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ソードアート・オンライン~隻腕の大剣使い~

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第29話天使と御対面


2024年10月30日、第22層

今日オレと未来は森に囲まれた綺麗な湖が特徴の第22層に来ていた。この層は迷宮区以外は完全な《圏内》になっており、まさに平和な村と言える。
復讐が終わった今、いつもの赤い忍者装束を捨て青い長袖のシャツとジーンズ、そしていつもの《バインドマント》を着込んで隣を歩いている白いシャツと黒いスパッツの上に黒いワンピースを着ている未来とある場所へ向かっている。

「ここだな。キリトとアスナさんの愛の巣」

「それじゃあ真心込めて・・・冷やかそう!」

あのクラディールの事件の夜、キリトとアスナさんは結婚してSAO上の婚姻関係ーーー夫婦になった。それで前線からしばらく離れて、この戦いとは無縁の湖の村の外れでログハウスを購入し、新婚生活を送っている。
オレは純粋に二人の結婚を祝いに来たんだけど、どうやら未来の頭の中はお祝いと冷やかしでハーフ&ハーフのようだ。
そして辿り着いた木造建築の立派なログハウスのインターホンを鳴らし、玄関に近づいてくる足音を耳に捉えドアが開かれるのを確認する。

「はーい・・・って、お前ら・・・」

『ご結婚、おめでとうございます!』

出てきたのはキリト・アスナ夫婦のご主人、キリト。オレと未来は声を揃え、祝いの言葉を掛ける。

「まずは・・・これかな」

「メッセージカード書いてきたよー」

「あ、ああ。ありがとう・・・」

結婚と聞いて未来がメッセージカードを渡そうと提案してきたのでオレも書いてみた。オレは「結婚おめでとう。素敵な家庭を築いて、末永く、お幸せに」って書いてみた。やっぱりシンプルにおめでとうって気持ちを文面に書き記すのが一番だと思う。キリトはオレと未来が手渡ししたメッセージカードをこの場で読み始めた。家の中で読めばいいのに。そうしてオレのカードを読み終えて未来のカードに目を通した瞬間ーーー顔を真っ赤に染めて頭から湯気をボフンと吹き出した。

「ミラ何なんだよコレ!?「夜の営みは程々にね」って!」

「お前何書いてんだ!」

「・・・てへっ♪」

てへっ♪じゃねぇよバカ。お前今中3だろ、何でそんな知識蓄えてんだよ。お前オレより詳しいんじゃねぇの?まさか未来、オレが知らない間にーーーいや、それはないな。SAOには《犯罪防止コード》という、ようするに痴漢などの一方的なハラスメント行為を行った男性プレイヤーを監獄エリア送りに出来るシステムがあるからな。大丈夫だ。問題ない。

「あれ?キリトくん、あの子は・・・?」

「あの子?」

「えっ!?あっ・・・」

未来の「あの子」という言葉を聞いて、家の中を覗いてみるとーーー長い黒髪の白いワンピースを着た、見た目9歳~10歳くらいの女の子がこっちを凝視していた。その謎の女の子がこちらに駆け寄ってキリトの背中に隠れてそこからオレ達を見て、こう言い放った。

「パパ、このひとたち、だれ・・・?」

ーーー自分でも目がパチクリしているのが解る。隣に立っている未来と顔を合わせてみると、未来も目をパチクリしていた。これから発する言葉は99.9%シンクロする自信がある。だってこの謎の少女はキリトの事をーーー

『パパァッ!?』

「うん・・・娘のユイだ」

娘って何だよオイ!?SAOじゃ結婚は出来ても子供は出来ねぇぞ!!SAOで結婚してるプレイヤーはいるにはいるけど子供が出来た夫婦はいねぇぞ!!仮に出来ても方法によってはアインクラッド中に激震が走るぞ!!

「もしかして・・・」

「ッ!?ミラ、何か心当たりあるのか!?」

そっと呟いた未来にオレはパニックが隠せないテンションで問い詰める。未来は小さく頷き言葉を繋ぐ。

「オプションメニューの深~い所にある、《倫理コード解除設定》ていうやつなんだけど・・・」

「《倫理コード解除設定》?」

なんだそれ?初めて聞いたぞ。マニュアルにも載ってなかったしーーー

「それを使うと、え、エッチな事が出来るようになるんだけど・・・その・・・キリトくんしたんでしょ?//////」

「最低だなお前!!」

「違う!そんな事断じてしてない!」

「というかミラいやに詳しいな・・・もしかして経験済み?」

「ないわよ!!」

「よかった。父さんと母さんが寝込まずに済む」

ほー、そんな物があったとは知らなかったなー。確かにそんなシステムがあったらあーんな事やこーんな事やそーんな事まで出来ちまうわな。どうりでマニュアルに載ってない訳だ。

「ユイ!ちょっとママの所に戻ってなさい!」

「はーい」

「二人にはしっかりと誤解を解いてもらう!」

ほう、娘にーーーユイちゃんという子に聞かれちゃマズイ事なのか。それならアスナさん(ママ)(消去法で)の所に行っててもらう訳だ。誤解も何も、オレのメッセージカードの「素敵な家庭を築いて」の部分はもう達成しちゃってる訳だしーーー




******




『カーソルが出なかった?』

「そうなんだよ・・・」

あのユイちゃんという少女、昨日キリトがアスナさんと二人で「幽霊は出る」という噂がたっていたエリアへ散策に行き、偶然見掛けて気を失い倒れていた所を保護したらしい。そこで気付いた事らしいがーーー視線をフォーカスしてもユイちゃんの頭上にプレイヤーである証しのカーソルが出なかったそうだ。

「NPCじゃないの?」

「《ハラスメント警告》が出なかったから違うと思う」

SAOでプレイヤーではない人物はNPCしか存在しない。さっきオレが考えていた《犯罪防止コード》、あれには《ハラスメントコード》という別の呼び名もあって、痴漢などのワイセツ行為を働いた男性プレイヤーに「いい加減放さないと監獄に送るぞ」というような警告を出すシステムだ。それはNPCの女性にも同じ事が出来る。キリトがユイちゃんを抱き上げた時にそれが出なかったし、何かのクエスト開始イベントでもないらしい。もしそうだったらクエストログウインドウが更新されるはず。よってNPCという線は消えた。

「それでユイはプレイヤーで、あそこで道に迷っていたって考えていたんだ。事情は解らないけど、ユイの親とか保護者がいると思ってる」

「あのユイちゃんっていう子と出会った経緯は解った。あと一つだけ気になるのは・・・」

キリトの話を聞いてなおさら疑問に思う事がある。それはーーー

「何でキリトとアスナさんがパパママなんだ?」

「そうだよね?あくまでキリトくんの推測だろうけど、保護者がいるんなら二人を親だとは・・・」

ユイちゃんが二人が保護したならパパママと呼ぶには少し無理があると思う。せめてお兄ちゃんお姉ちゃん呼びなら納得がいく。未来も保護者が存分するのなら二人を親と認識しないはずだと言っている。

「・・・名前以外の記憶がないんだよ。ユイには」

「え?」

「名前以外何も覚えてないの?」

記憶喪失ーーー精神的ショックや物理的衝撃などの影響で全てのーーーあるいは断片的な記憶が消える障害の事だ。治療法は精神的ショックが原因だった場合はその人物が所持していた物、または思い入れのあった物をみせるかーーー物理的衝撃が原因だった場合は同じくらいの衝撃を与えるか。記憶を戻すとしても物理的衝撃の治療法は使いたくないな。あんな幼い子供を泣かすような真似はしたくねぇ。
それにしても、記憶がないからキリトとアスナさんを自分の両親と認識しているのか。もしユイちゃんに保護者がいるのだとしたらーーーその人も可哀想だな。

「それに記憶だけじゃないみたいなんだ。上手く舌が回らなかったり、精神年齢も・・・」

「肉体年齢より遥かに幼かったな。パッと見だったけど何だかまるで・・・」

「赤ちゃんみたいだったね・・・」

目を覚まして自己紹介で名前を言ったらキリトの事を「キト」と、アスナさんの事を「アウナ」と言っていたため、言語障害が発覚したらしい。それで言いやすい呼び方で構わないと言ったらキリトがパパに、アスナさんがママになったという訳になる。
精神年齢の件が発覚したのは朝食の時。キリトの食べていたのと同じ辛口サンドが食べたいとねだったらしい。

「ユイちゃん辛党なんだな・・・」

「味覚は子供舌のお兄ちゃんより大人だね」

「味覚には関してお前に言われたくねぇよポイズンクッキング」

「可愛い妹の手料理が不味いって言いたいの?」

「確かにユイは中々根性があったけど・・・そこはどうでもいい。ミラもそのグーの拳をライリュウに叩きつけるのをやめてやれ」

ゲフゲフーーーユイちゃんが辛党なのは置いといて。パパと同じ物がいいと両手を広げて前に出した時のおねだりの仕方、幼い子供が親と同じ物を食べたいという一般的な家庭でよく見る光景だ。だけどーーーユイちゃんと同じ年齢の子供だとほとんど見ない。
記憶喪失に言語障害、精神年齢の逆行か。あの子の事を考えると辛いなーーーよし!

「ぼへにばがひてぐへでぇか?」

「SAOでは出来ないはずのタンコブが大量に!そして何を言ってるのか全く解らん!」

「「オレに任してくれねぇか?」だって。確かに子供相手ならお兄ちゃんが適任かも。ていうかいつまでケガしてんの?」

ケガ負わせたのお前だろ未来(バカ)。何でSAOでタンコブが出るんだよ。何のシステム外スキルだコラ。
実はオレ、自慢できるほど子供になつかれてるんだよな。近所のチビッ子達にはよく変な形の石ころとか貰ったっけなーーーとにかくオレが一肌脱ごうじゃねぇか。ライリュウ兄ちゃんにお任せあれ。




******




「お待たせアスナ、ユイ」

「パパー!」

「アスナさんお邪魔しまーす」

「ご結婚おめでとうございます。いい物件見つかってよかったな」

「おかえりなさいキリトくん。ライリュウくんとミラちゃんもありがとう」

キリト宅のリビングに上がらせてもらい簡単に挨拶を済ませる。キリトが部屋に入ってすぐにユイちゃんが走って抱き付き、オレ達兄妹が結婚のお祝いをしてこのログハウスを褒める。

「ユイちゃんの事はキリトくんから聞きました。少しお兄ちゃんに任せてくれませんか?」

「え?・・・うん、解った」

未来がアスナさんに事情を話してアスナさんに承諾を得る。オレはユイちゃんの目線と同じ高さまで腰を下ろし顔を合わせる。

「こんにちはユイちゃん。オレはライリュウ。ライリュウって呼んで」

「ら・・・ラウリュ」

「ライリュウだよ。ラ・イ・リュ・ウ」

「らい・・・ライルウ」

自己紹介で名前を言ったら言い間違えて、もう一回名前を言うがーーー間違えた。舌が上手く回らないってのは本当みたいだな。

「ちょっと言いにくいね。呼びやすいのでいいよ」

元々オレの名前は少々舌足らずな子供には言いにくい名前だからな、呼びやすければ大丈夫。ユイちゃんは数秒悩んではっと何かを思い付いた顔を浮かべた。「にぃ」かそれともーーー「兄ちゃん」かなーーー

「おいちゃん!」

「ゴハァァァァァッ!?」

お、おお、おおお、おいちゃん?おいちゃんって多分あれだよな?その、そのーーーおじーーー

「ライリュウ!大丈夫か!?口から出血エフェクトが!!」

「だ、大丈夫だ。鍵を開けてた心の扉をオープンしてた状態で胸にアサルトライフルの銃弾を撃ち込まれただけだ・・・」

「それ致命傷だから・・・」

「こーらユイちゃん!ライリュウくんはお兄ちゃんよ!」

「おいちゃん・・・?」

「ゴフッ!」

ヤバイ。無防備なハートにクリティカルヒットされたーーーこれはショック。でも呼びやすいように呼べって言った矢先、いまさらーーー

「・・・ユイ、おいちゃんがいい!」

ーーー何でだろう。ユイちゃんが笑ってたらそれでいい気もする。それにーーー

「おう!オレ、おいちゃんな!」

「おいちゃーーん!」

「すごい変わり身・・・」

「吐血がもうすでに止まってる・・・」

「本人がいいならいいんじゃない?」

うるさいなお前ら。もうおいちゃんでいいんだよ。オレはユイちゃんのおいちゃんなんだよ。ユイちゃんから呼ばれるならーーーお兄ちゃんよりおいちゃんの方が、何だかしっくりくる。

「ほうら!おいちゃん力持ちなんだぞー!高い高ーい!高い高ーーーい!」

「わぁい!たかいたかーい!」

『もうすでにハートをキャッチしてる・・・』

言っただろ?オレは子供達の人気者だって。

「ユイちゃん、あたしはミラ!・・・お姉ちゃんって呼んで?」

自分から呼び方指定してんじゃねぇか未来。好きに呼ばせるもんなんだよこういうのは。ユイちゃん、おばちゃんだぞ?おばちゃんーーー

「・・・ねっちゃ・・・ねちゃ!」

「キャァァァァァ!可愛いィィィィィィ!あたしに妹出来たーーーーーー!!」

うん、そうだね。だと思ってた。そう言うと思ってた。オレは悲しくないぞ?全然全く問題ない。むしろグッジョブ。

「ライリュウくん、ちょっと泣いてる・・・」

「泣いてねぇし」グスッ

「今「グスッ」っていったぞ?」

「だから泣いてねぇし・・・」

何なのお前ら?お前ら知らねえの?泣いてないのに泣いてるって周りがみんな言うと泣くんだよ。強制的に泣かされるんだよ。とりあえずほっといてくれーーー

「ユイちゃん。これからみんなでお出掛けしに行かない?」

何故か泣いているオレをーーーもう泣いてるって認めるよ。オレを尻目にアスナさんがユイちゃんに外出しないかと誘っている。行き先は第1層の《はじまりの街》。もしかしたらそこにユイちゃんの記憶の手掛かりがあるのかもしれないから今日はそこに行くことになった。確かにユイちゃんのあの装備ーーー白いワンピースだけみたいだし、保護した時もあの装備だったらしいから日常的にフィールドに出ていたという事は考えられないと思い、《はじまりの街》を調査しようと考えたらしい。
ユイちゃんもお出掛けと聞いて元気よく行くと答え、早速出発の準備に取り掛かった。でもここで一つ問題がーーー

「う~ん・・・出ない」

さっきからユイちゃんが右手の指を振ってシステムウィンドウを出そうとしてるのだがーーー一向に出ない。出てくる気配もない。装備を変更するにはシステムウィンドウを操作する他なく、普通に着替える事は出来ない。どうしたもんかーーーと考えていたら一つの可能性が頭に浮かんだ。

「ユイちゃん、今度は(こっち)のお手てでやってみて?」

「うん」

そんなはずはないと思いたかったけど、ひょっとするとあるかもしれない。そう思ってユイちゃんにやってみるよう言うとユイちゃんがーーー左手でシステムウィンドウを出した。
オレ達プレイヤーは左手でシステムウィンドウを出す事は出来ない。出来るとすればーーー

「ねぇ、ユイちゃんって・・・」

「ああ、もしかしたら運営側の・・・」

運営側の人間、もしくは関係者という事。かつてのデスゲーム開始の日、赤いローブの異形の存在に姿を変えてこの世界にオレ達を閉じ込めた茅場晶彦。彼はその時左手を滑るように動かしシステムウィンドウを表示していた。
オレはユイちゃんの手を拝借してユイちゃんのステータス画面をみんなが見られるように可視モードにした。その画面に書かれていた名前はーーー

「《MHCP―001Yui》・・・?」

「何これ?キャラクターネームじゃないよね?」

「何だかまるで・・・」

「何かのコードネーム、みたいだな・・・」

ユイちゃんのーーー恐らくキャラクターネームなのであろう欄に書いてあるこの《MHCP-001Yui》という何かのコードネームのような文字。《Yui》がこの少女の名前だという事はまだ解る。でもこの《MHCP-001》というのが意味不明だ。本名をキャラクターネームにするケースは少なからず存在する。でも子供がこんなアルファベットと数字の妙な羅列なんてするだろうか。ーーーあの人なら解るかな?

「ありがとなユイちゃん。とにかく早く《はじまりの街》に行こう。この子の記憶を早く解放してあげないと」

ーーーこのユイという名の少女。記憶喪失、言語障害、精神年齢の逆行、そしてキャラクターネーム。様々な謎を抱えている親友夫婦の養子になったこの少女を知るために、オレ達はこのデスゲームの始まりを飾った最初の街に足を向けて歩き出した。
 
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