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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十一話 それぞれの思惑(その2)

■帝国暦486年5月17日  オーディン ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 オッペンハイマー伯を逮捕し、クラーマー憲兵総監を更迭すると状況は一気に私たちに有利になった。宇宙艦隊の残存部隊も装甲擲弾兵も積極的に協力するようになったから、帝都の治安は完全に少将の手で維持される事になったと言っていい。そして帝都の安全が確立されるのと反比例するかのように少将の忙しさは酷くなった。

憲兵総監が軍務尚書のため実質的に憲兵隊のトップとなったことから、帝都防衛部隊、宮中警備隊の他、憲兵隊からも恐ろしいほどの書類が回ってきたのだ。その他にも何かにつけ連絡をしてくる宇宙艦隊の残存部隊、旗幟を明らかにした装甲擲弾兵までもが少将に指示を仰ぎだした。

私、キスリング中佐、シューマッハ中佐は少将を助けて書類を片付けたが、それでも少将の仕事は全然減らなかった。どうなってんだろ。おまけに少将は熱を出して倒れるし、帝都防衛司令部はまさに戦線崩壊の状況だった。フリードリヒ四世の意識が戻ったときは皆泣いて喜んだわ。よくぞ戻ってくれた、これでようやく解放されるって。私達ほど忠誠心の厚い臣下はいないと思う。少なくともブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯より亡命者の私の方が帝国臣民として皇帝陛下の意識回復を喜んだと思う。

 フリードリヒ四世の意識が戻ったのが四月九日、リヒテンラーデ侯がフリードリヒ四世の快癒宣言を出したのが四月十九日。ヴァレンシュタイン少将は四月十九日をもって帝都防衛司令官代理、憲兵副総監を辞任し、兵站統括部第三局第一課課長補佐に戻った。私も少将もほとんど逃げるように兵站統括部に帰ったわ。

帝国軍遠征部隊が帰還したのは五月十五日、一昨日だった。そして今、少将は軍務省尚書室に呼ばれ、私は部屋の外で少将を待っている。



■ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

尚書室に入ると軍務尚書エーレンベルク元帥と宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥がいた。
「元帥閣下。遠路の征旅、お疲れ様でした」
俺がそうねぎらうとミュッケンベルガーは苦笑した。

「ヴァレンシュタイン、卿は勝利を祝ってはくれぬのか」
「小官は今回の勝利が元帥閣下の望まれたものとは違うと思っていますので、御祝いは述べません。次の勝利にとっておきます」

俺がそう言うとミュッケンベルガーだけでなくエーレンベルクまで苦笑した。
「卿は可愛げがないな」
ミュッケンベルガーの言葉に今度は俺が苦笑し、気がつけば三人とも苦笑していた。

「軍務尚書より話は聞いた。良くやってくれた、礼を言う」
「はっ。恐れ入ります」
「ミューゼル中将だが、卿の言うとおりであった。良くやる。将来が楽しみだな」
「はっ」
ミュッケンベルガーはちらとエーレンベルクと眼を合わせてから俺に問いかけてきた。

「ヴァレンシュタイン少将、今まで軍務尚書と話していたのだが、これから帝国はどのようにすべきだと思うか、攻勢を取るべきか、それとも守勢を取るべきか」
なるほど、これが聞きたいと言う事か。

「攻勢を取るべきだと思います」
今度はエーレンベルクがミュッケンベルガーと眼を合わせてから問いかけてきた。
「その理由は」
「帝国で内乱が起きても、反乱軍が付け入る事が出来ぬまでに叩いておくべきかと考えます」

どうやら俺の考えは二人の考えと同じだったらしい。二人とも満足げだ。
「ヴァレンシュタイン少将、私は冬になる前に出兵するつもりだ。軍務尚書にも既に了承を得ている。今度こそ反乱軍を叩き潰す。勘違いするなよ、少将。これは宇宙艦隊の実力を確認するためではない。実力は今回の会戦である程度判った。今度は帝国の安全を守るための戦いだ。帝国に内乱が発生した場合、反乱軍に付け入る隙を与えてはならん。今回も出兵計画の立案には参加せよ」
「はっ」

「本来なら、卿にも遠征軍に加わって欲しいのだが、卿には万一のことを考えオーディンに残ってもらう。軍務尚書を助けてくれ」
「はっ」
「済まぬな、ヴァレンシュタイン。本来なら卿とて武勲を立てる場に出たかろう。それを労ばかり多くて報われる事の少ない仕事をさせている。済まぬ……」
思いがけない言葉だった。ミュッケンベルガーが俺に謝る? どうしたんだ一体?

「元帥閣下。小官は報われない仕事だとは思っておりません。理解してくれている方がいるのです。ならば、報われない仕事ではありません。どうか、お気遣いは御無用に願います」
「うむ」

ミュッケンベルガーは何処と無く面映そうだ。俺も柄にも無い事を言ったかと少し困っていると、エーレンベルクが話しかけてきた。
「ミュッケンベルガー元帥、少将の言うとおりだ。理解してくれている人間がいるのなら報われない仕事ではない。ヴァレンシュタイン少将、卿は今度中将に昇進する」
エーレンベルクは少し面白がっているようだ、眼が笑っている。

「昇進ですか、しかし小官は何の武勲も上げておりませんが」
「帝都の内乱の危機を防いだではないか」
「しかし」
俺が反論しようとするとエーレンベルクは眼から笑いを消して俺を諭した。

「これは必要な事なのだ、卿を少将のままにしておくと、馬鹿者どもが軍上層部は今回の卿の働きを評価していない、不満に思っているなどと勘違いしかねん。後々厄介な事になる」
「……」

「卿の役職は、兵站統括部で用意する。万一の場合には前回同様、帝都防衛司令部、憲兵隊を指揮することになるが、他に望みは有るか?」
エーレンベルクの問いに俺は迷わずに答えた。
「はい、装甲擲弾兵への指揮権もお願いします」
俺の答えにエーレンベルクがミュッケンベルガーに話しかけた。

「それは、私よりミュッケンベルガー元帥のほうがよかろう」
「そうだな。では私からオフレッサーに話そう」
「はっ。お願いします」

他に、細々とした事を確認し、そろそろ辞去しようとした時だった。エーレンベルクが俺に話しかけてきた。
「そうそう、卿はもう知っているか? 反乱軍の司令長官が決まった」
決まったのか、一体誰だ?

「ドーソンと言う男だそうだ」
「ドーソン中将ですか」
「知っているのか? どういう男だ?」
ミュッケンベルガーも当然の事だが興味ありげに聞いてくる。

「前任者のロボス大将より能力は下でしょう」
「下か」
「それより大切な事があります」
「?」

「反乱軍の政府上層部では、帝国軍が攻勢をかけるとは思っていないようです。そのことがドーソン中将の起用になったと思います。但し、軍上層部がどう思っているかは判りません」
「なるほど、奴らが油断しているのなら場合によっては奇襲が可能か。面白くなってきたな」
ミュッケンベルガーはエーレンベルクと視線を交わすと楽しげな声を出した。


尚書室を辞し、俺はヴァレリーと兵站統括部へ向かった。そしてずっと気になっていたことを考え始めた。本来ならば三年前、重態になるはずだったフリードリヒ四世が何故この時期に意識不明の重態になったかだ。医師の話ではここ最近、戦勝祝い等の祝賀会が続いたため体に負担がかかった、という事らしい。わからないではない、原作と比べてみるとかなり大きく勝っているし損害も少ない。祝い酒も進むだろう。

一方三年前、何故重病にならなかったかだが、あの時期はサイオキシン麻薬密売事件がオーディンに飛び火した時期だったはずだ。いくらなんでも酒飲んで大騒ぎをしている余裕は無かったろう。そういう意味では納得が行くのだ。

しかし、俺は別な事を考えている。非科学的なことなのだが原作への揺り返しが起きたのではないかと思うのだ。今回の戦い、フリードリヒ四世が倒れなければ帝国軍は同盟軍に対して致命的な打撃を与える事が出来たはずだ。そうなれば混乱する同盟軍に対しさらに追い討ちをかけるか、第二、第三の遠征軍を起し、同盟に畳み掛ける事が出来ただろう。

同盟は帝国に対し効果的な反撃が何処まで出来たか。おそらく和平をそれもかなり屈辱的な和平を乞うしかなかったろう。いわばバーラトの和約だ。その先は宇宙統一へと進んだのではないだろうか。しかし、フリードリヒ四世が倒れたことで全てはやり直しになった。多少、原作に比べて差異はあるが、帝国と同盟はイゼルローン回廊を基点とした攻防戦を繰り返す事になるだろう。馬鹿げた考えだとは判っている。それでも俺はこの考えを振り払う事が出来ずにいる。考えすぎなのだろうか……。





 
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