鎮守府の床屋
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番外編 ~最期~
同じことが出来た
『古鷹!!』
『加古は私が守る……だから安心して』
『ダメだよ古鷹!』
『大丈夫。私の艤装はがんじ……』
『古鷹ァアアアアア!!!』
昔のことを思い出した。私はあの時の古鷹と同じく、乱れ飛ぶ敵の砲弾をその身で受け止めている自分が少し気恥ずかしくなり、自然と笑みが溢れた。
提督が三式弾で焼かれた後、呆けていた隼鷹はやがて我を取り戻し、一心不乱に呪文を唱えた。隼鷹はこの戦いのキーだ。彼女がその強大な陰陽術でたくさんの艦載機を召喚することが出来れば、この鎮守府を埋め尽くす敵の包囲網を破り、敵を撤退させることが出来るのかもしれない。
「出来るだけ隼鷹を守るクマ。隼鷹が艦載機を召喚出来るかがカギだクマ」
ハルとの最期のふれあいが終わった後、いつものように頼もしい顔に戻った球磨は、私と北上にだけそう告げた。球磨は、この戦いを潜りぬけ、ハルの元に戻るつもりだ。その気迫は凄まじく、今も妹の北上と共に、死なないように……というよりも沈められる前に相手を沈めて少しでもダメージを減らそうと、敵陣のどまんなかで、たくさんの敵に囲まれつつも暴れまわっている。
一方で、愛する男の残酷な最期を経て、隼鷹はしばらくの間使い物にならなくなっていた。気持ちは分かる。あれだけ互いを愛し合っていた二人だ。その相手が理不尽に……しかも残酷に奪われてしまっては、その士気もきっと消沈する。
「古鷹が轟沈した時の私もそうだったな……」
隼鷹はうつろな眼差しで空を見ていた。まるであの時の私のようだと思いながら、私も敵を一体一体、確実に倒していく。
「隼鷹! そろそろしっかりするクマ!!」
敵の駆逐艦を一体撃沈しながら、球磨がそう叱咤していた。違うんだよ球磨。確かにそのとおりだけど……今はそんなこと考えてられないんだ。愛する人をあんな風に奪われてしまったんだ。たとえ本人にその気はなくても、気持ちが折れてしまうんだよ。
――でも加古は立ち直ったよ
ずっと聞きたかった声を聞けた気がして、砲撃の傍ら振り返った。ひょっとすると姿が見えるかも知れない……あの、黄金に輝く優しい眼差しをたたえた姉の姿をもう一度見ることが出来るのかも知れない。……そんな淡い期待を胸に秘めて振り返ったが、やはりその姿は見えなかった。
「……いるわけないよね」
さっきの古鷹の声は、きっと空耳だ。そう思い、砲撃を続行した。
私の姉だった古鷹は、自己犠牲心の強い、とても優しい人だった。泣いてる子がいれば、必死に激励しようとして、段々感化されて一緒に泣き出すような……落ち込む子がいれば、なんとか激励しようとがんばるうちに、感化されて一緒に落ち込んじゃうような……そんな人だった。
あの日……私の最も大切な姉だった古鷹は、敵の砲弾の雨あられにさらされた私と敵艦隊の間に立ちふさがり、私の代わりに敵の砲撃を一身に受け、轟沈した。
『古鷹!! なんで?! 逃げればよかったじゃん!! 私を置いて逃げればよかったのに!!』
『んーん……私は加古のお姉ちゃんだから……守りたかったんだ……』
『そんなの関係ないよ! 私のミスなんだから……!』
『えへへ……お姉ちゃんらしいこと……出来たかな……?』
少しばかり昔のことを思いたした後、再度隼鷹の様子を伺った。さっきまで魂の抜けた眼差しで空を見ていた隼鷹の目に、光が戻った。隼鷹は立ち上がって私のそばまで来た。その目はキッと前を向いていた。
「ごめん加古。待たせたね」
「もういいの?」
「ああ。今はやらなきゃいけないことをやるよ。提督とは、その後で会えばいい」
戦いが終わった後、隼鷹が何をするつもりなのかは敢えて聞かない。少なくとも今は隼鷹の目に光が宿った。それでいい。今はそれだけでいい。
「加古、頼みがある」
「ん?」
「あたしはこれから艦載機を召喚する」
「だね。空母はそれが……仕事だッ……!」
「制空権が取れれば、あんたなら観測射撃も出来る。それまでの辛抱だ。それまであたしを守ってくれ」
言われなくとも、すでにそのつもりさ隼鷹。球磨も北上も、生き残るためにその作戦で動いてくれてる。あとはあんたが艦載機を召喚してくれれば、それでこの作戦は完了だ。
「オーケー。隼鷹は召喚に専念して。私たちが指一本触れさせない」
「ありがと。恩に着るよ加古」
隼鷹が巻物を広げ、艦載機召喚の準備に入った。その様子が敵にも伝わったのだろうか。駆逐艦の何体かが隼鷹に狙いを定めたのが見えた。
「球磨! 北上!!」
「クマ?」
「ん?」
「隼鷹を守るよ! そいつらを頼む!!」
「「りょうかーい」だクマー!!」
隼鷹に狙いを定めた駆逐艦を撃沈する二人。二人は敵陣の真ん中でわざと注目を浴びて、隼鷹から注意を逸らさせる役目を引き受けてくれた。二人は敵陣のどまんなかで、球磨は砲撃で、北上は魚雷で次々と敵を撃沈していく。
一方、隼鷹のそばで私も砲撃を敢行し、敵を一体一体始末していった。いくら球磨と北上の二人が敵陣でヘイトを集めてくれているといっても、やはり敵にとって一番の脅威は、艦載機を多数召喚できる隼鷹だ。何体かは球磨と北上をすり抜け、こちらに砲撃をしてくる。それらを潰し、隼鷹を守るのが私の仕事だ。
「残りは私に任せて、あんたたちは敵陣を引っ掻き回すんだ! 隼鷹が艦載機を召喚するまで絶対に持ちこたえるよ!!」
「任せて」
「だクマッ!!」
こうして、召喚中の隼鷹を守ることに、私達は全力を注いだ。
数分の間、球磨と北上は敵陣の中で大暴れしてくれていたが、それでもやはり敵の数は多すぎる。すべてのヘイトを二人に向けることは不可能な以上、あぶれた敵は私が始末するしかない。砲撃をされれば……
「……チッ!!」
私は一瞬の隙をついて隼鷹に向けて放たれた砲撃を……
「ぐあッ……」
「加古……!」
私の全身で受け止める。隼鷹が召喚術に集中出来るよう、守らなければ……もし隼鷹が中破でもして召喚術が不可能になったら、この戦いを生き延びることは不可能だ。
「……大丈夫。あんたは私が絶対に守りぬく。だから早く艦載機を呼んで」
「……分かった」
1発の砲撃を許してしまったその隙をついてさらに、隼鷹めがけて砲撃の雨あられが襲いかかった。私はそれを、全身で受け止める。たとえ1発でも、絶対に隼鷹に届けさせはしない。
「やめるクマ!!」
「加古を狙うやつはやっちゃうよ!」
私に砲撃を敢行するやつらを次々に撃沈していく球磨と北上だが、敵の数があまりに多すぎる。砲弾の雨あられは一向に止まない。次々に撃たれた砲弾は私の身体に食い込み、傷を作っていった。
「古鷹……」
つい、口をついて出た。今の私と同じように、一切の砲撃を私に着弾させることなく、すべてをその身に受けて轟沈した古鷹……あんたも、今の私と同じ気持ちだった……?
――そうだね きっと同じだったと思うよ
そっか……へへ……なんかうれしいな……
敵の砲撃は未だ止まない。隼鷹は一心不乱に召喚術の詠唱をしている。
「?!」
私の左目に徹甲弾が飛んできたのが見え、私は反射的に頭を動かしてしまった。徹甲弾は私の左目のまぶたをかすめて皮膚を破り、私の目からは大量の血が吹き出た。
――古鷹?! 大丈夫?!
大丈夫。古鷹と同じ左目に傷が入ったんだ。これで私も、オッドアイになれるかな……
こんなことをぼんやりと考えている間も、私の身体には容赦なく敵の砲撃が突き刺さる。あの時の古鷹のように、私は絶対に隼鷹を守りぬく。あの時古鷹に助けられた私が、今度は古鷹と同じ方法で仲間を守れていることが、なんとなくうれしかった。
次第に身体に力が入らなくなり、視界が狭まってくる。私の視界の左半分はすでに潰れてしまっているが、そこからさらにぼんやりと狭まってくる視界の先には、古鷹がいた。
「古鷹……?」
私の視界の先にいる古鷹は、あの日のように私に背中を向け、身体を大の字にして、私を砲撃から守るように立っていた。砲撃はその身体をすり抜けて私の身体を傷つけていたが、古鷹の背中は、確実にそこに存在していた。
「古鷹……そこにいるの?」
――ごめんね加古 今の私じゃ、加古を守れない
そんなことない。今もこうして私を守ってくれている。私の心が折れないように、私の心を支えてくれている。だから私は、心が折れずに隼鷹を守れているんだ。私が一人で隼鷹の盾になっていたら、きっともう私は轟沈していた。古鷹が一緒に隼鷹を守ってくれているから……私を支えてくれているから、私は隼鷹を守れているんだ。
――そっか よかった
あの時のように、私の前に立っている古鷹が振り返り、微笑んだ。……その笑顔が見たかった。ずっと、その笑顔に会いたかった。あの日突然いなくなってしまったその笑顔を、私はもう一度見ることが出来た。
だったら……私は、まだがんばれるよね。
「まだ寝ないよ! 私を眠くするにはぬるい砲撃だ!!」
出来る。今の私なら、隼鷹を守り通せる。古鷹がそばにいるのなら、私はいくらでも強くなれる。足が沈み始めてるが気にしない。私の今の仕事は隼鷹の盾になることだ。なら、足ぐらい沈んでもいい。
隼鷹の呪文の詠唱が終わり、彼女の身体が眩しく輝いた。その瞬間、広げていた巻物からおびただしい枚数の人型の式神が飛び立ち、それらが艦載機となって空を埋め尽くした。
「まだだ!! まだ呼べてない!!」
隼鷹がそう叫び、巻物がさらに輝く。そして、さらにその数倍のおびただしい数の人型が飛び立ち、それらが艦載機となって大空を飛び立った。
「ものどもかかれぇぇえええ!!!」
隼鷹はたくさんの艦載機を召喚し、周囲の敵艦を次々に撃沈し始め、空を覆っていた敵の艦載機を撃墜し始めた。今まで絶望的だった戦況に光が刺した。このまま行けば、制空権も奪取できることだろう。これだけの艦戦に守られれば、再度制空権を奪取されることはないはずだ。
それに、隼鷹は同時に信じられない数の艦攻、艦爆を召喚している。これで、敵の大半を撃沈出来るはずだ。これで希望は繋がれた。この戦いに勝ち、生き残れる可能性が上昇した。……私以外は。
もう、私が観測射撃で敵の数を減らさずとも、充分に敵の戦力を削ることが出来るだろう。私は……私と古鷹は、隼鷹を守り通した。私たちの仕事は終わった。
急に私の全身から力が抜けた。隼鷹を守り通したという安心感のためか、足の力が抜け、朦朧とした意識を覚醒させ続けた身体中の痛みもやわらぎ、次第に眠気が襲ってきた。
「へへ……よかった……隼鷹……」
「ん……?」
「ありがと……こんなにやってくれるとは思わなかった……」
「あんたのおかげだよ……あんたのおかげで、みんなを召喚できた……」
「そっか……よかった……」
隼鷹からの言葉は素直にうれしいものだったが、今はもう単純に眠い。立っているのも大変になってきた。立ち続けることすら困難になった私は、そのまま仰向けに海面に倒れた。
海面に倒れたのに、自分の頭が妙に高いことに気付いた。加えて、頭に伝わるこの懐かしい感触とぬくもり……狭くなった視界で空を仰ぐ。私の顔を覗きこむ、懐かしい古鷹の笑顔がそこにあった。
――加古
「古鷹……私、あの時の古鷹みたいに……がんばれたかな……?」
――うん 加古ががんばってくれたから
隼鷹さんも、みんなを呼ぶことができたんだよ?
「そっか……幻じゃないのか……」
狭くなった視界に古鷹と共に写ったのは、大空を飛び交うたくさんの艦載機と、懐かしい空母たちの顔ぶれだった。そっか……隼鷹は、艦載機じゃなくてみんなを呼んだのか……懐かしいみんなを、呼んでくれたのか……
「だからあんなに……たくさんの……艦載……機が……そっか……」
大空を飛び交う艦載機に手を伸ばす。はるか上空を飛んでいるはずの艦載機に手が届きそうで……でも決して届くはずもなく、掴もうとした私の手は、何も掴むことが出来なかった。
古鷹、なんかすごく眠くなってきた。
――そっか……加古、がんばったもんね
うん……どうしてだろう。古鷹が沈んでいった時はあんなに怖かったのに、今自分の身体が沈んでいくのは全然怖くない。むしろ満ち足りた気持ちで眠ることが出来る。
「古鷹……いつもみたいに、私達が大好きな桜の木の下で、今日も一緒に寝ようか……」
私を見下ろす古鷹が、泣きながら満面の笑みで何度も頷いてくれた。不思議だな……古鷹の膝枕で眠るのは随分久しぶりのはずなのに、まるで昨日も一緒に寝たような感覚がする……
「加古!!」
「沈んじゃダメクマ!! みんなで帰るんだクマ!!」
うるさいなー……これから古鷹と一緒に昼寝するんだから邪魔しないでよ球磨……それに私、大好きなあの場所で、古鷹と一緒に寝るだけさ。それぐらいいいじゃん……寝かせてよ北上……
「加古……ありがと……またあとで……」
うん。ちょっと寝たらまた会いに行くよ隼鷹。
「あ……ハルごめん。枕もう使わない……」
フとハルにもらった枕のことを思い出した。困ったことに、ハルの枕はもう二度と私は使わないであろうことに気付き、胸がチクリと傷んだ。
――ハルさんに悪いことしちゃったね
いいさ。次会った時、私が謝るよ。なんとなくだけど、ハルならきっと許してくれる。『そら姉ちゃんの膝枕には負けるわ』って笑ってくれるよ。ただ、謝るのはずっと先の話になるだろうけれど……
――ごめんね 守ってあげられなくてごめんね
膝枕しか出来なくてごめんね
古鷹が謝ることなんて何もないよ。それに、私は満足してるんだ。隼鷹を守って……あの時の古鷹と同じことが出来て、それでまた古鷹と一緒に眠れるんだ。こんなにうれしいことはないよ。沈んでいく身体に感じる、海の冷たさも心地いいぐらいさ。心地よくて眠くなってくるほどに、私は今気持ちいいんだ。
球磨……私はこれから、ちょっと長い昼寝をするよ。球磨とハルの幸せな姿は多分見れないな……起きる自信ないや……でも、二人は幸せになるって分かりきってるから、心配はしてないよ私は。
北上、私の分まで、二人の幸せを近くで見守ってあげて。報告は急がなくていいよ。むしろいらない。私の分まで見ててくれればそれでいいから。だからのんびり、じっくり二人に付き合ってあげて。
隼鷹……先に寝て待ってるわ。あんたはちゃんと提督と一緒に来てよ? じゃないときっと提督泣いちゃうから。あの人、あんたのことが本当に大好きだから。
んじゃあみんな……おやすみ……古鷹、寝よっか。
――うん 加古……おやすみ
終わり。
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