英雄伝説~光と闇の軌跡~(FC篇)
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第122話
~グランセル城・空中庭園~
ハーモニカの音を頼りにヨシュアを探していたエステルは空中庭園の一角で、ハーモニカでいつもの曲――『星の在り処』を吹いているヨシュアを見つけた。
「……やあ、エステル。いい夜だね。」
自分に近づいてきたエステルに気付いたヨシュアはハーモニカを吹くのをやめ、憑き物が落ちたような笑顔で話しかけた。
「うん……。また、その曲なんだ。『星の在り処』」
「色々なものを失くしたけど……。この曲と、このハーモニカはいつも僕のそばにいてくれた……。だから、『吹き収め』にと思ってね。」
「え……」
エステルはヨシュアの言葉に驚いた。
「約束、果たさせてくれるかな。君に会うまでに僕が何をしてきたのか……。それを、今から話したいんだ。」
「ヨシュア……。うん、わかった」
ついに今まで話さなかったヨシュアの過去の話を聞くことに、エステルは決意の表情で頷いた。
「少し長い話になるけど、それでも……構わないかな?」
「もちろん……。キッチリ最後まで聞かせてもらうわ。」
エステルはヨシュアが話すどんな過去でも受け止めることがわかるように笑顔で深く頷いた。
「ありがとう……。………………………………」
いつもの太陽のような笑顔のエステルを見てヨシュアは笑顔になった後、エステルに背を向け手すりにもたれかかるようにして自分の過去を話し始めた。
「昔々、あるところに……。あるところに1人の男の子がいました。甘えん坊で気が弱くて何の取り柄もない男の子……。でも、大切な人たちと一緒にいて男の子の毎日はとても幸せでした。」
―――それは大切な人と共に笑いあい、幸せを分かち合った幸福の時―――
「しかし、ある事がきっかけで男の子の心は壊れてしまいました。言葉と感情を失い、食事もとらずにハーモニカを吹き続ける毎日……。面倒を見てくれた人の努力も空しく、男の子は日に日に痩せ衰えていきました。」
―――ずっと続くと思われた幸福が突如壊れ、男の子は現実から目を背けるように、誰の言葉にも耳を貸さず痩せ劣る中ひたすらハーモニカを吹き続けた―――
「そんな男の子の前に1人の魔法使いが現れました。『私がその子の心を治してあげよう。ただし、代償は払ってもらうよ。』」
―――『魔法使い』に預けられた男の子は壊れた心を繋ぎ合せるかのように徐々に心が戻って来たかのように見えた。しかし、それは『魔法使い』によるまやかしであった―――
「魔法使いは、男の子の存在を好きなように作り変えていきました。そして、新たな心を手に入れた時―――男の子は人殺しになっていました。」
―――『魔法使い』によって生きた殺人兵器へと造り上げられた男の子は毎日のように人を殺し続けた―――
「何十人もの部隊を、闇に紛れて全滅させたこともあります。屈強な護衛に守られていたとある国の大臣の屋敷に潜入して、その喉をかき切ったこともあります。時には爆発物を使い、罪もない人々を巻き添えにしました。いつしか男の子は、ただの人殺しから優秀な化物に成長し……『漆黒の牙』と呼ばれ恐れられるようになっていました。」
―――そんなある日、男の子はいつものように『魔法使い』からある人物の暗殺を命じられる。それは―――
「かつて女王様が治める国を北の大きな国から守った英雄。大陸で4人しかいないという特別な称号を持っている遊撃士を。」
―――『英雄』を確実に殺すために、男の子は無邪気な子供のふりをして近づいて不意をついて殺そうとしたが―――
「でも、その標的は強すぎました。子猫が虎にいなされるように男の子は撃退されてしまいました。失敗した男の子の前に魔法使いの手下たちが現れました。標的に顔を知られてしまった男の子を始末しようとしたのです。」
―――『英雄』に撃退された男の子は抵抗もできなかったので、自分を殺す凶刃を見つめることしかできなかった。しかし―――
「しかし、その手下を追い払って男の子を救ってくれた人がいました。それは、男の子が暗殺に失敗した当の標的である遊撃士だったのです。」
―――男の子の命を守るために手下を撃退した『英雄』は気絶した男の子をどうするべきか考え、ある妙案が頭に浮かんだ。それは―――
「そして、男の子は……その人の家に連れてこられてひとりの女の子に出会いました……。その家で、男の子は5年もの間、素敵な夢を見せてもらいました。本当なら、その男の子には許されるはずもなかった夢を……。」
―――それはかつて男の子が夢見ていた幸福の時間。尊敬できる父、優しい母、そして………太陽のような眩しい笑顔をいつも自分に向けてくれる愛しい少女。ようやく手に入れた幸福の時は続くかと思われたが―――
「だけど、夢はいつか醒めるものです。現実に戻る時が迫っていました。」
「これで……この話はおしまいだ。ありがとう……最後まで耳を塞がずに聞いてくれて。」
話を終えたヨシュアはエステルに向き直り、壮絶な自分の過去の話を耳を塞がず静かに聞いてくれたエステルにお礼を言った。
「………………………………。……えっと……あは…………。それって……どこまで本当なの?」
ヨシュアの壮絶な過去を聞いたエステルは御伽話を聞いたような気分になり、どこまでが真実か聞き返した。
「全部―――本当のことだよ。僕の心が壊れているのも。僕の手が血塗られているのも。君の父さんを暗殺しようとして失敗したのも。そして……今までずっと君たちを裏切り続けていたことも。」
「!?」
ヨシュアの過去が全て真実で、さらに今まで自分達を裏切り続けていたという告白を聞いたエステルは信じられない表情になった。
「男の子は本当の意味で救いようがない存在だった。そこにいるだけで不幸と災厄をもたらすような……。そんな、穢れた存在だったんだ。」
「………………………………」
エステルは何を言えばいいかわからず、沈黙し続けた。
「だから……男の子は旅立つことにした。幸せな夢を見せてくれた人たちをこれ以上、巻き込まないために。自分という存在を造った悪い魔法使いを止めるために。」
ヨシュアはエステルに近づき、いつも大切にしていたハーモニカをエステルの両手に握らせた。
「え……?」
ハーモニカを渡されたエステルはヨシュアの行動が理解できなかった。
「それは、僕が人間らしい心を最後に持っていた時のものだ。もう必要ないものだから……。だから……君に受け取ってほしい。この5年間のお礼にはとてもならないだろうけど……。何も無いよりはマシだと思うんだ。」
「………………………………。…………かげんにしなさいよ」
エステルはヨシュアを睨みつけた後、顔を下に向け小さな声で呟き始めた。
「え……?」
「いい加減にしなさいっての!」
エステルは下に向けた顔をあげると、ヨシュアに近付き怒鳴った。
「夢なんて言わないでよ……っ!まるで……今までのことが本当じゃなかったみたいじゃない!過去がなんだっていうの!?心が壊れてる!?それがどーしたっていうのよ!?」
「エステル……」
悲しみを抑えて必死に笑顔で自分を止めようとするエステルを見てヨシュアは目を伏せた。そんなヨシュアを気にせずエステルは大きな声で話し続けた。
「あたしを見て!あたしの目を見てよ!ずっと……その男の子を見てきたわ!良い所も悪い所も知ってる!男の子が、何かに苦しみながら必死に頑張ってたってことも知ってる!そんなヨシュアのことをあたしは好きになったんだから!」
「!!!」
エステルの告白にヨシュアは目を見開いて驚いた。
「1人で行くなんてダメだからね!あたしを、あたしの気持ちを置き去りにして消えちゃうなんて!そんなの、絶対に許さないんだからあっ!………うっ………うう………」
「……エステル……。………………………………」
涙を見せ始めたエステルにヨシュアは何を思ったか、エステルの肩に手を乗せた。
「え……?」
そしてヨシュアはエステルに口づけをした。
「……あ………………。(……ヨシュア……)」
待ち望んでいた初恋の少年との口づけにエステルはされるがままになっていたが、口に違和感を感じヨシュアから離れた。
「なに今の……!口の中に流れて……」
「……即効性のある睡眠誘導剤だよ。副作用はないから安心して。」
「あ……」
眠気が突如エステルを襲い、眠気に耐えられなくなったエステルは地面に崩れ落ちるように膝をついた。
「ど……どうして……?……何でそんなものを……!」
自分に睡眠薬を飲ませたヨシュアをエステルは信じられない表情でヨシュアを見た。
「僕のエステル……お日様みたいに眩しかった君。君と一緒にいて幸せだったけど、同時に、とても苦しかった……。明るい光が濃い影を作るように……。君と一緒にいればいるほど僕は、自分の忌まわしい本性を思い知らされるようになったから……。だから、出会わなければよかったと思ったこともあった。」
「……そんな……」
ヨシュアの言葉に強力な眠気で虚ろな瞳になりつつあるエステルは悲痛な声をあげた。
「でも、今は違う。君に出会えたことに感謝している。こんな風に、大切な女の子から逃げ出す事しかできないけど僕だけど……。誰よりも君のことを想っている。」
「……ヨシュア……ヨシュア……」
エステルは眠気が襲ってくる中、ヨシュアを引き留めるために何度もヨシュアを呼び続けたが。
「今まで、本当にありがとう。出会った時から……君のことが大好きだったよ。―――さよなら、エステル。」
ヨシュアの決別の言葉を聞くと同時にエステルは眠りに落ちてしまった…………
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