衛宮士郎の新たなる道
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第17話 何時か言えなかった言葉
士郎がバーサーカーと決着をつける少し前、小さな山を覆う結界の外で二対二の攻防が続いていた。
「チッ、赤子のわりにねっちこい奴だ」
「その言葉は噂通り、長期戦は苦手になったんだな。つか、早く脳外科か眼科行けよ。世の中のほとんどが赤子に見えるなんて重病だぜ?いや、もしかしたら認知症じゃねぇの?」
「その軽口、利けなくしてやろう!!」
攻防にハッキリと分かる戦いは、未だ拮抗していた。
一方――――。
「貴方の鋼糸による結界は、日が落ちると厄介極まりないですね。それに罠を張る所が一々厭らしいですよ?」
「それを苦も無く悉く切断しきる貴方にそれを言われても、嫌味なだけです。それにしても先程から周囲に張った結界だけを狙って、何故本体である私を攻撃しないのです?」
「我々の今の目的は貴方たちにお引き取り願う事であって、余計な恨みを買う事ではありません」
「・・・・・・・・・」
そして此方は最初から今まで、常に冷静に対応していた。
それに鋼糸における罠は、本人の意思で絡め取る事も切断する事も出来る。
その為、余計な恨みを買わないと言う方針では同じで、先程から捕縛しようとはしても切り刻もうとは思ってはいなかったのだ。
『っ!?』
そんな人目を憚った激闘も、結界内からの強い神秘の消失を感じ取る事で二組は唐突に足を止めた。
「神秘の塊、英霊の気配が消えただと?」
「これは一体・・・」
九鬼従者部隊の老執事達は、結界内の事情を英霊が降臨した事以外知らないので、眉をひそめて露骨に怪訝な顔を作った。
「オー、ホントダー、ドウイウコトダー」
「露骨な棒読みはやめろ、利信」
一方、全てを把握しているワケでは無いモノの、結果から言って事態が収束したのを藤村組ペアは察した。
勿論、そんな2人の反応を老執事達が見逃す筈も無い。
「貴様ら何を知っている?」
「まさか藤村組には英霊を倒せるほどの切り札でもあったのですかな?」
「はて?何の事やら」
「惚ける気か、赤子!いい度胸だ、無理矢理――――」
『何をする気じゃ?』
『!?』
藤村組の反応に、遂にしびれを切らしたヒュームが利信目掛けて再び攻撃を開始しようとした処で、5人目の声で中断させられた。
しかも声の主が――――。
「総組長!」
「如何しました?」
自分たちの頭が出張ってきたことに少なからず疑問に感じる2人だが、内心では引き攣っていた。
現世の閻魔こと藤村雷画を怒らせるなとは、裏の世界では有名な言葉である。
その為、追い出される時に怒りに触れた2人は、表情こそおかしくはないが、心中では確実に多かれ少なかれ怯えていた。
「此処でお前が出張るか。雷画」
「・・・・・・そこの雇われ風情、誰に口を利いている?儂は天下の藤村組総組長ぞ!雇い主なければどこぞの野良犬風情が、分を弁えんかい!!」
「っ!」
雷画の怒号にヒュームは一瞬面喰らうも、自分を見下す言い分にキレそうになる。
しかしそれをクラウディオが何時もの様に止める。
(抑えて下さい、ヒューム)
「申し訳ありませんでした、総組長殿。ですが我々も九鬼財閥を代表して此処に居るのです。ですので如何か――――」
「物分りが随分と悪くなったようだな、序列三位。儂は分を弁えろと言ったんじゃ。次に同じ言葉を吐いたら儂にも考えがあるぞ・・・!!」
『・・・・・・・・・』
雷画の目を見る2人は、それが脅しでは無いと直に理解した。
恐らく考えと言うのは、今も直解消されていない藤村組と九鬼財閥との冷戦状態を悪化させると言うのだろう。
日本国外では既に以前の業績を取り戻したそうだが、日本国内では未だ伸び悩んでいる上、関東圏内では未だ下回っている。
それは単純に不信感の問題である。
逆に言えばそれほど関東圏内では藤村組の影響力及び、信頼度は高いと言えるのだ。
日本全土の大地主や有力者達とのパイプも太い。
その為、例の計画発動も含めて藤村組との和解は優先度も高く、必須事項と言えた。
しかしそれでも今の状態が続くのは、藤村組にとっては良い事ばかりでは無い筈だった。
少なくとも九鬼財閥を邪魔に思っている他の大企業の上層部などから、足並みを揃えてさらにダメージを与えないか等の非常に面倒な打診も受けているのだ。
そんな打診を雷画自身は、酷く目障りに思っているだろうと予想出来るのだ。
だがそれを長引かせても良いと言っている。場合によっては、その打診を受ける事も検討すると言っているのだ。
つまりそれだけ英霊を討伐する藤村組の切り札であろう“何か”の事が、大切なのだろうと窺えた。
2人にとっては取りあえず、それだけが解っただけでも収穫と我慢する事にした。
「了解しました、藤村雷画殿」
「重ね重ねの無礼、申し訳ありませんでした」
「・・・・・・去れ」
この雷画の言葉に、2人の老執事達はその場から即座に去って行く。
それを見ていた部下たちは、正直呆れていた。
「そ、総組長」
「あそこまでしては勘繰られるのでは?」
「構わん。周りからどれだけ調べても対策はあるわい。それよりも利信、結界内の浄化をして来い。相当穢れておるじゃろうからな」
「分かりました」
雷画の命令に、即座に了解して行動に映る。
念のため、2人は他に誰か来ないか利信が戻るまで警戒し続けた。
-Interlude-
血斧王を下した士郎は、投影で造った布を切られた事により肌蹴た百代に服に掛ける。
(と言うか、もう傷が塞がりかけてる。なんていう生命力だ。後魔力の吸引が貪欲すぎる)
聞こえないと分かりつつ、そんな事を口にする。
そして戦闘中に百代を抱えた時同様、お姫様抱っこをする。
それを消滅しかかっている2人分の具象奇体が見ている。
夫であるエイリーク・ブラッドアックスの残滓を吸い寄せる事で、僅かな時の中で感傷に浸っている様だ。
『あの者が私を倒した魔術師か・・・』
『不快か、エイリーク』
『そんな事は無い。寧ろよく狂気の淵から私を脱出させてくれたと、賛辞を送りたいくらいだ』
『ならば我らにしてやることは、祈りくらいか―――――いや、止めておこう』
途中まで言い切ってから直に取りやめた妻に疑問を呈した。
『何故止める?』
『エイリークよ。我は呪術と妖術を使う魔術師だぞ?そんな我が祈りでもすれば、それは呪いと同じよ。恩を仇で返す事に成るわ』
『・・・・・・では感謝するのは如何だ?』
『エイリーク?』
グンヒルドは、エイリークの言っている意味が解らなかった。
それをエイリークは、信頼できる相手にだけ向ける顔で言う。
『確かにお前は魔女で、私は血縁殺しだ。だがな、誰かに感謝する資格を失った訳では無いのだぞ?にも拘らず、此処でそれをしなければ私たちは私たちを課依頼にしたガイア以下になるのだ。それだけは我が誇りに掛けて断じて許容できぬことだ』
お前もそうだろう?と付け加えて。
夫の考えにグンヒルドもそうだなと頷き、今にもこの場から立ち去りそうな士郎達を見る。
『『名も知らぬ魔術師よ』』
『我が妻グンヒルドを傀儡の糸から解放してくれた事――――』
『我が夫エイリークを狂気の淵から解放してくれた事――――』
『『――――心より感謝する』』
「ん?」
その時、士郎は何気なしに後ろを向く。
「・・・・・・・・・気のせいか」
その言葉だけで士郎は百代を抱っこしたまま移動する。
少なくとも士郎が後ろを振り向いた時、もはや2人は残滓すら消え去っていたのだから。
-Interlude-
「まったくモモめ、力いっぱい打ちおってからに・・・」
鉄心は、あれから中々治る気配も見せないと言う事で、ふらつきながらも少しづつ現地に近づいていた。
そして今は雑木林の樹にもたれ掛かっていた。
「・・・フゥー、歳は取りたくないのぅ」
「お疲れの様ですから、俺が最後まで運ぶしかありませんね」
「むおっ!?」
いきなり真横から声がしてきたかと気づいて驚いたら、そこには自分を殴った百代をお姫様抱っこしている袴姿の士郎が居たのだから。髑髏の仮面も赤い外套赤いフードも身に着けずに。
「モモ!?気絶してる?いや、死んだのか!?まさか襲ってはいまいな!いや、それよりもお主、魔術師姿でなくてよいのか!?」
あまりに唐突に表れたせいか、鉄心は混乱しながらも怒涛に詰め寄って来た。
その事に士郎は苦笑いを浮かべながら鉄心を落ち着かせて、事のあらましを話す。
「――――と言う事です。川神の最高速度を出せばあの一撃は躱せたでしょうが、瞬間回復があると高を括りつつ興味心を優先したのでしょうね」
「・・・・・・・・・」
鉄心は士郎の話を全て聞き終えると、過去最高の渋い顔をした。
百代の精神の在り様は前々から危険だと見抜いていたが、百代に勝てるような武人が早々簡単に表れる訳がないと思うと同時に、孫可愛さに精神鍛錬への強制を先延ばしにしていたのだ。
「精神鍛錬が不足なのでは?」
矢張り言われた。
しかも簡潔なひと言に纏められているだけあって、効果は抜群だ。
加えて言えば、早朝に衛宮邸に通わせる了解を貰いに行った時も指摘されていたのだ。
正直、言い方が雷画に似ていたと言う事もあって内心でムッとしたが、事実なので検討しておくと言うその場しのぎに近い返答をしていた事もあって、余計にダメージが大きい様だ。
その為鉄心は、過去最高の渋い顔をさらに際立たせた。
そこである不安を聞く。
「今回の件はその・・・・雷画にも言うのかのぅ?」
その様はまるで、悪い点数を取ったテスト用紙を隠したことがバレて、恐る恐る怒っていないかと母親に尋ねる子供の様だ。
勿論士郎は鉄心に容赦なく言う。
「気配で感じましたが雷画の爺さんも最後の方は来ていたようですから、勿論報告しますよ。当然でしょう?まさか、川神院総代ともあろう御方が、友人に嫌味を言われる程度の心の耐久値も無いんですか?何度もしつこく言われるのが嫌なのでしたら、これを機に反省してください」
容赦なく、そして畳掛けるように言われた鉄心は押し黙る。
反論の余地など無く、ぐうの音も出ないとはこの事だ。
この後、鉄心は雷画への報告を中断してもらおうと言う狙いで態と気まずい雰囲気を作ったが、結局報告されてしまい、後日に予想通り雷画から嫌味を言われる事に成った。
-Interlude-
「シロ兄まだかなぁ」
士郎が出立してから既に一時間以上経過していた。
その間、ずっと心配しても無駄だから部屋に行って勉強でもしていようと言う話になったが、結局集中できずに居間に3人揃って集まっていた。
「確かに遅くはありますね」
「あれから暫くして何度も轟音を聞いたが、響いてくる距離的にはそこまで遠くない筈だしな」
小雪同様、冬馬も準も心配になってきたようで、時計を何度も見てそわそわしていた。
そこへ、スカサハが来た。
「何だ、お前達。部屋で勉強してるんじゃなかったのか?」
「それはそうなんですが・・・」
「集中できずに・・・」
2人の反応で流石に無理だったかと悟る。
「アルバさんは如何してたの?」
「藤村組の嵐臥と話をしてただけだ」
これに小雪はそっか・・・と呟き顔を俯かせる。
この3人の中で一番心配しているのは矢張り小雪の様だ。
そんな3人にスカサハが言う。
「月並みに聞こえるかもしれんが安心しろ。アイツは“不敗”だからな」
「不敗・・・ですか?」
「ああ、士郎の奴は誰が相手であろうと決して負ける事だけは・・・・・・屈する事だけは無い」
3人は真剣な面持ちで聞いているが、準が質問をする。
「それは・・・・・・魔術的な世界の話ですか?」
「ああ、それ故多くは語ってやれないが、アイツは間違いなく帰って来るだろう」
士郎とスカサハからは、魔術師が蔓延る世界はこの世の何よりも深く残酷だからと言う理由で必要以上は聞いていないが、そんな深淵を知るであろうスカサハが励ましの言葉として選んだのだろうけど、信用する事にした。
その時、スカサハは気配で士郎が近くまで帰って来てる事に気付く。
それに遅れて小雪も朧気に気づいた。
(訓練もしていないのに家の外の士郎に気付くか。矢張り小雪は天性の才があるな。まぁ、現時点では親しい者のみに限るだろうが)
気づいた小雪にスカサハがその様に考えていると、小雪は確信したのか唐突に立ち上がる。
「シロ兄だ!」
『は?』
しかし感じ取れていない2人は、唐突な事態についていけていない。
「シロ兄が帰って来たんだよ!ボク、出迎えて来るね!!」
「え、ちょ!?」
「おい、ユキ!」
小雪は2人の制止も聞かずに玄関に走って言った。
勿論兎に角追いかけようと言う事で2人も慌てて続く。
そんな3人にスカサハもやれやれと言いながら続く。
「シロ兄ーーーーーーー!!」
もう夜遅いと言うのに、大声を上げながら玄関に向かう。
そこへ士郎が本当に帰って来た。
「シロ兄ーーーーー!おかえり!!」
「おっと、心配かけた様だな」
小雪からダイビングジャンプを難なく受け止める。
遅れて準と冬馬も来た。
「ホントに士郎さんだよ」
「士郎さん、お帰りなさい」
そしてスカサハも遅れて廊下の奥から現れる。
その4人を見渡してから士郎は生まれ故郷である世界で、正義の味方になる為に家を飛び出してから結局言えなかった言葉を紡ぐ。
「ああ――――」
温かく迎えてくれる現在の“家族”に向けて笑顔で答える。
「――――ただいま」
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