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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第二十五話 断罪の剣

 時間は少しさかのぼる。

 マクシミリアンとジャコブが去った大広間は、嵐が去った後のように机や椅子などが滅茶苦茶に散らばっていた。

「……うう」

「おい、大丈夫か」

 マクシミリアンの『ウィンド』で、ノビていた重鎮たちが目を覚ました。

「……」

「貴族様も無事ですかい?」

 重鎮の一人が呆然としていた、ド・フランドール伯に呼びかけたが返事はない。

「貴族様? 何処か怪我は?」

「……」

「チッ、なんでぇ、人がせっかく声を掛けてやったってのに」

 重鎮はド・フランドール伯を無視して、その場を離れようとした所、ド・フランドール伯がゆっくりと立ち上がりルーンを唱え始めた。

「ん?」

「なんだなんだ?」

 ド・フランドール伯の不可思議な行動に、他の重鎮達も気が付きはじめる。

「ドイツもコイツも……ふざけるな……だから僕は反対だったんだ」

 ブツブツと独り言を言い出したド・フランドール伯はルーンを唱え終えると杖を振るった。

「ぎゃああああ!」

 悲鳴が大広間に響いた。
 一瞬の静寂の後、騒然になる大広間のその中心に『エア・カッター』で裂かれた重鎮の死体が転がっていた。

「ななっ、何をする!」

「コイツ、切れちまった」

「うるさい! ドイツもコイツも好き勝手しやがって!!」

 首が飛び、もう一つ死体ができた。





                      ☆        ☆        ☆







 クーペたち密偵団とフランシーヌは、マクシミリアン救出の為にド・フランドール伯の屋敷に潜入しのだったが……

 屋敷のいたる所で破砕音が聞こえ、調度品は滅茶苦茶だ。

 密偵団は、この混乱に乗じて捕まっていた魔法衛士の救出に成功した。
 魔法衛士はクーペらに同行して、ド・フランドール伯たちを求めて屋敷内を進んでいる。

 クーペはこの反乱をどういう形で終わらせるか考えていた。

 本当の黒幕である商人のアルデベルテでは黒幕としてはパンチが弱い、黒幕として周囲が納得するような、ビッグな黒幕を用意する必要があった。
 そういう訳で、代わりの……黒幕として遜色ない首謀者を用意したかった。

 そこでド・フランドール伯の名前が挙がった、建国以来の名家であるド・フランドール伯なら黒幕として申し分ないし、どの道、実行犯として極刑は免れない。

 クーペはフランシーヌの方をチラリと見た。

「? なんですか?」

「いえね、大変お綺麗ですのでね。目の保養ににと、ね」

「……」

 フランシーヌは恥ずかしそうに身をよじった。

 ……クーペはフランシーヌの兄のド・フランドール伯を生きたまま確保したかった。

 増援の密偵からもたらされた情報によると、アントワッペン市の反乱とマクシミリアン捕虜は、王家をはじめトリステイン王国全体に動揺をあたえた。
 ド・フランドール伯を捕らえ、『黒幕はド・フランドール伯とドコドコのダレダレでござ~い』と公表すれば、たとえ証拠が無くても、貴族や民衆、全トリステイン国民は支持するだろう。

 ド・フランドール伯の身柄は政敵を葬り去る強力なカードになる……と、クーペは確信していた。
 無法は百も承知だが、これからの改革の……いや、マクシミリアンの円滑な政治生活の為にも、是非とも手に入れたいカードだった。

(この事は、ミス・フランシーヌはもちろん殿下にも言うつもりはないですが)

 マクシミリアンには謀略などの黒い部分はあまり見せたくない……と、言うのがクーペなりの気の使い方だった。
 クーペはクーペなりにマクシミリアンに忠誠を誓っていた。

 ……

 クーペら密偵団が大広間に到着したときには、中は血を肉で滅茶苦茶な状態だった。

「これは……」

 フランシーヌは口を押さえ部屋の隅で喘いでいる。
 一方、クーペら密偵団は遺体を一つ一つ調べていた。

「ド・フランドール伯の遺体は無いですね。おや、この男は」

「知り合いですか?」

 魔法衛士の一人が聞いてくる。

「アルデベルテ商会の番頭ですよ。おそらく連絡役だったんでしょう」

 クーペは説明した。

「クーペ殿、暖炉の下にハシゴがあります」

 もう一人の魔法衛士が、暖炉の中に巧妙にハシゴが隠されてあった事を突き止めた。

「たしか屋敷の中には何処かに通じている秘密通路があると聞いたことがあります」

 フランシーヌが、口元を押さえながら言う。

「追いましょう。密偵団は残って屋敷内の制圧を」

 クーペの提案に一同頷いた。

 ……

 密偵団を置いて、クーペとフランシーヌと魔法衛士二人は隠し通路を『ライト』で照らしながら進む。

「少々、カビ臭いですね」

「私の知る限りでは、何年も使ってないです」

 クーペとフランシーヌの何気ない会話が通路内に響いた。
 さらに隠し通路を進むと、ド・フランドール伯に追いついた。

「兄上!」

 フランシーヌの呼びかけに、ド・フランドール伯は振り向くとその血走った目に思わず絶句した。

「フランシーヌか、この裏切り者……どのツラ下げて!」

 そう、毒気づいてフランシーヌの腕を掴んで引き込んだ。

「ふっ!」

 パァン! と、乾いた音が響く、フランシーヌの頬を張ったのだ。

「うう……」

「伯爵、お止めなさい。ご自分の妹君になんて事を!」

 魔法衛士がド・フランドール伯に抗議したが鼻で笑われた。

「ド・フランドール伯、諦めて降伏しなさい。あなた方が、ガリアへ送った使者は全員土の中ですよ」

「ミスタ! こいつの目は普通じゃない。早々に制圧すべきだ!」

 二人の魔法衛士が割り込むように前に出た。

「はははっ!」

 だが、ド・フランドール伯は一笑に付すと、壁に付いた出っ張りの様なものを押した。

 すると、魔法衛士の真上の天井が崩れ落ちた。

「危ない! 崩れるぞ!」

 魔法衛士が一人巻き込まれ、ド・フランドール伯はフランシーヌと供に奥へと消えた。

「通路が崩れ先に進めないし、この通路も危ない、こうなったら一度、戻りましょう」

 巻き込まれた魔法衛士を助けると秘密通路の入り口へと戻った。







                      ☆        ☆        ☆






 そして、時間は現在に戻る。
 クーペら密偵団と魔法衛士をと合流したマクシミリアンは、遁走するフネの説明を受けた。

「あのフネにド・フランドール伯とフランシーヌが乗っている訳ね」

「その事ですがド・フランドール伯は生かして捕らえたいのですが……」

「駄目だクーペ、そんな悠長な事やっていたら逃げられてしまう。もうフネは、城壁を超え街の外に出ているんだ」

 ド・フランドール伯らを乗せたフネは西へ進路を取り、海へと到達していた。
 これでは陸からの追跡は難しいし、雲で月明かりのない深夜の為、見失う可能性も高い。

「……やむを得ないですか、逃げられたら元も子もないでしょうし、ね」

 クーペは少し考えると、自身の企みを泣く泣く捨てた。

「……クーペ、後で何を企んでいたか聞かせてくれ」

「……殿下には、汚れ仕事は相応しくないのです。考え直しては頂けませんでしょうか?」

「クーペ、これからの将来、場合によっては謀略の一つも出来ないと生き残れない……と、そう思っている、クーペには僕の謀略の師となって貰いたいんだがね」

「ご冗談を殿下、先ほど言いましたが殿下には汚れ仕事は相応しくない」

「……はぁ、ともかく時間がない。後からついて来てくれ」

 埒が明かないと、マクシミリアンは会話を打ち切り、後の指示を出すとフライで城壁まで飛んだ。

 風切りながら、城壁まで飛んでいると眼下に破壊された市街地が見えた。

(復興するのに、いくらくらいの金がかかるやら……こんなふざけた反乱さっさと終わらせよう)

 その後、城壁へとたどり着いたものの、フネは遥かかなたに行ってしまい追跡には竜騎兵の力が必要だった。

(このまま逃がしてしまったら、後々まで禍根を残すだろう。フランシーヌは可哀想だが……)

 マクシミリアンは迷ったものの、答えを出すと『ブレイド』のルーンを唱えだした。
 流れる様にルーンを唱え、杖を空へと向ける。

 元になった魔法こそ、ただの『ブレイド』だが、マクシミリアンの無限の魔力だからこそ可能な、単純だが、マクシミリアンの使う中で最強の魔法。

『ギロチン』

 マクシミリアンの杖から眩いほどの青白い光の柱が天へと昇っていった。

 





                      ☆        ☆        ☆







 アントワッペン市から逃走する、ド・フランドール伯のフネからも確認できた。
 ド・フランドール伯が用意したフネは『ブリッグ』と呼ばれる2本マストのフネでド・フランドール伯は軍艦として使用していた。
 そのブリッグ艦船員たちは、後方の天へと昇る光の柱を見て騒いでいる。

 フランシーヌを別室に閉じ込めて尋問していると、ド・フランドール伯は報告を受けた。

「何事だ、騒がしい」

「とにかく見てください。凄い事になってるんです」

「……フランシーヌ、少し席をはずすが、お前への尋問はまだ終わらないからな」

 椅子に縛られたフランシーヌに顔を近づけて……

「覚悟しておくがいい!」

 と、脅した。

 ド・フランドール伯は去るとドアに鍵を掛けられフランシーヌ一人が残された。
 兄妹の仲はお世辞にも良くなかったが、兄の変貌にフランシーヌは悲しくなった。

(兄上は狂ってしまった。もう私の知っている兄上はいないのね」

 子供の頃を思い出しながら、自分自身の心に整理を付け始めた。

(兄上は嫌いではないけれど、このまま道連れにされたらたまった物じゃないわ)

 脱出を心に決めたフランシーヌ、しかし、杖を奪われロープで椅子に縛られた状態では、脱出もままならない。
 フランシーヌは部屋の中を見渡すとロープが切れそうな尖った調度品を発見した。
 

 ……


 ド・フランドール伯が甲板に出ると、その光の柱を見て絶句した。
 いや、絶句というよりもむしろ、恐怖を覚えた。

「逃がさない……逃がさないというのか! この僕を!!」

 光の柱へ向かって吼えたド・フランドール伯。
 その光の柱がゆっくりとド・フランドール伯のフネへと倒れ始めた。

「倒れるぞ……俺たちのフネに倒れてくる!」

 甲板上は、船員達が喚き散らしながら右往左往している。

 光の柱が厚い雲にまで届いていたのか、倒れる際に雲に亀裂を作るとその隙間から双月の光が漏れて地上を照らした。
 余りにも幻想的な光景は、深夜にも関わらずに起きていた、アントワッペン市民にも目撃された。

「……月の光が」

「すごい……綺麗」

 魔法こそ、ただの『ブレイド』だったが、闇夜を照らすその光は、反乱による破壊によって明日への不安を持っていた住人にとって、大変心強い、希望の光に思えた。

 一方、ド・フランドール伯たちにとって、その光は断罪の光だった。
 恐慌状態に陥ったブリッグ艦の船員達は、ある者は神に許しを請い、またある者は空中を航行しているにもかかわらずフネから飛び降りた。

 ド・フランドール伯には、ゆっくりした時間に思えた。
 光の柱がゆっくりと確実に自分に倒れ掛かってくるのだ、ド・フランドール伯も船員たちに習って逃げ出したかったが、狂っても僅かに残っていた貴族の誇りがそれを許さなかった。

「来るならこい!」

 ド・フランドール伯は『エア・シールド』で迎え撃ったが無意味な行動であった。
 光の柱は艦尾に立ったド・フランドール伯ごとブリッグ艦を両断した。

 艦首から艦尾へ綺麗に斬られたブリッグ艦。
 中に居たフランシーヌは、丁度縄を切って自由になったばかりだった。
 通路に出ようとした所に、ガクンと船体が揺れて思わず倒れそうになりながらも、何とか外に出ると通路が無かった。
 正確には、通路部分は光の柱によってブリッグ艦が斬られた際に消滅していた。
 それを知らないフランシーヌは勢い良く通路側に飛び出したものの、当然、通路側は無く、空中に飛び出した形になった。

「ええええっ!?」

 真っ二つにされたブリッグ艦はバラバラになって落下し、フランシーヌも混じって落ちていった。
 落ちてゆく時間が妙にゆっくりと感じながら、海の方向を見ると水の玉が数個見えた。
 水の玉……ウォーター・ボールは、フランシーヌの落下コースを読んで待機していたのだ。
 一つ目のウォーター・ボールが、フランシーヌにあたると破裂音と共に弾け、フランシーヌの落下速度を緩めた。
 そして、二つ三つ四つ五つ六つと、連続で弾けた為、落下速度は人が死ぬような速度ではなくなり、七つ八つで怪我も無くフランシーヌは海に着水した。

 その後、フランシーヌは海に浮かぶブリッグ艦の残骸によじ登り辺りを見渡した。
 バラバラになったフネの残骸と海に叩きつけられた船員の遺体が浮かんでいるのを見て、兄は死んだ事を直感した。
 厚い雲に隠れていたはずの双月が雲の隙間から見え、降り注ぐ月光の美しさにフランシーヌは知らず知らずのうちに涙を零した。

 
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