水の国の王は転生者
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第二十八話 魅惑の妖精亭にて
ある日のトリスタニア。
執務室で政務を行っていたマクシミリアンは、婚約者のカトレアから手紙が届いた。
ホクホク顔で届いた手紙を読むと奇妙な事が書かれていた。
カトレアの妹のルイズ・フランソワーズが、今年、魔法の練習を始めたのだが、奇妙な事に唱える魔法全てが爆発するというのだ。
これにマクシミリアンも大いに首を傾げた。
(失敗するのなら、普通は何の反応も無いはずだ)
マクシミリアンの場合は火のルーンを唱えても何の反応も無い、その事と比べてもルイズの現象はまったく説明できない不可思議な現象だった。
(弱ったな、詳しく調べてみないと何も分からないぞ)
どうした物かと頭をひねる。
(あ、ルイズを口実にカトレアに会いに行こうか)
不届きな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
入室したのは、ワルド夫人だった。
彼女は、虚無と大隆起の研究を一任されて、謎の隆起によって永らく廃都になっていたブリージュへの捜索チームに同行していた。
「ご苦労様、ブリージュの旅は如何でしたか?」
「地下を掘り進んでいましたら、大変、興味深い物が見つかりましたわ」
「へぇ、どういったものです?」
「3メイルはあろう巨大な風石です。余りに巨大なので運搬に難儀しておりまして、トリスタニアに到着するのは数日後の予定です」
「では、その巨大風石が大隆起の?」
「詳しく調べない事には何とも……ともかく、風石が到着次第、研究を始めたいと思います」
「ハルケギニアの未来がかかっています。どうか、手抜かりの無いよう、おねがいします」
「御意にございます」
ワルド夫人が退出しようとすると、マクシミリアンは何かを思い出したように、夫人を呼び止めた。
「ああ、そうだ。ワルド夫人は、以前、王立魔法研究所に勤めていたのでしたよね?」
「はい、おっしゃる通りでございます」
「意見を聞きたい事がありまして。実は……」
マクシミリアンはカトレアの妹、ルイズの謎の爆発について意見を求めた。
ワルド夫人は、数分考えると口を開いた。
「詳しく調べた訳ではないですから、何とも言えませんが……もしかしたら、ミス・ルイズには何か秘められた力があるのかも知れません。例えば、まったく新しい系統、もしくは……虚無」
「虚無!?」
マクシミリアンは驚きの声を上げた。
「以前、夫人は虚無が復活すると言っていましたが……よりによってルイズに?」
「ですが、まだ覚醒していない様に思われます」
「……とにかく様子を見よう、夫人は風石の調査と平行して虚無の研究をしてもらう。それと、この一件は口外しないように、もちろんルイズ本人にも」
「御意」
ワルド夫人は一礼して執務室を退室した。
(どうしようか、大隆起を止める鍵になる虚無。その使い手の可能性のあるルイズを保護すべきか……う~ん)
ルイズを手元に置くべきか、何よりワルド夫人の言葉を信じるか、散々悩むと、カトレアへの返事にルイズが虚無の使い手である事を匂わせる様に書いた。勘の鋭いカトレアなら気付くだろう。それと、ルイズの事を色々フォローするように付け加えた。
返事を書き終わると無意識に窓から空を見上げた。
「虚無かぁ……はぁ、今のオレには虚無よりもカトレアだよ」
手紙のやり取りはしていても、もう1年以上も会ってない。
時間が空くと、空を見ながら溜め息をつく回数と比例して、酒量も多くなり家臣たちを心配させていた。
☆ ☆ ☆
数週間後、以前から計画されていた、トリスタニアの大掃除が決行された。
最初に目を付けられたのは、裏通りのチクトンネ街。
多数の酒場や賭博場に、たむろするヤクザ者を次々と取り締まり、他にも無届の娼館、ご禁制の秘薬を売る露天商等々を摘発していった。
また、ホームレスといった者達もターゲットにされた。
特に無届の娼館は、安く女を抱かせてくれる為、労働者には好評だったが、軒並み潰されてしまい一部の労働者から怨嗟の声が上がった。
娼館で働いていた女達は、故郷に帰すか別の働き口を紹介した。
この大掃除でヤクザ者と裏で繋がっていた不貞貴族も、ある程度摘発する事ができたが、ほとんどは脇の甘い連中ばかりで、大物を釣り上げる事は出来なかった。
ちなみに捕まったヤクザ者やホームレスは、労働力として北部開発区の人足寄せ場に放り込まれた。
人足寄せ場とは、犯罪者などを社会復帰させるために職業訓練を行う場所だ。
少量の血が流れる事を覚悟していたが、その様な事は起こらず、結果的に、ヤクザ者や一部の不貞貴族を排除した事で、トリスタニアのアンダーグランドは人畜無害な連中ばかりになった。
一方、民衆の反応はいうと、ヤクザ者と手を組んで儲けていた者も居たし、少々苛烈だった為か評価は半々だった。
ともかく、不貞貴族の手足となる者たちは排除された。
……
この日、マクシミリアンはチクトンネ街にある大衆酒場兼宿場『魅惑の妖精』亭の前に居た。
この時はまだ『大掃除』の真っ最中で、市民に扮した密偵団員が秘密警察宜しくトリスタニア市内を歩き回っていた。
マクシミリアンは『水化』の魔法を応用して、何処にでもいる様な普通の青年に姿を変えていた。
何故、この様な所に居るかというと、カトレアに中々会えない寂しさを紛らわす為の気晴らしだった。
「あら~♪ ナポレオンちゃんいらっしゃ~い♪」
『魅惑の妖精』亭の店主スカロンが、自慢の肉体をクネクネさせながら入店したマクシミリアンを迎え入れた。
『下町のナポレオン』
と名乗り、マクシミリアンは『魅惑の妖精』亭の常連になっていた。
「こんにちは店長、今日も楽しませて貰うよ。コレ、ジェシカちゃんに渡してあげて」
マクシミリアンはスカロンに安物のぬいぐるみを渡した。ちなみにジェシカとはスカロンの娘で今年で5歳になる。ルイズと同い年だ。
「トレビアァ~ン! ありがとうねぇ~ん、ジェシカも喜ぶわぁ~♪」
先月、スカロンは妻を亡くし、その日以来オカマな物腰と言動の変態になってしまった。
ジェシカも母を亡くしたショックで一時、塞ぎこんでいたが、生来の芯が強さとスカロンたちの励ましで、現在は元気を取り戻していた。
「いらっしゃいませ~、お席へどうぞ」
スカロンと別れ、見目麗しい店員に案内されたマクシミリアンは一時の安息を楽しむ事にした。
……
「最近ね、チクトンネ街にマダム・ド・ブランの洋服を扱う店が出来たの」
マクシミリアンに宛がわれた女の子は、マリーという名前で抜群のプロポーションを持ち、店では5本の指に数えられるほどの人気を誇っていた。
ちなみにマクシミリアンは、ポケットマネーから酒代を出している。
「マダム・ド・ブランか、最近良く効く名前だな、そんなに良い服を扱っているのか?」
「なんでも、何人かの芸術家のパトロンをやっていて。その芸術家達にデザインを任せているそうよ」
「へー」
「ねぇ、ナポレオンさん、今度、その店を見に行かない?」
(要するに買えということか)
もとよりマクシミリアンは、火遊びはするつもりは無い。
「そうだな~、どうしようかな」
考えるそぶりをした。
マリーを始めこの店の女は男を相手にするプロだ、この言葉で脈が無い、と踏んだ。
「あ、他のお客さんが呼んでるから、また指名してね」
「あらら、ふられちゃった」
マリーは去り、マクシミリアンは一人酒をしていると、スカロンの娘ジェシカが寄って来た。
「おお、ジェシカ。元気になったみたいだな、お兄さん嬉しいよ」
「ナポレオンの兄さん、人形ありがとう、大事にするわ」
ハルケギニアでは珍しい黒髪をなびかせ、ジェシカはマクシミリアンの隣に座った。
「お酌するわ」
「お、ありがとう」
空になった木杯にワインを注いだ。
「美味しい?」
「……うん、美味いよ、何処のワイン?」
「タルブ村、私の実家がある所よ」
相手は五歳という事もあって、ママゴトの延長みたいな酒の相手だったが、ジェシカは甲斐甲斐しくマクシミリアンの相手をした。傍から見れば年の離れた夫の世話を焼く幼な妻に見えたかもしれない。
……
マクシミリアンが『魅惑の妖精』亭に出入りする様になった時期は、ちょうどジェシカの母が亡くなり塞ぎこんでいた頃だった。
『水化』で変身して、酒の飲める場所を探していると、『魅惑の妖精』亭の前で一人の少女に出会った。
「そこのお嬢ちゃん、この店は飯も食えて酒も飲めるのか?」
「そうよ、看板見れば分かるでしょ。『魅惑の妖精』亭……何百年と続く店よ」
「そうか、ありがとう……ところで、何でそんなに暗い顔をしてるんだ?」
「別にどうもしないわ」
目の前で泣きそうな娘が居たら、放っておけない性質のマクシミリアン。
少女を励ます為に、水の魔法で作ったシャボン液と、道端に咲いていたタンポポの茎で作ったストローをプレゼントした。
「なにこれ?」
「シャボン玉だ、遊び方はこうやって……」
シャボン液をそこら辺に転がっていた木杯に入れ、ストローでかき回した。
マクシミリアンは、ストローを吹くとシャボン玉が屋根まで飛んだ。
「わぁ……」
ジェシカは驚きの声を上げた。
「遊び方は分かったろう? ほら、あげる」
「いいの?」
「かまいやしないよ」
「ありがとう!」
にっこりと子供らしい笑顔になった。
「名前教えて、『魅惑の妖精』亭で食べるんだったらサービスしてあげる。私、ジェシカ。この店の娘だから」
「親御さんに悪くないか? まあ……いいか、オレは下町のナポレオンだ」
「変な名前」
「ほっとけ」
ハハハ、と笑いあい。ジェシカはシャボン玉を吹こうとタンポポのストローに口をつけた。
「関節キスだね」
「ませた娘だな」
ジェシカが作ったシャボン玉は、狭い路地裏から青い空へと昇っていった。
「……お母さんの所へ届くといいな」
とつぶやいた事を、1ヶ月経った今でも覚えている。
十分に料理と酒、女の子(幼女)を堪能したマクシミリアンは、支払いを済ませ『魅惑の妖精』亭を出た。
店を出る際に、酒の相手をしてくれたジェシカにチップとしてエキュー金貨を1枚渡した。
「ほら、チップだ」
「ありがとう、また来てね、待ってるから」
「ああ、またな」
ジェシカはマクシミリアンの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
☆ ☆ ☆
ほろ酔い気分でブルドンネ街を歩いていると、市民達が集まり騒ぎになっていた。
「あれはいったい、何の騒ぎだ?」
遠巻きに見ていた市民達に聞いてみる。
「ついさっきまで、大捕り物があったんだ」
「いや、凄かった、まるで獣みたいな女の子だったよ」
「女の子?」
「ああ、散々暴れてな。大人数で押しつぶされて、あの馬車に放り込まれた」
「こっちに来る」
人だかりを掻き分け、馬車が近づいてきた。
マクシミリアンが、御者座を見ると知っている者が乗っていた。
(やっぱり『大掃除』に関係してるのか)
そう判断し荷台の方を見ると、思わず目を疑った。
「あの女の子、アニエスか!?」
ボロボロの擦り傷だらけだったが、見覚えのある短い金髪だった。
「おお~い! そこの馬車、待ってくれぇ~!」
マクシミリアンは路上に飛び出し、馬車を止めようと前に躍り出た。
「おおおお! 馬鹿野郎! 死にたいか!」
辛うじて止まった馬車。
当然、御者はマクシミリアンを怒鳴りつけた。
「そこの女の子は、僕の知り合いだ、逮捕は待ってくれないか?」
「お前が誰かは知らんが、引き渡すわけにはいかん。ついでにお前もしょっ引くぞ」
マクシミリアンは『水化』で変身中なのを思い出し懐中から杖を出して自分の頭を叩いた。
叩いた箇所から波紋が発生し、元の姿に戻った。
「でで、殿下! 何故この様な所に!?」
周囲の人々は驚いた顔で、マクシミリアンを見た。
何よりアニエスの驚愕振りは凄まじい物だった。
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