モラビアの服
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第一章
モラビアの服
チェコとスロバキアはかつては同じ国だった、しかしその頃から微妙な関係であり別々になった今も協力関係にあるがやはり微妙なままだ。
だが戦争をするまで険悪ではなくお互いに結婚をしているカップルも多い。これはプラハに住むスロバキア人のアントン=レイトヴィッツとチェコ人のエディタ=レイトヴィッツの夫婦も同じだ。
アントンは一九〇近い長身でしかもしっかりとした体格だ、短めの金髪に穏やかな青い目で高い鼻を持つ温厚そうな顔立ちだ。身体は大きいが優しい感じだ。
エディタは一五五程であり奇麗なブラウンのセミロングの髪に髪の毛と同じ色の大きな丸めの瞳にだ。顎の方が少しホームベース型になっている白い顔に可愛らしい唇がある。
その妻にだ、アントンはある日の夕食の後こう言った。
「明日スロバキア料理頼めるかな」
「三日前に作ったでしょ」
エディタは夫にあっさりとした口調で返した。
「それで美味しいって言ってたじゃない」
「いや、この二日はね」
「チェコ料理だったっていうのね」
「そう、だからね」
それでというのだ。
「明日はね」
「明日はソーセージとアイスバインのつもりだったけれど」
「ドイツ料理かい?」
「ええ、あっちのね」
「いや、ドイツ料理は」
アントンはその温厚そうな顔を曇らせて妻に言った。
「明日は」
「嫌っていうのね」
「僕は明日はスロバキア料理を食べたいんだ」
「貴方の故郷の」
「そう、あそこのね」
「それはわかるけれど」
それでもとだ、妻は言うのだった。
「もう豚肉も買ったし」
「アイスバインの腿肉を」
「仕込みもしたから」
「それでなんだ」
「ソーセージも買ったし」
だからというのだ。
「あとザワークラフトとジャガイモもね」
「じゃあ明日はどうしてもなんだ」
「そうよ、ドイツ料理よ」
「わかったよ、仕方ないね」
既に用意が出来ていると言われるとだ、アントンもだった。
受け入れてだ、こう返した。
「それじゃあね」
「ええ、明後日はスロバキア料理にするから」
「頼むよ」
「そうするわね」
「そうね、ただね」
「ただ?」
「いや、この国に来てもう十年だね」
ここでこんなことをだ、アントンは言った。
「長いね」
「大学を卒業してね」
「スロバキアの企業に就職したら」
今もその企業で勤務しているがだ。
「お袋がチェコ人でチェコ語がかなり上手だっていう理由でね」
「プラハ支社勤務になって」
「ずっとここだからね」
「そうよね」
「三十を過ぎても」
就職して即座に支社勤務になったのだ、殆ど就職と同時に。
「ここにいるね」
「そしてその間に私と知り合って」
「そうそう、取引先の会社にいてね」
「それで仕事のお話をしているうちにも」
「結婚して五年」
「結構続いてるわね」
「うん、けれどね」
ここでこうも言ったアントンだった。
「何か僕ってあれだね」
「スロバキア人だからっていうのね」
「そうだよ、何か余所者になった感じがするね」
「気にし過ぎでしょ、そもそも分かれたのって」
チェコ人としてだ、エディタは夫に返した。その実際の年齢よりも若く見える童顔で。
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