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パパの手料理

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4部分:第四章


第四章

「じゃあ。そこにお肉を入れて」
「こうだな」
「そうそう」
 とりあえず肉を置いた。だが問題はそれからだった。
「暫くそのままね」
「焼くだけだな」
「ひっくり返す時になったらまた言うから」
「そろそろか?」
「いえ」
 父の言葉に首を横に振る。彼女にはタイミングがもうわかっていた。
「まだよ。けれど」
「もう少しなんだな」
「お肉の脂が焼けてからだから」
 そこをじっと見ていた。見ればもう少しだった。
「そうね、今よ」
「よしっ」
 その言葉を受けてひっくり返す。後はまた程よく焼いて繰り返すだけだった。
「これでよしね」
「お姉ちゃん、サラダテーブルの上に置いておいたから」
 丁度いいタイミングで加奈が言ってきた。
「御飯入れておくわね」
「ええ、御願い」
 麻奈はそう妹に答える。
「そうそう、後スープを温めておくわ」
「あっ、昨日の野菜スープね」
「ええ、それ」
 これは昨日二人が佳子を手伝って作ったものである。これで御飯は置いておいて完全な洋食となったのである。見れば加奈はもう食器の用意もしている。後はステーキを入れるだけであった。ところがここで。
「もう入れて」
「よしっ」
 父が肉を皿に入れるのを失敗した。肉を跳ね上げてしまったのだ。
「あっ!」
「しまった」
 何故か肉を跳ね上げた本人の言葉の方が暢気だ。麻奈は慌てて皿を手に取ってその肉を受け取った。何とかセーフであった。
「気をつけてよね」
「ああ、済まない」
「まあこれで何とか終わりね」
 それでも肉は焼け終えた。そのことにほっと胸を撫で下ろす。
「よかったよかった」
「ああ、見てみろ」
 準はここで誇らしげに娘達に対して言う。
「できたな」
「そうね」
「ええ」
 娘達はそんな父に反比例するかのように白けた顔になっていた。
「何とかね」
「できたって言うのかしら」
「お父さんはやればできるんだ」
 娘達の白けた顔も言葉も見ずに聞こえずに述べる。
「これでわかったな」
「わかったから」
「とにかく食べましょう」
 父の言葉を受け流しながら言う二人だった。相手をしていてはきりがないからである。そうしたところは実にクールな二人であった。
 何はともあれ味は食べられるものであった。実質的には二人が作っているから当然であった。だが準はこのことでやけに自信をつけてしまったのであった。
 次の日。帰って来た佳子に対して誇らしげに昨日のことを言うのだった。
「それ本当!?」
「ああ、俺が嘘をついたことはあるか?」
「ないわね」
 それは彼女が一番よく知っていた。昔から正直なのだ。何かを思いきり間違えることはあっても嘘はつかない。それは彼女も認めるところであった。
「じゃあ本当のことなのね」
「美味かったぞ」
 今度は自画自賛する。
「俺は家事だってできるんだ、それがはじめてわかった」
「そうなの」
「ああ。それじゃあ今からな」
 そうして彼は犬のロープを持ってまた言う。
「散歩に行って来る。それじゃあな」
「車には気をつけてね」
 これは挨拶のようなものであった。
「いいわね」
「ああ、じゃあ行って来る」
 こうして準は得意げな顔でバッキーの散歩に出て行った。佳子はそれを見届けてから家のリビングに入った。そこには彼女にとっては都合よく娘達がいた。彼女は娘達に尋ねた。
「お父さんだけれど」
「大変だったわよ」
「ねえ」
 これが娘達の返答であった。佳子もこれは予想していた。
「そう、やっぱりね」
「だって何も知らないし」
「動きも危なっかしいし」
 二人はそれぞれそう母に述べる。
「一から十まで側にいて教えたんだから」
「包丁の使い方だって知らなかったしね」
「かなり大変だったのね、それじゃあ」
 娘達からの話だけで全てわかった。そこまで聞いてふう、と溜息をつくのだった。
「お疲れ様」
「有り難う、お母さん」
 娘達は母の今の言葉ににこやかに笑って応えた。
「けれどあれよ」
「もう二度とね」
「それはわかってるわ」
 佳子も心得たものだった。二人の話だけでそれは決めていた。
「お父さんにはね。二度とお料理はね」
「けれどお父さんはわかっていないみたいなのよ」
「そうよね」
 麻奈と可奈は困った表情を見合わせて言い合う。
「自分で自分はわからないのね」
「困ったことにね」
「男は皆そうなのよ」
 また実に意味深い佳子の言葉であった。
「自分ではできる、わかったつもりでも」
「実は違うのね」
「よく覚えておいてね」
 そう娘達に語る。
「それを気付かさせずにフォローするのも女の子の仕事だってね」
「何かそれって」
「凄く大変そう」
「それがそうでもないのよ」
 娘達に笑って述べる。
「かなり抜けているから」
「そうなの」
「ええ。あんまり力を張らずにね。やるといいわ」
「わかったわ」
「じゃあお父さんにもね」
「ええ、今まで通りね。気付かさせずに」
 そう話をするのだった。家の女達の話には全く気付かずに能天気に散歩を続ける準は外でくしゃみをした。けれどそれを風邪のせいにするだけであった。


パパの手料理   完


                   2007・12・1
 
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