魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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プロローグ2 フェイト・テスタロッサ
『フェイト、あなたに探して欲しいものがあるの』。
そう言われたのは、何度目だろう。
ロストロギアと呼ばれる、他世界他文化の遺産を探して手に入れること。
それが母さんが私に頼むこと。
正直言うと、私と母さんの関係はあまり良いとは言えない。
私にとっては大好きな母さんだけど、直接会話をしたのは幼い頃のほんの一時だけだった。
今ではもう、家族らしい会話なんてない。
母さんが私に頼みごとをし、私はただそれに応える。
例え答えられても、褒めたり、頭を撫でたりしてはくれない。
でも、こうすることが母さんを笑顔にすることだと言うのなら、私は迷わない。
例え今回がまた無駄に終わっても、それでも構わない。
私はただ、母さんに喜んでもらいたいだけだから。
それが私/フェイト・テスタロッサの、ただ一つの願い――――。
*****
第97管理外世界/地球。
そのさらに極東地区/日本・海鳴市。
世界には、魔法と言うものは存在しない。
あくまでファンタジー、空想、非科学的なものの象徴であり、実際に存在するわけではない。
仮に魔導師が生まれて世間に知られれば、その人は研究材料としてモルモットになるか、世界の異端者として差別されるか、最悪殺されるだろう。
そしてその後、世界は混乱の渦に飲まれるだろう。
自分もああなるのではないかという恐怖。
他にもああいう人が居るのではないかという好奇心。
その存在を是とするかどうかのくだらない討論。
たった一つの異分子が入るだけで、世界はそうして狂っていく。
だから私の活動は、あくまでも人目に映らないように慎重に行うこと。
幸い、魔法を持たない人には干渉すらできない結界を張ることもできるから、基本的に私達がその存在を知られることはない。
「ここが、海鳴……」
高層マンションの屋上で私は、降り立った世界を眺める。
その名前の通り、海がすぐ近くにあって、波の音が聞こえる。
風に乗って潮の匂いもする。
空気中に、魔力の存在がない。
それは私の故郷とは違う空気で、別の管理外世界で体感した時は驚いたの覚えてる。
同じものなのに、何か一つが欠けるだけで不安になる。
それを私はこうした旅の中で学んだ気がする。
「フェイト、どうかした?」
私の右隣で声をかけてくる大人の身長、だけど子どものように懐っこい彼女は私の使い魔/アルフ。
ずっと一緒にいる、私の大切な使い魔。
私がどこかにいくと必ず付いてくるから、海鳴に来る時もアルフは率先してついてきた。
私としても、一人より多い方が捗るし、助かる。
「ううん、なんか賑やかな世界だなって思って」
この世界は魔法文化なんて一つもないのに、魔法がある私達の世界よりも発達したものが多い。
機械とか、乗り物とか、街の作りとか。
魔法が存在しないからこそ発達した文明なのかもしれない。
けど、そんなこの世界で魔法が存在した世界の遺物/ロストロギアが散らばっている。
理由や原因は分からないけど、母さんが言うからには間違いじゃない。
「ちょっと街を散歩してくるね」
「うん、気をつけてね」
「わかってる」
滞在期間は長くない。
けど、この世界の食べ物とか、良いのがあったら母さんにあげたい。
きっと喜んでくれると思うから。
そう思って私はアルフと別れ、街に繰り出した。
*****
私が母さんの頼み事を断らない理由は、母さんに喜んで欲しいから。
けど、もう一つ理由がある。
それは、色んな世界を見ることが個人的に好きだったから。
私の故郷とは違う世界の違う文化に触れると、物知りになったような気分になる。
勉強が好きな方だったし、こういう刺激が好きなのかもしれない。
色んな発見、色んな体験。
良いものも悪いものもあるけれど、やっぱり私は嫌いにはなれなかった。
だから母さんには申し訳ないけど、こうして色んな旅をさせてもらってるのは嬉しいことだった。
「お母さん、私あれ欲しい!」
ふと、幼い女の子がその母親と手を繋いで店の前に立っているのを見かけた。
それは他愛もない、当たり前の光景。
子供はガラス越しに並ぶぬいぐるみを指差して、母親に甘える。
「ふふ、良い子にするって約束したら買ってもいいわよ?」
「うん、する!」
「それじゃ買いましょ」
「やったー!」
両手を広げてジャンプする女の子。
それを見て優しい笑みを零す母親。
二人は再び手を繋いで、お店の中に入っていった。
なんでだろ。
それは当たり前の光景のはずなのに。
普通の、本当に普通の光景なのに。
私には遠い、遠いものに見えた。
ガラス越しに並ぶぬいぐるみみたいに、目に見えるのに手を伸ばしても届かないような……そんな光景。
私がどれだけ甘えたって、それを許す人はいない。
だからきっと私には、あのぬいぐるみは手に入らない。
(あれ……なんで私、そんなこと考えてるんだろう)
本当なら気にしなくていいことなのに。
たまたま擦れ違っただけの人を見て、なんでこんなに悩んでるんだろう。
なんでこんなにも、心がざわつくんだろう。
(……行こう)
店の中で店員からぬいぐるみを貰った子供が喜んでいた。
それを見て更に複雑な気持ちになりながら、しかしそれを振り払うように向きを変え、再び歩み直そうとした。
「きゃ!?」
「おっと!」
だが、気づかなかった。
目の前を白い制服を着た少年が歩いていたことに。
私は正面からぶつかりかけ、反射的に後ろに飛んだつもりだった。
けど、さっきのことに気を取られて足が絡まって倒れ――――
「――――っと、大丈夫か?」
「え……?」
目の前にいた少年は、気づけば横に回って私の肩を抱いて支えてくれていた。
目を閉じたつもりはない。
なのに彼は一瞬に近い速度で私を抱きとめてくれた。
「ケガはしてないようだけど……」
心配そうな表情なのに声は凄く落ち着いていて、聞いていて安心するような声だった。
驚きのあまり言葉を失った私は、瞬きもせず彼の顔を見つめていた。
銀色の髪に黒い瞳。
その綺麗な瞳に、なぜか私は心を見透かされるような気分になった。
澄んだ泉のように綺麗な瞳は、覗き込めば覗き込むほど潜れそうな深さを感じた。
その先に何があるのか、私には分からないけど。
けど、なぜか彼の瞳を見たとき、なんとなくだけど思ったことがある。
この人は、どこか私に似てると思った。
だってその瞳は、その表情は、取り繕ってるけど……孤独な人のそれと同じだったから。
私もきっと、こんな表情なんだと思う。
そう思いながら、私は胸の中に湧き上がる一つの感情に気づいた。
確かな熱を持った、不快感ではない。
むしろ心地よさすら感じる熱を持った感情。
これは……なに?
「……おい、大丈夫か?」
「え……あ、あぁ、うん!」
気づけば私は、彼を見つめながら呆けていた。
彼に声をかけれて私は、ようやく我を取り戻した。
「ご、ごめん!」
慌てて立ち上がり、彼から半歩下がって頭を下げる。
「いやいやそんな、謝らなくていいよ」
そう言って彼は屈託のない笑みを見せた。
ああ、彼は本心で言ってるんだ。
それが分かるくらいの笑顔は、家族以外では初めてだった。
その上、異性ともなればまた初めてなわけで、私はその新鮮さに戸惑っていた。
「……まぁいいや。
とにかく互いにケガもないし、俺はこれで失礼するよ」
「う、うん、ありがとう」
「どういたしまして!」
そう言って彼はまた屈託のない笑顔を見せてから走り去っていった。
不思議な人に出会ったような気がする。
色んな世界を巡って、彼のような人は初めてだった。
初対面の人に裏表無い言葉と表情で接する人なんて、本当に初めてだった。
だから違和感だった。
けど、嫌いじゃなかった。
彼のような人は、きっとお話してみれば話しやすいのかもしれない。
……なんて。
「……行こっか、バルディッシュ」
私は服のポケットに入っている金色のデバイス/バルディッシュと共に、再び街の中へ歩みを進めた。
「……そういえばあの人、なんて名前なんだろ」
ふとした疑問を抱きつつ歩いて、そして街を巡った。
マンションに戻ってから気づいたのは、彼と別れてから、不思議と寂しさは消えていたと言うこと。
そんな彼に、なぜかまた逢いたいと思ったのはなぜなのか。
私は分からないことだらけのこの海鳴市、新たな期待を抱き始めるのだった――――。
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