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パパの手料理

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1部分:第一章


第一章

                     パパの手料理
「じゃあ金曜いないから」
「ああ」
 準は妻の佳子の言葉に頷いていた。
「それで帰って来るのは確か」
「土曜よ」
 佳子は夫に対してこう答えた。
「それまで御願いね」
「ああ、わかった」
 準はあらためて妻の言葉に頷いた。
「一日だけならな」
「お留守番位できるわよね」
「おい、ちょっと待て」
 今の妻の言葉にはクレームをつけた。
「それじゃあ何だ?俺が何もできないみたいじゃないか」
「だって実際にそうだし」
 佳子も佳子で容赦ない言葉を夫に告げる。
「お洗濯もお掃除もできないし」
「うっ」
 こう言われると反論出来ない。実際に彼は洗濯も掃除もやってみるとかえって滅茶苦茶にしてしまうのが常であるのだ。それがあまりにも酷いので家事は全部佳子がしている程である。こうした旦那というものは残念ながら何処にでもいるものであるが準もその中の一人であるのだ。外見は太り気味でそろそろ頭が薄くなってきているところからも如何にもといったおじさんだけにそれが絵になるのもまた悲しい。なお佳子も若い頃はジャッキー=チェンをそのまま女の子にしたような感じだったのに二十歳になるととびきり奇麗になって今ではあちこちに肉がつきだしている。こちらもこちらで典型的な中年のおばさんであった。
「そうでしょ?だからよ」
「じゃあ俺は何もするなってことか」
「そういうこと」
 またはっきりと妻に言われた。
「わかったわね。本当に何もしなくていいから」
「じゃあ家事は誰がやるんだ」
「麻奈と加奈がいるじゃない」
 二人の娘である。二十歳の頃の佳子に似た美人姉妹である。麻奈が中学一年で加奈が小学六年だ。一歳違いだがまるで双子のような姉妹である。
「二人に全部言ってあるから」
「俺はいるだけか?それだと」
「そうよ」
 またはっきりと言われた。
「お風呂とかも全部言ってあるから。仕事から終わったら御飯食べてお風呂入って寝て」
「いつも通りか」
「そう、いつも通り」
 こうも言われた。
「だから本当に何もしなくていいから。わかったわね」
「それはわかったが」
 準はここまで聞いてあらためて腕を組んで首を捻るのだった。
「何か。俺を除け者にしていないか?三人で」
「はっきり言ってそれに近いわね」
 また随分な物言いであった。
「だってあなた家事は何も出来ないから。動いてもらったら困るのよ」
「困るのか」
「ええ、困るわ」
 容赦なく言う佳子であった。
「わかったら大人しくしていてね。一日だけだし」
「全く。人を危険物か何かみたいに言いやがって」
「仕方ないでしょ、本当に何も出来ないんだから」
 佳子の言葉はさらに容赦がなくなる。
「バッキーの散歩だけしていればいいのよ」
「俺ができる家の仕事はそれだけなんだな」
「そうじゃない、実際に」
 バッキーはこの家の飼い犬である。阪神ファンのこの夫婦がわざわざかつてのエースの名前をつけたのである。バースにしようとも思ったがそれだとありきたりなのでこの名前にしたのである。
「だからよ。わかったわね」
「ああ、わかった」
「それじゃあね」
 こうして佳子は妹の家に遊びに行くことになった。何でも美味しいものを食べに行くという。準は自分も美味しいものを食べたかった。この時はそれは少しだけの気持ちだったがすぐにかなり大きくなった。そうしてそれが騒動の元になるのであった。
 その金曜日。準は会社の中であれこれと考えていた。考えることはこの前の妻との話についてであった。どうしようかと考えているのである。
「何か面白くないな」
 正直何も出来ないと思われているのが癪だったのだ。
「このままだと。どうするか」
 ここで頭の中で美味しいものを食べたいという気持ちとつながった。これで彼はあることを思い至ったのであった。
「そうだ、ここは」
 これが騒動のはじまりであった。実にはた迷惑な。
「これであいつも黙るだろう。見ていろ」
 会社の中で一人不敵に笑う。社員達はそれを見て課長がおかしいとヒソヒソ話をはじめたのだが今の彼にはそれも全く目に入らないことであった。
 
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