納豆ジェネレーション

第五章

「何か変わった具でしたね」
「サンドイッチの中身ですか」
「最初はシーチキンかと思ったら別のも入っていて」
　そのサンドイッチの味を思い出しながら告げるのだった。
「ツナサンドでもないし。これって一体」
「何だと思いますか？」
「さあ」
　言われても首を捻る。ベッドの中で首を捻るだけだった。
「何ですか、あれは。淡白な味で食べやすかったですけれど」
「歯ざわりは」
「悪くないですね」
　実際に歯ざわりについても悪く感じなかったのだった。
「柔らかくて。細かく刻んでましたけれどね」
「そうですか。悪くなかったですか」
「シーチキンの中に入ってて匂いはそんなに感じなかったですけれど微妙な匂いも感じたような気がして。一体何だったんですか、これって」
「御知りになりたいですか？」
　お医者さんは思わせぶりに笑って彼に問うのだった。
「何か」
「はい」
　何が何かわからないままお医者さんの言葉に頷く健吾だった。
「何ですか？これって」
「はい、驚かないで聞いて下さい」
「ええ」
「納豆です」
　彼が言う言葉はとんでもないものだった。
「納豆です、これは」
「はい！？」
　話を聞いた健吾はまずは何が何かわからなかった。
「今何と」
「ですから納豆です」
　彼はまた答えるのだった。
「納豆です、中に入れたのは」
「そんな訳ないじゃないですか」
　しかし健吾はその話を信じようとしなかった。
「納豆があんなに美味い筈がありません」
「けれど納豆なんですよ」
「あんなに淡白でそれで優しい味の筈がないじゃないですか」
　味覚はしっかりしていた。だから納豆の味もはっきりと認識できていた。
「歯ざわりだって。あんな味じゃ」
「ですが納豆です」
　お医者さんの言葉は変わらない。
「私がサンドイッチに入れていたのは紛れもなく納豆です」
「まさか。あれが」
「驚かれましたか？」
「納豆はあんな味だったのですか」
　普段のあの暴れんばかりの納豆嫌いが穏やかなのはやはり命さえ危ぶまれている状況だからだ。そしてそれだけでなく納豆の味に少し呆然となっているのだ。
「あんな穏やかで食べやすい」
「意外ですよね」
「ええ、意外なんてものじゃありません」
　健吾の言葉は素直なものになっていた。
「そうですか。あれが納豆の」
「何度も言いますが納豆を食べれば助かります」
　お医者さんはここでまた健吾に言ってきた。
「食べられますか？」
「そうですね」
　健吾は少し呼吸を置いた。そうしてそのうえで答えるのだった。
「いただきます」
「左様ですか」
「食べてみるとまんざらではないものですな」
「だからそれずっと言うてるやん」
「美味しいって」
　ここで妻子が声を合わせて彼にまた言ってきた。
「納豆は美味しいって」
「言うてるやろ？」
「そやな」
　健吾も遂に頷いた。ベッドの中で声だけであったが。
「美味いわ。じゃあそれ食べてや」
「うん」
「どないするんや？」
「生きたるわ。美味いもん食ってな」
　これが彼の決断の言葉だった。こうして彼は大嫌いだった納豆を美味いと言って食べて助かったのだった。結局のところ食わず嫌いでしかなく食べてしまえばどうということはないのだった。これは何も納豆だけに限ったことではないのかも知れないが。


納豆ジェネレーション　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００９・５・８