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羊料理の素材

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1部分:第一章


第一章

                    羊料理の食材
 中国人は犬も食べる。それこそ四本足のものは机か椅子以外は全部食べるのだから犬を食べるのも当然と言えば当然の話だ。
 しかしこれを批判する者がいる。文化が違うのだから批判するのはお門違いだがそれでもだ。それはチャイニーズ=レストランに対する誤解にもなっていた。
 オーストラリアメルボルン。ここでそのことを深く誤解する一人の老婆がいた。
「信じられないわ」
 ジェーンはこう言ってそのことを聞く度に顔を顰めさせる。
「日本人が鯨を食べるのも信じられないけれど」
「おいおい、またその話か」
 夫のデカログは妻が太った白い顔をことさらに顰めさせるのを見る度に笑って言うのだった。
「だから。そんなに食べるわけじゃないらしいぞ」
「けれど食べるのよね」
 それでも言うジェーンだった。
「アメリカ人も蛙なんて食べるし。呆れるわ」
「蛙も駄目なのか」
「鯨も犬も蛙も駄目よ」
 むきになっていつもこう主張するのだった。
「あんな可愛いものを食べるなんて」
「そういうものか」
「そうよ」
 デカログに対して述べる。
「絶対駄目。特に犬はね」
「まあ犬を食べるのは俺も駄目だな」
 デカログもそれに頷いて足元を見る。見ればそこには黒いダックスフントがいる。そのダックスフントは二人の足元ですやすやと眠っている。
「ビリーを食べるなんてとてもな」
「ええ。ビリーは私達の最後の孫よ」
 ジェーンもビリーをいとおしげに見下ろして言うのだった。
「孫を食べる人間はいないわよ」
「そうだよな。ところで」
「何?」
「今度チャイニーズレストランに行かないか?」
「犬を食べに?」
「まさか」
 肩をすくめてそれに言葉を返す。
「豚肉だよ。何なら牛か羊でもいいさ」
「そう。それならいいけれど」
 それを聞いてまずはほっとするジェーンだった。
「豚肉ならいいわ」
「魚も美味いらしいぞ」
「魚もいいのよ」
 機嫌をなおしたような顔でデカログに答える。
「お魚は身体にもいいしね」
「日本人がよく言っているな」
「日本人も魚や羊を食べていればいいのよ」
 いささか手前勝手なことを言い出した。だが彼女に悪気はない。あくまで本人からしてみれば善意で言っているのである。
「お魚は大好きなんだし後は羊」
「羊か」
「日本人は羊を食べないそうね」
 いぶかしむ顔で夫に問うた。
「ああ、そうらしいな」
「わからないわ。羊は美味しくてカロリーも少なくて」
 オーストラリアでは羊料理がかなり有名である。牛肉も食べるのだが羊もかなり食べているのである。オーストラリアやニュージーランドでは羊は親しみのある存在なのだ。
「鯨なんかよりずっといいのに」
「確かに羊はいいな」
 デカログもそれに頷く。彼も羊は好きなのだ。
「じゃあ羊料理にするか」
「中国の羊料理ね」
「ああ。これが中々いけるらしいんだよ」
 こう妻に話す。実は彼自身が行きたくてたまらず妻をその気にさせようとしているのである。しかし妻にはそれは出してはいない。
「どうだい?」
「そうね、行きましょう」
 ジェーンもそれに乗った。
「そういうことでね」
「よし。じゃあ明日行くか」
「ビリーも一緒よ」
 ここでまた足元のビリーをいとおしげに見るのだった。本当に大事にしているのがわかる。
「いつも通りね」
「ああ、それは絶対だ」
 デカログも一も二もなく妻の言葉に頷いた。
「ビリーを置いて何処にでも行けるものか」
「そうよね。もう子供も孫も皆家を出たし」
 ここではジェーンは寂しげな顔になった。今家にいるのはこの夫婦だけなのだ。それを思うとやはり寂しくその分だけビリーがいとおしいのである。
「ビリーしかいないものね」
「そういうことだ。じゃあ明日な」
「ええ」
 こうしてそのチャイニーズレストランにビリーと共に行くことになった。その当日。レストランは本格的な中華風であり異国情緒を二人に見せていた。赤っぽい木の柱も金色の装飾も二人の目を楽しませる。とりわけ看板でもそうだが黒や金色に書かれた感じが彼等をして中国に来たような気にさせて心を楽しませていた。
「中々いい内装ね」
「ああ、それで評判もいいらしい」
 店の中を赤いチャイナドレスのウェイトレスに案内されながら進む。その中で妻に対して述べた。
「本格的だってことでね」
「味は?」
「味も折り紙つきらしいね」
 にこりと笑って妻に述べる。
「一度食べたら病みつきになるらしい」
「そんなになの」
「ああ。とにかく美味いらしい」
「そう。じゃあ期待させてもらうわ」
 見れば案内しているウェイトレスは金髪で彫のある顔でそれを見ただけで彼女がオーストラリア人であることがわかる。しかしそれは今はどうでもよく先に進むのだった。ところがここでそのウェイトレスが振り向いて二人に告げるのだった。
 
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