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ロンドン塔

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2部分:第二章


第二章

 真剣な顔で頷く。そのうえでだ。
 巡検の時間になった。それぞれの腕時計でそのことを確認してからだ。
 彼等は詰め所を出てそのうえでだ。外に出た。そうしてだ。
 その古い石造りの建物、古城の中を回る。城の中は静まり返りそして暗く冷たい。暗いその中にいるとそれだけで幽霊が出そうだった。
 そのことを感じながらだ。ウィリアムは隣にいるリチャードに言った。かつて王族が暮らしていただけあり趣はある。しかし夜の中にあるが故にだ。
 余計に無気味な感じがする。その中でだった。
 彼はだ。こうリチャードに言ったのである。
「あの、ここでなんですね」
「ああ、ここでもな」
 そのだ。石造りの廊下においてもだというのだ。
「出るからな」
「先輩も見たことがあるんですね、ここでも」
「ああ、ある」
 その通りだと答えるリチャードだった。
「ここでもな。王妃も陛下もな」
「ヘンリー八世もですか」
「王妃は奇麗な方だがな」
 それが為に強引に妃にされたのだ。その際ローマ=カトリック教会と揉めイギリス国教会ができている。歴史的な騒動でもあったのだ。
「けれどあの王様はな」
「ああ、肖像画見ましたよ」
「あんな感じだ」
 ヘンリー八世はそうだというのだ。
「正直言ってな」
「不細工ですよね」
「簡単に言えばな」
「御世辞にもそれはですね」
「否定しないしできもしない」
 その肖像画を見ればだった。どうしてもだ。
「あれでしかも女好きで浪費家で人をしょっちゅう断頭台に送っていたからな」
「結構とんでもない人ですよね」
「だからだ」
 それでだとだ。ここで言うリチャードだった。
「あの方以降ヘンリーという名前の王様はいないな」
「今のヘンリー王子は同じ名前ですけれどね」
「それでもその名前の王様はいないな」
「はい、一人も」
 ヘンリーは八世までだった。九世はいないのだ。無論十世もだ。
「ルイは十八世までか。いたがな」
「ヘンリーは八世で終わりですね」
「そういうことだ。ヘンリー八世は不人気な方だ」
「あまりにも酷くて歌劇にもなりましたしね」
 イタリアの作曲家ドニゼッティの歌劇『アンナ=ボレーナ』である。そのアン王妃を主人公にしておりヘンリー八世は徹底的な悪役として出ている。
 その作品をだ。ウィリアムは話に出してきたのである。
「確かマリア=カラスが出ていた」
「世界的に不人気な王様だからな」
「ジョン王とどっちが酷いですかね」
「どっちもどっちじゃないのか?」
 その辺りはリチャードも断言できなかった。どちらの評判も酷過ぎてだ。
「ジョン王もな」
「以後王族の方にはジョンという名前だけはありませんし」
「ヘンリーもな。まあとにかくだ」
「そのヘンリー八世も出られますね」
「ああ、王妃もそうだからな」
 そうした話をしながらだ。廊下を進んでいく二人だった。そしてやがてだ。
 二人の目の前にだ。ある一団が現れた。それは。 
 テューダー朝独特のだ。くすんだ色に丈の長い。そして袖の辺りは白いフリルになっている女官の服を着た女達だった。そしてその先頭には。 
 白い顔に髪を後ろで団子にして束ねた美女がいた。身体全体が細いがとりわけ首が細い。その美女を見てだ。ウィリアムはすぐに言った。
「まさかあの方が」
「ああ、出て来たな」
 慣れているという口調でだ。リチャードが答える。
「あの方がだよ」
「アン王妃ですね」
「そうだ。今日は首がおありだな」
 今日はというのだった。ここでだ。
 
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