馬の様に牛の様に
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1部分:第一章
第一章
馬の様に牛の様に
「もうね、最高よ」
「最高なのね」
「そう、最高」
真鍋美佳はこう言って思い切りのろけていた。黒く長い髪を七三で分けている。少しだけ曲線になった太めの眉にはっきりとした横に大きな目、これまた大きめの口。白く米粒型の顔によく似合っている顔立ちだ。美人と断言できる。
服は白い上着にセーター、それと緑がかった色のズボン。その格好で喫茶店において友人と話しているのである。
「あんな格好いい人と結婚できるなんて」
「丈さんだったっけ」
その友人は美佳の相手について述べた。
「確か」
「そうよ。若鷺丈」
それが彼女ののろけの相手らしい。
「背は一八〇超えてて。凄い格好いいのよ」
「格好いいだけじゃなくて、なのに」
「性格よね、性格よ」
それも褒める美佳だった。
「よく気が利いてくれて親切で包容力があって」
「男性として完璧ね」
「もう完璧」
紅茶にこれでもかと苺ジャムを入れながら友人に話す。そしてそれを銀色のスプーンで掻き混ぜている。ロシアンティーであるらしい。
「私がそんな人と結婚していいの?って感じよ」
「確かお仕事は」
「鰻屋さんよ」
それだというのである。
「実家でね。鰻をね」
「へえ、鰻もなの」
「だから包丁捌きが凄くて」
そちらも褒めるというかのろける美佳だった。
「もう電光石火で切って。お料理の味付けだってね」
「プロだけはあるってことね」
「そうなのよ。その人と結婚するのよ私」
「ラッキーね。会社の合コンでたまたま知り合って」
「運命の力よ」
ヴェルデイのオペラにするととてつもなく不吉なものになりかねない言葉だった。あまりにも不運な運命に翻弄される人々のオペラであるからだ。
「これこそね」
「それで式は」
「もうすぐなのよ、もうすぐ」
それももうすぐなのだという。
「今から楽しみよ。ウェディングドレスがいいか白無垢がいいか」
「鰻屋さんだったら日本よね」
友人は自分の前にあるその苺ケーキを食べながら美佳に尋ねた。
「確か」
「鰻っていったら日本でしょ」
美佳も言う。ある程度以上何を今更のやり取りになっていた。
「じゃああれかしら。白無垢かしら」
「そうしたら?」
友人もこう返すのだった。
「あんたの好きなようにね」
「そうさせてもらうわ。丈さんってね」
ここでまたのろけに入るのだった。
「何着ても似合うから。楽しみよ」
「楽しみにしてなさい。幸せにね」
「なるわよ。絶対にね」
満面の笑みで誓う美佳だった。こうして彼女は幸せな結婚をした。
丈は美佳が言う以上に爽やかな好青年であり黒い癖のある髪を耳のところで刈って短くしており細めの眉に優しげな顔立ちをしている。美佳の言う通り背は高く体型はすらりとしている。仕事である料理の腕も抜群でまさに申し分のない結婚相手だった。しかしであった。
「おかわり」
「おかわり」
「えっ、まだ食べるの?」
仕事場は実家だがアパートで二人暮しをはじめた美佳はまずは呆然となった。
「中華丼で三杯目だけれど」
「いつも五杯食べるんだ」
丈はその爽やかな声で美佳に答えるのだった。側に台所があるテーブルで向かい合ってそこで食べているのだ。
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