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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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外伝 メイドのお仕事

 
前書き
リューさんの出番をちょっとだけ増やしたくなって書きました。 

 
 
 オーネスト・ライアーに懸賞金がかけられているのは、オラリオでは割と忘れられがちな事実である。

 ファミリアへの襲撃事件や暴力事件、破壊行為は星の数。はっきり確認はされていないが複数の殺人事件に関わったことも示唆されている。オラリオで規則違反をする冒険者や神は多くいるが、それはあくまで裏でこそこそ表沙汰にならないようにやること。それに対してオーネストはやりたい時にやりたい事をやりたいようにやるため、最早ギルドも看過できないということで懸賞金がかけられた。

 その額なんと、溜まりに溜まって現在5億ヴァリス。
 最初は3000万ヴァリスからのスタートだったのだが、彼に手酷い目に遭わされた連中の訴えで段々と金額が膨れ上がっていきそんな額になったらしい。……なお、この手配書が広場に設置されるのを、手配された本人が暇そうに見物していたというのは有名な話だ。

 乗り気でなかったロイマンを除く多くのギルド上層部はこれでオーネストも終わりだと思った。

 だが、この頃のオーネストは『猛者(おうじゃ)』の耳を引き千切ってから更に1年が経過し、暴力の体現者として凄まじく脂の乗った時期だった。単身でのファミリア壊滅の噂を知るファミリアはとてもではないが恐ろしくて手が出せないし、主要なファミリアはオーネストを一方的に気に入っていたり「割に合わない」とそっぽを向いたりで結果は散々。歴史上初めて、彼は賞金首でありながら街の表を平然と歩く存在になってしまった。

 だが、いつの時代にも身の程知らずの馬鹿というのはいるものだ。

 それはランクアップしたてで人生が薔薇色に見えている調子づいた存在であったり、貧乏や借金に追われて冷静さを欠く愚か者であったり、そしてこの街でも特殊な冒険者――『賞金稼ぎ(バウンディハンター)』であったりもする。
 その日の夜も、彼らは路地裏で『金儲けの話』をしていた

「へへへ……いくら腕の立つ冒険者だろうがダンジョンを出た時に不意を突けば一発よ!」
「ほら、例の薬持って来たぞ。こいつを呑み込んじまえばさしもの『狂闘士』も耐えられねぇさ」
「で?どこで決行するんだ、その計画。目星くらいは付けてんだろ?」
「おうよ。実はアイツがこの街で唯一外食をする店があってな!繁盛時には混雑するから、その隙にメイドの運ぶ料理にこいつをタラリよ!」

 小さなガラス瓶に入った薬を掲げた男は上機嫌だ。薬は無色無臭、たとえ口に含んでも水となんら変わりない代物だ。男はレベル1の底辺冒険者だが、この手を使って今までにレベル2,3ランクの賞金首を捕まえたことがある。情報屋から買う情報と薬代は決して安くはないが、賞金首の懸賞金は決まって高額だ。また、非合法の依頼による拉致などの小金稼ぎもあるため決して稼ぎは悪くない。

 一般冒険者からすればサポーターとは違った意味で軽蔑すべき存在だが、リスクに見合った確かな儲けのある『賞金稼ぎ(バウンディハンター)』は常に一定数存在している。

「レベル6だか7だか知らねぇが、所詮は人間のヒューマン!この薬には耐えられねぇよ!」
「『狂闘士』は今朝がたダンジョンから上がってきたって話だ。話だとあいつはダンジョン上がりにまず自分の根城に戻った後、必ずと言っていいほど『豊穣の女主人』で飯を食う。その際には『告死天使』もついてるってのがちと厄介だったが……そこはそれ、『あいつ』の仕事だしなぁ?」

 彼等もプロだ。必要な仲間には予め声をかけている。そして他人が作戦に乗ったということは、リスクに釣り合った成功率がると踏んだからに他ならない。彼等はこの作戦の成功を確信していた。

 勝ち誇ったように下卑た笑みを浮かべる数人の『賞金稼ぎ』たちは、揚々と己が職場である酒場へと足を進めようとし――不意に、その身体が止まる。

「………?」
「おい、どうした急に止まってよぉ?」
「いや、それが………」

 止まった男は振り向かないまま、戸惑いを隠せない声色で告げる。

「体が……体が動かねぇんだよ!まるでロープか何かで縛られてるみてぇに、全然!!」

 男は激しく身じろぎするが、その身体は動かないどころか転倒してもおかしくない体勢にまで傾いていく。やがて、男の足は地面から離れ、完全に体が宙を浮き始めた。

「はぁぁっ!?な、何だこりゃ!!一体何がどうなってんだよ!お前、『飛翔靴(タラリア)』でも買ったのか!?」
「あんなメルヘンでバカ高ぇもん買うような男に見えるかよッ!」
「潜在的に空を飛びたいって夢があったかもしれない。男は何年経っても心だけは子供のままだ……」
「下らねぇこと言ってないで……うぐっ、た、助けろ!!な、何かに締め付けられてる……ッ!!」

 男の胴体や腕回りがミシミシと音を立てて陥没していく。最初は戸惑いであらぬことを言っていた仲間も非常事態であることを漸く理解して、とりあえず男を地面に降ろそうと動く。

 ぎしり、と体が停止した。

「おい、なにぼうっとして……ぐうっ!?は、早く助け……!!」
「ち、違う!俺も……俺も体が動かねぇ!!」
「剣を……剣を抜こうと腕を動かしてんのによぉ!!何で手が柄に届かねぇんだよ!何がどうなってやが……ぎゃあッ!?」

 男達の身体が次第に宙へと浮き上がっていく。同時に、全員の身体に締め付けられるような痛みが迸った。これではまるで、見えない巨大な魔物に締め付けられているかのようだ。全員がなんとかその正体を確かめようとするが、手足が自由に動かせないことへの焦りと戸惑いが勝る。

 ――自分たちは、このまま死ぬのか?

 彼らが漠然とした『死』の気配に心臓を掴まれつつあったその時、凜とした声が路地裏に響く。

「そこまでです」

 最早体を締め付けられる圧迫感と痛みで悲鳴も上がらない男達の後ろに、何者かも分からない女性の気配。姿も確認できない女性は、男達の混乱をよそに言葉を続ける。

「それ以上は秩序の維持を通り越した唯の拷問です。己が為すべきことをしめやかになさい」

 くすくす、と。
 その女とは別の女性の妖艶なさえずりが上方から落ちる。
 瞬間、今まで無事だった喉に鋭い衝撃が走り、顔が急速に鬱血(うっけつ)していく。頭部への血流が急速に減少し、呼吸もままならなくなる中で、『賞金稼ぎ』の一人は視界に光るものがあることに気付く。
 それはとても細く、長く、そして上方から伸びる複数の『糸』。
 そこに到って、男はやっと自分の身に何が起きているのか気付いた。

(俺達も全く気付けない間に、糸を張って、俺達を縛って………獲物が羽ばたくのを待っていた蜘蛛のように――)

 それ以上の思考を巡らすより早く、男達の意識は深い闇に沈んでいった。




 男達は気絶しただけのようだった。暫く間を置いて、男達を拘束していた糸が解かれる。
 路地裏の影からその様子を見つめていたリュー・リオンは、どこか棘のある口調で虚空へ語りかける。

「まるで暗殺者の所業ですね?『上臈蜘蛛(アトラクナクア)』。成程、我等【アストレア・ファミリア】の轍を踏まないために一切の問答は無用という訳ですか?」

 かつて、街中での軽犯罪や腐敗を打倒するために『アストレア・ファミリア』は義に乗っ取った活動を行っていた。だが、表立って正義を謳う彼女たちは、清濁併呑併せ呑むオラリオという街の中では悪い意味で浮いていた。秩序より欲望に忠実な傾向にある神々にとって、彼女たちは邪魔だったのだ。

 だから、滅ぼされた。

 故に不要な存在は速やかに排除することで自分の存在を悟らせず、『悪を滅する何かがいる』と潜在的に思わせることで活動を抑制する。アストレアの唱えた正義とは違うが、根底的な部分では同じ目的で行われる行為だ。

「悪だからと言ってこのように不要な恐怖と苦痛を与えるのは正直好みませんが……あなた達の方が有用な方法を取っていることは認めましょう。アストレア様の好きな正義を、アストレア様の嫌いな暴力で教える。それが今の街の秩序なのですね」
『くすくす……そないツンケンせんでも、貴方(ああた)の主神様への当てつけのような事は考えてまへん。これが(ああし)のやり方いうだけや。まぁ、主神様が表に顔を出さへんからそう思われてもしゃあない思うけどなぁ?』

 通路の上――魔石灯の明かりも届かない影の中に、張られた糸に腰掛ける誰かの足だけが微かに見える。姿は見えないが、足につけた雪踏(せった)足袋(たび)が、彼女の出身地を物語っている。

『主神様は「あすとれあ」様の事、高く評価してはりました。頭ごなしに全部肯定しとる訳やあらしまへんが……人の心はあっちゅう間に『邪』へと心を揺すられますからなぁ。………たまぁに、性根の底からドス黒いのもいるけんどね』

 彼女には彼女なりの考え方がある。その声色からは正義は感じられないが、悪への強烈な殺意が感じ取れる。下手をすれば裏返って悪に染まるかの如き、苛烈な殺意が。オーネストの放つ破滅的な殺意も常軌を逸しているが、彼女のそれは底なし沼のような際限のない憎しみを覚えさせた。

『………まぁ、『疾風』先輩の粛清対象にはならへんと思いますんで、よろしゅう。地べたに転がっとるしょーもない連中は放っておきますんで、お好きに』

 『賞金稼ぎ』達は地面に放置されている。元々殺す気だった訳でもなく、恐らくは偶然見かけたが故の単なる警告だったのだろう。犯罪はしたことがあるだろうが、どうせ証拠も残っていない。一部には失禁したのか股座を濡らす者もいたので、近寄りたくない。放っておくことにした。
 
『あ、それとこれ。ああしには必要あらしまへんので』

 するすると上から糸で結ばれた小瓶が降りてくる。どうやらこの連中が持っていた薬のようだ。受け取ると糸が勝手に外れて空に消えた。糸を使った戦術というのは噂で聞いていたが、予想以上に自在に操れるらしい。

「それにしても間抜けな連中ですね。何の薬か知りませんが、あのくそガキに毒など効くわけないでしょう。一体何歳から『耐異常』のアビリティを持っていると思っているのです?」
『ほんまですわぁ。あのお方はバジリスクの猛毒を喰ろうても眉一つ動かさんお方……人間の用意したチンケな薬じゃどないしようもありまへん』

 昔に一部の給仕がオーネストのミアに対する態度に我慢ならないと一服盛ったことがあったのだが、オーネストは「次から薬を盛ったときは他人に運ばせろ。手汗でバレバレだ」と言いながら一皿平らげ、何故バレたのか分からず停止している給仕におかわりまで要求したことがある。
 一口食べたらトイレ直行で魔物にも効く強烈な下剤入りだったそうだが、知るかとばかりに微動だにしなかった。と、そこまで思い出したところでリューはふと気付く。

「………ん?ちょっと待ってください。貴方、もしやあのくそガキと知り合いですか?」
『ええ。深く深ぁく、旦那様の次にお慕いしてますえ?』

 からりと快活で殺意のない声を上げた彼女は糸を弾いて姿を消す。
 弾かれた糸がピーン、と美しい音色を奏で、静かに闇の中に融けていった。

「………なんでああいう危なそうな者とばかり知り合っているのですかね、あの子は」

 しかも人妻だし……よりにもよって好かれてるし、と頭を抱えてしまうリューだった。



 = =



「どうしてあの子には厄介な存在しか近寄らないのでしょうか……普通の知り合いを増やしてほしいものです」
「元辻斬りの言う台詞じゃないよね、それ」

 はっ!と今しがた気が付いたように目を見張るリューに、シル・フローヴァは微笑ましそうに見つめた。普段はクールでにこりとも笑わないリューだが、時々変なところで抜けているのがどうしようもなく可笑しく思える。料理の腕前が壊滅的なこと然り、こっそりオーネストの将来を憂いていること然り、だ。

 仕事終わりの後の自由時間に、シルとリューはよく喋る。大抵は他愛もない会話を続けるだけだが、時々リューはこんな風にオーネストの話を延々とする。その姿は歳の離れた弟を心配しているようなのだが、それを指摘すると苦虫フェイスになるのでシルは敢えて触れない事にしている。

「そんなに心配なんだったら『心配してる』って伝えてあげればいいのに」
「嫌です絶対ありえませんあの子に対して下手に出るなど私の誇りが許しません」
「そこまで言うほど嫌なくせに、オーネストさんは相も変わらず心配なんでしょ?」
「心配してはいけませんかっ!!」

 とうとう逆切れしてしまっているが、全然怖くない。というか大目に見ても唯のツンデレだ。
 シルは、リューとオーネストの間に何があったのか過去の事は知る由もない。しかし、リューがオーネストの事を心の底から心配しているであろうことは分かる。そうでもなければ、そもそもオーネストに近づくことを拒否する筈だからだ。

「大体あの子はですねぇ、人の想いを知った上で拒否してるんですよ!?よくミアさんと喧嘩してますけど、ミアさんが喧嘩したくなる気持ちがよ~く分かります!!あの子はこう、相手の言葉の根底にある思いなどを逆算したうえで絶妙に腹の立つような琴線を、こう、つつーっとピンポイントで逆撫でするのが好きなんですよ!!」

 最近は口を利くと喧嘩になるからと極力互いに不干渉になってしまったが、昔は特にひどかった。

 というか、そもそもこの酒場に来ることになった切っ掛けからして酷いものだ。

 オーネストがこの酒場に来たのは、なんと「オッタル耳千切り事件」の直後。虫の息を通り越して何故死んでいないのかが不思議なダメージを負った彼を、ヴェルトールともう一人の女が運び込んできた。確か女の方の名前はキャロラインだっただろうか、あれ以来酒場に来ていないので記憶に自信がない。

 とにかく、偶然近かったこの酒場に運び込まれたオーネストはとんでもないことを言いだした。

『ヴェル、トール………』
『おい、喋んなオーネスト!お前、このままくたばったら許さねぇぞ!?』
『うるせぇ、ボケが………ゲフッ!!………内臓に砕けた骨が刺さって、ポーションの治療が上手く行かねぇ。お前が……さっさと摘出しろ』
『ファッ!?』

 何とこの後、店内でオーネストの指示の元にヴェルトールによる骨の摘出作業が始まってしまった。体内のズタズタになった血管や筋肉、内臓器官。垂れ流される失血量を目の前に顔面蒼白ながら奇跡のナイフとフォーク捌きで骨を摘出していくヴェルトールに、その横で冷や汗を垂らしながらオーネストへポーションを飲ませ続けるキャロライン。食事道具で人間の肉を抉る余りにも衝撃的な光景に、あのミアさんも救急箱片手に呆然としていたくらいである。

 やがて、お前もういっそ素直に死ねよと思うくらいの血液が店の床に広がった頃――骨の摘出が終了したことを確認したオーネストは、『少し冬眠する』と言ってそのまま眠り始めた。全身ズタボロな上に体内の骨がかなり欠落した状態だったが、オーネストは山を越えたのだ。麻酔抜きでこれとか、もう人として死んでろよという話である。

 この日、店は休み。翌日もオーネストの垂れ流した血を片づけるために丸一日休業。更に翌日にあまりにも沁み込み過ぎていてこのままではいけないとプチリフォームが始まったことで三日連続の休業になった。また、これより暫くメイドたちはナイフとフォークと生肉が直視できない状態になり、トラウマを克服して店が再開するのに2週間もかかる大事件になった。

 なお、オーネストは手術から7日後に骨も含めて完全回復という形で意識を取り戻した。
 いくらポーションでもなくなった骨は生えない筈なのだが、本当に人間なんだろうかこいつ。

「………起きた時の第一声、知っていますか?」
「知ってる。『くそったれ。また死に損なった』……でしょ?それで死ぬほど心配してたリューは我慢ならなくて、オーネストさんのほっぺを引っ叩いたのよねー?」
「当たり前です。叩いた瞬間に叩き返してきやがりましたが」

 ぶすっと不機嫌そうな表情になるリューは、あれにはミアさんも激怒していました、と続けた。

「あの子は、あの戦いで死ぬつもりだったんですよ。あの時だけじゃない……ダンジョンに無謀な突撃を続けたのも、誰も味方を作ろうとしないのも、自殺者が死ぬ前に身辺整理をするのと一緒です」
「そうかな?その割にはちゃんと戻ってきてるし、自殺者ならそれこそ自殺するんじゃないの?」
「そう、ですよね……死ぬ気なのに、自殺する気ではないんだと思います。私にも分かりませんし、理解したくもありません」

 ミアは冒険者にいつも「生き残ること」を説く。
 死すれば何も残らず、それで終わってしまうからだ。極めて単純な原理――生き残れない者は決して勝者になりえないという現実。それを、オーネストはいつだって否定する。だからミアは堪らなくオーネストが許せないのだろう。
 人として当たり前の幸せを、オーネストは一切求めない。
 誰よりも彼には欲がない。自分が自分であるという究極の我儘を除いて、何もない。
 
 ミアの主張は、我儘や拘りを捨てて当たり前の幸せを求めること。
 オーネストの主張は、我儘だけで生き、他の何も求めないまま死ぬこと。

 決して交わる日の来ない価値観は、今も一貫している。

「あんなくそガキは大嫌いです。価値観以外の性格も最悪ですし、関わらない方がいい。それでも、そこで関わらないという選択をするのは……それはオーネストの生き方を心のどこかで認めることになる。だからミアさんは絶対に引きたくなくて、いつも喧嘩になるんでしょうね……」
「リューはそうじゃないの?」
「そういう思いもあります。でも、それ以上に思っているのは――」

 リューはいつでも、誰かに生きてほしいと思っている。しかし、この時彼女が発したのは、それとは少しだけ違った思いだった。それを聞いたシルは、「やっぱりオーネストさんの事が大好きなんだ」とにやにやし、リューはいつもの苦虫フェイスで「違いますからね」とぼやいた。

 メイドたちの夜は、更けていく。



 = =



「でさぁ……天界って結局どこにあんの?神はみんな上から来たっていうし、成層圏に浮遊大陸でもあんのかな?」
「ない。宇宙にスペースコロニーがある訳でもないぞ。天界はそう言う物理的な場所にあるんじゃなくて、人間の三次元的な感覚では認識できない上位領域に存在する。そことこの星の境界として空が丁度いいから『上から来た』ってことになるだけだ」
「上位領域ねぇ……俺達が行ったらどうなんの?」
「さぁな。ただ、上位領域ってのは本来肉眼で確認できない『魂』が物質的、情報的に捉えられる世界だ。仮説としては魂だけの存在として上位領域に突入するか――あるいは天界の領域形態に相応しい次元の存在に変容するのかもな。何なら試しに行くか?」
「行ってみよっかなぁ……」
「行かんでよろしい」

 ドンッ!!と音を立ててジョッキとワインボトルをテーブルに置いたリューは呆れ果てた顔でため息をつく。

「あ、リューさんどうも。さぁ、天界の話は後にして飲むぞ~!」
「天界に貴方がたを行かせたら世界が終わりそうなので存分に飲んで記憶を飛ばしてください」

 アズはいつも通りへらっと笑いながらドワーフ用の大型ジョッキを一気飲みし、オーネストはグラスにワインをついでテイスティングしている。とてつもなく対照的だが、前者が『告死天使』で後者が『狂闘士』であることを考えると何かが間違っている光景だ。

「時々思うのですが、酒の味が分かるのですか、貴方がたは」
「何となくしかわかんないです!」
「飲めればいい。不味いのは御免だがな。前に出してきた西部産4年物の赤は酷い味だった」

 オーネストの言う赤とは本来出すはずだったワインが割れてしまったので急遽買い足した安ワインだ。西部産であることは全く説明していないが、西部産だと断言できる何かをオーネストは感じたのだろう。この男、決して知ったかぶりや小さなミスはしない。それがまた嫌なのだが。
 ふと、そう言えば先日に受け取った謎の薬を処分し忘れている事に気付く。ポケットの中に入れたままだったのだが、元々はオーネストに振る舞われるはずだったのだからこの男に渡しても問題なかろう。

「そういえばくそガキ、昨日貴方宛てにこんなものを受け取りました」
「……誰からだ?」
「さあ?名前を聞きませんでしたので」
「料理の腕だけでなく記憶も苦手とは気の毒な奴だ、くそメイド」
「夢も希望も持っていないくそガキに同情される謂れはありませんね、くそガキ」
「言い合いはやめれっちゅーに……で?何なんですかこの液体?オーネスト分かる?」

 アズに急かされたオーネストは小瓶を眺める。薬の類だと判断して『鑑定』のアビリティを使って内容を改めているのだろう。しかし、眺めていたオーネストは次第に呆気にとられた表情に変化していく。

「こいつは………媚薬効果付きの惚れ薬か?裏の裏で出回ってるドギツイ代物だぞ。これ一本飲み干したら向こう一か月は理性が吹っ飛ぶ。末端価格で500万ヴァリスは硬いだろうな……作る阿呆に買う阿呆だ」
「うわぁ………なんか、それをオーネストにプレゼントって時点で言葉に出来ないわ。惚れ薬って話だけど、どういう原理なんだよ?」
「説明するのも馬鹿馬鹿しいが……飲んだ後に最初に知覚した異性に惚れる仕組みだな」

 興味が失せたように小瓶をテーブルの脇に放り出したオーネストは食事を開始した。アズは小瓶を摘まんでイロモノを見るような目線でため息をついている。心底薬の存在理由が理解できないという表情だ。
 なるほど、あの『賞金稼ぎ』達はこれをオーネストに盛って、食べたのを確認して女の仲間を接近させる計画だったのだろう。しかし、『魅了』などオーネストに最も効かない状態異常だろうから計画は完全に企画倒れだ。というか、ミアが作ってリューの運ぶ料理に薬を混入させる隙がない。
 態々計画を停止させるまでもなかったか、と内心でため息をつくなか、アズがポツリと呟く。

「しっかしこれをくれた人は変な人だなー……もしこの場でオーネストが蓋を開けて飲んだりしたら、真っ先に好かれるのはリューさんだよね?いや、或いはリューさんが飲んでたら逆かな?そういうことまで考えて渡そうとしたのかねぇ?」
「…………………」
「…………………」

 リューとオーネストの脳内で、変なイメージが展開される。


『くそメイド……お前は本当に役に嫌な女だ。そんなお前を……俺は好きになってしまった!』

『オーネスト……!貴方が愛しくて、いつもあなたの事を考えていて……もう、貴方がいないと駄目なのです!』

『リュー………俺の女になれ!』

『オーネスト………私を求めて下さい!』


 …………………。

 余りにも酷過ぎるイメージに二人の背筋にかつてない悪寒が奔った。
 それはない。絶対、断固としてない。300%くらいありえん。

(おぞ)ましいことを言うな、アズ」
(おぞ)ましいことを言わないでください、アズライール」
「おおう!?唐突に息ぴったり!?」

 奇しくも、この媚薬に関しては想像力が同レベルな二人であった。
  
 

 
後書き
二人のリアクションをシミュレーションしてみた。


①知らない人に触られたとき。
オーネスト「触るな汚らしい……」
リュー「触るな汚らわしい……」


②結婚してくれと言われたとき。
オーネスト「お前が死んだら応えてやる」
リュー「貴方が二度と私の前に現れないならいいですよ」


③リュー/オーネストのこと好き?と聞かれたとき。
オーネスト「俺は好きだぞ。ああいう表裏のない女は信用できる」
リュー「嫌いに決まっ……え?お、大人をからかうのはやめなさいオーネストっ!もう、本当にこの子は……!えっ?くそガキって呼ばないのかって?う、うるさいですねっ!いいじゃないですか別にっ!」
オーネスト「…………(この世の真実に裏切られたような驚愕の眼)」

※「愛しているか」という質問では二人揃って「寝言は寝て言え」だったようです。 
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