101番目の哿物語
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第九話。千夜一夜夢物語④悪夢
背後から聞こえてきた声に振り返ると、中央広場にあるベンチ。かつて俺とキリカが座った事のあるベンチにいつからいたのだろうか、そのベンチに腰掛けながらアリサがニヤケ顔をしていた。
「アリサさん」
「最初が超有名なロア『赤マント』だなんて、やるじゃないかリア。流石は私が認めた『主人公』だな?」
「ロア……『主人公』……このスナオさんや、さっきのヤシロさんのような人ですね?」
「ああ、そうさ。この世の中には、そいつみたいに『噂通り』に動かないと消えてしまう、都市伝説のオバケになっちまった人間がいるんだ。スナオは『怪人赤マントは少女を攫う』という噂に縛られたせいで、少女を攫い続けないと消えてしまう存在になってしまっていた、ってわけだな。
ちなみにそれをハーフロアって言うんだが」
「ハーフ、ですか」
理亜はアリサの話をスナオちゃんの背中や肩をポンポン、よしよし、撫でながら聞いている。
「ああ。んでもって、純粋に何もないところから噂話だけで生まれたオバケを『ロア』って言う。私みたいな、純粋なオバケのことだな。オバケでもあり人間でもある一番きっつい『ハーフロア』よりも多少は楽な立場ってことさ」
「スナオさんが、人攫いをする『赤マント』であると噂された、ということですか?」
「その通りだ。そしてその噂を子供だけでなく大人まで信じて、そしてこの『世界』の意志すらもその噂を信じた。故に、スナオ・ミレニアムは『怪人赤マント』になった。ま、どうしてそうなったかは後で当人に聞いておくれ」
かつて、一之江から聞いた話でも同じことを告げられたが……世界の意志。
この世界は、そんな曖昧な認識で動いているという事実に俺は寒気と怒りを感じてしまう。
「世界の意志……」
アリサに告げられた理亜もまた、僅かな怒りを声に含んでいた。
自分達が当たり前のように生きてきたこの世界は、なんと曖昧で脆いものなのかをなんとなく理解させられたからだ。
「まあ、世界なんてものは人類の無意識・統合意識って考える説もあるがね」
「そうですか。人が、世界が、スナオさんみたいな子を苦しめているのですね」
理亜はぎゅっと、力強くスナオちゃんを抱き締める。
理亜は怒っていた。この世界に対して。そういったシステムに対して、遣り場のない怒りを覚えたのだろう。
「さて、ここで取り引きだ」
そんな理亜の怒りを見てアリサは口の端を釣り上げた。
「お前が私と組んで『千夜一夜』っていう『主人公』になれば、そんな『ハーフロア』の物語だけを消し去って、人に戻してやることも出来る」
「っ⁉︎」
そのアリサの言葉を聞いて、スナオちゃんは慌てて顔を上げた。
真っ赤な両目を見開きながらアリサと理亜を交互に見つめる。
「それに『主人公』になれば、もうすぐ死ぬというお前さんの運命も自分の手で覆せる。お前さんは本来ならさっき、スナオの手に捕まった後は攫われてしまうはずだった。だけど、負けたくない、絶対に負けられないという意志の力でその運命を跳ね除けて、自分の意志で、命もスナオの心も掴み取ったんだ。お前さんには、自分の運命を自分で引き寄せる、そんな才能もあるのさ。これは紛れもなく『主人公』の才能だ」
アリサの言葉はかなり魅力的な提案に聞こえる。スナオちゃんのような苦しむ人々を救えるばかりか。死ぬ可能性にある自分の運命を自分で覆せるようになるのだから。
だが、それは……。
「ってなわけだ、リア。私と一緒に『千夜一夜』を過ごさないか?」
それは、これからもずっと。こんな戦いや恐怖の中で生きていくということ。
死の運命は自分で跳ね除けられるかもしれないが、死ぬ確率そのものは上がってしまう、そんな世界で生き続けるということ。
当たり前の日常から戦場への移行。
それは、ごく普通に過ごしてきた人間にとっては決断したくない道だ。
元武偵の俺でさえ、この短期間で何度死ぬかもしれないと思ったほど、恐ろしい目に遭ってきた。
一之江に殺されるまで追いかけられたり、キリカの蟲に食べられそうになったり、人喰い村の中で死んだ村人達から逃げ惑う羽目になったり、夢の中で茨で貫かれて殺されそうになったり、超音速の衝撃で吹き飛ばされたり。
そんな怖い目に、理亜が遭うことになるなんて。そんなことは______。
「何故ですか?」
アリサを真っ直ぐ見つめて理亜は問いかける。
「何故、貴女はそんなにも『主人公』を求めているのですか?」
理亜の問いにアリサはニヤリと口元を釣り上げたまま語り始める。
「私は『予兆の魔女』だからな。よくあるだろ? 『もうすぐ死ぬヤツの所に現れる猫』とか『もうすぐ死ぬ老人の家にカラスが近寄ってくる』とか『自分と同じ姿のヤツを見たら3日以内に死ぬ』とか、そういうの。私はそんな『予兆』を司っている魔女だからだよ」
ベンチから立ち上がったアリサは、ゆっくりとスナオちゃんの元に近寄ってきた。
「だから、この曖昧でいい加減な『世界』がもうすぐ死ぬっていうのを理解してしまったのさ。むしろ、もうそろそろ死ぬからこそいい加減で曖昧になっているのかもしれないな」
______この世界が死ぬ?
そんなことをいきなり言われてもそれこそ理解できない。
理亜だって、いきなりこの世界が『もうすぐ死ぬ』とか言われてはい、そうですか、なんて思わない様子で。
ただでさえ、いきなり『もうすぐ死ぬ』と言われて、何も解らない状態で白い手に襲われたりして、混乱している状況でそんな『世界の危機』なんて知らされても、混乱するだけだろう。
しかし、そんな理亜の様子にも構わらずにアリサは言葉を続ける。
「だからなんとかしたいなあ、と思ってたわけよ。確かにこの世界は曖昧でいい加減でのんきで適当だが、私は個人的に気に入っているしな。食い物は美味いし、人間は面白いし、アニメは楽しいし、可愛い女は多いし、アホな男も多いし」
「アリサさんは……なんだかんだで、この世界が好きなんですね」
「まあな。だから、そいつをなんとか出来る『最強』の『主人公』とか、そういった世界規模の危機に干渉出来る『不可能を可能に変えられる存在』を探していたんだよ。ここしばらくの間な?」
アリサは淡々と告げるが、『世界の危機を救える存在』。
そんなことが出来るのは『主人公』の中でも……『救世主』とか、そういった存在だけだ。
「そんなわけで『主人公』を探していたら、星座に『可能性』を封じられた『主人公』が最近出来たっていうのを察したんだよ。で、会いたくなったわけさ。そいつなら私と一緒に『千夜一夜の物語』を集めて、この世界を死なないようにしてくれるんじゃないかって」
「星座に、ですか?」
「ああ。『予兆の魔女』だからな。星に現れるそういったものも全部把握出来るわけさ。
それは『乙女座』に封じられた『正義の女神』の可能性」
アリサは水色の瞳を理亜に向けると、理亜の顔をじっと見つめて覗き込んだ。
「______それが、お前さんだよ『正義の星女神』」
アリサの『告白』に頭が真っ白になりそうになる。
理亜の中で聞いている俺だが、そのあまりにもスケールのでかい危機に、夢物語のように感じられた。
もうすぐこの『世界』は終わる。
『世界』を終わらせない為にはある『主人公』達の力がいる。
その『主人公』の一人は。
星座に『可能性』を封じられていた。それは『女神』の可能性である。
そして、それが理亜である。
……全くもって、荒唐無稽だ。
どこのファンタジー物語だよ。
理亜だってそんな話をそのまま受け入れたりなんて出来ないだろう。
だが。
「その話を私が信じる、信じないは特に気にしていないのですね」
「もちろんさ。こんなデンパな話、いきなり信じられた方が引くからな」
「つまり、私の『何故』に貴女は正直に答えてくれただけである、と」
「察しがいいじゃないか。ますます相棒に欲しくなったぜ」
やはり、受け入れさせる為の言葉ではなく、あくまでも理亜質問に、アリサとしての返事をしただけの内容だった。それを信じさせるつもりもなかった、だから荒唐無稽なのは当たり前な話。
そういうことか。
「私以外の人と組んだことはあるのですか?」
「もちろんさ。だが『千の物語』を集め切ったヤツなんていない。一日一話だったとしても千日だろ?
約三年かかる計算だ。ましてや、ロアなんてもんはそんなにホイホイいるわけじゃない。
平均一週間に一話だったとしても七倍になるから、二十一年かかるって計算だしな?
まあ、厳密に言うともっと違う計算になるが」
『百物語』よりも、純粋に十倍かかるわけだしな。
確かに途方も無い話だ。
「つまり集め続けている間は、私の『もうすぐ死ぬ』というのは先送りになるのですね」
理亜は何かを決意するかのように、アリサに尋ねる。
「そういうことだ。お前さんが死なないよう、私が全力で守るからな。ただ、もちろんロアに負けちまったりしたら死んでしまう。むしろ、人間としての死じゃなくて、もっときっつい死に様になるかもしれないわけだが」
アリサは理亜の決意を受け入れるように、微笑みながらリスクも告げた。
そう、魔女と契約するのならリスクがあるんだ。
むしろリスクは減るどころか増える。
だけど、理亜のメリットも大きい。
そして、俺の知っている理亜という少女の価値観からすれば……。
「もし兄さんなら、散々迷った挙句、結局OKしてしまうとみました。何故なら、やはり一番大きな理由はスナオさんみたいな子を助けられるということ。そして……私や家族、友人がそういう目に遭わないよう、こっそり戦い続けてしまうと思います」
そう、なるらしい。
理亜の中で俺が大分美化されてる気がするのだが。
理亜の正義感からしても、やはり許せないのはスナオちゃんみたいな子がいるということ。
この世界がそういった存在を生み出しているということだろう。
だから。
「だから。兄さんがそんな目に遭わないようにする為に。私は、貴女と共に歩む『千夜一夜』になりましょう、アリサさん」
真剣な表情で理亜はそう口にした。
俺なんかの為に。
俺を危険な目に遭わないようにする為に。
理亜は『終わらない千夜一夜』となることを決意したのだ。
「ハハハハハ‼︎ いやはや、お前さんはほんっと、かなりブラコンだな! いっそ告白しちまったりしないのかよ?」
「っ! そ、そんなこと。……出来るはずありません」
アリサのとんでも発言に顔を真っ赤に染まらせる理亜。
普段クールな妹なだけあって、動揺して赤く染めた顔を背ける姿も可愛らしい。
本人には言えないけどね!
「ハハッ、まあいいさ。私はいつでも応援するぜ? 『主人公』は大体の恋愛も成功させたりするしな?
もっとも、失恋も『主人公』の醍醐味だったりするが」
「そういうのはいいんですってば。私は今の兄さんと、穏やかに過ごせれば」
「ハッ、OK了解したぜ。ともあれ、これで契約成立だ。今度とも宜しく頼むぜ、相棒」
理亜の前までやって来ると、アリサはその右手を差し出した。
「宜しくお願いします。アリサさん」
理亜は差し出さられたその手を力強く握る。______その瞬間だった。
理亜の頭の中に、怒涛のように光の粒子が大量に流れ込んできた。
宇宙空間を瞬く間に高速で移動し、通り過ぎていくかのように。
その一つ一つの星の光が、アリサの言う『予兆』だと理解出来たのはヒステリアモードになっているから。
というのもあるが、アリサの手を握っているからだろう。
高速で通り過ぎていく中、その光の一つを、理亜はハッキリ見てしまう。
そこには______。
真紅に染まっている空。まるで大災害にでも遭ったかのように崩壊している街並み。
そして、狂ったように高笑いしている少女の声______。
その声には、なんだか聞き覚えがあるような、ないような。
ハッキリと思い出せないが。
何故だか非常に気になった。
そして。
崩れた瓦礫の上にかなりの血溜まりが存在していて。全身の血を全てぶちまけたかのような、絶対に助からないかと思うほどの危険な血の量があった。
そこに、誰かが倒れている。
見覚えのある顔だが、そんなしょっちゅう見るわけではないような男の顔。
いつも鏡に写るくらいにしか見ない顔。
あれは______俺だ。
一文字疾風が、血溜まりの中______全身傷だらけで倒れていた。
そう、その顔は蒼白で。
傍からみても完全に、死______。
「いやああああああああ‼︎」
空気を引き裂くような悲鳴を聞いて、俺は飛び起きた。
場所は……俺の部屋のベッドだ。
どうやら、鳴央ちゃんが見せてくれていた理亜の夢ツアーは終了したらしい。
つまり、理亜が目覚めたっていうことで______って。
今の悲鳴は、まさか‼︎
「り、理亜‼︎」
俺はすぐさま部屋を飛び出し、理亜の部屋の前まで行って部屋のドアを開けようとした。
「理亜、どうした⁉︎」
だが鍵がかかっているのか、ガチャガチャと鳴るだけでドアは開かない。
「理亜っ!」
部屋のドアをドンドン、と強く叩くが返事はない。
俺は部屋の中にいるであろう理亜に向けて叫ぶ。
ドアを叩きながらも、自分自身心臓が早鐘を打っているのが解る。
崩壊した街並み。
その瓦礫の上に倒れていたのは間違いなく、俺だ。
そして理亜はそれを『予兆の魔女』の力で見てしまった。
つまり、俺は______死ぬかもしれないんだ。
近い将来、高い確率で!
すでに何度か死んだことのある身だが、あんなものを見せられたら冷静ではいられない。
俺は______もうすぐ死ぬのか。
「……おにい、ちゃん?」
と、そんなことを考えていた______その時だった。
理亜の隣の部屋。
昔は客間として使われていたその部屋から出てきたのは、パジャマ姿の俺のもう一人の妹、遠山金女だった。女優だった母親の遺伝子を受け継いでいるせいか、前世で最後に見た時よりも急成長していて、かなりの美人さんになっている。
最近成長著しいとある部分なんか特に。一之江やアリアが見たら絶望しそうな程だ。
理亜が買ってきた女物のパジャマを着ているがそのパジャマは、悪い夢でも見たのか、汗でびっしょりと湿っていた。汗で濡れたパジャマからは下着が透けて見えそうで……って、何考えてるんだ俺は⁉︎
雑念を振り解き、かなめをよく見れば、その顔色も青白く、目元にはクマが出来ていた。
「……どうしたの?」
「いや、どうしたの何も。お前こそどうしたんだ?
顔色悪いぞ」
「あはは、ちょっと寝付けなくて。大丈夫、横になれば平気だから。
私のことより……今はリアちゃんを見てあげて」
かなめが自分のことより、理亜の心配をしている、だと⁉︎
俺に異性が近寄るだけでかつて人殺しをしようとしていたあのかなめが!
______人は成長するものだな。
身体だけでなく、心も。
お兄ちゃん、嬉しいぞ。かなめよ。
「……なんか、凄く失礼な事を言われた気がする。非合理的!」
かなめにジト目をされてしまった。
と、そんなことをしていると。
「……兄さん?」
カチャ、と鍵が外される音が聞こえ、ドアが開かれる。
中からパジャマ姿の理亜が赤い目をして現れた。
「理亜、悲鳴が……」
と言いかけたところで、理亜は俺の体に抱きついてきた。
「り、理亜?」
ぎゅううううう、と背中に回された手が力強く俺を抱き締める。俺の胸に思いっきり顔を押し付けたまま、理亜はぐりぐりと頬を当てる。俺の感触を確かめるみたいに。
「兄さん……」
もう、絶対に離さない。
そういうかのように、力強く抱き締めてくる。
理亜がぎゅううう、と抱き締めるたびに彼女の感触が伝わってくるのだが。
「んもう、お兄ちゃん、デレデレし過ぎ……でも、しょうがないなぁ。今だけ貸してあげる。
それじゃ、私は寝るから。また、ね? お兄ちゃん」
かなめはチラッと理亜の顔を伺うように覗き込むと、自分の部屋に入っていった。
バタンと、部屋のドアが閉まり、廊下に残された俺と理亜。
泣きじゃくる妹のような女の子と二人きり。
この状況______どうしろと?
「兄さん……」
真っ赤な目で俺を見つめる理亜。
彼女の顔を見て。俺は『ああ、そういうことかぁ』と理解する。
理亜が見た『悪夢』の内容。
彼女は、俺が死ぬ夢を見たのだ。
しかも______それはただの夢ではなく。アリサの能力である『予兆』として。
「兄さん、私……嫌なんです」
搾り出すかのように、理亜は声を出しているがその声にはいつものクールさが無くなっていた。
切なそうな、苦しそうな。震えた声が聞こえて俺の胸を打つ。
あんなに怖い目に遭っている時でさえ落ち着いていた理亜が、今はすっかりか弱い女の子のようになっていて。
「嫌なんです。私、兄さんが死ぬの。だから……だから……」
俺の為に『主人公』になってくれた理亜の。
『物語の主人公になってみたいか?
もし、黒い携帯電話を受け取るだけで、物語の『主人公』になれるとしたら______受け取るか?』
俺との日常の為に戦うことを決意してくれた理亜の。
『それはきっと、特別なことが起きるプロローグ。
だけど、俺、遠山金次は主人公になんか、なりたくない。
だって、面倒事に巻き込まれるだけだぜ?
したくもないコード探しをさせられて。戦いたくもないのに、戦わされる。
それは面倒で、大変で、危険なことしか起きない日常と掛け離れた厄介事だ!』
それは痛いくらいに激しい、想いだった。
『だけど、俺、遠山金次は______彼女達の為になら、この身を危険に晒してやろうと思う。
おそらく、世界中の男達……世界中の『主人公』と同じように______!』
そう思っている俺だが……。
「お願いだから、もう戦うのを止めて下さい」
今の俺には、泣きじゃくる理亜の背中を静かに抱き締めることしか出来なかった。
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