水の国の王は転生者
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第二十一話 反撃の炎
燃え盛るアルデベルテ商会を目指してやってきたフランシーヌたち5人は、市民にリンチに遭っていたアルデベルテを救出したが、逆にクーペたちは取り囲まれてしまった。
そこに登場した、奇妙な女性は何者であろうか?
「貴女はたしか……」
奇妙な女は身体を揺らしながら、フランシーヌの前までやって来た。
「お嬢さん! 早く火を消さないと、周りに燃え広がっちゃうわ!」
小さくでっぷりした身体で、身振り手振りで表現する姿は実にコミカルでフランシーヌは思わず笑いそうになるが、ここはグッと堪える。
「そ、そうです! 申し訳ございません! 後ろの方達の力を貸して貰えないでしょうか?」
フランシーヌは鉄張りの馬車に乗っていた、屈強な男達に助けを求めた。
「あの火事を消すのね?」
「あ、いえ、それも大切ですが、私の連れが危ない事にに囲まれてしまいまして」
「連れ……って、あの人たちの事かしら? 大丈夫みたいだけど?」
「ええっ!?」
フランシーヌはクーペたちの方を見ると、そこには寝息を立てている群衆とクーペらが居た。
「あれっ?」
「ミス・フランドール。我々はこれでもプロですよ、そうそう平民に後れを取りません」
そういって、パンパンと手の埃を払うクーペ。
外見は可愛らしいメイドの姿だが、妙に様になっていた。
「おや、そこのご夫人はもしやド・ブラン夫人では?」
「そういう、貴女は誰かしら? 初対面じゃなくて?」
奇妙な女性……ド・ブラン夫人は逆にメイド姿のクーペに尋ねた。
「申し遅れました。私はマクシミリアン王太子殿下直属の密偵頭、ジョゼフ・ド・クーペにございます。以後、お見知りおきを……」
クーペは、礼儀作法を完璧にこなして自己紹介をした。
「あら、王子様の……それにジョゼフって言うから男なのかしら?」
「一応は男を名乗らせていただいております」
「それじゃ、女なの?」
「いえ……『付いている日』もあれば『付いてない日』もございます。
「……性別不詳で通したいのね。まぁいいわ」
「理解していただきありがとうございます」
二人の奇妙なやり取りを外野で見ていたフランシーヌはハッと正気に戻った。
「ああっ!? あのっ、火事を……火を消さなくて良いんですか?」
その一言で周りの者達も正気に戻り、それぞれ道具を持ち寄ってアルデベルテ商会の火事の消火活動を始めた。
「市内の暴動なら私達が鎮圧したわ」
消火活動を終え、次の暴動鎮圧の為の力を借りようと、ド・ブラン夫人に話を持ちかけると『鎮圧した』と、答えが返ってきた。
「おや、それは手間が省けました。お疲れ様でした」
「なんてこと無いわ。私達の街ですもの」
フフンッ! と、ド・ブラン夫人は鼻息荒く胸を張った。
「折り入ってド・ブラン夫人にお頼みしたい事がございます」
クーペはマクシミリアン救出の助力を願い出た。
「まぁ! 王子様が!? ……分かったわ、協力しましょう」
そう言ってマクシミリアン救出を承諾してくれた。
クーぺたちは、ド・ブラン夫人に紹介されたラザールと供に、マクシミリアン救出の作戦を練り始めた。
……日は西へと傾き夜が迫っていた。
……日は落ち、夜がやって来た。
10人の増援は予定より早く到着し、クーペの指揮下に入っている。
そして、フランシーヌたちはド・フランドール伯の屋敷にカチこむ為、ド・ブラン夫人の用意した馬車に乗り込んでいた。
「増援が来たとしても、密偵団員と私達、そしてド・ブラン夫人の私兵を合わせて50人程度、それで大丈夫なのかしら……」
フランシーヌが心配そうにつぶやくと、向かい側に座っていたド・ブラン夫人が前を走っている鉄張りの馬車を指差した。
「大丈夫よ、ほら、あの鉄張りの馬車には、うちのラザールが作った色々な道具が入っているの」
「ラザール……さん……ですか? 一体どういう人なんです?」
「そうね……平民だけど独学で字を覚えた程の頭脳の持ち主ね。時々、よく分からないものを発明したり、道を歩いていたら、突然、地面に数字を書いたりして……チョメチョメと天才は紙一重って奴ね」
「は、はぁ……」
フランシーヌは何と言ってよいか分からなくなり、米神辺りから汗を垂らして相槌を打った。
「あの馬車にはどういった物が乗っているんですか」
「火薬の詰まった細長いものよ。火をつけると飛ぶのよ」
「そのラザールさんはどうしてそんな物を作ろうと?」
「そう言えば、前に言っていたわね」
「何をですか?」
「何でも子供の頃、火薬の詰まった柱とそれを積んだ、馬を使わず進む馬車を見た事あるって」
「馬を使わない馬車って……どうやって進むのかしら」
「ラザール本人もどうやって進んだのか分からないって言ってたわ」
「フネみたいに、風に乗るのかしら?」
「さぁ? しかも、火薬の詰まった柱を荷台に積んでいて、その柱は火を噴いて飛んでオーク鬼を一撃で粉砕したって」
「火を噴いて飛ぶ柱って……」
ついに許容範囲を超えたラザールの話に……
(狂ってるのかしら……)
と、フランシーヌは、思わずそう評した。
「でも、その出来事が切欠でこっちの道に進んだって言ってたわ。いつの日か、その馬車と同じ物を作るって息巻いてたわ」
「あの鉄張りの馬車が、目標の馬車って事なのですか?」
「ラザールは『あんな物じゃなかった』って、言ってたけど、私としちゃ十分凄いと思うわよ」
「どういう物なのでしょう?」
「そこ答えは屋敷に仕掛ける時まで取っといて。それよりも……」
ド・ブラン夫人はフランシーヌの全身を嘗め回すように見た。
「なな、何か?」
「貴女、スタイル良いわね。どう? 今度、私の新作のモデルになる気はない?」
と、フランシーヌをスカウトしだした!
「モデルッ!? ……モデルって何ですか?」
「フフン、モデルっていうのはね、衣服や装飾品を身に付けて人前に出て、着ている衣服や装飾品を買って貰えるように世間に売り込む為の職業よ。で、どう? やってみる気ある?」
ド・ブラン夫人は鼻息荒くフランシーヌに詰め寄った。
「え、でも私、人前に出るのはちょっと……それに私、身体が大きすぎてサイズに合うのが有るかどうか……」
と、コンプレックスを刺激され消極的に拒絶するが、ド・ブラン夫人は何処吹く風だ。
「……君は実にバカだな。身体が大きいってことは恥じるような事じゃないのよ?」
「14歳で180サント越えなんて……」
フランシーヌはこのやり取りをしながらマクシミリアンに励まされた事を思い出していた。
(マクシミリアン殿下も同じように励ましていただいたけど……)
再びド・ブラン夫人にも励まされた事で、わずかだが自信に繋がった。
「関係ないわよ。綺麗なのは正義なんだから」
「あの……ちょっと考えさせて下さい」
「そう、分かったわ。私はピッタリだと思っているし自信も付くから、良い返事を期待してるわね」
「はい」
などと一人足りないが二人が姦しく喋っている一方、御者台ではメイド姿のクーペとラザールが乗っていて、手綱はクーペが持っていた。
「ああいう事、言ってますが本当の事なんですかね?」
「少々、誇張がありますが概ね奥様の言う通りです」
車内の会話はまる聞こえだった。
「でも、面白い話ですね。馬を使わず進む馬車に火を噴いて飛ぶ柱でですか……ふむ」
「こんな与太話を信じておいでですか?」
「夢や与太話で済ますには、あの鉄張りの馬車は大掛かり過ぎる。で、実際どういう状況だったんですか? 是非、聞かせて欲しいですね」
「先ほどの奥様の話と大して変わりませんよ。子供の頃、故郷の村でオーク鬼が群れで出たって話で……」
ラザールは、例の謎の馬車の事について話し始めた。
ラザールが子供の頃、故郷のカルノ村の森でオーク鬼が多数目撃されたと噂になった事で、オーク鬼を恐れて森へキノコや木の実といった食料を採りに行けなくなり、村全体が困窮するようになってしまった。
ラザール少年は、家族に良いものを食べさせたいが為に、森の中に足を踏み入れ不思議な体験をした。
森の中をしばらく歩き、そして見たものは、鉄で出来ていて馬で引いても居ないのに前に進む奇妙な馬車と、10を超えるオーク鬼の群れだった。
奇妙な馬車に襲い掛かるオーク鬼たちに、荷台に積んであった見た事も無い装置から、甲高い音を立てて棒のような柱のような細長いモノが飛び出すと、オーク鬼目掛けて殺到し大爆発を起こした。
オーク鬼の群れは文字通り粉砕されて森に静寂が戻った。
呆然としていたラザール少年を尻目に、奇妙な馬車は何処かへと去っていって、その後の行方は知れない。
その後、村へ戻ったラザール少年は大人たちに森での出来事を語ったが、誰にも信じて貰えず逆に嘘つき呼ばわりされてしまった。
あの日の出来事が忘れられないラザール少年は、『信じて貰えないなら自分で作ろう!』と、村で唯一、字が読める村長に懇願して字を教えて貰い、独学で勉強をはじめるようになった。
「その後の事は、敢えて言うまでもないでしょう。奥様に見出されて、マダム・ド・ブランの発展に貢献するようになった」
「なるほど、実に面白い」
「信じるおつもりですか?」
「信じるに足る、実力をお持ちになった。そこで相談があるのですが、ミスタ・ラザール、マクシミリアン殿下の下で働いてみませんか?」」
案の定、勧誘を始めた。
「マクシミリアン殿下の下で……ですか。大変、魅力的ですが拾って貰った奥様に恩がありますので、よく考えてから返事を出したいと思っております……待ってもらってよろしいですか?」
「分かりました」
☆ ☆ ☆
日はすでに暮れて数台の馬車は、夜のアントワッペン市を疾走していた。
「奥様! ミスタ・クーペ! 前の方に大量のかがり火が!」
ラザールの声で一同は緊張状態になった。
「おお~い! 俺達も連れてってくれ~!」
敵かと思ったら、マクシミリアンが捕まったと聞いて居ても立っても居られなくなった市民100人程だった。
「あら、どうしようかしら?」
「ド・ブラン夫人、私としては少しでも数が多いほうがいい。彼らを参加させるのに賛成です」
「そう、分かったわ。参加を認めましょう」
「ありがてぇ!」
「俺達の手で、王子様を助けるんだ!」
『おお~!』
そんな、やり取りをして市民達は馬車に続くように追ってきた。
やがて、従う市民の数が徐々に増えて、1000人を超えるようになった!
「ずいぶんと増えましたね」
「でも、助かったわ、私達だけじゃ心もとなかったもの」
フランシーヌとド・ブラン夫人が、車窓を開けて様々な歓声を上げる市民達を見て感想を述べた。
そこに、クーペが車窓から顔を出した。
「屋敷から密偵が戻りましたよ」
「え? なにか状況が動いたの?」
「はい、報告は二つ。まず、人質の貴族の皆さんが開放されるみたいです。人質の半数が荷馬車に乗せられているのが確認されました」
「それは、良い報告……と、言って良いのかしら」
「盾にされるよりはマシでしょう。それと、もう一つ、これは悪いニュースですが、向こうの兵隊はヤクザ者だけかと思っていましたが、それとは別にヘルヴェティア傭兵を100人以上雇ったみたいです」
「ヘルヴェティア傭兵?」
フランシーヌの問いにド・ブラン夫人が答えた。
「ヘルヴェティア傭兵っていうのはね、ゲルマニア南西部の山岳地帯ヘルヴェティア辺境伯領が、外貨を稼ぐ為に行っている輸出産業のことよ」
「輸出産業? 人を輸出しているんですか?」
「そう、ヘルヴェティア辺境伯領は、山々の間にある高地地帯なものだから農業は余り発達してなくてね、外貨を稼ぐ為にゲルマニア皇帝から許可を得て傭兵として外国に出稼ぎに行ってるのよ」
「メイジが出稼ぎをしているってことですか?」
「そういう事ね、精強だけど普通の傭兵の5倍以上は費用がかかるって言うわ」
(そんな、ヘルヴェティア傭兵が100人も……)
フランシーヌは思わずうつむいてしまった。
「風穴のジャコブも居るし、無謀なんじゃ……」
と、弱音を吐いてしまう。
「今更、弱音を吐いても仕方が無いわ、もう後戻りは出来ない、行くところまで行くしかないのよ」
ド・ブラン夫人はフランシーヌを叱咤した。
一方、クーペとラザールは救出作戦の修正を協議していた。
「市民1000人で屋敷に雪崩れ込んでも、ヘルヴェティア傭兵に蹴散らされるのがオチですね」
「ミスタ・ラザール。なにか策はお有りで?」
「正面からぶつかっても勝ち目は無いですから……それに1000人の市民が逆に機動性を重くしている。」
「それならば、二手に分かれましょうか? 屋敷を包囲する部隊と潜入する部隊に」
「妥当な所でしょう。ミスタ・クーペが潜入部隊、我々が包囲部隊……と、いったところでしょう」
「分かりました……それと、人質の皆さんの事ですが、お任せしてもよろしいでしょうか?」
「気位の高い貴族様の相手をですか。正直、勘弁願いたいですね」
ラザールは不満気だ。
「貴族の相手なら私に任せて、ラザールは指揮に専念して」
ド・ブラン夫人が窓から顔を出し協議に加わった。
「あ、あの! 私も! 私も連れてって下さい!」
フランシーヌもひょっこりと顔を出した。
「本当にいいの? 場合によっては貴女の屋敷もただでは済まないでしょ?」
「それに兄君の事も……」
「心配無用です。こうなってしまってはド・フランドールの家を失う事も覚悟の上です」
「……分かりました。ミス・フランドールは潜入部隊として密偵団と同行していただきます」
一同は頷きあった。
☆ ☆ ☆
ド・フランドール伯の屋敷では、人質の貴族達が馬車に乗せられていた。
「痛い痛い、もう少し優しく乗せてくれたまえ」
痛がる貴族を無理やり馬車に乗せた。
「それで最後だな」
「なぁ? 本当に開放していいのか?」
「心配ねぇよ、王子を捕まえれば他の連中は用済みだって、お上の連中が行ってたしな!」
「用済みって、まさか! 私達を殺すつもり!?」
「なんて奴だ! 殿下との約束を破るのか!」
ヤクザ者の話を聞いていた、貴族達が騒ぎ始めた!
反抗しようにも、貴族達は手足を縛られ荷馬車の荷台に放り込まれた状態なため、それもできない。
「だが、王子との約束もあるからな、生きて帰れるかはお前達の運次第だ。おい、やれ!」
「ハハッ」
解放の指揮を取っていたジャコブが指示を出すと、ヤクザ者らが大量の麦わらを馬車に積まれた貴族達の上に積み始めた。
「これはいったい何の真似だ!」
「ただ、殺した後、解放するのでは芸が無いからな、麦わらに火を放って燃やした状態でお前達を解放すれば、きっと、賑やかな事になるだろう」
貴族達の顔から血の気が失せた。
「なんて奴だ!」
「馬鹿め! 人質をすんなり解放するものか!」
ジャコブは杖を手に取ると、同時に市内の方向から一発のファイアー・ボールが闇夜へと昇っていった。
「何だ!?」
「わ、分かりません!」
この一瞬の隙を突いて、何者かが茂みから小瓶のようなものを放り投げた。
放たれた小瓶が石畳で割れると中に入っていた液体が大量の煙幕を発生させた。
「何だと!?」
ジャコブたちが煙幕に戸惑っている隙に、何者かは荷馬車の御者台へ飛び乗るとすぐさま発進させた!
「そう易々と逃がすか!」
ジャコブは杖を振るい『ウィンド』を唱え、煙幕を払おうとしたが、どういう訳かウィンドに吹かれても煙幕は掻き消される様な事にはならなかった。
「何なんだ!? この煙は!」
謎の人物、言わずもがな密偵団員が投じた小瓶は、マクシミリアンが開発した煙幕の秘薬で、よほど強力な風でないと掻き消えるような事はない特殊な煙幕だ。
煙幕のせいで、混乱したヤクザ者達は四方に発砲し、同士討ちを始めてしまった。
「撃つな! 止めろ!」
ジャコブが怒声を発し同士討ちを止めている内に、荷馬車は悠々と去っていった。
そして、煙幕を発生させる液体も全て無くなった事で、ようやく煙幕も晴れた。
だが、攻撃の手は止まる事はない。
「あれは!?」
一人のヤクザ者が空を指差すと、そこには100を下らない大量の発光体が甲高い音を立てて屋敷目掛けて降り注ごうとしていた。
「ファ、ファイアー・ボールの一斉発射!? トリステインの援軍が到着したのか?」
ジャコブは思わずつぶやく。
「くっ! 戦闘準備だ! 傭兵の連中を呼んで来い!」
指示を飛ばし、物陰に隠れると、空から降り注ぐ発光体がついに着弾、小爆発を起こし屋敷の一部を燃やし始めた。
「ファイアー・ボールではない!?」
ファイアー・ボールと思われた発光体の着弾点へと足を進めると、火薬の臭いが漂い、何かの燃えカスが散らばっていた。
これこそ、かつてラザールが見た物を見よう見まねで再現した、ハルケギニア版多弾装ロケット砲だ。
しかし、肝心の威力はというと、オモチャのロケット花火を少々強力にした程度に過ぎない。
「また来るぞ!」
その言葉で、ハッとなったジャコブは再び物陰に避難すると、所々で爆発炎上し何人かのヤクザ者も巻き込まれていた。
「これじゃ、どうする事もできないぞ」
そう言って、屋敷を見るをジャコブに、ハッと気付かせるものがあった。
「屋敷のほうには火の手は少ない、もしやこのファイアー・ボールもどきは囮で本命は王子奪還か!?」
そう、答えを得るや否や、ジャコブは屋敷内へと駆け出した。
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