悪ふざけ
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5部分:第五章
第五章
そのうちに料理自体は終わった。蒔絵も裕行もワインをかなり飲んでいた。
「蒔絵ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
真っ赤な顔で言われても説得力がない。派手な化粧の下はもう紅色であった。
「裕行さん、お酒はもうそれ位にして」
「構いませんよ、お母様」
彼も真っ赤な顔をしていた。デザートのアイスクリームももう食べてしまっている。
「ところで」
ここでおばさんは向こうに声をかけた。
「はい」
「後は邪魔者は席を外しまして」
「そうですね」
あちらの御母堂もそれに頷いた。
「まさか」
蒔絵はその二人のやり取りを見て本能的に悟った。
「若い人同士でということで」
「それでは」
こうして二人はそそくさとその場を後にした。席には蒔絵と裕行さけが残った。
蒔絵はこの状況をまずいと思った。これでは話を潰すのにも相手がいないからだ。
彼女のターゲットは最初見合い相手であった。だが相手が同じ行動を取ってしまうとなると。ターゲットは同行している御母堂ということになる。だが彼女がいないのではどうしようもなかった。
口を開くにも開けない。どうしていいかわからなかった。
「あの」
だがここで向こうから口を開いてきた。
「はい!?」
「このお見合い、ひょっとして潰す気でしたか?」
向こうからこう切り出してきたのだ。
「えっ!?」
「いえ、若しかすると、と思いまして」
彼は言った。
「その格好も様子も。そうですよね」
「それは」
「実は僕もなんですよ」
彼はそのパンクな外見からは想像も出来ない程の礼儀正しい物腰でそう述べた。
「今回のお見合いは。あまり気が乗らなくて」
「貴方もだったんですか」
蒔絵はそれを聞いて急に気が楽になった。それでこう言った。
「貴方もって!?まさか」
「ええ、私もなんですよ」
そして笑っていた。
「何か。今は結婚したくないな、って思いまして」
「やっぱりそうなんですか」
裕行はそれを聞いて顔を明るくさせた。
「同じですね。僕もそうでして」
「やっぱり」
二人共格好からは似ても似つかわない礼儀正しい様子で話をはじめた。
「今はまだ。一人でいたくて」
「御一人なんですか?」
蒔絵はそれを聞いて尋ねた。
「はい、一人です」
「御一人ですか」
「この前恋人と別れたばかりで」
「何か似ていますね」
「似ていますといいますと!?」
「実は。私もそうなんです」
蒔絵はうっすらと笑ってそう述べた。
「貴女も」
「はい。それで暫くは一人でいたいと思いまして」
「その格好を」
「これでお見合いを確実に潰すつもりだったんですけれどね」
「考えることは同じだったみたいですね」
「そうですね」
二人はそう言って互いに笑みを見せ合った。
「何か、僕達似ていますね」
「ええ」
確かに行動はそっくりだった。ここまでくるとかえって笑ってしまう。
「けれどまさか。相手がそんな格好するなんて」
「思いませんでしたわ」
蒔絵はリラックスしていた。話しているのも楽しくなってきた。
「まさかとは思いますから」
「そうですよね」
裕行はそれに相槌を打つ。
「こんなことってあるんですね」
「そうですね。何か面白く思えますよ」
「はい。何かこれでお別れなのが」
「惜しい位に」
ここでも二人同じ考えであった。
「あれっ!?」
そしてふと出て来た言葉に顔を見合わせた。
「おかしいですね」
「そうですよね、何か」
名残惜しいと。思えば不思議な言葉であった。
「お互いお見合いを潰す為にこんな格好してあんなことしたのに」
「こんなこと言うなんて」
「けれど。何か悪い気はしませんね」
「そうですね」
「高橋さんでしたね」
「はい」
まずは蒔絵が答えた。
「木原さんでしたよね」
「はい、そうです」
今度は裕行が答えた。
「今更こんなこと言うのは何ですけど」
「ええ」
二人は顔を少し赤くさせて言った。蒔絵はその濃い化粧で赤いのがわかりにくいが。
「結婚はともかくとしてお付き合い致しませんか」
「はい」
蒔絵はその言葉にこくりと頷いた。
「私でよければ」
「こちらこそ。お願いしますね」
こうして二人は交際をはじめることにした。結婚はともかくとして付き合いははじまったのである。
「何はともあれよかったじゃない」
おばさんはその結果を聞いて嬉しそうにこう言った。
「最初はどうなるかって思ったけれど」
「それは私もよ」
お見合いの後で喫茶店で話をしていた。コーヒーを飲みながら二人で話をしている。
「実はね」
「何なの?」
「このお見合い、嫌だったのよ」
「やっぱりね」
おばさんはそれを聞いて頷いた。
「わかってたの?」
「そんなの態度見ればわかるわよ。あれだけ写真見る時点でごねてたんだから」
「あの時ね」
そういえばそうであった。彼女はその時から渋々だったのだ。おばさんにはそのこともわかっていたのだ。
「わからない筈ないでしょ」
「はあ」
「私だってこういうこと何度もやってるんだから」
「けれど。失敗したわ」
蒔絵は両手を頭の後ろで組んでこう言った。
「自分でもお付き合いすることになるなんて思わなかったから」
「その割りに嫌な顔じゃないわね」
「今はね」
そう返す。
「だって。お互い同じこと考えたし」
「あらあら」
「二人で話してみると本当にそっくりだったし。悪い気はしなかったから」
「だからお付き合いすることに決めたのね」
「そうよ。けれど結婚は考えていないから」
「今のところは?」
「まあね」
返事をする声が弱くなった。何故か頼りなげな顔になって少し俯いた。
「やっぱり。まだ一人でいたいから」
「まあそこはじっくり考えなさい」
おばさんはそんな蒔絵に優しい声をかけた。
「時間はあるからね」
「そうさせてもらおうかな」
蒔絵は裕行と付き合うのも悪くはないと思った。むしろこれから二人で楽しくやっていきたいと思っていた。
お見合いの悪ふざけ、それからはじまった話。だが二人の交際はここからはじまった。潰れる筈の話、壊すつもりだった話が実る話になったのであった。
悪ふざけ 完
2006・6・10
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