直々のお達しでの、若き貴族の子弟に確かな力をつけさせるべしとの事じゃ。 参加は強制ではなく自由、その代わり途中での脱退は認められない」
科目名を聞いて多くの生徒は心底面倒そうな表情をしたが、参加自由と聞いて安堵の息を漏らす。
それもそのはず、生徒達の多くは貴族の次男三男であったり、既に嫁ぎ先が決まっていたりと、領地経営にはあまり関与しない者であったからだ。また、実際に家を継ぐ者であっても、彼らは家を継ぐまでのモラトリアム、猶予期間として学院に通っているものばかりであるので、折角のモラトリアムにわざわざ領地経営に携わりたいと思う者は少なかった。
「詳しく説明と第一回目の授業は今日の放課後に中庭で行う。尚、一回目のみ特別に脱退は認めるので興味があれば最初だけでも構わないので是非参加して欲しい。以上じゃ。 それでは食事に戻って構わん」
どうするかどうするかと、騒ぎ立てる生徒達からは離れた教員用の席で食事をとっていた学院長秘書兼領地経営実習講師の、ロングビル、もといマチルダ・オブ・サウスゴータはうつむいたまま溜め息混じりに小さく声を出した。
「どうしてこうなった・・・」
彼女の疑問に答えるには一週間程日付を遡る必要がある。それは一つ前の虚無の曜日、地球でいうところの日曜日に当たる日の事であった。1人の少女が休日に出掛けようと思ったことから始まる。
「クックベリーパイが食べたい」
少女が思い付いたようにそういったことがそもそものきっかけであった。
「は?」
「は?、じゃないわよ、クックベリーパイが食べたいのよ」
「そうか、ならマルトーさんにでも頼んで作ってもらえよ」
「それもいいけど、いつも食べてるから流石に同じ味ばっかりだと飽きてくるのよ。 マルトーさんのパイがおいしくないっていってるわけじゃないわよ? ただ偶には他の人の作ったのを味わってみて、味覚をリセットとしてからまたマルトーさんのパイの味を確かめてみるのも悪くないかと思ったのよ」
「つまり?」
「王都まで食べにいくわよ!」
そして少女、ルイズは思い立ったが吉日と言わんばかりに、手早く準備を済ますと使い魔であるサイトを少しばかり強引に引っ張って学院の寮を飛び出した。なんやかんやで案外付き合いの良いサイトは抵抗することなくルイズに引っ張られていった。
そしてルイズが辿り着いたのは学院の馬小屋であった。学院から王都まではそれなりの距離があり、普通に人の足だけで往復していれば日が暮れてしまう。そこで馬である。メイジであればフライの呪文で空を飛ぶこともできるがそこまでの速度はでない。また馬よりも高速で移動出来る幻獣などは軍隊等の特別な場所でしか一般的には利用されていない。故にハルケギニアで最も一般的な乗り物といえば馬であった。
ただ、異世界の魔法技術を持つルイズであれば幻獣並みの速さで単独飛行も可能であるのだが、ルイズは過剰に目立つ行為を避けていた。そこで馬を一頭借り、学院から真っすぐ伸びる街道を走らせた。
ただ彼女は気が付いていなかった。少し見慣れてしまったせいか、誰かに見られれば絶対に目立つであろう自身の使い魔の行動に。
「それにしてもどうして急にパイが食べたくなったんだよ?」
「違うわ、私がパイを食べたくなったんじゃない。パイが私を呼んでいるのよ!」
「わけわかんねえよ」
馬に乗ったルイズと、その馬に並走しているサイトが軽く話ながら街道を進む。注目して欲しいのはルイズと馬とサイトだ。ルイズは馬に乗っている、借りた馬は一頭だけ、その隣をサイトは並走している。
違和感に気が付けただろう。サイトは街道を走り抜ける馬の隣を平然と自分の足で並走しているのだ。
競走馬でない馬の巡行時速は約20~25kmと言われている。馬は生き物であるから途中で休憩を入れることも考えればもう少しは落ちるだろうが、その速度は地球の一般的な自転車の速度を上回っている。またフルマラソンの選手の時速が高くとも20kmであることを考えれば。人間であるサイトが馬の隣を並走出来ているのは異常だ。
慣れとはかくも恐ろしいものなのだ。ルイズはおろか、頻繁に学院と王都との間の道を進む商人などもいつの間にかサイトの姿を見ても動揺することはなく気楽に挨拶を交わすことさえある。
そんなサイト達はその速度もあってとうに王都に辿り着いていた。
王都にある馬屋でも一人が乗るのでやっとのサイズの馬が一頭に対して人間が二人いる状況に慣れてしまい、サイトの異常っぷりを気にすることなく手際よく馬を小屋に繋いでいた。
「それでパイはどこで食えるんだ?」
「メインストリートに最近出来たカッフェとかいうお店のクックベリーパイがおいしいらしいからそこへいくわよ」
「へいへい」
そんなふうに目的地を相談しながら、人で混雑する王宮に続くメインストリートを歩く二人の横を駆け足で走り抜けていく男の姿があった。それはそこまで珍しい出来事ではない、情報通信手段と高速輸送手段が未だ発達していないハルケギニアでは、事と物の移動は専ら人の足で行われるのが常であるからだ。
だがその男は少しばかり不審であった。どこかから情報を持ってきているにしては身なりがあまり綺麗ではなく、輸送に荷物を持っているわけでもなかった。
その男を不審がり目で追うルイズ達だったが、やがて男は路地に曲がりこんで見えなくなってしまった。素性は分からないが不用意に詮索するものでもないとルイズ達は気にしないようにしようとしたが、男が丁度見えなくなったタイミングでルイズ達の後方から聞こえた叫び声に態度を変える。
「スリだ!誰か捕まえてくれ!」
後方から走って来た身なりのあまりよろしくない男、そしてこれまた後方から聞こえてきたスリという言葉、それで状況を把握したルイズは自らの使い魔であるサイトに指示を出す。
「サイト」
「りょーかい」
説明はいらない、サイトも状況は理解出来ていた。それになにより彼女達の間にある信頼は、一言だけでお互いの意志を伝え合えた。
サイトはルイズの指示に肯定の意だけを示すと、身を低くしすり抜けるように人混みを抜けていく。足をバネのように縮め、その隙に通り抜けれそうな隙間を見つけるとその隙間に向かい跳ねるように飛び込む。そして隙間を抜けるとそこでまた同じように次の隙間を抜けていく。その動きはまるでアメンボのようであった。
次の隙間に飛び込む一瞬の間だけとまり滑るように人混みを抜けていくサイトの姿は、前の地点から次の地点へと瞬間的に移動しているようであった。
ルイズが自らの相棒であるテゥ―スを宝石の形態から杖の形態へと、周りに見られないようにマントで隠すように変化させている間にサイトは人混みを抜け切り、男が入っていった路地へとたどり着いていた。
サイトが路地を走る男の背中を確認しそれを追う一方、ルイズはテゥ―スを持ったままフワリと宙に浮く。周囲の人達がいきなり飛び上がったルイズに驚くがそれも一瞬のこと、ルイズの身に着けているマントを見て、彼女が貴族でありメイジであると理解するとすぐに驚きも収まる。メイジが空を飛ぶのは別段珍しくない光景であったからだ。
ただしルイズはメイジ達が一般的に使う『フライ』という呪文とはまた違った方式であるミッドチルダ式で飛んでいるのだが、専門家でもなく魔法を使えない平民である周囲の人物がそれに気が付くことはない。
宙に浮いたルイズはハルケギニアの一般的なメイジとは懸け離れた速度を持ってして宙を駆ける。ルイズがスカート着用であったのをいいことに少女の秘奥を覗き見しようとした下賤な輩は、ルイズの速度で巻き起こる風圧に巻き込まれ倒れ伏した。
倒れ伏す輩を尻目にサイトを追い越し、更にスリの犯人であろう男をも追い越したルイズはその男の進路を塞ぐように男の前に舞い降りた。
ルイズの姿を見た男は、相手がメイジだと悟り敵わないことを理解し、進路を真逆に変え逃走を図ったが、そこには男に追い縋っていたサイトの姿があった。
しかし、サイトの姿が貴族のようではなく、また装備が剣であったことからサイトはメイジではないと判断した男は軽く舌打ちをし懐からナイフを取り出した。
走る速度を緩めることなくナイフの切っ先をサイトに向けたまま突撃してくる男に対し、サイトは刀に手を掛けるだけでそれを抜こうとはしなかった。
「腰抜けが!」
サイトの構えを怯えて鞘から剣を抜けないでいると考えた男はそのままサイトへと迫る。その考えもある意味間違いではなかった。彼が立っているのは人が二人並んで通るのがやっとの広さの狭い路地であった、故に長い刀を振り回せばどこかに引っ掛ってしまう恐れがあった。それを恐れてサイトは刀を抜くことはなかった。
男のナイフがサイトの体に突き刺さるよりも早く、サイトは片手で鞘ごと腰から刀を抜き取ると夫子のナイフに対して滑らすように鞘を合わせ、力の向きを斜めにずらす。
攻撃を逸らされ態勢を崩した男が、撤退か再び攻撃にすべきか悩んだ隙をルイズを見逃さなかった。男の足元に素早く杖を向ける。彼女の最も得意とする唯一の魔法が男の足元の石畳に発動した。
男には何が起きたか理解出来なかった。気が付けば下からの爆風で宙に浮かび上がらされていた。
その宙に浮かび上がった男に対してサイトが回し蹴りを叩きこんだ。
男は抵抗することもできず、蹴り飛ばされて近くの武器屋に頭から突っ込んでいった。
表で起きていた珍事を眺めていた武器屋の店主は向かってくる男に驚いて身を屈めたが、そのおかけで男は剣を陳列していた棚に突っ込んでしまった。散らばる剣、その内の一つが表まで転がって来て、丁度サイトの足元で止まった。
「おでれえた、剣として人をぶっ飛ばしたことはあったがまさか自分がぶっ飛ばされることがあるとは」
カタカタと鍔に付いた金具をまるで口のように動かしながら、人の言葉を発するその剣、デルフリンガ―がサイト達の元にやってきてしまったこと。これこそが魔法学院の秘書の憂鬱の始まりの第一要素であった。
因みにスリの男は無事に衛兵に引き渡されたが、壊れた武器屋の修理費用の弁償の為にクックベリーパイを食べてるような財布の余裕がなくなったルイズは涙目であった。
後書き
一日が72時間くらいほしい
ぷりーずぎぶみーばけーしょん
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