誘惑

第四章

「それじゃあ意味ないから」
「何だよ、じゃあ山羊でいいか？」
「山羊も駄目だよ」
　それも駄目だというのだった。
「だから。人間の髪の毛じゃないとね」
「贅沢な話だな」
「人間の髪の毛を。育毛してね」
　話はかなり俗世のものになっていた。
「それで増やしていかないといけないんだよ」
「何か人間と同じだな」
「悪魔でも禿をなおすことはできないんだよ」
「あまり力ないんだな」
「禿はどうしようもないからね」
　悪魔でも誰でもだ。禿はどうしようもないというのだ。
　その話をしてだ。さらにだった。
「だから。どうかな」
「髪の毛かよ」
「それが欲しいし。おいらと契約しない？」
「そうだな。そこまで言うんならな」
　雄太郎は腕を組んで考える顔になってだ。それから話すのだった。
「俺実はな」
「実は？」
「結構きてるんだよ」
　こう悪魔に話すのだった。
「髪の毛な。実はな」
「んっ、そういえば」
　悪魔はここで彼の頭をよく見た。するとつむじの方がだった。
「危ないね」
「わかったな。そういうことなんだよ」
「つむじから来るタイプなんだ」
「しかもこの髪の色だよ」
　その青緑と赤のメッシュの髪を自分の右手の人差し指で指し示してからの言葉だった。
「染めてるからな」
「ああ、染めたらまずいよ」
　悪魔はその髪を見ながら話す。
「そのつむじでそれだから。確実にね」
「禿げるよな」
「まあ近いうちに砂漠になっちゃうね」
「言いにくいことをよく言うな」
「だってその未来は確実に見えるから」
「それでかよ」
「じゃあそれ？」
　悪魔は彼の髪を見ながら話した。
「髪の毛が欲しいだね」
「いいか、それで」
「ああ、それならできるよ」
　悪魔は契約とその報酬の矛盾に気付かないまま雄太郎の言葉に頷いた。
　そのうえでだ。悪魔はこう彼に話した。
「髪の毛増やすから」
「そうしてくれ」
「それで契約の報酬はね」
「髪の毛だな」
「うん、あんたの髪の毛貰うから」
　雄太郎に顔を向けて話す。
「それでいいね」
「ああ、じゃあな」
　雄太郎もだ。矛盾に気付いていない。こうしてだった。
　悪魔はそのフォークを雄太郎の頭に向けてだ。それでそこから光を放ってだ。
　それで髪の毛は増えた。つむじのところが黒々となった。しかしだ。
　それは瞬時に消えてだ。元に戻った。それでなのだった。
　悪魔はだ。そのことにきょとんとなりながら話した。
「あれっ、元に戻ったね」
「どうしてなんだよ」
「ああ、髪の毛のことで契約したけれど」
「そうか、報酬はな」
「髪の毛じゃない」
　それでなのだった。二人は今わかったのだった。