ロンドン塔
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
4部分:第四章
第四章
王妃は王を見るとだ。その顔を一気に曇らせた。それに対して。
王はしまった、といった顔になりだ。そのうえでだ。
王妃に背を向けて慌てて逃げようとする。しかしだ。
王妃は無言でだ。女官達に顔を向けてだ。目配せをした。するとだ。
女官達は王妃に頷いて応えてだ。そのうえでだ。
逃げる王に殺到して捕まえてだ。何処からか出した箒や棒やらそうしたもので殴りはじめた。そうしてだった。
王妃はことの一部始終を見届けてだ。満足した笑みを浮かべてだ。その場からすうっと消えた。
女官達もその王妃を見てだ。それぞれ満足した笑みになり消える。散々に打ち据えられた王もだ。蹲ったまま姿を消した。後に残ったのは。
ウィリアムとリチャードだけだった。ウィリアムは全てを見終えてからリチャードに話した。
「何ていいますか」
「ああいうのを見たのははじめてだがな」
「過去にはああいうことがあったんでしょうか」
「いや、目撃例としてはない」
それすらないというのだ。
「本当にはじめてだろうな。しかしな」
「やっぱり怨んでるんですね、今でも」
「首を刎ねられたからな。でっちあげの罪で」
王妃の不倫の事実を信じている者はその時代から一人もなかった。これは王妃の貞節が知られていた異常に王の不倫が知られていたからだ。
「怨んで当然だな」
「そうですね。それは」
「しかしだ」
ここでだ。リチャードは言った。
「王妃は復讐を果たされているな」
「された、じゃないんですね」
「一度死んだ人間でまた死ぬのはジェームス=ボンド位だ」
軽くジョークも飛ばすリチャードだった。
「その点は王妃も王も同じだからな」
「まあそうですけれどね。ジェームス=ボンドは二度死ぬですから」
「王妃はずっとここにおられる」
処刑されたこの場所にだというのだ。
「そして王もだ。だが確かに面白い」
そのだ。王が王妃に叩きのめされることはだというのだ。
「さて、記録に残しておくか」
「何か随分と手慣れていますね」
「見慣れているからな。ロンドン塔は幽霊のメッカだ」
それも歴史的なだ。ヘンリー八世にしてもアン=ブーリンにしても歴史上の有名人だ。
それでだとだ。リチャードも言ってだった。
「それに俺達に襲い掛かってくる訳じゃないからな」
「だからいいんですね」
「言ったな。俺達は見るだけしかできない」
それだけだと言うリチャードだった。
「あの方々を見守るだけだ。いいな」
「割り切っていますね」
「ここはそういう場所だ。御前もじきにわかる」
実に淡々と話すリチャードだった。実際に彼は何とも思っていなかった。だが王が自分が処刑した王妃にしてやられる話は記録として残してなのだった。
このことは忽ち世界中に伝わりだ。王妃は喝采を浴び王は嘲笑された。死んでも尚不人気な王だった。生前の悪事の報いは充分に受けていると言うべきだろうか。そのことについてだ
暫くして何度もそうした幽霊達を見たウィリアムがだ。何十回目かの夜勤で詰め所にいる時にだ。こうリチャードに言うのだった。
「何か慣れて。ヘンリー八世陛下も何度も見ましたけれど」
「どうだ、それで」
「何か。全然同情しませんね」
「あれだけのことをされた方だからな」
「はい、それで幽霊になってああなっても」
「俺もだ。何とも思わない」
やはり淡々として答えるリチャードだった。
「こちらからは何もできないこともあるが。それにだ」
「それにですか」
「ああしたことをされた方は好きにはなれない」
表情はない。しかし言葉は出したのである。
「自業自得だと思う。俺も王妃を応援する」
「ですね。それはですね」
「見てほっとしたな、本当に」
こうしたことも言うリチャードだった。
「例え幽霊の話でもな」
ここでようやくだった。ウィリアムはリチャードの笑みを見たのだった。夜のロンドン塔のほんの一幕の話だがウィリアムの心には残る笑みだった。
ロンドン塔 完
2011・11・23
ページ上へ戻る