| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四十一話 予兆

■ 帝国軍ミュラー艦隊旗艦バイロイト ナイトハルト・ミュラー

 俺が属するミューゼル艦隊は先鋒としてアルレスハイム星域をパランティアに向かって進んでいる。そのミューゼル艦隊の中でも最先頭で哨戒行動を取りつつ進むのが俺の艦隊だ。戦艦十隻、巡航艦五十隻、駆逐艦百十隻、砲艦三十隻、ミサイル艦十隻、護衛空母五隻の合計二百十五隻。ささやかな艦隊だ、しかし俺はこの艦隊を一生忘れないだろう。軍人になって以来ずっと夢見ていた将官となり、提督として初めて指揮した艦隊なのだ。提督席に座り、前方に広がる宇宙を見る。心が躍り、頬が緩む。

「いかんな」
思わず声がでた。全くいかん、この程度で浮つくとは。俺はヴァンフリートでのエーリッヒ・ヴァレンシュタインを思い浮かべた。どんなときでも常に冷静で沈着だった僚友、少しは彼を見習わなければ。今回の戦いで功績を挙げれば少将に昇進するだろう。

 ようやくエーリッヒに追いつくわけだ。ライバル意識が有るわけではない、ただ少しでも近くに居たいと思うのだ。今回の戦いもあいつがいてくれたらどんなに心強いかと思う。この艦隊が、いやミューゼル艦隊が十分な働きが出来るのも彼のおかげだ。俺たちが物資の融通を頼んだ後、エーリッヒは迅速に対応してくれた。

兵站統括部で物資の手当てを行なうとミュッケンベルガー元帥に掛け合い、訓練の許可を得てくれた。その上で訓練日程を司令部の作戦参謀と調整してくれた。言葉にすれば簡単だが、物資の手当て、作戦参謀との調整等大変だったろう。なんと言ってもシュターデンを説得したのだから。感慨にふけっているとオペレータが緊張の声を上げる。

「閣下、哨戒中のワルキューレより前方を百隻ほどの艦隊が航行中との連絡が入りました!」
「全艦戦闘配置につけ」
「旗艦タンホイザーに連絡。我、敵と接触せり、敵規模およそ百隻」
続けざまに命令を出す。先ほどまで静かだった艦内が一気に喧騒に包まれる。敵はこちらの半分か、おそらく向こうも哨戒部隊だろう。焦らずに戦えば勝てる相手だ。部下達の信頼を得るためにも、ミューゼル中将の信頼を得るためにも初陣を勝たなければ。

■ ミューゼル艦隊旗艦タンホイザー ラインハルト・フォン・ミューゼル

 中央のスクリーンにミュッケンベルガーが出るまでおよそ百を数えるほどの時間があった。はて、俺は嫌われているのかな?それとも取次ぎのシュターデンの嫌がらせか?

「待たせたな、ミューゼル中将。敵の輸送船を拿捕したと聞いたが?」
「はっ、先行して哨戒行動を行なっていたミュラー准将が反乱軍の輸送船百隻ほどを拿捕しました」
「護衛艦はいなかったと聞いたが?」
「はっ、いませんでした。捕虜に確認したのですが、護衛艦もティアマト方面に移動したようです」
「護衛艦もいないのでは、武勲といえませんな」

シュターデンか。相変わらず馬鹿な男だ。ミュッケンベルガーも同感なのだろう。顔をしかめている。
「敵はティアマトを重視しているということか、陽動は上手く言ったようだな」
「はい」

 帝国軍は今年一月の中旬頃からティアマト星系で小規模の偵察活動を頻繁に行なった。帝国軍の狙いはティアマト星系だと思わせるために。どうやら反乱軍は引っかかったようだ。
「それと、敵の輸送船ですが、軍のものではありません。民間のものです」
「どういうことだ?徴発したのか」

ミュッケンベルガーは不審そうだ。当然だろう、俺も最初聞いたときは同感だった。
「いえ、なんでも前線基地への補給だったのですが、輸送船の手配ミスから補給が間に合わず民間に輸送を委託したようです」
「やはり近くに基地があるか…」
ミュッケンベルガーの声に苦悶が走る。

「はい。但し補給基地のようです。ティアマト方面の補給を重視する余りこちらの補給がおろそかになったというか…」
「放置しても問題ないか」
「閣下。敵の基地を放置など…」
「止めよ!シュターデン。ミューゼル中将どう思うか」
「放置しても問題ないと思います。敵には宇宙空間での戦闘能力はまずありません。あっても微々たる物です」

「よし、ならば放置だ。先へ進もう。敵はどの辺で我々を待ち受けると思うか」
俺を試すのか、この老人。
「敵は陽動に引っかかりました。となるとアルレスハイム、パランティアでの迎撃は難しいでしょう。おそらくはパランティアとアスターテの間ではないかと」
「うむ。予定通りだな、中将」
「はっ」

合格か。ま、当たり前だが。
「ミューゼル中将、敵の補給船を拿捕し物資を奪った事、よくやった。卿の艦隊はこれまでどおり先鋒として、アルレスハイムを抜けパランティアからアスターテを目指せ」
「はっ」

 敵はこちらの作戦に引っかかった。昨年のイゼルローン要塞攻防戦の早期停戦、そしてティアマト方面での陽動作戦により反乱軍は、ミュッケンベルガーの真意は艦隊決戦に有る、主戦場はティアマトと判断した。彼らを愚かだとは責められないだろう。俺とて最初はティアマトだと思ったのだ。しかし我々はアルレスハイムからパランティアを抜けアスターテを目指している。

アスターテからはドーリア、エル・ファシルの二つの星系へ行く事が出来るのだ。当然敵にとってそれは好ましい事態ではない。敵はこちらがアスターテに入る前に阻止しようとするだろう。反乱軍はティアマトに展開しているはずだ、となればパランティアは間に合わない。パランティアとアスターテの間がやっとだろう。おそらく補給を含めた後方支援の準備は余り出来まい。長期戦は出来ないということだ。ミュッケンベルガーの望む艦隊決戦が生じようとしている。

 俺は今までミュッケンベルガーを過小評価していたかもしれない。ヴァンフリート、イゼルローン要塞攻防戦、いずれもヴァレンシュタインの力によって勝利を得たと思い、ミュッケンベルガーを凡庸だと思っていた。しかし今回の作戦を見る限りミュッケンベルガーはなかなかの用兵家だ。

あるいはヴァレンシュタインの助言が有るのかもしれないが、それを受け入れるのも将としての力量だろう。“誰を味方にすべきなのかを見極め、そして味方を得る事”ヴァレンシュタインがキルヒアイスに託した俺への伝言。艦隊の規模が大きくなった今、まさに俺に必要とされているのは俺を助けてくれる味方を得る事だろう。ウルリッヒ・ケスラーを参謀長に得た今は特にその思いが強い。俺の味方になり、俺の覇業を助けてくれる味方を得なければならない……。

■ オーディン 兵站統括部第三局第一課

 ミュッケンベルガー元帥は順調に軍を進めているらしい。今頃はパランティアを過ぎアスターテに向かっている頃だな。あるいはもう同盟軍との間で戦闘状態になっているかもしれない。此処まで敵を振り回したのだ、まず負ける事はないだろう。残念なのはウィレム・ホーランドが第六次イゼルローン要塞攻防戦で戦死したことだ。あいつがいればもっと楽に勝てるんだが。

 それにしても妙な事件が起きた。敵の輸送船、それも民間の輸送船を拿捕ということは原作でのグランド・カナル事件だが、こっちでも似たような事件が起きたか。多分ティアマト方面を重視する余り、護衛艦を全部ティアマトに振り向けたのだろう。ロボス大将にとっては正念場だからな。

しかし裏目に出た。民間人にまで被害が出たということは、余程の大勝利を得なければ国民は納得しない。まして戦略レベルでこちらの陽動に引っかかった結果ともなればなおさらだ。九分九厘ロボスの更迭は決まった。問題は後任が誰かということだな。シトレ元帥はクブルスリー、あるいはボロディン、思い切ってウランフというところを考えているかもしれない。グリーンヒルは難しいだろうな、ロボスの補佐だから。

しかし、トリューニヒトが簡単にそれを認めるとも思えない。しかしトリューニヒト派で宇宙艦隊司令長官が務まる人材がいるか?どうも思い浮かばない。あるいは妥協の産物としてビュコックという可能性も有るか。

■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 少将がなにやら考え込んでいる。ココアを飲みながら眉をひそめて“難しいな”、“それも有るか”などと独り言を呟く。こういうときは邪魔をしないほうがいい。考えているのは遠征軍の事ではないと思う。同盟軍がこちらの陽動に引っかかった時点で、少将は遠征軍に関して心配することはやめたようだ。

次の戦争の事かもしれない、もしかしたら人事のことかも。次の人事では少将はまた宇宙艦隊司令部に異動になるだろうといわれている。シュターデン少将の評判が良くないのだ。その分ヴァレンシュタイン少将への期待になっている。その時だった。少将のTV電話が鳴る。少将は二言三言話すとTV電話を切り、ディーケン少将に出かける事を伝えると準備を始めた。私も慌てて準備をする。

 少将が向かったのは軍務省人事局だった。軍務省では少将を見ると皆ヒソヒソと話し始める。少将は受付を無視して進もうとし受付の女性に呼び止められた。受付を通さないと困るということみたいだ。予約はありますか?と言っている。もっとも女性は怒っていない。少将に対して好意的なようだ。多分話したいのだろう。

その分こちらを見る眼はきつい。少将は“ハウプト中将に至急といわれています”と話した。女性は確認を取ると、慌てて“すぐ局長室に行ってください”と言ってきた。その言葉に周りがざわめく。ヴァレンシュタイン少将がハウプト人事局長に会う、急ぎの用件で、ビッグニュースだろう。少将は周囲の喧騒を無視して局長室に向かう。憎らしいほどの落ち着きぶりだ。つねってやりたい。

少将は局長室に入った。私は部屋の外でお留守番だ。結構時間がかかるだろうなと思っていると、すぐ出てきた。そして少し困った表情で“厄介な事になるかもしれない”といって歩き出した。厄介な事? この子にとって厄介な事って何なんだろう? そんな物有るのだろうか?そんな事を考えながら少将の後を追う。少将が次に向かった先は……尚書室だった。これって厄介な事だよね? 多分。














 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧