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トンデケ

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第十話 地球の出産

『フロアの中央を空けてください。』

その声に従い、フロアの中央付近に居た者たちが後ろへ退く。
すると床下から、何か尖った物が音もなくスルスルとせり上がってきた。
それは、先端がピラミッド状で下へ向かうほど幅広くなった四角い塔のような…。
紛れもなくそれは、オベリスクであった。
全体が透明で、クリスタルの結晶のようにも見える。
オベリスクは、見上げるほどの高さまでせり上がると、そこで上昇を止めた。
頭の中でまた声がする。

『みなさんのパワーをこの塔へチャージします。準備してください。』

この声の主は誰? ここはいったいどこなの?
知りたいことはいっぱいあった。
だが、誰もそのことを口にする者はいなかった。
今やるべきことだけに集中しようと懸命だった。
そうすることが地球を救うことになるのだ、
自分たちの使命なのだと、誰もが何の根拠もなしに、
ただ頑なに信じ切っていた。

頭の声がカウントダウンを開始。

『10、9、8、7、6…』

百香は背筋を伸ばし、額に手を当てると、深呼吸で精神統一する。
頭の奥がふっと痺れた。よし、いつでも来い!

『5、4、3、2、1、今です!!』

そこに居る全員が息を合わせ
ありったけの力をオベリスクに向けて放射する!!
すると、オベリスクが呼応するかのようにブーンと振動した。
その表面には電流がうねり、中央部分が熱を帯びたかのように赤く染まった。
ペリン、ペリン 時折弾くような、ヒビ割れるような不穏な音がする。

『チャージ完了。みなさん、力を抜いて休んでください。』

百香は額から手を離した。
全身が脱力したように座り込み、疲労感が重くのしかかる。
まるで長距離をマラソンした直後のように汗が噴き出した。
肩で息をしないと、苦しくて窒息しそうだ。
安堵の声があちこちからもれたが、やはり皆、息を切らしている。

するとモニターがぱっと光った。
チャージした力が放たれた瞬間だった。
ビームの先端が光のチューブの中央に集中放射されている。
そこに何かが見えてきた。
それはまるで小さな太陽のような、灼熱の物体であった。
オレンジ色の流動体に包まれているが、
底の方でメタリックな地肌が見え隠れしている。
あれが本体か…。

やがて全貌が露わになった。
それは、ほぼ北極を覆い隠すほどの巨大な影を落とした。
信じられない光景を目の当たりにして、皆、固唾を呑む。

「オーマイガー、オーマイガー、オーマイガー」

キャシーの興奮が止まらない。

「武井さん、あれ… なんなんですか?」

百香も聞かずにはいられなかった。

「………」

「産道を出てきた…ってことは、あれは、地球の子供?」

「………」

目くるめく動向に、武井はもはや言葉を失っていた。

宇宙空間へ放出された灼熱の塊、巨大な火の玉。
あまりの眩しさに百香はめまいを感じ、思わず武井にもたれかかる。
その時、モニターが突然ぷつっと切れ、数秒後に
質感の違う別の映像が浮かび上がった。
それを見て、誰もが「あっ」と短い声を上げた。

どこかで見覚えのあるその映像。
一言で言うなら、それは「人類の闇」、「黒歴史の記録」。
戦争、テロ、暴動、迫害、激しい怒りと憎悪の連鎖。
環境破壊を承知の上で、物質文明に溺れ驕る現代人。
欲と嫉妬にまみれ、我が物顔で世界を操ろうとする成金亡者たち。
人類の歴史をダイジェストにまとめた映像。
なんなのだ…、あの火の玉が見せているのか?

「そうか…、そうだったのか。」

武井はようやく気づいた。

「人類の悪行、醜い歴史のすべてがあの中に刻まれているんだ…。」

「なに、武井さん… わかるように言って。」

「つまり、あの火の玉はメモリーディスクなんですよ。
 人類の歴史を記録したデータ、あれはそのコピーなんだ。
 母体から分裂した細胞、もうひとつの地球…」

「もうひとつの地球?」

「なんてことだ…。地球は…、生命体だったのか!!」

母なる地球。
文字通り彼女が産み落としたものとは、
“もう一つの地球”だというのか…。


モニターが暗転し、元の映像が再びモニターに映し出された。
だが、さっきと様子が違う。
よく見ると、火の玉が小刻みに震えていた。

「ブーーーン ブーーーン」

低周波が絶え間なく押し寄せてくる。
音とともに、震えがどんどん大きくなっていく。
それは、百香たちの居るフロア全体を大きく振動させるほどであった。
床が不規則に傾いて、皆、立っていられず屈み込む。
だが、誰もモニターから目を逸らさない。
百香も武井とキャシーに支えられながら
事の成り行きを最後まで見届けようと、必死に火の玉を見据えた。

「あっ! あれは…」

誰かが指さす空間に、大きな丸い穴が開いた。
淵は白く、回転しているようだ。
水を貯めた洗面ボウルの栓を抜いた時にできる渦のような、
しかし、質感はむしろゴムに近い。
それが見る間に、火の玉を丸呑みしていく。
まるで生き物のように…。

「わおーっ!!」

「きゃー!!」

「ひぇー!!」

フロアのあちこちで、言葉にならない声が沸き起こる。
想像を絶する出来事に百香は瞬きを忘れ、
ぽかーんと開いた口は、ただ息をするばかりであった。

最後の炎がぱっくり飲み込まれると、時空の穴もぷっと瞬時に閉じた。
北極の上空、そこには留め処ない真空の闇だけが
何事も無かったかのように、ただ広がるだけだった。

終わった。誰もがそう確信した。
気がつくと、サングラスは外れていた。
疲れがどっと押し寄せ、百香は今にも失神しそうだった。
武井とキャシーに支えられながら、
四つん這いになって、ゆっくり体を横に倒した。

ぼんやりした頭の中で、またあの声がした。

『みなさん、よくやってくれました。感謝します。
 疲れたでしょう。これを飲んで休んでください。』

握った拳を広げると、
いつの間に渡されたのか、小さな赤い錠剤が一粒。
恐る恐る舌の上にのせてみる。
上あごが触れた瞬間、じゅわっと液体が溢れ出た。
甘酸っぱい。アセロラのような味がする。
液体は口内に膜を張るように広がり、乾いた喉を一瞬にして潤す。
同時にそれまでの疲労感がみるみる薄れて、体が楽になっていくのが分かる。
栄養ドリンクのようなものだろうか。
と思ったところで、百香の意識は遠のいた。




黄色や白の花が咲く広大な花畑を一人歩く百香。
誰かが向こうで手を振っているのが見える。
白いワンピースの女性、誰だろう…。

「ママ? そうよ、ママだわ!
 後ろにいるのは… ああ、おばあちゃん!!
 あっ、やだ、叔母さんもいるじゃない!
 なあんだ、みんな一緒だったのね。」

懐かしさと幸福感で涙が溢れる。

足元を見ると… 
摩周がまん丸い目で、こっちを見上げているではないか。

「まあ、摩周~!!」

声をかけた途端、摩周がふわふわ~と宙に浮いた。

「あれ? 摩周… あなた、飛んでるの?」 

摩周の体がシャボン玉に包まれ、みるみる上昇していく。

「ああん待って! 行かないで!」 

百香の体もいつの間にか宙に浮いていた。
シャボン玉に包まれ、ふわふわと地上から離れていく。
摩周の後について飛んでいくと、険しい山の上空にきた。
山頂すれすれを飛びながらやがて広い平野に出た。
平野を這うように、川がくねくねと光っている。

「怖い! ずいぶん高いところを飛んでるんだわ。
 シャボン玉、割れないかしら…」

すると、シャボン玉はゆっくり下降しはじめ、川のほとりに静かに着地した。
「パチン パチン」着地と同時にシャボン玉が弾けた。

ここは船着場か…。
大勢の人たちが行列を作っている。
その中の一人がこちらを向いた。

「え? 楠田博士? そうよ、博士だわ。
 やだ、どうしてここに…」

楠田に近づこうとした時、いきなり後ろから強い力で腕をがっちり掴まれた。

「痛い! な、なに? なによ、なんなのよ!」

近くの小屋へ引きずり込まれ、振り向いた男の顔を見て百香はぞっとした。
刺すようにこちらを睨みつける目。

「辰郎…?」

「お前、俺を殺したよな。」

「違う、そんなつもりはなかったの!」

「俺はお前に殺されたんだ。」

「違うんだってば!!」

「罪人はこの川を渡っちゃいけないんだぜ。」

「辰郎… 待って…」

辰郎が恐ろしい形相でにじり寄ってくる。

「罪人は、罰を受けなくちゃな。おーら、地獄へ落ちろっ!!」

床が突然、底知れぬ闇へと変わった。

「ひゃあっ!!」

百香はひっくり返って、暗い穴を真っ逆さまに落ちていく。

「たすけて~~!! 誰かぁ~~!!」

百香の悲鳴は虚しく地の底へと消えていく。
地獄へと続く深い闇へ…。





「圷さん、圷さん、起きてください、大丈夫ですか」

薄目を開けると、武井とキャシーがこちらを見下ろしている。
体を起こし頭を押さえる。少し頭痛がする。
そこは平らなベッドの上であった。
周りには同じベッドがずらりと何列にも並んでいる。

「武井さん、ここは…」

「どうやら我々は、ここで長時間寝かされていたようです。」

「アクォーツさん、うぬされてたよぅ、クワイ夢見れたの?」

キャシーのへんてこな日本語に、百香の頬が緩む。

「ワタシ、わかるよぅ。ここ、UFOよぅ」

「ええ?」

「アイノウヒョ、ここ、UFOよぅ。来ることある」

「どういうこと? ねぇ、武井さん…」

「そうらしいですよ。ここは、UFOの中みたいです。」

「UFOってことは…」

頭の中に響いたあの声は…、異星人?
やだそんな… まさか… 
だけど、これまでの不思議な体験を思い返すと完全には否定できない…。
あれから、どれくらい時間が経ったのか。
地上は今、どうなっているのだろう。
シェルターにいた人たちは無事だろうか。
摩周も心配だ。摩周… 無事だろうか…
ああ、はやくシェルターへ戻らないと…。

「武井さん、シェルターへ戻りましょう!」

「いや、それが…」

「うん? 武井さん… どうしたの?」

武井は俯き、口ごもった。

「イメージ…、できないんです。」

「ええ?」

「シェルターが…、見えないんです。」

「それ、どういうこと?」

その時、百香はまだ理解できずにいた。
シェルターが既に、この世に存在していないということを…。 
 
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