銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第六十七話 機会
■ 帝国暦486年8月20日 宇宙艦隊司令部 アルベルト・クレメンツ
此処に来るのは久しぶりだ。それにしても相変わらずそっけない廊下だな。宇宙艦隊司令部の廊下を歩きながら俺は思った。前回来たのはアルレスハイムの会戦の後だった。あれは483年の暮れのことだったから、もう二年半は経っているということか。
「クレメンツ少将」
後方から名を呼ばれて振り返るとヴァレンシュタインが立っていた。
「ヴァレンシュタイン、いや中将」
「お久しぶりです」
ヴァレンシュタインは穏やかに微笑みながら近づいてきた。このあたりは昔と少しも変わらない。彼の後ろに四人の大柄な兵と女性兵が一人いる。どういう関係だろう。
「ああ、久しぶりだ、それにしても中将か、あっという間に抜かれたな」
「運が良かったんです」
困ったように返答する彼に思わず笑いが出た。
「謙遜するな。卿の実力は俺が良く知っている」
そう、こいつの実力は良く知っている。アルレスハイムはこの男の力で勝った。
「有難うございます」
「ところで、彼らは?」
「彼女は私の副官、フィッツシモンズ少佐です。後は私の護衛をしてくれています」
ヴァレンシュタインはちょっと恥ずかしそうに答えた。
「護衛?」
中将に護衛を付ける? 聞いた事が無いな。何か有ったのか?
「第五十七会議室へ行かれるのですね?」
この話題から離れたいらしい。そう、俺は第五十七会議室へ呼ばれている。8月20日午後二時までに来いと命令があった。
「そうだが、知っているのか?」
「ええ、後ほどお会いしましょう」
「?」
ヴァレンシュタインは軽く目礼すると俺から離れていった。後で? どういうことだろう?
第五十七会議室へ行くと既に何人かの男たちが部屋に居た。見たことのある顔もあれば無い顔もある。はて、一体何が有る?
「クレメンツ少将、卿も呼ばれたのか」
「メックリンガー」
穏やかな表情で話しかけてきたのは、エルネスト・メックリンガーだった。相変わらず口髭を綺麗に整え身だしなみの良い男だ。こいつが口髭を生やし始めたのは何時頃だったろう? 確か士官学校の4年次だったか。最初はからかったものだが、今では少しもおかしくない。いや、良く似合っている。
「久しぶりだな、メックリンガー」
「ああ、卿が辺境警備に行って以来だから二年半は経っているな」
そう、アルレスハイムの後、俺は辺境警備に回された。
「嫌な事は言わんでくれ」
顔をしかめた俺に対し、メックリンガーは軽く笑いながら肩を叩いてきた。そのまま手近な席に座って話を続ける。
「一体、何が有るんだ?」
「私も詳しい事は知らないが、どうやら今度の出兵の事らしい。ヴァレンシュタイン中将が絡んでいるようだ」
「……」
ヴァレンシュタインが絡んでいる? どういうことだ? 先程あったときの会話を思い出す。確かに何か関係しているようだ。
「気付いたか? 此処にいるのは実力はあるが軍主流にいるとは言えない男ばかりだ。おまけに皆若く、平民か下級貴族だ」
メックリンガーが声を潜めて話す。
「……」
確かに若手士官ばかりだ。俺もメックリンガーもむしろ年長者の方だろう。
「今入ってきた男は、カール・グスタフ・ケンプ少将だ」
ケンプ少将は長身でがっしりとした、いかにも軍人と言う風貌の男だった。
「聞き覚えがあるな」
「当然だろう、元は撃墜王として活躍した男だからな」
なるほど、それで聞き覚えがあったか。
ドアが開いてヴァレンシュタインが入ってきた。皆一斉に起立して敬礼をする。ヴァレンシュタインは我々の正面に立つと答礼した。
「楽にしてください。座っていただいて結構です」
柔らかな声に戸惑いながら皆着席する。一体何が有る?
「単刀直入に言います。今度の遠征に貴方達にも参加してもらいます。既にミュッケンベルガー元帥の了承を得てあります」
今度の遠征に参加……、周囲がざわめく。思わずメックリンガーと顔を合わせた。
「今度の遠征の参加兵力ですが、ミュッケンベルガー元帥直卒の一個艦隊、ミューゼル大将の率いる一個艦隊、そして残りは此処にいる貴方達の艦隊を二個艦隊に編成し、計四個艦隊、約五万五千隻を動員することになりました」
“二個艦隊に編成”、“五万五千隻”囁き声と共にどよめきが起こる。しかし、二個艦隊に編成? どうするのだろう?
「質問してよろしいでしょうか?」
太い声で質問したのはケンプ少将だった。
「どうぞ、官位、姓名を名乗ってください」
「カール・グスタフ・ケンプ少将です。我々を二個艦隊に編成とは具体的にどうされるのか、お聞きしたい」
周りも皆顔を見合わせては頷いている。
「此処に集まられた方々を半分に分けます。そしてその中から司令官を選び、残りの方には副司令官と分艦隊司令官を務めてもらいます」
「!」
「無茶だ。そんなこと出来る訳がない」
ケンプ少将の言に皆が同意する。“出来るわけが無い”、“無茶だ”と言う声が上がった。確かにそうだ、同格の人間達のなかでそんな事が簡単に出来るだろうか?
「確かに無茶は承知です」
「ならば」
「ならばどうします。このままでよいのですか?」
このままでよい? 何のことだ? 皆不審そうな表情をしている。
「此処に集まられた方々は、帝国でも一線級の実力の持ち主だと思っています。ただ残念な事に場所を得ていません。その場所を提供しようと言うのです」
「……」
場所を得ていない。確かにそうだ。辺境警備では場所を得ているとは言い難い。
「元帥閣下は実力さえあれば、たとえ平民であろうと抜擢します。私を見れば明らかでしょう。その実力を元帥閣下に証明する機会を提供しようと言っているのです」
「……」
機会、何度も欲しいと思った機会が此処にある……。
「此処から先は貴方達の問題です。協力し合って武勲を上げ、より大きな権限と地位を得るか、それとも足を引っ張り合って自滅するか、好きなほうを選んでください」
「……」
より大きな権限、より大きな地位……。
「この話そのものに納得がいかないと言うのなら、この部屋から出て行ってもらって結構です。代わりの人を呼びます」
「……」
代わりの人……。駄目だ、譲れない、これは俺の得た機会だ。周りを見た、誰も出て行こうとしない。そうだろう、皆同じ気持ちのはずだ。
なぜ俺が辺境警備でシュターデンが宇宙艦隊司令部に居る? 俺がシュターデンに劣るのか? そうじゃない、奴はブラウンシュバイク公爵家に近い。それが理由だ。軍人としての能力の問題じゃない。
「此処にいると言うのであれば、編制分けをします。司令官二名は先任順でケンプ、クレメンツ両少将にお願いします。先ず最初に、ケンプ少将を司令官として、ルッツ少将、ファーレンハイト少将、レンネンカンプ少将で一個艦隊を編制してください」
「さらに、クレメンツ少将を司令官として、ワーレン少将、ビッテンフェルト少将、アイゼナッハ少将で一個艦隊とします」
俺が司令官か。しかし、メックリンガーはどうするのだ?
「メックリンガー少将には、宇宙艦隊司令部の作戦参謀として旗艦ヴィルヘルミナに詰めてもらいます。司令部には偏見を持っている人が居ますからね。ミュッケンベルガー元帥とのパイプ役になってください」
「承知しました」
なるほど、俺たちの代弁者としてメックリンガーを司令部に置くのか。良い案だ、少なくとも使い捨てにされる危険はかなり下がるだろう。
「質問はありますか」
「……」
誰も何も言わない。そうだろう、皆今すぐにでも打ち合わせがしたいはずだ。
「無ければこれで終わります。この部屋は十七時まで借りてあります。この後打ち合わせに使っていただいて結構です。出兵は十月十五日を想定していますので、それまでに艦隊の錬度を上げ、一個艦隊として使用できるようにしてください。訓練、補給等で問題が有れば何時でも言ってください。相談に乗ります。では、これで」
ヴァレンシュタインはそう言うと、部屋を出て行った。本来なら起立して敬礼をしなければならないのだろう。しかし、そんな間を与える事も無くさっさと出て行ってしまった。残された俺たちの方があっけに取られ、顔を見合わせて苦笑した。
「至れり尽くせりだな。せっかくだ、使わせてもらおうではないか」
オレンジ色の髪をした逞しい体格の男が周囲を見渡しながら大声で言った。
「そうだな、先ず自己紹介をしないか。いざとなったら頼れるのは此処にいる面子だけということもありえる。良く知っておくに越したことはない」
ケンプ少将が同じように周囲を見渡しながら太い声で言う。皆頷き、自己紹介を始めた。オレンジ色の髪の男はビッテンフェルトというらしい。アイゼナッハ少将は自分の名を告げただけだった。無口な男らしい。俺の指揮下に入るのだが大丈夫かな?
「メックリンガー少将、卿の役割は重大だな。言ってみればヴァレンシュタイン中将の代役だろう」
「確かにそうだ、責任重大だな」
「判っている。ヴァレンシュタイン中将には及ばんだろうが、精一杯努めるつもりだ。卿らこそ失敗するなよ、二度目はあるまい」
ビッテンフェルトとケンプの言葉にメックリンガーが答える。二度目は無い……。確かにそうだ、失敗は許されない。この機会を掴み取り、より上を目指す。此処にいる全員にとって明日をかけた戦いになるだろう。
そして俺たちを選んだヴァレンシュタインにとってもだ。俺たちが失敗すれば、当然彼も責任を問われるだろう。彼も俺たちに運命をかけたのだ。負けるわけにはいかないだろう……。
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