トンデケ
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第五話 コンタクト
火曜の午後、百香は番組収録の為、ショッピングモール二階のスタジオにいた。
まあ、ショッピングモールとは言っても名ばかりで、
ショッピングセンターに毛が生えた程度の小規模施設である。
そもそもこの辺は港町で、人口が少ない。
わざわざどうしてこんな場所に建てたのかと思うほどだ。
強いて言えば、ここから車で三十分南下したところに
有名な温泉リゾート地があって、
そこへ行くのためには、この海沿いの一本道を通るしかない。
だから、週末の観光客を見込んで、小洒落たショッピング施設をと考えたのだろうか。
出来立ての頃こそ賑わっていたようだが、今ではすっかり客足も減ってしまった。
平日は特に駐車場もガラガラで、一階の食料品売り場を除き、
上の階はどの通路も閑散としている。
ここ数年でテナントも次々に撤退し、まるでシャッター街のような有様である。
そろそろ、このモールも潰れるんじゃないかと、もっぱらの噂だ。
だがそうなると、百香のいるこのスタジオもなくなってしまう。
モールが潰れて一番困るのは、もしかすると彼女かもしれない。
エンディングの収録にさしかかった頃、
外の通路からスタジオを覗く初老の男性に目が留まった。
眼鏡をかけたその顔にどことなく見覚えがあるように思えたが、
この辺りにそういう知り合いはいない。
ブースからのキューで、百香がマイクに向かって締めの挨拶に入る。
「桜も散り、木の枝には小さな若葉が一斉に芽吹いています。
今度の週末は、山で森林浴を楽しんでみるのもいいかもしれませんね。
それでは、今週はこの辺で。圷 百香でした。さようなら。」
「はいOKでーす、おつかれさまでーす。」
ヘッドホンをフックに戻し、原稿とストップウォッチを佐野女史に手渡す。
おつかれさま~とスタジオを出ようとして
「ああ、圷さん」と別の女性スタッフに呼び止められる。
「お客さんがお待ちですよ。」
「お客さん?」
「ええ、スタッフルームでお待ちです。」
「あらそう、ありがとう。」誰だろう…
スタッフルームへ行ってみると、そこに座っていたのは
先ほど覗いていた人、眼鏡をかけた初老の男性であった。
「あのう……、」百香が声をかけると、男がすっと立ち上がった。
「こんにちは、圷さん。覚えてらっしゃいますか、武井です。」
「タケイさん…」
「ふふ、やはり覚えてらっしゃらないか。」
「ごめんなさい。あのう、失礼ですが、どちらのタケイさんでしょう。」
「昔、霊園でお会いしたでしょ。ほら、ご両親の新聞記事をポストに投函した…、」
「え!?」
ようやく思い出した。あの時の雑誌記者、武井だ。
ワークキャップは被っていないが、眼鏡の目元に面影がある。
頭髪には白髪が目立ち、温厚そうな笑みからは、
当時の尖った雰囲気は微塵も感じられない。
「突然の訪問で驚かれたでしょう。でもね、圷さん。
あなたのことを忘れたことはありませんでしたよ。
遠くからあなたのことをずっと見守ってきたんです。
さてと、あなた…、今困ってるでしょ。」
「えっ?」
「ご自分の能力には気づいているでしょ?
テレポーテーション。いえ大丈夫、怖がらなくても。
私も、実はそうなんです。」
「!?」
「あなたと同じ、エスパー、サイキックなんです。」
百香はよろけるように椅子に座った。
武井も腰を下ろすと、しばらく二人は無言で見つめ合っていた。
次に口を開いたのも武井だった。
「あなた、この間、やらかしちゃったでしょ。」
「………」
「元恋人だった真鍋辰郎さん。あの人を…、殺しましたね?」
愕然として息を飲む百香。
口調は穏やかだが、いきなりの直球攻めにぐーの音も出ない。
「その気はなかったかもしれないが、結果的にはそうなった。でしょ?」
百香の息遣いがだんだん荒くなる。
「能力を制御できてないんでしょ? だから来てあげたんですよ。
あなたに、力の使い方を教えにね。」
百香はどう返答していいかわからず、ただ黙って聞いているしかなかった。
「ふふふ、今日はまあ、顔合わせということにして、また会いにきます。
そうだ、そのうち、もう一人の仲間にも会わせてあげましょうね。」
言い終えると武井は立ち上がり、「じゃあね」と言って部屋を出て行った。
一瞬遅れて後を追おうとしたが、彼の姿は既にどこにも見えなかった。
百香は息を整えながら胸を押さえた。
すべて合点がいった気がした。
そうか、武井もまた能力者だったのだ。
だからあの時、私としきりに接触を持とうとしたのだ。
彼は辰郎の一件をすべて見抜いていた。
これからどうすればいいのだ…。
彼は味方なのか、それとも…。
苦しい…。今の自分はまるで浜に打ち上げられた鯨と一緒だ。
いきなり強い重力を受けて、今にも内蔵が押しつぶされそうだ。
自力ではもう、沖に引き返すことなどできそうにない…。
百香は糸の切れた人形のようにぱたっとテーブルに突っ伏した。
翌日は雨だった。
薄暗い部屋で、百香は久しぶりにスケッチブックを手に
クロッキーに勤しんでいた。
素早い手つきで、描きなれた摩周をモデルに描いていくのだが、
どうもいまいち、いつものカンが働かない。
思うように手が動かない。まるで他人の手のようだ。何度描いてもダメだった。
百香はせっかく描いた絵をぐしゃぐしゃっと塗り潰すと、
スケッチブックをソファへ放り投げた。
が、摩周は驚きもせず「またかぁ」という顔で大あくびした。
『あの人を殺しましたね?』
武井の言葉が何度も何度も、百香の胸を突き刺す。
どんなに打ち消そうとしても無駄だった。
テレポーテーション…
この能力を制御できなければ、また誰かを殺すかも知れない。
やはり、このままではいけない。
武井は、力の使い方を教えると言っていた。
力を自由に操るコツのようなものがあるのだろうか。
だとすれば、それをなんとしてでも習得しなければ…。
彼はこうも言っていた。もうひとりの仲間に会わせると…。
同じ能力を持つ人がまだいるということか。
母も能力者だった。
ということは、この能力は遺伝によって
太古の昔から受け継がれるものなのだろうか。
それとも、訓練をすれば誰もが目覚める能力なのだろうか。
超能力者。人口の0.00001%、日本だと10人ぐらいの人が、
何かしらの超能力を持つエスパー、サイキックだと聞いたことがある。
この力をインド・ヨガの領域ではシッディと呼び、仏教では神通力の呼ぶ。
たとえば、人の心が読めるテレパシー。
心の中に浮かんだものを念写するソートグラフィー。
手を触れずに物を動かすサイコキネシス。
超能力捜査官が使うのはクレアヴォヤンス(透視)やリモートビューイング(千里眼)。
地震や危険を予知するプレコグニション。
そして、瞬間移動、テレポーテーション。
もし、自分自身を瞬間移動させることができれば便利だろうな。
いわゆる「どこでもドア」だ。お金がなくても世界中旅行ができる。
他人や物体を瞬間移動させることができれば、
人助けや危険回避に使って英雄にもなれる。
いや、悪事に使っている人もいるかも知れない。
銀行の金庫や人の家に侵入して…
と思ったその時である。
視野のど真ん中へなんの前触れもなく突如、男が侵入してきた。
ほかでもない、武井であった…。
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