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ダンまち短編集

作者:穂波菜穂
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アイズ モンスタージャー

 
前書き
まずは作品の2大ヒロインであるアイズたんからです! 

 
「ふぅ……よし。今日はこれくらいにしておこう」

 オラリオきっての最強派閥が一つ、ロキファミリアの中核を成すレベル5の冒険者【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
 彼女はより強さを求める為、ダンジョンへ出向くことがない日はこうして毎朝訓練用のわら人形相手に木刀を打ち付けていた。1日でも休めば怠け癖がついて取り戻すのに3日かかるというのが彼女の言い分である為、身体を鈍らせないよう自主トレに励んでいた訳である。

「お疲れ様です! アイズさん!」
 たたたっとタオルと冷えた飲み物を両手に抱え持ってきたのは妹分のような存在のエルフであるレベル3の魔法使い、【千の妖精】レフィーヤ・ウィリディス。
「いつもありがとう、レフィーヤ」
「いえいえ、このくらいお安い御用です!」
 受け取ったタオルで汗を拭い、ドリンクをゴクリゴクリと喉を鳴らしながら飲み干す。本当にいつも丁度良いタイミングで物を持ってきてくれるのでアイズはとても感謝していた。
(あぁ……アイズさんの汗が日に反射して眩しいけど美しい……)
 ……ちなみに当のレフィーヤがほんのちょっと下心で動いているなんて勿論気づいてない。気付いてはいけない。あくまでほんのちょっとだけなのだから――。

「ところでアイズさん、この後のご予定は?」
「うーん……特に何も考えてないよ」
 今までなら少し休憩を挟んだ後トレーニングを再開するのだが、最近はどこかマンネリ気味でステータスの上昇を感じない。実際更新の際も昔ほど上がってないのでここらで一つ何か真新しい訓練でも考案しようかと思い悩んでいた時期であったのだ。
「でしたらご一緒に新発売のスイーツでも食べに行きませんか? せっかくの休日なのに訓練ばかりじゃもったいないですよ!」
 そういえばそろそろ大好物である『じゃが丸くんあずきクリーム』も最初に食べた時の感動が薄れてきた頃。噂や与太話が好きな同じファミリアの団員が言うには味に飽きるのは身体が求める栄養素が少ないということらしい。
 あまりなんのこっちゃかわからないアイズであったが、とにかく未体験の刺激や未知との遭遇といった【冒険】をしなくてはならないようだ。

「そうだね。なら早く行こっか」
 はい! アイズさん! と元気にはしゃぎ、ドサクサに紛れて手を握ったレフィーヤはニマニマ笑みをこぼしながらその店へと足を動かす。
その道中に話を聞くと何でも農業系のデメテル・ファミリアで栽培しているいちごを使ったタルトが例のメニューだそうだ。ちまたでは女性達の評判も良いので、今回誘った理由である。
 正直な所飽きがきているとはいえ、まだまだあずきクリームLOVEなアイズ。故に話を聞いても大きく期待はせず、レフィーヤと談笑を楽しんでいた。

「アイズ・ヴァレンシュタイン氏ー!」
 そんな時、息を切らしながら走ってきた人物は以前怪物祭の際に脱走したモンスター達の討伐をお願いしてきたハーフエルフのギルド受付職員、エイナ・チュールだ。
 あの慌てっぷりから察するにまた由々しき事態が発生したのだろうか? とアイズは少し身構える。一方レフィーヤは件の事件では対処してないし、そもそも面識がないのか首を傾げてきょとんとしている。

「また何かあったんですか?」
「ハァ――ハァ――! ヴァレンシュタイン氏! 申し訳ありませんがまたお力をお貸しください!」
エイナの話しによれば、【魔物の壷】という入れた魔石の質と量に準じたモンスターを召喚できる非常に危険な代物が学業系のセトファミリアの生徒達によってフリーマーケットで売り払われてしまったらしいのだ。
「それはまた……どうして?」
 レフィーヤが尋ねながらスタミナを回復させる魔法をかける。こうも肩で息をされたら聞けるものも聞き取り辛くなると思ってのことだ。
「セトファミリアの体験授業の一環として、無駄にギルドの倉庫を圧迫している雑多なアイテムを生徒達が値付けをして売り捌くというものだったんですが……」
 
 どういう経緯か件のマジックアイテムが紛れ込んでしまったらしい。このままでは大変なことになると各ギルド職員がオラリオ中のファミリアに捜索願いを出している最中であったのだ。
「仕方がない、レフィーヤ。タルトはまた次の機会にしよう。手分けして壷を探しに行くよ」
「はい……残念ですが仕方ありません」
 デートがおじゃんになってしまった彼女は前髪ぱっつん(エイナ)を気付かれない程度に睨みつつ、行動を開始した。足の速いアイズは都市の外縁を、逆にレベルが低いレフィーヤは内縁を担当した。




「しまった……どこから探せばいいんだろう……」
 頼まれた勢いでここまで走ってきたのはいいが、アイズは壷の形状すら聞かずに来てしまった。これでは周囲の人に聞くことすら出来ない。うっかりはいつもの――いや違う。これは普段からしてレフィーヤの役だ。
「うーん……参ったな……」
 引き受けてしまった以上、他の冒険者に解決を任せよう!というわけにもいくまい。手がかりがない以上地道に聞きこみをしていくしかない。まさか悲鳴や騒ぎを聞きつけてからじゃ――きゃあああああ!!!――……遅かったようだ。
 若い女性の叫び声を聞くやいなやそこはレベル5の冒険者。一般人では目にも止まらないスピードで現場へ急行する。

「あ、あわわわ……何でいきなりモンスターが……ベルさん助けてぇ!!」
 声の主は腰を抜かし地面に尻餅をついている状態だ。あの銀髪のライトグリーン系の給仕服には見覚えがある。

【豊穣の女主人】の店員の一人、シル・フローヴァ。この店にはアイズの主神であるロキが常連の為、何度か会話をした程度。それでも知人が今にもモンスターの餌食になる様をボケっと見ている【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインではない!
「大丈夫ですか、シル」
「アイズさん!」
 モンスターの大きな視線を遮るように立ち構えるアイズ。彼女はほんの少し困惑していた。何故なら、相手が見たことすらないモンスターだった為だ。
 身長は3m程度。太い角を持つ目のない頭を持ち、発達した両胸には巨大な目一対ギョロギョロ忙しなく動き回っていた。背中には無数の触手が外套のように広がり、浮遊している。

(私の知らない……モンスター……)
 それこそ第1級冒険者と呼ばれるまで両手の指じゃ足りないほどの多種多様なモンスターを屠ってきたアイズだが、全く頭にない。身長にならざる負えない。もしかしたら、自分と同等、もしくはそれ以上の可能性だってある。
 しかも、今はシルを庇いながらだ。圧倒的とは言わないが、こちらが断然不利。応援が来るか、スキを付いて一緒に逃げるか……だが、ここで野放しにしようものなら住民に被害が出ることは避けられないだろう。
 ならばここで倒すしかない。それに――これは好機だ。
(未知との遭遇……!)
 冒険者は冒険してはならない。生き伸びる為なら引き際を見誤ってはならない。慎重にいけ。冒険者の新米が真っ先に教わることだ。だが、冒険をしなくては偉業は達成できない。強くなどなれない。己の限界を打ち破るのだ。

「あwせdrftgyふj」
(先手を取られた――!?)
 このモンスター存外早くアイズよりも先に行動を開始した。ただ何を言っているのかさっぱり分からない。しかし、身体が発光しているので、おそらく魔法を唱えているのだろう。というか、よくよく考えれば言語が不明だとしてもモンスターが喋るなんて聞いたこともない。もしかしたら知能が高いレアモンスターなのかもしれない。余計気が引き締まる。

 刹那アイズの周囲に視界を覆うほどではないにせよ、無数の蝿や蛾、蚊をはじめとした害虫が出現した。やはり先程モンスターがブツブツ呟いた訳は魔法の詠唱だったのだ!
「目覚めよ――エアリアル」
 こちらも即座に魔法を発動し、愛剣に風を纏わせ応戦する。本当なら奥の手である為、初っ端に使いたくなどなかった。とはいえ、女性の生理的嫌悪感が警報を鳴らすのでしのごの言ってもいられない。
 だが、悲しいかな相手は手のひらよりも小さい蟲ケラ達。思うように数を減らすことが出来ない。それどころか、肌の露出がある部分――特に太ももや頬、背中に脇をこれでもかとばかりに刺してくる。耳障りな羽音も相まって文字通り虫唾が走り、非常に気持ちが悪い。そして痒い! 
 そもそも、アイズは防具の重量を減らし、身軽に動いて敵の急所を狙うタイプなのだ。蟲を呼んだ筋肉モンスターならいざしらず、決定的に相性がよろしくない……最も前衛で殴りあうガレスのように体中を強固な鎧で身を包んでいたとしても、鎧の隙間から入ってくるだろう。多少マシという程度で、避けられないことに変わりはない。
 普段ならこの手合は、リヴェリアかレフィーヤが範囲魔法で吹き飛ばしてくれる。しかし、今はその代わりを担う手段をアイズは持っていないし、周りをちらりと見回しても、魔法使いすらいない。

 直後、モンスターの目から強烈なプレッシャーを感じる。モンスターの中には視線で強力な効果を与えるの者もいる。こいつも見た目通り巨大な【眼】による特殊能力を持つ厄介な相手だということだ。しかし、この類は対象のメンタリティで抵抗できるものも少なくない。レベル5であるアイズは難なく跳ね除けた。
 ところが、後ろにいるシルも射程距離に入っていたようで、神の恩恵すらない彼女はまんまと敵の術にハマってしまった。
「きゃあああ!? ア、アイズさんがモンスターに変わっちゃった……!!」
 叫びつつも、口元を抑えるシル。どうやら、ヤツの視線を看破できないと幻覚が見えてしまうようだ。ある意味、一般人のシルで良かった。これが、下手に後衛の魔法使いや弓兵だった場合。敵味方が区別できない状況は確実にまともな支援ができなくなる。しかも、今のように至近距離で斬り合っているなら尚更だろう。
 
 続いて、モンスターはどこからか槍を出現させ、アイズを襲う。だが、如何せん彼女にとっては遅い。簡単に避ける。
「今度はこっちの番……!」
 5~6秒で蟲をある程度蹴散らし、反撃に転ずる。意外にもモンスターの敏捷性はさほど高くなく、3~4レベルのなかばといったところだろう。そのおかげで、デカい眼球に突き刺すことが出来、かなりの手応えをアイズは感じていた。当然の事ながら、いつぞやのミノタウロス以上の悲鳴を上げる。そしてそのまま、そこそこの大きさの魔石へと、姿を変えた。
 アイズとて8年冒険者をやっている一流だ。ギルドの鑑定人やノームでなくともある程度の目利きは出来る。大体2万8000ヴァリスといったとこだろう。小遣いとしては丁度良い。

 シルの抜けた腰もようやく治り、やっとの思いで立ち上げった。まだ少し足がガクガク震えている。冒険者ですらないのにレベル3級のモンスターに睨まれていたのだ。ある意味、レベル2級のミノタウロスに追いかけられていたベル・クラネルよりも危なかったといえる。
(本当に間に合ってよかった……)
 その後話しを聞くと、モンスターが壺から出る直前にソーマファミリアのエンブレムがある冒険者が横合いから現れた。そして怪しい呪文のような言葉を囁いた後、そのまま壷を奪い取っていったという。
「そういえば、あの冒険者は確か【魅惑の妖精亭】に出入りしてる人だったような……」
「あのお店に?」
 件の酒場には実はアイズも一度だけ行ったことがある。あの時もロキにファミリアのメンバーと一緒にだ。店名通り【豊穣の女主人】と負けず劣らず美少女揃い、料理も美味しくタッチ以外のサービスも良しとシル曰くライバル店で、確かに肩を並べるだけの実力を持つ……ただ一人強烈な個性を持つ店長を除いては。彼……いや彼女か?

 それはともかく、その一点が原因で僅差で贔屓にしていなかった。ただ団員の中には巨乳の比率が高い妖精亭に赴くものも数多い。

 件の店にに入る直前、見慣れた顔を見つけた。
「あれ? ベートさん?」
「ゲッ――アイズ!? なんでここに!?」
 何故か同じレベル5の団員、狼獣人の【凶狼】ベート・ローガとばったり出会う。
「ベートさんも魔物の壷を探してるんですか?」
「あ――ああ、そうだぜ!? 奇遇だな! あんな危険なモン早く回収しねえとな!」
 勿論、ベートはこの壷探しの騒動のことは知っていた。しかし、関わる気なぞ毛頭なく、アイズにフラれた哀しみを妖精達に癒してもらう為、出向いていただけである。当の本人は酒場のことはもう気にしていないので、二人の間には若干の温度差がある。

「いやあああん! モンスターよおおおお!!」
 甲高いオネエの声。店長だ。今度も目玉モンスターが相手ではあった。けれど、こちらにはベートもいたし、先手も取ったので、蟲すら出されることなく、一瞬で片がついた。
「ゲドよ! ゲドがあのモンスターを呼び出しのよ!」
 店長は体をクネクネ捩りながら原因の冒険者の話をする。アイズはあまり感情を出さないタイプである。しかし、ちょっとだけ――店長の名誉を傷つけないように言う。すこぉしだけ不快感があった。口はへの字、まゆげも八の字に曲がっている。
「ゲドォ? 誰だそりゃあ?」
「ソーマファミリアの冒険者よ。最近金遣いが荒くて、えらく情緒不安定だし、どうしたことかと思ってたら……」
「まだ遠くへは行ってないはずです。ベートさん、行きましょう」
「おう! 俺らの休日を台無しにした俺をたっぷりしてやらねえと気がすまねえ!」
「あいつは裏口から出て行ったわ! お願いね! ベートちゃん! アイズちゃん!」


 急いで出ると、一人のパルゥムの少女が道先に倒れていた。
「大丈夫?」
「おい! そいつなんかほっといて――」
「――ベートさんは先に行っててください」
 ぴしゃりと言い放ち、女主人でのような、気まずい一件がまた起きるいう不安から、舌打ちしながらもベートはゲドを追う。レベル5である彼の嗅覚なら追いつけるはずだとアイズは確信している。
「……冒険者様は行かなくてよかったのですか?」
「うん、それよりあなたの方が心配だから。ベートさんも強いし、大丈夫だよ」
「そうですか……実は先程壷を抱えた昔組んでいた冒険者様に突き飛ばされて……」
「辛かったね……よしよし」
 パルゥムの頭を撫でていると、レフィーヤも騒ぎを聞きつけてくれたのか、駆けつけてくれた。彼女に少女を任し、自分も追うとしよう。

「お待ち下さい冒険者様! これはあいつが落としていったメモです! お役に立つかは分かりませんが、持って行ってください!」
 アイズは受け取ったメモを開く。それはイシュタルファミリアの管理する歓楽街の地図のようだ。一箇所にバツ印が書かれているので何かの集合場所かもしれない。
「ありがとう。凄く役に立ってる」
 はい! と少女は笑顔になる。事件も終幕へと近づいていることをアイズは感じ取っていた。



 地図の目印の場所まで行くと、先にベートが来ていた。
「シッ――見てみろアイズ」
 指を刺した方向を見てみると、【魔物の壷】を持った男――ゲドと何者かが話してる。
「酒と薬をよこせ!! さもないとモンスターをけしかけるぞ!!」
 ゲドは相手を脅しているようだ。しかし、その相手は呆れた顔で答える。
「やれやれ、もう壊れちゃったか……ん? へえ……」
 気付かれた。一級冒険者である彼らの隠密技術も相応にある。それを見抜いた奴は一体……。
「ゲドさん。残念だけど、あんたとの付き合いはここまでだ。お迎えが来てるよ」
 それだけ告げ、夜陰の中に消え入ってしまった。
「クスリを――ヨコセえええええええ!!!!」
 ゲドは振り返ると召喚の呪文を唱える。もはや人目で分かる程、彼の眼は完全に狂気に侵されているようだ。

 結局今回のモンスターも多少強化されてレベル4級になったとはいえ、またあの目玉モンスターだった為、魔石に姿を買えるのに20秒も掛からなかった。
 モンスターを倒されたというのにゲドは口から泡を吹きながら、襲い掛かってくる。
「クスリ……! クスリ……!」
 正気を失い、呟きながら、血走った、眼を周囲に向け、両手の五指を鍵にして、二人に掴みかかる。取り押さえるのは簡単だった。ゲドの成れの果てにアイズは勿論、ベートですらも哀れに思い、物悲しそうな顔を見せ、数十分後ギルドに身柄を引き渡した。

 こうしてアイズの休日は終わりを告げた。 
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