魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第八話 指切りの約束と、四月の空模様
二日連続で俺は高町とユーノを自宅に招いた。
ただし今日は客が多い。
一人は五年ぶりに再会した少女/逢沢 雪鳴。
もう一人は、身元も名前も不明な金髪の少女。
バリアジャケットが解除され、黒いブラウスに同色のミニスカート姿になり、寝室に寝かせた。
リビングの置かれたテーブルを囲うように俺たち三人は座り、最初に口を開いたのは雪鳴だった。
「寝室、なんで二つもあるの?」
「……そっち?」
真顔で聞いてくる質問は俺の予想とは違うものだったため、少し驚いて返してしまう。
てっきり、ジュエルシードのことを聞いてくるものだと思っていた。
「それ、私も気になる」
と、話題に乗ってきたのはなのはだった。
どうやら女子二人は、部屋の構造に疑問を抱かずにはいられないらしい。
(まぁ、慌てる必要もないか)
壁に付けられた時計を見れば、時刻は午後の六時。
ここで夕飯を済ませればまだ時間はある方だろうと判断した俺は、二人の疑問に答えることにした。
「今は一人暮らしだけど、元々は姉さんも暮らせるように、部屋を一つ多い物件を選んでたんだ」
二人が疑問を抱いたのは、金髪の少女を休ませている寝室のこと。
俺の使う寝室ではない、もう一つの寝室。
一人暮らしでは必要のないはずの一部屋は、姉さんのために用意したものだった。
今はまだ入院してるけど、いつ目が覚めて退院できてもいいようにと言う理由。
実家の姉さんの部屋から、必要そうなものは一通り持ってきてあるからきっと困らないだろう。
あとは俺が定期的に掃除しておければ姉さんも安心できる。
「小伊坂くん、お姉ちゃんがいるの?」
なのはの疑問に、俺は頷く。
「ああ、俺より五つ上の姉さんがいてね。 今はちょっとうちには来れないけど、いつか来ると思う」
「……寂しくないの?」
「……」
『事情』を知らないなのはは、悪意なしに聞いてきたのだろう。
ただただ、小学生で一人暮らしをしていることが、寂しいものだと思っているからこその質問だってことくらい、分かってる。
だけど、寂しいかと聞かれれば、
「うん、寂しいよ」
例え事情が話せなくても、例え姉さんが意識不明になってなくても、きっと同じ答えを出していたと思う。
それだけ俺は姉さんを……いや、家族を大事に思ってる。
それを二人とユーノに悟られないように、笑顔の仮面を被る。
「寂しいけど、一生会えないわけじゃないからさ。 会おうと思えば、いつだって会えるから」
だから大丈夫。
そう言おうとして、声がでなかった。
言い切る形になったけど、本当は言い切れなかった。
だって今の言葉は、半分が嘘だったから。
会おうと思えば会える?
(……そんなわけ、ないじゃないか)
両親には、もう二度と会えない。
それは紛れもない真実だから、俺は半分の嘘をついた。
誰にもバレない、偽りの笑顔の中で。
「……さて、本題に入ろっか」
これ以上この話しをしていたら、きっと俺は耐えられないから強引に本題に話しを向けた。
視線を雪鳴に向け、真剣な表情で話す。
「雪鳴もここ数日、この海鳴市で何かが起こってると思ってたはずだ」
無言で頷く雪鳴に、俺はアマネの内部からジュエルシードを取り出して、それを見せる。
「……それは?」
「これはジュエルシードと呼ばれるロストロギアだ。 ロストロギアがどんなものか知ってるか?」
「馬鹿にしてる?」
「管理局以外の学校がどんな教育をしてるか知らないだけだよ」
雪鳴に睨みつけられた俺は、慌てて誤解を解く。
そう、ロストロギアと言う単語自体は教科書にも載っている。
だけどそれがどんなモノなのか、それを学校ではどこまで教えているのかを俺は知らない。
だから確認のために聞いたつもりが、どうやら失礼な言葉になってしまったようだ。
「ロストロギア/ジュエルシードは、一つ一つが強力なエネルギーを持ってて、規模は次元震を発生させるレベルらしい」
「……一つ一つってことは、複数あるの?」
「合計で21個だ」
「多い……」
雪鳴は顎に右手を沿えて俯く。
きっと現状の深刻さを理解しているのだろう。
その姿は五年前にはなかった、大人っぽさを持ち合わせていた。
「それで、今はいくつ集まったの?」
「金髪の少女の所有数次第だけど、こちらで回収できたのは3つだな」
「なら、まだ最大で18個もある」
「ああ。 しかもジュエルシードは単独でその能力を発動させる可能性がある。 だから昨日から回収を始めたんだ」
そんな中で一人、謎の魔導師が一名介入してきた。
それが現在に至るまでの経緯となる。
「黒鐘が海鳴に来たのと、これの関係は?」
「いや、俺が海鳴に来たのは本当に偶然なんだ。 管理局からの休暇命令も事実で、本当に偶々こんな事態になったんだ」
「……探偵?」
なぜ唐突に探偵と言ったのか、とツッコミを入れる前に理解した。
アニメやドラマに登場する探偵は、訪れた先で必ず誰かが死ぬと言う偶然を、必然として背負わなければいけない。
それと今、偶々海鳴に訪れた矢先に事件に巻き込まれた俺を掛けているのだろう。
「だとしたら、俺が解決させないといけないのかな、ワトソン君?」
「随分と幼いホームズね」
「ははっ、確かにな」
俺のボケに雪鳴が冷静にツッコミ、その場で小さな笑いが起こる。
状況が重い中、こうして笑い合うことが大事だってことを、俺達は無意識に理解していたからだ。
笑いが収まり落ち着いたところで雪鳴は聞く。
「管理局には連絡してないの?」
「そうしたいのは、山々なんだけどな……」
「……?」
俺は苦笑交じりに後頭部を掻く。
昨晩、最良にして最善。
しかし避けるべき案だったそれを、俺は改めて話す。
「ジュエルシードは彼、ユーノ・スクライアを始めとしたスクライア一族が発掘して運搬していたものなんだ」
テーブルの上にいるユーノを指さしながら説明を続ける。
「この事情を管理局に説明すると、ユーノを始めとしたスクライア一族が色々面倒なことになる。 ユーノはそれを阻止するために単身、この世界に来た」
そしてその事情を知った俺は、無視ができなくなった。
「幸い、そう簡単に暴走するような代物じゃないみたいだし、一先ずは俺たちだけで回収をするって方向性にしてるんだ」
流石に甚大な被害が出そうだったら即連絡だが、最悪な状況になる前にできることは俺たちでやる。
そういうことに決めたんだ。
「……変わってないね」
説明を終えたところで雪鳴は、目を細めて微笑する。
俺を見つめるその瞳は、まるで何かを思い出しているような懐かしさを感じさせる。
「そうやって他人事に必死になるの、全然変わってない」
「そ、そうかな?」
「うん、そう」
即答で返してくる雪鳴に俺は照れくささから顔を逸らす。
こうして面と向かって褒められるのは、正直慣れない。
ましてや過去の俺まで引っ張ってくれば、恥ずかしさで悶えてしまいそうだ。
「よかった」
「な、何が?」
雪鳴の言葉に、俺はまだ顔を向けられないまま、動揺したまま聞く。
すると雪鳴は俺の両手を手に取り、自分の胸に当てだした。
「な……お、おい」
思わず声が上擦る。
彼女の胸に当たるということは、俺の両手には彼女の胸の感触がダイレクトに伝わってくるわけで、そういう方面に免疫のない俺にはあまりにも強烈な刺激で、動揺で瞬きが止まらなくなる。
なぜ雪鳴が落ち着いた様子でいるのかサッパリ分からない中、雪鳴は目を閉じて、そして優しい声を漏らす。
「五年ぶりだったから、私の知らないあなたになってるかもって。 不安だったけど、安心できた」
「……」
その言葉に、俺は何も言い返せなくなった。
五年。
1825日。
数字にすると多いような、少ないような、そんな時間。
寝て、起きて、食べて、動いて、寝て……。
そんな繰り返しだけで過ごす人間の一生のうちの、ほんの五年。
それは、俺たちの中で俺たちの印象を薄くしていくには充分だった。
一生忘れられない人。
きっと、誰にでも一人はいるだろう。
だけどその人たちは忘れられなくても、色褪せていく。
今は過去へ流れていくのだから。
そして、そんな五年が流れた。
雪鳴の中で小伊坂 黒鐘と過ごした時間。
天龍 黒鐘に抱いた感情や印象。
そして紡いだ言葉や想い出。
全ては遠い過去になって、今の雪鳴に不安を与えた。
もし、自分の記憶とは違う俺だったらどうしよう?
もし、自分の知ってる彼じゃなくなっていたら?
もし、自分の中にある彼は、ただの妄想でしかなかったら?
「……ごめんな」
俺は、ようやく理解した。
だから謝った。
五年間、何の連絡もしないで過ごしたその時間は。
そして五年が経過した今、何の連絡もしないで再会したその時間は、過去の記憶との答え合わせだったってことを。
俺はこの五年間、知らず知らずの間に彼女を傷つけていた。
それを今更になって気づいたから。
手遅れかもしれないけど、謝るしかなかった。
「ほんと、ごめん」
せめて、手紙の一つでも送れば良かったなって、今更になって後悔した。
たった半年程度の付き合いだからって、甘く見ていた。
彼女にとっては、時間の多い少ないなんて関係なく、俺と過ごした日々は大事だったんだ。
それを分かってあげられなかった。
いや、分かろうともしなかった。
五年前に色々あったとは言え、それは彼女を傷つけた言い訳にはならないし、言い訳になんてしたくない。
だから俺は、心から謝った。
「五年前、何も言わずに去ってゴメン」
他に色んな言葉が出てきたけど、声に出せなかった。
だからこんな短いものになった。
心が篭ったかすら不安なそれを、しかし雪鳴は嬉しそうに微笑みながら頷いてくれた。
「次は、『行ってきます』って言葉が欲しい。 それだけで、充分だから」
「分かった。 約束するよ、だから――――」
俺は約束のために小指だけ伸ばした右手を差し出し、
「――――ただいま、雪鳴」
俺の言葉を雪鳴も小指を差し出し、互いの小指を絡めながら、
「おかえりなさい、黒鐘」
約束。
そして再会を確かめ合うように、指切りの約束をした。
*****
「二日連続で夜遅くなってごめんな」
「ううん、大丈夫! お母さんもお父さんも、小伊坂くんが送ってくれてるの話したら許してくれたから!」
私は小伊坂くんにおウチまで送ってもらいながら、他愛もない話しをしていた。
……ううん、本当は他愛もない話しすらまともにできてない。
彼が出した話題に、私が返してるだけ。
そして話題がなくなれば、慣れない沈黙が漂う。
そんな状況を、昨日の帰りと同じように繰り返してる。
(なんか、うまくいかないな……)
自慢じゃないけど、私は誰とでもある程度は会話ができると思う。
実家が喫茶店で、接客の手伝いもしてたから、会話って得意だと思ってた。
だけど実際、蓋を開けてみればこんな状態だった。
彼の顔をまともに見れずに俯いて、話題も振ってあげられなくて。
そして何より、彼のことをまだ苗字で呼んでいるってことが、何よりも距離を作っている気がする。
どうして、こんなにも遠慮してしまうんだろう。
なんでもっと、いつも通りでいられないんだろう。
「あの……」
「ん、どうした?」
「逢沢さん、置いてきて良かったんですか?」
唯一でたのが、どこか事務的な質問。
私を送る変わりに、逢沢さんは小伊坂くんの自宅で待機してる。
そのことを聞けるのが、今の私の限界だった。
「金髪の少女のことがあるからな。 俺らが目を離してる隙に目覚めて逃げられたら意味がないし、監視の意味でも待機してもらってる」
「大丈夫なんですか?」
私は逢沢さんのことを、何一つ知らない。
魔導師だってことは、小伊坂くんを見ればなんとなく分かるけど、どれだけ強いのかも分からない。
そんな私に、小伊坂くんは自信のある笑みを浮かべながら答えた。
「五年が経って、雪鳴はかなり強くなってるみたいだ。 それは服越しにでも分かるくらいにね」
だから大丈夫、って小伊坂くんは即答した。
「そ、そうなんだ……」
どうしてだろう。
チクリと、私の胸に小さな痛みが生じた。
一瞬だけ。
注射をされた瞬間みたいな、一瞬の痛み。
だけど忘れられない、はっきりとした強い痛み。
胸に手を当てて確かめる頃には消えていて、違和感だけが残った。
(なんだろう、今の……)
彼が。
小伊坂さんが、逢沢さんのことを話す様子が楽しそうで、嬉しそうで、自慢気で。
それは私のお父さんやお母さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんが互いを自慢しあう時みたいな、家族に対するような暖かい姿。
なのに、その姿を直視できなくなって、私はまた俯いてしまった。
どうしてか、見たくないって思った。
(どうして……なんだろう)
なんて疑問に思っている私を他所に、彼は何かに気づいたように空を見上げた。
「っと、雨が降りそうだな」
「あ、ホントだ」
「ちょっと引っ張るぞ」
「え……あっ」
曇ってきた空に慌てた彼は、私の左手を握って走り出した。
驚いた私は、しかしまた不思議な感覚に襲われた。
(なんで、ドキドキするんだろ……)
彼に握られた左手はとても温かくて、握られている私はドキドキして。
でも、それは決して嫌な感覚じゃなくて、嬉しいって思った。
心臓は今までにないくらいバクバクと動いてて、左手に伝わって彼に聴こえていないか心配で。
(なんだろう、この気持ち)
彼一人に、私の心は左右されていく。
不安になったり、苦しくなったり、嬉しくなったり、期待しちゃったり。
(ホント……ずるいよ、私ばっかり)
彼はきっと、何も知らない。
私がこんなにも悩んでいることを。
君一人に、こんなにも心を狂わされているってことを。
私の、晴れたり曇ったりの、四月の空模様なんて……彼は、気づいてくれないだろう。
「……雨、降ってきたね」
「大丈夫、すぐ止むさ」
「ホントに?」
「だって雲の上は、いつだって晴れた空なんだからさ。 雲さえなくなれば、また晴れだすさ!」
だとしたら『この雲』が晴れるのは、いつのことなのだろう――――。
後書き
ということで第八話でした。
十歳と九歳の色恋沙汰を書いているはずが、高校生辺りの恋愛になった気がしてならない……いや、気にしない気にしない(現実逃避)。
そしてどうしてもユーノが影になってしまう作り、なんとかせねば。
てな感じで不器用な彼、彼女らの物語は紆余曲折しながら進んでいきます。
いや~青春ですね。
小伊坂「てかサブタイトル長くね?」
……ごめんなさい。
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