英雄伝説~光と闇の軌跡~(SC篇)
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第35話
翌朝、エルベ離宮に向かったエステルとアガットは連れて来たティータとレンを待たせて、シードに脅迫状に関する調査報告書を届けた。
~エルベ離宮・紋章の間~
「なるほど……。これは充実した報告書だな。本当に助かった。よくここまで調べてくれたね。」
「う、うーん……。犯人を特定できなかったのが正直、心残りなんだけど……」
シードの賛辞にエステルは納得がいっていない様子で呟いた。
「調査報告としては十分すぎるさ。この段階で脅迫犯が見つかるとはこちらも考えていなかったからね。どちらかというと、今後の警備の参考にするために必要だったんだ。」
「そう言ってくれると助かるぜ。で、王国軍の方ではあれから進展はあったのかい?」
シードの話に頷いたアガットは尋ねた。
「まあ、昨夜のうちに警備体制の第一段階を完了したくらいかな。以後、条約調印式が終わるまでこのエルベ離宮が警備本部となる。」
「それで兵士さんたちがけっこう詰めてるんだ。そういえば、周遊道にも魔獣がほとんどいなかったわね。」
エステルはエルベ離宮周辺の魔獣をほとんどみかけなかった事を思い出した。
「今朝、大規模な掃討作戦が実施されたばかりだからね。条約調印式までの間、定期的に行おうと思っている。」
「普段からそうしてくれるとウチとしても助かるんだがな。……話には聞いた事があるんだが、メンフィル領はメンフィルの兵士達がかなり速いペースで手配魔獣や街道の魔獣を定期的に掃討していると聞くぜ。そのお陰でメンフィル領のギルドは魔獣関連の依頼が滅多に入らないから、遊撃士達の戦闘経験が上がりにくいのに悩んでいるという贅沢な悩みを抱えていると聞くぜ。王国軍も同盟国の奴らを見習ってそうしてくれないかね。」
「はは……そう言われると耳が痛いな。そうだ、昨日言ってた女の子のご両親についてだが……。各地の関所に通達は出したがいまだ情報が入っていなくてね。」
アガットの指摘に苦笑して答えたシードはレンの両親の事を報告した。
「そっか……気長に待つしかないのかな。」
「こちらも情報が入り次第、ギルドに知らせることにしよう。とりあえず、脅迫状の調査はここまでやってくれれば充分だ。後でギルドに報酬を振り込ませてもらうよ。」
「うん、よろしく。でも……これから先はどうするの?あたしたちも、このまま王都で警戒に当たった方がいいのかな?」
シードから依頼達成を聞いたエステルは頷いた後、尋ねた。
「もし、王都に残るのであれば協力してもらえると助かるな。ただ、君たちが忙しいのは我々も理解しているつもりだ。無理を言うつもりはないよ。」
「うーん……。レンの件もあるし、エルナンさんに相談してみる?」
「ああ、そうしてみるか。」
「……失礼します!」
エステルとアガットが相談していたその時、シードの副官が急いだ様子で広間に入って来た。
「なんだ、どうした?」
「えっと……」
首を傾げているシードに副官はエステル達を見た。
「問題ない、彼らは協力者だ。」
「は、それでは……。先ほど、レイストン要塞から導力通信で連絡がありました。どうやらボース地方に情報部の残党が現れたようです。」
シードに促された副官は情報を報告し始めた。
「えええっ!?」
「なんだと!?」
「ふむ、詳しく話してくれ。」
副官の情報にエステルとアガットは驚き、シードは冷静な様子で続きを促した。
「それが、最初に発見したのはギルドの遊撃士だったらしく……。正確な現地の状況はいまだ掴めていないようですね。とりあえず、司令部からは全王国軍部隊に第2種警戒体制に入るようにと指示がありました。」
「そうか、分かった。……どうやらお互いに忙しくなるかもしれないな。」
副官の報告に頷いたシードは真剣な様子でエステルとアガットを見た。
「ああ、そうだな。エステル。急いでギルドに戻るぞ。」
「うん……!シード中佐。警備のお仕事、頑張ってね!」
「ああ、そちらも頑張ってくれ。」
そしてエステル達は広間を出て、レンとティータと合流したエステル達はエルベ離宮を出た時、入口で騒ぎが起こっているのに気付いた。
~エルベ離宮前~
「あれ……?」
エステルは自分達の行く先で数名の兵士に怒鳴っている人物に気付いた。
「どういうことだ、これは!?この最高位の王位継承権を持つデュナン・フォン・アウスレーゼを馬鹿にしておるのかっ!?」
「め、めっそうもありません。実は今朝、エルベ周遊道で魔獣の掃討作戦がありまして……。ですから護衛の数はこれだけでも充分かと存じます。」
自分達を怒鳴る人物――デュナンに対し、隊長格の兵士が恐る恐る答えた。
「そういう意味ではない!私ほどの重要人物に対して護衛が3人のみとは無礼千万!せめて10名は用意するのだ!」
「し、しかし……」
「閣下……あまり無理を申されては。せっかく陛下のお許しが出たのです。それだけでも僥倖だと思いませんと……」
兵士達を困らせているデュナンを傍に控えていたフィリップは諌めようとしたが
「黙れ、フィリップ!そもそも処分そのものが不当極まりなかったのだ。ならば親衛隊の全隊士をもって出迎えるのがスジであろう。」
デュナンは聞く耳を持たず、不満を隠さない様子で答えた。
「えっと、親衛隊全員とはさすがにいかないんだけど……。よかったらあたしたちが一緒に付いてってあげようか?」
「そ、そなたたちはッ!?」
「おお、皆さん……」
そこにエステルが話に入って来て、エステル達に気付いたデュナンとフィリップは驚いた。
「まったくもう……公爵さんも相変わらずねぇ。あんまりワガママ言ってみんなを困らせたらダメじゃない。」
(公爵………ああ、この人がクーデター事件の時に担ぎあがられたデュナン公爵ね。まあ、確かにアリシア女王もこんなのに国は任せられないわねぇ……お姉様達とは天と地ほどの差ね。お姉様達なんか逆に護衛はあまりいらないって言うぐらいなんだから♪)
デュナンに呆れたエステルは溜息を吐いて指摘し、レンは心の中で女王がデュナンを跡継ぎに指名していない事に納得した。
「き、気安く公爵さんなどと呼ぶでない!どうしてそなたらがこんな場所にいるのだ!?すでに民間人の立ち入りは禁止されたのではないのか!?」
デュナンはエステルの呼び方を怒鳴った後、エステル達を睨んで指摘した。
「ここの警備責任者さんに届けものがあって来ただけよ。で、公爵さんたちはこれから散歩にでも行くの?」
「ふ、ふん。聞いて驚くでないぞ……。私を縛りつけた不当な戒めがついに解かれることとなったのだ!」
エステルの疑問にデュナンは胸を張って答えた。
「不当な戒めが解けた……?」
「ひょっとして謹慎処分が解かれたのか?」
「はい、今朝がた、陛下からの連絡がございました。離宮を辞し、グランセル城に戻ってくるようにとのお言葉です。」
意外そうな表情をしているエステル達にフィリップがデュナンの代わりに答えた。
「やれやれ……お人好しな婆さんだな。……今、城にはとんでもない客がいるのに、本当に城に戻らせていいのか?」
「へ~、でもまあ良かったじゃないの。もう2度と利用されないように自分をしっかり持たなくちゃね。」
アガットは呆れ半分で女王の懐の深さに感心し、エステルは驚いた後、デュナンに意外な事を言った。
「なぬ……?」
エステルに言われたデュナンは何の事かわからない様子だった。
「うーん、やっぱり生活態度を見直した方がいいんじゃない?公爵さんってだらけきった生活してそうだし。運動なんかお勧めするわよ?」
エステルがデュナンに指摘したその時、周りの人物達は沈黙した。
「あれ?あたし変なこと言った?」
(クスクスクス……エステルったら、民間人が王族に意見をする事がどれほどの事かわかっていない様子ね♪うふふ、さすがはお姉様達のお友達だわ♪)
周りの様子を見たエステルは首を傾げ、レンは口元に笑みを浮かべていた。
「いえ……エステル様のおっしゃる通りかと思います。そもそも閣下が自分をしっかりお持ちでいればリシャール大佐に利用されることなどなかったはず……。このフィリップ、今一度その事を進言させて頂きたく……」
「ええい、説教はたくさんだ!もうよい、このような場所に一秒たりとも長居できるものか!とっとと王都に向かうぞ!」
首を傾げているエステルに答えた後、自分を見て説教をしようとしているフィリップに怒鳴ったデュナンは兵士達を促した。
「おお……(ありがとう、遊撃士の少女よ……)」
デュナンの言葉を聞いた隊長は心の中でエステルに感謝し、安堵の溜息を吐いた。
「あれ?付き合わなくてもいいの?」
「いらぬ!行くぞ者ども!」
エステルの申し出を怒鳴って否定したデュナンは兵士達と共にエルベ離宮を出て行った。
「エステル様、毎度ながら本当にありがとうございます。何とお礼を言っていいか……」
「あはは、いいってば。でも、フィリップさんもたまにはちゃんと叱らなくちゃ。叱ってくれる人がいないからああなっちゃったんじゃないの?」
「え……」
エステルにお礼を言ったフィリップはエステルの言葉に驚いた。
「根は悪人じゃないと思うし、その気になれば立ち直れるわよ。要はきっかけじゃないかしら?」
「エステル様……。その言葉、このフィリップ、胸に染み入りましたぞ……」
エステルの言葉にフィリップは感動した様子でエステルを見た。
「フィリップ!何をしておるのだ!グズグズしていると置いて行ってしまうぞ!」
「は、はい、ただいま。それでは皆様……わたくしめはこれで。」
そしてフィリップはエステル達に一礼をした後、急いでデュナンの元に向かった。
「んー、やっぱり一緒の方がよかったと思うんだけどなぁ。」
「……なんと言うか。正直、お前のそういうところは真似できねぇぜ。」
首を傾げている様子のエステルをアガットは感心した様子で見て言った。
「えっ?」
「えへへ……。やっぱりお姉ちゃんは凄いな。」
「初めて会った時からそんな気はしてたんだけど……。エステルって、限りなくお人好しさんなのねぇ。」
アガットの言葉にエステルが首を傾げている中、ティータやレンもアガットの言葉に同意した。
「お人好しって……なんで?」
唯一人エステルは、アガット達が何故感心しているかを自覚していなかった。
「あー、分からないならそのままでいいっての。とにかく王都に戻るぞ。」
そしてエステル達は王都のギルドに戻って行った………
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