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馬鹿兄貴

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9部分:第九章


第九章

「ここにね」
「ほう、持っているのか」
「当たり前よ。私だってこの家の娘よ」
 きっとした顔で兄に対して言うのであった。
「持ってるわよ、いつもね」
「いい心掛けだ」
 健一は妹のこの返答を満足した顔で聞いていた。
「それでこそ俺の妹だ」
「じゃあ。いくわよ」
「うん」
「投げろ」
 彰人と健一がそれぞれ日和に言葉を返した。
「一か六が出れば何もなしで」
「三か五なら僕が」
「二か四なら俺が」
「切腹ね」
 最後に日和が言った。その切腹という言葉を出し終えてからすぐにさいころを上に放り投げるのだった。まさに今さいは投げられたのであった。
「何が出る!?」
「どうなる!?」
 三人だけでなく組員達もまたさいの目を見守る。一旦天高く投げられたそのさいころは玄関の石畳の上に落ちそこでころころと転がりだした。そうして止まった時に出た目は。
「一!?」
「一だな」
「間違いない」
 出た目はそれであった。紛れもなく一であった。さいころは赤いその一点が上になっているのであった。
「一か。それなら」
「組長もこの子も切腹しないで済むな」
「まずは何よりだ」
「命拾いしたな、小僧」
 健一は彰人に顔を向けて述べてきた。
「運のいい奴だ」
「そうですか」
「そして度胸のいい奴だ」
 健一は今度はこう言ってきた。
「これなら安心だな」
「といいますと」
「御前なら日和を守れる」
 ニヤリと笑って彼に言うのであった。
「御前ならな」
「っていうことは」
「私達付き合っていいの?」
「そうだ。俺が許す」
 健一は仁王立ちのままだがはっきりと二人に告げたのであった。
「この小僧ならな」
「お兄ちゃん、どうしてまた」
「俺はずっと相手を探していた」
 兄はまた妹に言ってきた。
「御前を生涯護り愛せる奴をな」
「そうだったの」
「俺の妹だ」
 この言葉がまた出される。
「そうそう変な奴に預けられるものか」
「変な奴って」
「そんな奴は片っ端から叩きのめしてきた」
「関係ない随分巻き込んでない?」
「そんなことは知るか」
 妹の突込みにもかなり酷い返答だった。
「御前は爆弾が関係ない人をよけると思うのか?」
「そんな訳ないわよね」
 そんな殊勝な爆弾があれば戦争の犠牲者はもっと少なくなる。もっとも一般市民すら平然と攻撃対象にする軍隊もあるにはあるが。
「そういうことだ」
「だからそれはいいの」
「大事の前の小事だ」
 彼にしてみればそうでしかないのだった。
「日和に何かあることに比べれば些細な犠牲だ」
「些細な犠牲ってなあ」
「組長何かある度にそれこそ」
 また組員達が後ろで囁く。
「一人疑わしいと断定しただけで何十人も巻き込むんだもんな」
「この前の工業高校への殴り込みだってな」
「爆弾が落ちる中にいる奴が悪い」
 健一の持論である。
「そんな馬鹿のことは知るか」
「で、それで変な奴じゃなかったのね」
 日和は兄が持論を述べ終えたと見て彰人を横目で見つつ問うた。
「彼は」
「その通りだ。では小僧」
「はい」
「今から御前も袴に着替えろ」
「袴ですか」
「あと御前の親父さんとお袋さんも呼べ」
 あくまで強引に話を進めるのだった。
「いいな、結婚するんだからな」
「結婚ですか」
「そうだ。一つ入っておく」
 明らかに彼が言う前に前以って断りとしての言葉だった。
「貴様はまだ十八になってないな」
「ええ、まあ」
「それは気にするな」
「ちょっと、気にするなって」
「婚姻届はその時になってからでいい」
 こう言い切るのだった。
「貴様が十八になったその時にな」
「わかりました。それじゃあ」
「高校生だとかそんなのはどうでもいい」
 健一はさらに言うのだった。
「昔は十五やそこいらで結婚だったからな」
「はあ」
「わかったな日和」
「もう何て言っていいかわからないわ」
 何処までも強引な兄に呆れ果てた言葉であった。
「全く。結婚までその日で決めるなんて」
「俺は決断と実行の人間だ」 
 問題はそこではないのだがそんなことは全く気にも留めていなかった。
「だからだ。いい」
「はいはい、もうわかったわよ」
 いい加減呆れ過ぎて今は言う気力がなくなったのだった。
「結婚式よね、それで」
「そうだ。もうすぐ用意ができる」
 腕を組み仁王立ちで宣言する彼の後ろではもう組員の人達が慌しく動き回っている。我儘な組長に対して実に献身的に仕えている。
 
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