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SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》

作者:鳩麦
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コラボ・クロス作品
  Roh×戦士達 《三話─Flower:Snow drop》

2024年1月2日21:32

「うっ、わぁ……」
「相変わらずスゲェな此処は」
ボクらが転移門をくぐり、ようやくたどり着いた目的の階層。第47層は、皮肉と言うべきなのかもしれないけど、ボクは今までに見て来たアインクラッドの世界の中でも、絶対と断言できるほど、一番に幻想的で、とても綺麗な光景の広がる場所だった。
見渡す限りの視界に見えるのは全て、花、花、花。
主街区《フローリア》の転移門の周囲も、街の大通りの周りも、そしてその向こうに広がるフィールドも全て一面が、花で覆い尽くされた世界。しかし其れが映えているのは、緑色の草原では無い。それらの花は全て、雪の中……雪原の中に生えていた。雪の中ポッコリと浮きだしたように見える花壇や、うすく降り積もる雪に負けることなくその主張を続ける花々。降り注いで来る白い雪と相まって、それらが一つの景色として見える姿は、まるで一枚の絵のようで……

「これぞファンタジーって光景の一つだな。雪だとこうも変わるかね」
「…………」
本当に、現実離れした光景としか言いようが無い。雪の中に、こんなにたくさんの花が咲いているなんて、現実なら絶対にあり得ない……本当に……すごい……

「さてと、あんまり見とれてる時間もねぇからな。見物は歩きながらだ。行くぞ」
「あっ……!」
歩きだしたリョウさんに、ボクは少し遅れて続く。しかし歩きながらも、ボクの首は絶え間なく左右に動いている。自分でもどうかと思うのだけど、でも今のボクは確かに興奮していた。こんな景色……

「初めて見たか?こういうの」
「え、は、はい!」
考えを先読みするように言ったリョウさんに、ボクは慌てて頷いた。リョウさんはニヤリと笑いながら、遠くを眺めて楽しそうに言う。

「成程な。俺はたまにみるが、良いもんだよなこういう現実にゃありえねぇ景色ってのも」
「はい。すごい、ですよね……」
「だよなぁ、こういうの見てるとこの世界来た甲斐がってのが有る!って思えんだよなぁ……」
「…………」
出会ったばかりのボクでも分かる位、普段からニヤニヤと笑っているリョウさんがこう言った時、普段以上に楽しそうに見えたのは、きっと気の所為じゃないんだろうと思う。

「リョウさんは、こういう景色が好きなんですか?」
「ん?まぁ、こういう景色っつーか……そうだな……なぁユミル。お前、何でSAO(このせかい)に来ようと思ったんだ?」
「えっ?」
「ゲームがしたかった。とか、興味が有った、とか……こんな事になってあれだけどよ、皆最初は、この世界に来た目的を持ってただろ?お前の場合、そりゃなんだ?」
とても単純ではあっても、まるで謎かけのように投げかけられたその問い。けれどその質問は、ボクに取ってはとても答えやすい質問だった。ボクに取っては今も昔も、その問いの答えは変わってはいなかったから。

「ボクは……この世界の動物に会いたかったんです」
「ほう?」
リョウさんの目が、興味深そうに、それでいて子供のようにキラリと光った気がした。

「ボク、動物が好きで、リアルでこのゲームのサイトを見た時に、モンスターの図鑑を見て、すごい!って思った。可愛くて、カッコ良くて、不思議で、見たことも無いモンスター達がこの世界にはたくさん居て、しかも、ボクらの目の前で動くなんて……って。知ってるかな……?この世界のモンスターのみんなって、時々、フィールドに餌を置いておいたりすると、ちょっと寄ってきて、パクッ!って食べるんだ、とっても嬉しそうで、凄く可愛くて……」
初めて、好きな事を人に聞いてもらえた。其れが嬉しくて、ボクは夢中でボクの“趣味”の事を話した。その話を、リョウは一言も聞き流そうとしないで、楽しそうに聞いてくれた。
其れが嬉しくて、ボクはもっと興奮してしまう。普段使っている敬語が取れている事にも気が付かなかった。

「ほぉ、そりゃ初めて知ったぜ。よくやるのか?そう言う事」
「うん!時々。すごく楽しいんだよ!」
「そうかそうか、案外モンスターの習性なら、お前の方が詳しかったりすんのかも知れねぇな……」
「どうかなぁ……ちょっとだけなら自信有るけど」
微笑みながらそんな事を言うと、リョウさんもまた面白そうに笑う。何時の間にか僕は、ここ数日めっきり浮かべていなかった笑顔を、ごく自然に浮かべることが出来ていた。

「それで……あっ!?」
「あ?どした」
「い、いやえっとあの!ごめ、ごめんなさい!敬語忘れて……!」
「?あぁなんだ、んなことか。別にいいっつの。そもそも俺別にお前さんに敬語で話して欲しかったわけじゃねーし。その方が話しやすいならそっちのほうがよっぽど良い。それよりよ、お前はあれだな。俺と割と似たとこあるわ」
「へ……?」
似たとこ?僕とリョウさんに?首を傾げて、そんな風に疑問に思う。すると、僕が考えている事を察したように、リョウさんはニヤリと笑った。

「ゲームじゃない手前の好きを追ってくる所とかな。似たとこっつーか、そうだな、近いとこある」
「そだ、リョウさんが好きな物って?」
「俺の場合は、世界だな」
「世界?」
オウム返しのように返すと、リョウさんは「おう」と言って軽く頷いた。

「ゲームってよ、世界観があるだろ?って、あんまわかんねーかな……例えばアインクラッドだとよ、一層毎にテーマあるだろ?二十七層みてーに常闇の国だとか、二十二層みたく超平和だったり、お前が居た五十層のアルゲードみたくすげぇごちゃごちゃしてたりよ。そう言う色んな見たことねー景色見たり。(アイテム)見つけたり、お前なら、モンスター見つけたりよ。そう言うのが楽しくてなぁ」
うんうんと頷きながら言うリョウさんの顔は本当に楽しそうで、普段とは打って変わって、とても子供っぽく見える。

「そもそも、俺が攻略組に居るの自体、この世界を終わらせたいなんつー理由より、そっちの方が今はつえーかも知れんさ。昔は違ったんだが……ま、適応力って奴だな」
「じゃあ、普段も、そう言う事思いながら冒険してるの?」
「まぁ勿論、最前線なんかは普段から命がけだから、戦闘中にそう言う事考えてる余裕が有るかっつーとそうでもねーがな?後で思いだして面白い奴だったと思ったMobも居たし、景色やアイテムなんかは分かりやすいよな。お前が好きそうなMobの居場所なんかも知ってるぜ?」
「……!た、例えばどんな?」
「そうだな……って、おっと」
「?」
ボクが前を歩くリョウさんの顔を覗き込むように聞いたのをみて、少し考えたリョウさんはけれども不意に立ち止まると、其れまでの笑顔を引き締めた。つられてボクが正面を見ると……其処に、銀と白のアーチが有った。銀色の細い金属で出来たアーチに、白い花の付いた蔓状の植物が巻き付いたそのアーチはフローリアの南門……つまりこの先は、フィールドと言う事になる。

「どうやら時間切れだな。楽しいお話は次はお前さんの相棒を交えた上でにしたいとこだし、一旦中断だ」
「あっ……、うん……!」
リョウさんの行った“相棒”と言う言葉に反応して、ボクも表情を引き締める。

「いいか?買い物した時にも言ったが、転移結晶はぜってーに懐から手放すな。俺が言ったら即飛べ」
「う、うん……」
「で……えーと?二十二層に飛ぶんだっけか?」
リョウさんの言葉にボクはコクリと頷いて答えた。

「この前まで其処に居たし……慣れてるから……」
「ふむ……んじゃあもしお前が飛んだ後俺が飛んで来なかったら、そんときはまぁ、気を取り直して何とか生きてくんだな。……間違っても自殺(ばかなまね)とかはするなよ」
「…………」
「返事」
「ぅ……はい……」
「良し」
余りしたくない返事を、ボクは小さな声で言う。リョウさんの指示に従うのが嫌なのではなくて、ただ……その事を考えるのが嫌だったんだ。
……すると不意に、俯いたボクの頭へ鎧越しにかしゃん、と手が乗せられる。つられるように顔を上げてリョウさんを見上げると、其処にはまたしてもニヤリと笑った顔が有った。

「安心しとけ。俺は死なねえし、お前も死なせねぇよ。俺はまだまだしてーことが有るし、お前と、お前と相棒の冒険なんざまだ始まってもいねぇンだ。こんなとこで、くたばってられねぇだろ?」
「……!う、うんっ!頑張る……!」
「よーし」
そう言って、ボク達はアーチをくぐる。
雪と花達が、ボク達を迎える……

────

2024年1月2日22:04

「割れろ!!」
血色のライトエフェクトを纏った銀色の薙刀が、二足歩行で動く蔓植物の頭から地面までを綺麗に縦一閃。左右に割れた身体が、ガラス片のように砕け散る。
薙刀の熟練度900で使えるようになるこの重単発攻撃、《剛断》は、片手剣系のヴォーパルストライクのように射程こそ伸びないものの、薙刀スキルの中でも随一の単発攻撃力を持ち、出も早いため締めの一撃などに非常に使いやすい。

「ふぅ……ユミル無事だな」
「う、うん、平気……というか、リョウさんあっと言う間に倒しちゃうからこっちに来る暇も無かったと思うよ今のモンスター……」
「はっはっは。この程度の階層の連中が一撃必殺できねーんじゃ、攻略組の名がすたるってもんよ」
まぁ、とはいえ、最前線とたった三層しか違わぬこのフィールドでそんな事が出来るのは、単純にリョウのビルドが筋力一極型であり、かつ、装備している薙刀が柄と刃、全体が金属で出来た重量タイプの薙刀だからだ。リョウ自体、これでも攻略組トップの単発攻撃力を持つとさえ言われている身。其れがユミルの護衛に役だっているのは、リョウとしても重畳であった。

「さて、問題無いならガンガン進むぞ。時間ももうあんまりねぇからな」
「うんっ」
コクリとユミルが頷いたのを確認して、二人は再び行軍を再開する。
ユミルとの行軍は、少なくとも此処まで特に問題も無く、順調であると言えた。基本的にモンスター達はリョウ達の正面に出て来たし、正面の敵と言うのは基本的に殆どリョウを狙ったので、大抵の場合リョウの暴力的な火力で一方的に制圧する事が出来た。
ユミルには言っていないが、ハーラインから受け取った腕環は二つあった。内一つは、ユミルに渡した憎悪値(ヘイト)を低下させ、隠蔽率を上げる物。そしてもう一つは、今リョウが左腕の見えない位置に付けている金色の腕環だ。この腕環の効果は、ユミルのそれとはまったく逆。周囲のモンスターの憎悪値を自動上昇させると言う効果。
これら二つを護衛対象と護衛者其々が持っていれば、プレイヤーの護衛はよりやりやすくなる。こう言った憎悪値操作の工夫は、他のMMORPGでも良く行われている事でもある。用は、ボス攻略などで良く使われる、タンクプレイヤーの咆哮(ハウル)スキルを形を変えて行っているだけだ。

『それで持ちゃ良いんだがな……』
そんな風に考えながらリョウが歩いていると……

「おっと」
道端に咲いていた花の一つを踏みかけた事に気が付いて、リョウは慌てて其れを避けると、その花が目に付いた。

「……なんだ、此処にもあんのかよ」
「へ?」
驚いたように言ったリョウの視線の先をユミルが覗きこむ。其処には、白い花が咲いていた。白い花弁を地面に向けて頭垂れるように垂らした花だ。茎は青々として居て、其れは雪の中で妙な存在感を放っていた。

「綺麗な花だね……これって……」
「……スノードロップ」
「え?」
「……に、似てるな」
言いながらリョウは歩きだす。ユミルは慌てたようにその後に続くと、リョウのすぐ後ろに付いて聞いた。

「スノードロップって?リョウさん知ってる花?」
「ん?いや、俺も人から聞いただけの花だ。冬の終わりに咲くらしいから、ありゃ厳密にはスノードロップじゃねぇんだろうけど……まぁ、見た通りの花さ」
「へぇ~……ちょっと意外だなぁ……」
「あん?」
こそっと呟いたユミルの言葉をリョウは耳ざとく聞き逃さずに首だけで彼の方を向くと、何が言いたいのか。と行った視線を向ける。すると少し面白がるようにユミルが言った。

「リョウさんって、あんまり花とかに興味ない人かと思ってた」
「どーいう意味だこのやろー。……まぁ、実際あんまり興味がある訳じゃねぇよ?ただまぁその時聞いた逸話ってのが合ってな。其れが面白かったから覚えてただけだ」
「逸話?どんなの?」
「…………」
興味をそそられたらしいユミルが、首をコテンと傾げる。それに対しリョウは少し黙った後、詰まらなそうに語りだした。

「……その昔、雪には色が無かったそうだ。雪は神様に頼んだ。「自分にも色が欲しい」ってな。神様は言った。「なら、花から色を貰うと良い」言われた雪は、花々に色をくれと頼んだが、いくら頼んでもどの花も雪に色なんぞくれやしなかった。何でだと思う?」
「えっ!?えっと……雪が降ると、花は枯れちゃうから……花は、雪を嫌ってた?」
不意打ち気味の問いに、少し迷った後でユミルが答えると、リョウはコクリと頷いた。

「うん。神様も雪に何の恨みが有るんだかな。花に頼ませて、雪が嫌われてることぐらいわかってたろうによ。まぁともかく、そんな味方なしの状態で雪はそれでも花に頼み続けた。すると、スノードロップだけが花の申し出を唯一受けてくれたんだ」
「どうして……?」
「さぁ、どうしてだろうな」
思わず。と言った様子できいたユミルに、リョウは心底不思議そうに言った。

「けどお陰で色の無かった雪はスノードロップと触れ合い、白く染まった。スノードロップはリアルだと春前の、まだ雪が積もってる中でも咲く。余人にゃ寒さに負けない強い花だとか色々言われるらしいが、この話を知ってる連中は、雪が恩返しにスノードロップだけは枯らさず守ってるように見えるんだとよ」
「へぇー……不思議な話だね」
「ま、逸話なんてのはどんなもんでもそんな感じだけどな」
対して面白くもなさそうに言って、リョウは歩く。と、不意に立ち止まって言った。

「……見えたぞ」
「あ……」
向かう先に、小さな橋が見えた。その奥にあるのは、真っ白に染まった小高い丘。今回の目的地である、《思い出の丘》だ。

「この四十七層の中で攻略されてねぇダンジョンは、後はあそこだけだ。もう片方の巨大花の森はもう攻略されてるからな。もし、使い魔とは言え蘇生アイテムなんつー激レアが有るとしたら、もうこの層じゃあそこ以外あり得ん。此処はフィールドの中でも端っこだから、話に有った《彼方》って言葉とも合致するしな」
「……でも、まだ攻略された事が無いダンジョンって事は……」
「そうだ。この橋より向こう側は、もう何が起こってもおかしかない。Mobの群れ、罠……最悪ボスモンスターまで、全部を可能性として考慮しなきゃならん。最後にもう一度聞くが……それでも行くな?」
「……うん。ボク……」
頷き、小さく息を吐いて、ユミルは何度目か再びリョウを正面から見る。

「ボク……自分が弱いって、此処に来るまでですごくよく分かった……でも、それでも……そんな事、関係ないんだ。ルビーの為だったら、どんなことだってもう怖くない。弱くたって、諦めたりしたくない、諦めたりしない!だから……リョウさん、お願い、ボクを、あの丘の頂上まで、連れてって!」
「……へっ」
その答えに、リョウは再びニヤリと笑う。其れは、リョウも望んでいた答えだった。そうでなければ、いや、それでこそ……

「やる気出した甲斐があるってもんだ」
「え?」
「いや、いいだろ。んじゃ登るぞ。ちゃんとケツについて、離れんなよ」
「うんっ」
橋を渡る二人の背中が遠ざかっていく。そのむこうで、丘は不気味な沈黙を保っていた……

────

「推ぉぉ!!」
一閃。
左から薙ぎ払われた鈍色の薙刀が、射線上に居たMobを切り裂き、直後に爆散させる。切り裂かれたのは頭だけがトマトになった小さな人型。《マッド・トマト》と呼ばれる人型モンスターで、文字通り、身体は白い人型、頭はトマトであり、その手にダガーを持って襲いかかって来ると言う中々にマッドな植物系人型モンスターだ。人型なだけあって、中級レベルのソードスキルを使って来ることもある上に、身体の小ささと加えてなかなかにすばしっこいため、慣れていないとやや苦戦することも少なくないMobである。そのモンスターに、現在、三匹ほどで囲まれていた。

「ッ!!」
ブンッ!!と音を立てて、リョウが振り終えた薙刀を高速で二回転させながら左側に戻し、両手で構え直す。正面ニ匹から来た突きと切り上げをこれで弾き返し……

「……!」
勢いそのままに背中を軸にして後方に薙刀をまわし、柄の先を持つようにして右手で逆手持ちの形にすると……

「憤ッ!」
「ギィッ!?」
そのまま右手を正面に振って後方に薙ぎ払い。後方で起こった悲鳴と爆散音に構う事無く手首の動きで右手の中の薙刀を滑らせ柄の中央を掴む。そのまま尖端を相手に向けるように左に構え直しながら、ヒュン、と右手の動きで反回転。これで、体勢は刃を相手とは反対側に向け右手は柄の中ほど、左手は上部を持った姿勢となる其処から少し薙刀を腰まで落とし、姿勢を中腰にして刃をやや低く向けると……刃が水色の光に包まれ……

「キィ!!」
「キィィィ!」
「破ァッ!!」
甲高い声を上げて、其々の短剣に緑と青色のライトエフェクトを纏わせながら飛びかかって来るトマト頭を威圧し返すかのように咆哮すると同時に左から一閃、先ず空中で叩き落とす。

薙刀 単発技 静波(しずは)

と、迎撃を逃れた一匹が高速で間合いを詰め、突き出した緑色の光を纏う刃がリョウのわき腹を掠め、続いて……

「打ァッ!!」
「ギュアッ!?」
その瞬間、レモンイエローの光を纏った膝蹴りが、モンスターの腹部を直撃し、吹き飛ばした。

足技 単発技 迫打《はくだ》

敏捷系のモンスターの一撃を、避けきろう、弾ききろうとしても、不可能なのは初めから分かっている事である。
元々、リョウには敏捷値自体が一切ないのだ。そんな無理のあるビルドでは、いくら見えていようが分かっていようが、どうしてもそれらに反応する限界値はある。それらを嘆く事等、今更意味が無い。故に、リョウは戦闘中全力で攻撃を当てることだけを考える。例え相手と刺し違える形で攻撃が命中したとしても、此方が一撃でやられさえしなければ、自分は確実に先に相手を仕留められる自信がある。それだけの攻撃力がリョウには有った。故に、用は当ててしまえば其れでリョウにとっては勝ちなのだ。敏捷優先型のビルドのモンスター相手には、これが一番手っ取り早い事を、リョウは良く知って居た。

……無論、一人で居る時にしょっちゅうこんな事をしている訳ではないが、今回の場合……

「すご……」
「ユミル!ぼぉっとすんな!右だ!!」
「えっ!?わぁぁっ!?」
リョウが怒鳴ると同時に、小さな鎧姿が全力で右に向けて盾を構える。その盾にひっそりと彼の右側から接近していた樹木が大剣を持ったような形の重装型モンスター、《バリオン・トレント》がその大剣を叩きつける。

「うぅぅっ!!」
凄まじい衝撃を撃ちつけられて、ユミルの身体が3mほど後退する。盾を“抜けた”衝撃だけで、彼のHPが一割近く減った。その事実に彼はぞくりと背筋に悪寒が走ったのを感じ取る。
盾で受けて、これだけ減った、まともに受けていたら、一体どれほど……

「割れ、ろっ!」
と、割りこんできたリョウが、朱いエフェクトを纏った薙刀で即座に相手を殲滅する。次の瞬間、トレントは真っ二つになり、爆散した。

────

「ふぅ……無事だな、ユミル」
「あ、ぁ……」
「……フンッ」
「めぴっ!?」
リョウの呼びかけに答えず、盾の後ろでカタ、カタと音を立てて震えるユミルの兜を、ガツンっ!と音を立てて彼はぶったたく。

「~~ッ!……痛い、リョウさん……」
「結構、痛いなら生きてる証拠だ……なーんて、んなわけあるか。この世界で痛いなんつーのは有り得んの。お前さんのそれは、錯覚です」
ううっ……と言いながらリョウを見上げてユミルは涙目で「何するのさぁ」と聞く。

「やかましい。ぼーっとすんなっつーのに固まってるお前が悪い」
「うぅ……だって……」
「だってもヘチマもあるか。良いか、次の瞬間にも死ぬかもしれん場所に居るってのをもっと自覚しろ。其れが出来てりゃ、どんなに怖くても、外側に意識を向けないで居られる隙なんぞ今のお前には無いってのが分かるはずだ」
「…………」
しょんぼりと肩を落とすユミルにやれやれと首を振って、リョウは再び行く先を見据える。
と、不意に少し考え込むようなそぶりを見せてから、リョウは頬を掻いて言った。

「……そっちに敵が回っちまったのは、俺のミスだ。怖えぇ思いさせて悪かったな」
「えっ……あ、えっと……!」
不意打ちの謝罪に、ユミルは反射的に否定しようとして、けれどもどう言えばいいのか分からずどもってしまう。そうしている間にリョウは頭をガジガジと掻くと、フンッ、と息を鳴らして言った。

「回復済んだら直ぐ動くぞ。時間ねーんだ。きびきび動け」
「り、了解!」
言いながら立ち上がる。ユミルは、ふと目の前に立つリョウの背中を眺めた。リョウのHPゲージは、先程戦闘でも精々一割程度しか減って居なかった。五匹居たマッド・トマトも、これでは形無しである。……だが、それはあくまでも、「この戦闘で」の話……仮に、もしリョウが今までに全く体力回復を行わずに此処まで来た場合、恐らく既に八割はけずられている計算だ。
どう言う訳か、周囲に居るモンスターはリョウだけをやけに集中的に狙うのだ。恐らく、自分が付けている腕環の効果もあるのだろう。
事前に告げられていたこととはいえ、リョウを自らの囮に使うようなこの戦術には、ユミル個人としては、罪悪感を感じずには居られなかった。
この方法が最善であると分かって居ても……いや、分かっているからこそ、役に立てないままただ連れられる申し訳なさがユミルの中に募る。自分自身が望んだ事だと言うのに……

『勝手、かなぁ……?』
もう一度、ユミルはリョウの背中を見る。
気が付くと、彼は歩きながら口を開いていた。

「あ、あの……リョウさん……」
「ん?なんだ」
「……その、リョウさんは……どうして、ボクに協力してくれるの?」
聞きながら、ユミルは己の考えがはじめと矛盾し始めている事に気が付いていた。

初めにユミルが望んだのは、純然とした善意だ。父と母の言葉と、人の優しさを信じて、ユミルは赤の他人に助けを求めた。けれど其処に、理由を求めようとはしなかった。何故なら《理由ある善意》を与えてくれる人の内、その《理由》に“利益”を当てようとする人が、ユミルにとってはこの上無く怖かったからだ。理由など考えるまでも無い、そう言った利益の追求の先にあった物こそ、あのおぞましい光景だったのだから。
……きっと人は、吐こうと思えば、笑顔で嘘を吐く事が出来てしまうのだろうと、ユミルは思い始めていた。其れは勿論無意識下の事だ。けれど実際に彼の友人である使い魔は、その前日まで自分たちに笑顔を向けていた人間に殺された。其れを受けてもまだ、一欠片の疑いも無く人を無条件に信用できるほど、ユミルとてお人良しでは無い。……いや、あるいはお人よしでは有るのかもしれない。その本心に、本人はまだ、気が付いていないのだから。

しかしそうして理由なき善意を求めている癖に、同時にユミルは、リョウの善意に理由を求めようとしている。
彼にとっては、其れは矛盾だった。理由なき善意を求めながら、その善意に理由を求めていたのだ。

彼にはまだ結論を出す事の出来ない答え……それもまた、ユミル自身の奥底に眠る、疑念の一部だ。詰まる所、怖かった。他の誰もが自分を救おうとしなかった中で、どうして彼だけが自分を救おうとしたのか。どうして、其処まで自分に手を差し伸べてくれるのか。どうして、其処まで無償の善意を注いでくれるのか。余りにも、リョウと他の人々の行動には、違いが有った。「人を信じたい」と思う一方で無意識の内に「人はうそつきだ」と思っているユミルに取って、其れは未知であり、未知はつまり……恐怖だった。

「なんで、ねぇ……ちなみにお前は何でだと思うのよ」
「えっ……と……」
そう言われると困る。何しろ理由など本当はあって欲しくない位だ。強いて言うなら……

「か、可哀相だから……?」
「は?」
うわっ!?恥ずかし!?と内心でユミルは自分の言葉に悲鳴を上げた。自分の事を指して可哀相とか何様だ。自意識過剰か。

「じ、じゃなくて、あの……えと……!」
「はー、可哀想ねぇ。まあ確かに見れたもんじゃない状態ではあったわな、マントはボロボロ、顔は見えない、声はかすれ気味、ぱっと見死神か地縛霊にみえたぜあんときゃ」
「ひ、ひどいよ!……否定出来ないけど」
うぅ、と口を尖らせ落ち込むユミルを見て、リョウは楽しげにうはははと笑う。
それから、ふと思い付いたように聞いた。

「つーか、それ言ったらそもそもお前なんであんな頑なに顔隠すような真似してたんだよ」
「そ、それは……」
「言っちゃ悪いがお前の顔、そーとー他人惹きつけるぞ?素顔晒してりゃ、彼処までボロボロに成らなくても助けてくれる奴の一人や二人くらい見つかった筈――「それじゃだめなんだよ!!」だ……と?」
突然声を荒げたユミルに、リョウは驚きつつまたしても立ち止まって彼の方を見る。ユミルはと言うと、叫んでから気がついたらしく、自分でも驚いたように口に当たる部分を押さえていた。

「あー、なんか、気に障る事言ったっぽいな?いや、馬鹿にするつもりは無かったんだが……」
「う、ご、ごめんなさい」
「別に。その様子じゃ、顔の方でも、何かしら苦労したんだろ」
「…………」
肩をすくめてリョウは苦笑する。その様子に、申し訳なさそうにユミルが俯いた。

「けどなぁ……あんまり方法や対価に選り好みできる程、いつも贅沢になれると思わねー方が良いぞ」
「えっ……?」
ややどう言った物か迷ったように言ったリョウの言葉は、いつものものより少し面倒そうな調子だ。

「なりふり構ってらんねーときってのは……例えば今のお前がそうだが、人生一度や二度はあるもんだろ?そういう時は、払うもんや差し出すもんは最低限……本当に譲れねーもんだけ覗いて後はあんま選ばん方が良い。その方が成功率増すからな。まぁ、言われなくても分かってる事だろうが……」
「……でも……お父さんたちは……」
「?」
不意に飛び出した妙な言葉がリョウの言葉を止める。消え入りそうな声だったが、リョウにははっきりと父親がと聞こえた。

「お前の親父さんがなんだって?」
「え、えと……」
矢や躊躇したように口ごもったユミルはしかし、何処か勇気を奮い立たせるように何故か虚空に向けてコクンと一つ頷くと、兜の隙間から見える大きな瞳にリョウの顔を映して言った。

「昔、ボクが友達が出来なくて泣いて居た時に……お父さんとお母さんが教えてくれたんだ。『人は信じあうから、一緒に居られるんだよ』『人は本当は、あったかい生き物なんだよ』って……」
「…………ッ」
「ボク、今度の事で、一緒にいた人達に、裏切られたんだ……騙されて、酷い事された。でもね、ボクは、お父さんとお母さんの事を信じてるから……二人は、ボクに絶対嘘を言ったりしないから……だから、ボクを信じてくれて、ボクが信じられる、あったかい人を探そうって思って……あそこに居たんだ……」
リョウは少しだけ息を詰まらせたような声を出した後、合点が言ったと言う風に息を吐いた。

「成程な、だから最前線の転移門前で、顔も報酬も言わずにただ“助けてくれ”って繰り返してた訳か……お前の顔や報酬目当てじゃなく、“別の物”で助けてくれる奴を探してたわけな」
「うん……でも、殆ど誰も、見向きもしてくれなかったよ……あ、リョウさん以外の人はね」
最後の方は小さく微笑んだのだろう、リョウは何となく誤魔化すように肩をすくめた。

「でも……ねえ、リョウさん」
「あん?」
「ボク、間違っていないよね?」
聞き返すと同時、ユミルは何処か祈るような眼で、懇願に近い調子のまま、聞いてきた。

「間違い?」
「……ボク、こんな事言ってるくせに……今は、少しだけ、躊躇っちゃうんだ、人を信じること……リョウさんに理由を聞いたのも、リョウさんはボクの理想のとおりに協力してくれてる人なのに、何でか分からないけど、そんな人の事を信じるのも、躊躇っちゃって……其れで……ごめんなさい……」
「いや、謝られてもな、別に俺はまだ特に嫌な思いしたわけでも痛い思いした訳でもないんだが……それで?」
言葉の後半に近付くにつれドンドンしりすぼみの調子で言ったユミルに苦笑しながらリョウは返した。

「……でもボク、まだ、やっぱり人は信じ合えると思う……あったかい生き物なんだって思う……リョウさん、これって、正しい事だよね?ボクの言ってることも、ボクのお父さんとお母さんが言ってたことも……」
縋るように、ユミルはリョウを見つめる、其れを確認しながらしかし、リョウは即座に肯定せず少し考え込むように腕を組み、やがて立ち上がると静かな声で言った。

「……とりあえず、歩きながら話すとするか」
「あ、は、はいっ」
先ずは、進行である。先程までよりも心なしか脚を遅くして進みながら、リョウは一度長く器を吐いてから口火を切った。

「まぁ、何つーか、お前さんの事情はともかく、別に他人を信用するのを躊躇うのは普通の事だと思うけどな、俺的には」
「そうなの?」
心底不思議そうに首を傾げたユミルにリョウは呆れ気味に苦笑する。此処まで純粋だと寧ろ自分が真っ黒過ぎな嫌な奴のような気がして割と居心地が悪い。

「いや、つーかな、お前さんの言うようなどんな相手でも信じられる前提みたいになんて、普通の人間は生きてられねーよ。自分の身が守れん。どんな人間でも大抵、自分以外の奴の事を信用すんのは怖いもんだ」
「で、でも……」
「あぁ、いや、別にお前の親父さんやお袋さんが嘘言ってるって言うつもりはねぇぞ?ただまぁ、そいつはあくまでも理想……まぁ、人間に出来る事の一つ、ってだけでだな……あー……ダメだな」
何とかうまく説明しようとしたのだろうが出来ないらしく、リョウは頭をがしがしと掻くと再び長めの息を吐いた。

「つまり……信じ合うってのはよ、ユミル、人間が他人を信じたいって思えて、実際に信じるって言うのが二人以上の人間の間で止まる事無く常に相互に循環する……つまり、心の繋がり……輪みたいなもんだってのは分かるか?」
「心の、輪……うん、何となく、わかると思う」
彼の答えに頷きつつ、リョウは続けた。
リョウの人差し指、親指同士の指先を付け、薙刀の柄を囲むように小さな輪を作りながらリョウは言う。

「うん。この輪が理想形の信じ合うってものの形だとしてだな……けど実際のところ、そう言う風に心をつなぎ合わせられる人間同士ってのは、普通人生の中で実を言うとそう多く見つかりゃせん。詰まるとこ、一人の人間が本当に信じ合える関係になれる人間ってのは、本人が思うよりずっと少ねーんだ」
「それは……うん……」
「それは結局のところ、皆こえーんだよ、自分以外の人間がな。そいつがどう言う奴なのか分からねー、何考えてるか全く分からねー、そう言うのって実は思ってるよりずっとこええもんなのさ。だから、別にお前が俺をこえーって思うのも、さしておかしなことじゃねぇと思うぞ?お前俺の事何も知らんし、てか時間ねーからあんまり教えて無いしな」
そんな風に言って、リョウは軽く笑いながら歩く。少し距離が開いていたので、ユミルは慌てたように駆け足で走った。

「で、でもそれなら……!リョウさんは、怖くないの?ボクのこと……」
「あぁ?俺がお前を?んー」
まぁそう言う理屈にはなるか……等と一人で呟くリョウはしかし、数秒上向いて再び肩をすくめた。

「別に。だってお前弱いしな。お前が仮に俺をはめようとしてても、返す刀でこ……制圧できるし」
「初めて会った時とかは……?」
「ん?あー、あん時は確かに若干警戒したなぁ、けど、其れはお前を警戒する理由にはさしてならねぇだろ。あん時俺がお前の事見てわかることって、格好と倒れてることと、後多分子供ってくれーだぞ?」
「でもリョウさんさっき僕の格好酷かったって……」
やや拗ねたように言うのは、先程言った事を気にしているからだろうか?ははは、と苦笑しながら、リョウは左手をヒラヒラと振る。

「恰好何ぞ、他人の本性判断する根拠としちゃ不足でしかねーよ。ぴっちりしたスーツ着たセールスマン風の男が全員まっとうな人間だってんなら、じーちゃんばーちゃんの詐欺被害はもっと減るだろうぜ」
「なら、リョウさんはどうやって僕が変な奴じゃないって判断出来たの?」
「そんなもん決まってる」
言いながらリョウはトンっと額に指先を当てた。やはり頭脳だろうか、とユミルが若干真剣な表情になり……

「勘だ!!」
「(ズコッ)」
直後に脱力したように前のめりになった。

「おいおい、ずっこけるような事か?」
「だ、だって勘って、つまり何もないんじゃ……」
「馬鹿、直感が大事なんだよ。俺の勘は当たるんだからな」
「そ、そんな滅茶苦茶な……」
ユミルが困ったような、あきれ果てたような表情で言う内に、リョウは大笑いしながらずんずん歩いていた。トコトコと小走りにユミルが続く。

「あぁ、そういや質問に答えて無かったな……まぁ、そう言う訳だから、別にお前のその他人を信じたいって考え方が間違ってるとは言わん。唯、人間は、なかなか信じ合えない生き物でもあるってのをちゃんと覚えとく事だな」
「うんっ……そういえば、最初の質問の答えは?」
「ん?あぁ、お前に手ぇ貸す気になった理由か」
「うん、其れも勘?」
小首を傾げて聞いたユミルに、リョウは小さく笑って肩をすくめた。

「別になんてこたねーよ、俺が気に食わなかったんでね。お前に降りかかってる糞ったれな境遇とか、現実とか。俺ぁそう言うもんが嫌いなんだ」
「気に食わないって……それだけで?」
「他に必要か?」
「そうじゃないけど……」
どうやら割に予想外な理由だったのだろう。ユミルは眼をパチクリと瞬きし、心底驚いたようにリョウを見ていた。
しかしやがて、それらを気にする事が馬鹿らしくなったかのように、小さく吹き出す。

「?なんだよ」
「うぅん、ただ、リョウさん理由はともかく、何だかさっき話してくれた花みたいだと思って、スノードロップだっけ?」
「はぁ?俺がスノードロップだぁ?」
余りにも突拍子もない言葉にリョウは声を裏返らせた。しかしユミルはいたってまじめな様子で、何処か懐かしむように言った。

「だって、誰も助けてくれなかった中で、リョウさんだけ、そんな勘なんて理由でも、ボクを助けてくれたでしょ?あの時、ボク本当に嬉しかったんだ、手を包んでくれたことも、サンドウィッチをくれたことも、本当に」
「…………大袈裟な奴だな」
「大袈裟じゃないよ。だから、一人だけ、ボクに希望と優しさをくれたリョウさんって、スノードロップみたいだなって」
冗談では一切ない、と言う風で、ユミルは言った。まぁ、多分本心なのだろうが……成程、其処まで彼は救いに飢えていた、と言う事か……
人に裏切られながらもただ、盲目的に人を信じようとし、そしてまた、再び裏切られようとして居た一人の子供……

『……正解だったな』
彼からは見えないように少しだけ微笑んでから、リョウは破顔した。

「うっははは!!んじゃお前は雪ってか?なら、もうちょいしんしんとして欲しいもんだが、てか、俺が花ってタマに見えんのかっての」
「むぅ!しんしんとしろってどういう意味さ!!」
笑いながら進むリョウと拗ねたように続くユミル。……事は、その瞬間に起こった。

ズシン、と低く一度響くように、地面が揺れた。そのまま地響きと細かい揺れが、辺りを包む。

「ッ!ユミル!近くにいろ!」
「えっ!?あ、は、はいっ!」
言うが早いがユミルは立ち止まったリョウのすぐ脇に付く。直後、ユミルが居た場所の5m程度後ろから一気に、緑色の何かが空へ昇るように伸びあがった。その場所を起点に、同じような何かが次々地面から突き出し、複雑に絡み合いながら壁を形成するように伸び上がっていく。

「こいつは……」
「棘……!?」
伸び上がって居たのは、バラのような棘を持つ蔓状植物だった。それらが複雑に絡みながら伸び上がり、やがていつの間にか、リョウとユミルが居る空間を囲い込むように、大きな円形の囲いが完成する。

「おいおいおい、勘弁してくれよ……」
「な、何!?何が起こるのリョウさん!?」
頬を引きつらせながら言うリョウにすがるようにしてユミルが混乱した様子で聞いた。
丁度これと同じような大きさの円形に仕切られた場所を、リョウは今までに何度となく目にした事が有った、ある時は顔見知りの仲間たちと助け合い、ある時は勝利を分かち合い、そしてある時は仲間を永久に失った。
そして同時に、その場所には常に、“奴ら”が居た

円形に切り取られた広間のような場所の中央に、突如として大量のポリゴンが噴出する。其れは地面からわき出すように徐々に大きさを増し、やがては高さ6mはあろうかと言う巨体へ、そして人型へと変化し……
ばぁんっ!音を立てて一体の人型として現出した。

「う、そ……」
「……あぁ、畜生……」
ユミルに取っては信じられないほどの長いヒットポイントが表示され、更にその上に、幾つものアルファベットの羅列が表示される。其れはそのモンスターが強者たる証、彼が、この丘の主である証。
その名は……

《The Gardens guardian (庭園の守護者)》

朽ち果て、至る所に周囲の柵と同じ棘のある蔓を侍らせたその巨体は、首のないその兜の奥から、音の無い咆哮と共に、自らの来訪を告げた。

リョウが心底嫌そうに、ニヤリと笑って言葉を紡ぐ。

「最悪だ、くそったれ」
 
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