鎮守府の床屋
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前編
9.季節外れの恐怖
「そういや昨日の夜さー。裏の林に火の玉が飛んでたんだよねー……」
「?!」
「バカなッ?!」
「クマッ?!」
「ねむ……」
「やせ……」
「……頭痛い……」
秋祭りまであと数日というある日の朝、北上がいつものように気が抜けた調子で、そんな驚愕の報告をあげ、全員に緊張が走った。と同時に、俺達の朝飯を乗せたテーブルがガタガタと震えだした。
「地震ッ?!」
「ふぁあぁ……揺れて……クカー……」
「朝は眠いね……やっぱり夜戦が……」
「天変地異だクマッ?!」
「……デカい声出さないで……頭に響くから揺らさないでよー……」
なんだこの対照的な反応は……反応したのは暁ちゃんと球磨だけで、加古と川内はノーリアクションか。加古と川内の二人が朝弱いのはまぁいつものことだけど……つーか加古は24時間フル稼働で眠そうだけどな。あと隼鷹は二日酔いなのだろうか……頭を抑えてテーブルに伏せていた。
そういや、こんな時に一番大騒ぎしそうなビス子が騒いでないのが意外だ。日本人にとっては慣れてる地震であっても、外国人にとってはまさにハルマゲドンレベルの大パニック災害だと聞いたことがある。ならばドイツ人? ドイツ艦? のビス子はこの中で一番大騒ぎしそうなものだが……不思議に思って俺はビス子に目をやった。
「ひ……火の玉なんて、怖くないわよ?! なんせわた、わた、私は、一人前まえまえのれれれれでぃー!!」
ビス子は完全に青ざめ、身体をガタガタ震わせながら笑顔で納豆をかき混ぜていた。あーなるほど。この地震の震源地は、北上の話に恐れおののいて身体を震わせているビス子だったのか……それなら納得だ。納豆の糸が周囲に飛び散り、その糸が朝日に照らされてキラキラと輝いていた。納豆の糸を美しいと思う日が来ようとは……俺の感性も、まだまだ成長し続けているということか……。
その後北上に詳しく話を聞いた所、昨日夜遅く……といっても10時ぐらいだが……北上が夜間の哨戒に出ようと宿舎を出ようとした時、宿舎の裏の林で、宙をふわふわと漂う光を見たという……
「それホントクマ?」
「ホントだよー。姉のくせに妹を信じられないの?」
「信じてほしかったら普段から信頼を得られるように行動するクマっ」
球磨の言うことは至極正論だが、人の腹をえぐるパンチをかましたり、平気で人を恐喝するような女にそのセリフを吐く資格はない……というセリフが喉まで出かかったが、おれはそれを提督さんお手製の絶品味噌汁で流し込んだ。
「……提督さんの味噌汁って美味しいなー」
「ホントだねー……」
お前が事の発端なのに、何他人ごとみたいに味噌汁堪能してるんだ北上。
「しかしそれが本当だとしたら、聞き捨てならん話だ」
制服の上から割烹着を着て、頭には三角巾という妙なスタイルで提督さんが自分の分の朝食を持ってテーブルにやってくる。隼鷹の隣に座り、震えるテーブルに朝食のおぼんを載せるのに少々苦労した後、自身が作った味噌汁を飲んでホッと一息ついていた。
「そうですか?」
「ああ。鎮守府のセキュリティ面から考えると、正体を突き止める必要がある。ひょっとすると得体の知れないものが鎮守府の敷地内にいるのかもしれん」
と、ご飯を口に頬張りながら至極まっとうな反応を返す提督さん。考えてみたらそうだよなぁ……夜にフワフワと漂う光……一番疑うべきは侵入者のライトだもんなぁ。
「よし。今晩ちょっと探ってみよう。今夜の哨戒任務のシフトは誰だ?」
「私〜」
「あと……あた……ぐぅ……」
「よし。北上と加古の二人はそのまま今晩の哨戒任務についてくれ」
「はーい」
「ぐぅ……」
「残った五人で、今晩火の玉の調査をしよう。……でも五人じゃ多いな……隼鷹は夜では戦力にならんから除外。暁は基本的に9時を過ぎると寝てしまう……てことは……」
提督さんのそのつぶやきを聞いた途端、今まで眠そうにうつらうつらと船を漕いでいた川内の目に光が灯った。
「てことは?!」
「だな。川内、ビス子、球磨の三人で、今晩林の調査をしてもらいたい」
「やったぁぁああああ!!! 待ちに待った夜戦だぁぁああああ!!!」
「了解だクマ」
「えッ?! わた、わた、私?! 私も行くの?!!」
川内は急に席を立ち、『あそーれや! せ! ん!! あはーいや! せ! ん!!』と意味不明なボン・フェスティバル・ダンスを舞い、ビス子を震源とする局所的な地震が震度をあげた。おれは波打つ味噌汁のお椀を手に取り、ビス子にこぼされる前に逸品の味噌汁を堪能する。
「は〜……味噌汁おいしい」
「恐ろしく他人事クマね」
「そらそうだろう。お前らにとってバーバーちょもらんまの経営状況が他人事であることと同様、お前たちの仕事は俺にとっては手の出しようのない他人事だ。いくらお前たちのことが心配でもな」
「なるほど」
静かに味噌汁の味を堪能しつつ、ご飯を頬張って日本人に生まれた喜びをかみしめていると、提督さんと目が合った。提督さんは、なにか言いたげな目で俺を見つめている。やだ……そんなに見つめられたら俺……
「そういう茶番劇は耳掃除の時だけで充分だクマ」
「さいですか。……んで、提督さんなんです?」
「ああ。実はハルにも同行してもらいたいんだが……」
What? あいべっぐゆぉーぱーどぅん?
「ぷぷー。これで他人事ではなくなったクマ。ニヤリ」
「いや、本来なら民間人を巻き込むことは控えたいんだが……」
提督さんは、非常に申し訳無さそうな目で俺を見た後、川内とビス子の方に目線を向けた。目線の先には、テンション高く『や! せ! ん!! や! せ! ん!!』とシュプレヒコールを上げて、元気よく右拳を振り上げている川内と、その傍らで不憫になるほど震え上がり、周囲に糸を撒き散らしながら納豆をご飯にかけているビス子の姿があった。よく聞くと、ビス子は『はは……大丈夫……私は戦艦ビスマルクなのよ……ガイストなんかに恐れおののくわけないわ……』とうわ事のように何度も呟いていた。
「球磨だけであいつらを統制するのは無理がありそうだ……どうも安心して任せることが出来ない……。俺は執務室を動くわけにはいかんし……」
「なるほど。確かに納得です」
「万が一、正体が敵性勢力だった場合は、戦闘は川内とビス子に任せて逃げて構わない。三人を任せたいが、いいだろうか?」
「それはいいんですが……んー……でも俺が出て行くことで足手まといになりませんかね? いやいいんですが……」
じい様……床屋風情のこの俺が、軍人である艦娘と共に、今晩、生まれて初めて出撃することになりそうです……
「よかった。……球磨」
「ほいクマ」
「提督として厳命する。ハルに張り付いて、万が一の際の危険からハルを守れ。戦闘が発生しても、お前はハルの身の安全を最優先に動け。復唱しろ」
「了解だクマ。球磨はハルに張り付くクマ。戦闘が発生した場合は、ハルの安全を最優先に動くクマ」
やべえ。なんかしらんけど、妙に球磨が頼もしい。……そうか。これが球磨型軽巡洋艦一番艦、艦娘の球磨なのか。いつも妖怪アホ毛女としての球磨しか見てなかったから、こんな側面に全く気が付かなかった。
一方……
「頼むぞ。……川内!! ビス子!!」
「はいッ!」
「わたわたわたわたわたし?!!」
「お前たち二人は、戦闘が発生した場合は、可能であれば情報を探った上で敵の排除をしろ。無理だと思ったら即座に撤退。いつものように生還が最優先任務だからな」
「了解! 夜戦なら任せておいて!!」
「わわわわわわかわかわかったわ! このこの一人前前まえのレディーはビス子で私アカツキだからッ!!」
「じゃ、じゃあ暁は誰なのッ?!」
「グヒヒヒヒヒ……夜戦……夜戦がッ!!」
頼りねぇ〜……大丈夫かこいつら……。特にビス子、動揺しまくりだろう……
「大丈夫クマ。ああ見えてビス子はうちの鎮守府の中でも夜戦が一番得意なんだクマ」
アホ毛がおれの脳内ツッコミに反応したのか、球磨はそう言って俺にビス子のフォローを入れつつ、たくわんをボリボリ食べている……でもさー……
「大丈夫よ!! も、し何かが出てきたら、私がハルを張り倒して終わりだから!! もっとわたわた私を褒めてもいいのよ!! 要ハサミよ!!! ガクガクガク……」
もうなんか必死すぎて逆に何言ってるかわからなくなってるんだろう……言ってることが混乱しすぎてる……
「よぉぉおおおおし!! 今晩は夜戦だぁあああああ!!!」
一方の川内は川内で、窓のそばに立ち、外に向かってなにやら雄叫びを上げている始末……これは安心しろって言う方が無理ではないだろうか……提督さん、やめてもいいですか?
「すまんなハル。まぁ大丈夫だろうとは思う。それに球磨がハルを守ってくれる。危険はない」
「軍人じゃないのに……ぐすっ」
「球磨が張り付いてるから、何があっても大丈夫だクマ」
妖怪アホ毛女の言葉に心強さを感じる日が来るとは思ってもみなかったな……ちなみに食事後、北上から『球磨姉と二人じゃなくて残念だったねー……』とこっそり言われた。アホかお前……妖怪アホ毛女と二人で夜の散歩なんぞ恐ろしいわ。
そして今日も、ばーばーちょもらんまはつつがなく開店。開店後しばらくして暁ちゃんや川内、ビス子や北上といったいつもの面子がやってきては、シャンプーの時に足の裏をかくのを催促され、提督さんには髭剃りを頼まれるといういつもの如き営業サイクルをこなし、やがて閉店を迎えた。
ぁあ、そうそう。ビス子はいつものようにシャンプーでうちに来た時……
『怖くなんかないわよ……この戦艦ビスマルクが恐れおののくはずなんてないわ……ゾンビとか妖怪の類が出てきても怖くなんかないわよ……一反木綿なんかこわくないわよ……しょうけらなんてただ覗いてくるだけじゃない……あずきあらいなんてただ小豆を洗ってるだけよビス子……』
とうわ言のように呟いていた。顔も朝と動揺真っ青だったのが、見ているこっちも不憫になってきた……それにしてもその日本の妖怪の知識は一体どこで身に付けたんだか……。ついでに言うと自分のことを『私』ではなく『ビス子』と呼んでしまっていた。どれだけ余裕がないんだ……。
そしていつものように閉店後は球磨と北上がやってきて、一緒に夕ごはんを食べ、時間まではみんなと食堂でだらだらとおしゃべりし……ついにその時がきた。夕食後しばらくして、俺と球磨、川内とビス子の四人は、提督さんの待つ執務室に向かった。
「うし。時間だな。では四人とも、よろしく頼む」
「「了解!!」だクマッ」
「ハル、三人を頼む」
「了解っす」
「球磨、ハルを頼むぞ」
「任せるクマ」
「川内、ビス子、期待してるからな」
「了解! 夜戦なら負けないよッ!!」
「ぬぬぬぬぬりかべが出てきたらおいおい払ってあげげげるわよわよこのビス子がが!!」
ビス子の様子を見て、俺は不安しか感じなかった。
執務室を出発した俺達は、そのまま艦娘たちの居住区域になる宿舎に向かい、その裏口から外に出る。裏口から出ると、そのまま林につながっており、俺達四人はそこから林に侵入する。すでに時間は午後10時。昨日、北上が自分の部屋から火の玉を見たと証言した時間だ。
それにしても、艦娘の三人は皆、対照的な反応をしていた。各々が万が一の戦いに備えて、戦闘がこなせるだけの必要最低限の艤装で武装してはいるが……
「にひひひひひ……夜戦が出来る……夜戦……夜戦……!!」
川内は、夜戦が楽しみで楽しみで仕方ないといった感じで目をギラギラと輝かせ、舌なめずりすらしている。お前はそんなに夜戦がしたいのか。俺なんかは出来れば何事もなく終わりたいのに。
一方のビス子は深刻だ。
「べとべとさんが出てきたら……おかえりくださいませご主人様とか言えばいいのよね……ぬらりひょんが出てきたらどうすればいいの……知らないうちに上から目線で説教されるわ……恐ろしい……」
と昼間と同じくぶつぶつとうわ言のように、妖怪に出くわした時の対処法を反芻していた。まるで、今まさに定期試験が始まる寸前の中学生のようだ……でもビス子、なんで妖怪に出くわしたときの対策ばっかり取ってるんだよ……。
「クマー。楽ちんだクマー」
一方で、意味不明かつ横暴なのはこいつだ。この妖怪おぶさり女は、提督さんからの『ハルに貼り付け』という命令を忠実に守って俺の背中におぶさっており、おれはちょうど球磨をおんぶして歩いている形になっている。
「なんで俺がお前をおんぶせにゃいかんのだ」
「提督の命令だクマ。球磨はハルに張り付くのが任務だクマ。キリッ」
「自分で歩けよ。今のお前、艤装つけてるから若干重いんだよ」
「周囲の索敵で歩くヒマもない球磨に歩けとは、横暴な床屋だクマッ!」
「横暴はお前じゃねーか!! この妖怪おぶさり女めがッ!!」
「妖怪?! 妖怪が出たの?!! 妖怪おぶさり女ってなに?!!」
「なに夜戦?!! おぶさり女と夜戦?!!」
方や自分で歩こうともしない妖怪ものぐさ女……夜の戦いが一番強いはずのビス子は妖怪の影に恐れおののく非力な少女……挙句の果てに『妖怪』と『夜戦』、似ても似つかぬ2つの言葉を強引に聞き間違えるほどに夜戦に命をかける妖怪夜戦女……提督さんすんません……俺にとっては、これは荷が重すぎる任務です。
林の探索をはじめてはや十分。球磨をおんぶしているせいで早くも俺に疲れが見え始めた頃……
「はははははははははははハル」
突然、ビス子が俺の方を見ないで、少し涙目で話しかけてきた。
「ん? どうした?」
「あなた……ひょひょひょっとして、ちょっと恐れおのののののいてるんじゃない?」
「? いや?」
「な、なんだったら……この私ががが、手をつなつなつなつないであげてもいいのよ……?」
……あーなるほどね。怖いから手を繋ぎたいのね。
「分かった。実を言うとちょっとこわい。手をつないでくれ」
「パァァアアア……分かったわ! この私が手をつないであげてもいいわよ!!」
普段は化け物と戦っていても、こういう部分は女の子なんだなぁ……と俺がビス子と手をつなごうとしたその時……
「クマッ!!」
突然球磨が俺の頭をバチコーンと張り倒しやがった。
「いって! 何するんだこの妖怪張り倒し女ッ!!」
「なんかムカついたクマッ!!」
「お前の機嫌なぞ知るか!」
「大体ハルは球磨をおんぶしてるから、ビス子とは手を繋げられないクマッ!!」
「だったら降りろよこの妖怪おぶさり女!!」
「球磨は索敵に忙しいから降りられないクマッ!!」
「アホ抜かせ!!」
「ちょっとみんなみんな!!」
俺が球磨と不毛なバトルを続けていると、急に川内に呼び止められたので、川内の方を見ようとそっちに目をやった途端……
「うおッ?!!」
「眩しいクマッ?!!」
「なにこれッ?!! 妖怪なの?!! 妖怪が出たのッ?!!」
恐るべき眩しさが俺達三人を襲った。今まで暗闇の中にいたため瞳孔が開きっぱなしの俺達にはこの光の襲撃は強烈すぎる……目を細めてよく見ると、川内の太ももあたりが眩しく光っている。川内の顔は、そのライトの眩しさに負けないぐらいの眩しい笑顔だ。でもその眩しい笑顔が今は最高にムカつく。
「なにやってんだ川内!!」
「暗くて見えづらいからさ。探照灯つけてみたんだー。これで夜戦も大丈夫でしょ? ニヒンッ」
「そういうのは切り札にとっとけって! 今は懐中電灯で充分だッ!!」
「ちぇ〜……せっかく夜戦に備えて持ってきたのに……」
口をとがらせ、へそを曲げた川内がぶつくさいいながら自身のふとももに手を伸ばし、探照灯のスイッチを切った。だいたいなんてところに装着してるんだお前は。スカートいつも短いなぁと思ってたら、それが理由か! 手に持つとかしろよそんなきわどいところじゃなくて。
「クマッ!!」
おんぶしているために避けようのない俺の頭を、球磨が再度張り倒してきた。だから痛いって言ってんだろ!!
「なんかムカつくクマッ!!」
「わけわかんねえ!! わけわかんねえよ!!」
「は、ハルぅ〜……」
「今度は何だビス子?!」
「こ、こわがっだらぁ〜……わだ、わだじが〜……手をづないであげでも……いいのよ〜〜……ぬらりひょんがぁ〜……べとべとさんがぁ〜……」
なんだこの惨状は?! お前ら本当に軍人なのか?! これ本当に軍の任務なのか?! 俺からしてみれば、どうみても中学生の時の林間学校の肝試しにしか思えないぞ?!
「分かった! しがみつけ!! 怖いから! 俺怖いから!!」
「パァァアアアア……し、仕方ないわね! この私がしがみついてあげるわ!!」
「ムカつくクマッ!!」
「張り倒したきゃ張り倒せ! その代わり次張り倒したらこの場でお前を下ろすからな!!」
「う……イヤだクマ……」
「川内もむやみに探照灯を点けるな! いざってときにとっておけ!!」
「ぶーぶー!!」
くっそなんだこいつら!! ただの小学生たちの肝試し初体験じゃないかッ!! 軍人じゃないのかっ常日頃命がけの戦いをしてるんじゃないのかッ!! ……ハッ?!
――球磨だけであいつらを統制するのは無理がありそうだ……ニヤリ
まさか提督さんは、このことを予見して俺にこいつらの保護者を頼んだとでも言うのかッ……?!
そうして俺が、三人のフリーダム過ぎるデカい小学生女子どもに手を焼き、探索開始から30分と立たずに疲れ果てた頃のことだった。
「……ちょっと待て」
「ん?」
「クマ?」
「ちょっと何?! 子泣き爺が出たの?!」
「今なんか光ったぞ?」
俺達の間に緊張と、約一名の背中に悪寒と恐怖が走った。俺は見た。俺から見てずーっとまっすぐ前に……ゆらっと動く光のようなものが……
「いやぁああああ?!! 洗われる! あずきあらいに私の肉体がッ?!!」
「落ち着けビス子!! 球磨、なんか見えたか?」
「球磨には何も見えなかったクマね」
「川内、ちょっと探照灯で前を照らしてみてくれ」
「りょうかいしたよ!」
俺の指示を受け、川内が再び探照灯のスイッチを入れて前方を照らした。探照灯の光の強さは相当なもので、俺達の前方を真昼のように明るく照らしだす。でも、怪しい物はなく、怪しい人影もない。
「なにもないね……」
「仕方ない。先に進むか。ビス子、怖かったら帰るか?」
「い、いやよ……私がいないとハルもこわいわいわいわでしょしょしょ?」
「……分かった」
俺しか見てないとはいえ、見間違いや気のせいとも思えない。ならば任された以上、ここで見なかったフリをするわけにもいなかい。確認しなければ……俺達はそのまま先に進み、俺が見た光の正体を突き止めることにした。
「クマ……」
相変わらず俺におんぶされたままの球磨が、俺の背中でなんだかごそごそやっている。
「球磨?」
「念の為クマ」
球磨はそう言いながら、自身が持ってきていた艤装の単装砲を構えていた。正体を確認するということは、ひょっとすると戦闘に発展するかもしれないということか……。
「もしもの時は頼むぞ妖怪アホ毛女」
「ハルは球磨が守るクマ。ハルは黙って球磨をおんぶしてればいいクマ」
おんぶのくだりがなければ、ものすごく頼りがいのあるセリフだったんだけどなぁ……
しばらく先に進んだところで、再びゆらっとうごめく怪しい光が見えた。今度は割とハッキリと見えたが……
「また光った! 今度はみんなも見ただろ?」
「んーん……私は見てないよ?」
「わたわたわたわたしも見てないわよわよわよ?」
「球磨も見てないクマよ?」
あれ? なんで俺だけに見えるんだ?
「……まぁいい。このまままっすぐ進もう」
「りょうかい! 夜戦出来るかなぁ〜……」
疑問を感じながらもまっすぐ進む。その先々で何度もゆらめく光を見たが、それは俺にしか見えてないようだ。しかも『ゆらめく』と言ってはいるが、その光は宙をふわふわと漂っているためにそう見えるだけで、よく見ると、実際は光そのものはかなりくっきりとしている。
「うーん……夜戦出来るかなぁ〜……」
そう。その光は、妖怪夜戦女の太ももに取り付けられた探照灯のような光だ。そんな光が、まるで俺達を導くように、チカッチカッと輝いてふわふわと漂いながら、まるで俺達を……いや、それが唯一見えている俺を導いている。
「お前たち、ホントにあの光が見えないの?」
「見えないクマ。見えてたら単装砲ぶっぱなしてるクマ」
「うん」
「ぎゃー!」
もうビス子のことは放っておいて……なんで俺にだけ見えるんだ……?
ついに光は、弱々しいながらも消えることなく漂い始めた。その光を追いかける俺と、そんな俺に必死についてくる川内とビス子。その光を追いかけてしばらく歩いたところ……
「ぉお?」
「クマ〜……」
「……?!」
「ひぃいいッ?! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃいいい」
少し開けた場所に出た。広さそのものはバーバーちょもらんまの敷地と変わらないぐらいだが、古ぼけた鳥居が建てられ、奥には小さな社があった。その社は小さなプレハブ小屋程度の大きさの社で、狭いながらも2〜3人は人が中に入れる程度の大きさのようだ。光は吸い込まれるように社に入っていき、その直後、社の中がぼんやりと輝き始めた。
なんだこれ……しゃれにならんぞ。おれにしか見えない光に導かれて来た場所には、古ぼけた鳥居と社……ヤバいオカルト臭満載だ。これはあながちビス子が妖怪について調べてきたのも間違いじゃないかもしれん……次第に恐怖で足がすくんできたが、背中には球磨もいる。足に力を込め、ガクガクとした震えをなんとか抑えつつ、俺は生唾を飲み込んで球磨に囁いた。
「球磨……」
「クマ?」
「なんかあったら、絶対守ってくれよ?」
「任せるクマ」
俺の背中で、球磨が単装砲を構える音が聞こえた。そんな頼もしい音を聞き、背中越しに感じる球磨の体温に勇気をもらった俺は……
「いくぞ球磨!!」
「クマぁあ!!」
球磨をかついだまま、ビス子と川内をその場に置き去りにして、社に向かって走って行き、入り口を乱暴に開け、中に入った。
――よかった 姉さんたちが来てくれたから、もう安心ですよ
その時、社の中には、誰かの服によく似た服を着た、二人の女の子がいた。一人は凛とした出で立ちが美しい、どことなく武士のような強さと芯の強さを感じさせる女性で……
――誘導がうまくいったね キラリーン
もう一人は、服装こそ似ているが、明るく元気なアイドルのような女の子だった。理由はよくわからないが、その顔を見てるとなぜか張り倒したくなる感じの子だった。
「ハル?!」
「だだだだだいじょうぶ?!!」
俺達からワンテンポ遅れて、川内とビス子の二人が社に入ってきた。そうだ。この女の子たちの服装、どことなく川内の服装に似てないか? アレンジこそ違うが、ベースは川内の服と一緒じゃないか?
社の中にいた二人の女の子は、俺達の姿を見て安心したような、ホッとしたような笑顔を見せると、すぅっと消えていった。
「球磨」
「クマ?」
「今の見たか?」
「?」
やっぱり見えたのは俺だけか……。
改めて、社の中を懐中電灯で照らしてみる。すると、足元に臨戦態勢の白い猫が一匹いた。
「フーッ! フーッ!!」
見た所、成人している子のようだが……思いっきり毛を逆立てて、こちらのことを殺る気満々のように見える。
そして、猫の背後にいるのは……
「子猫がいるな」
「ぐったりしてるクマね」
同じく白い子猫が一匹、横になっていた。かろうじて胸が上下しているのは見て取れるが、ぐったりしていて元気がないように見える。
「よし。ちょっと見てみるか」
球磨を強引に下ろし、子猫に近づいて様子を見ようとしたその時だった。
「フギャー!!」
「ちょっと待て! 俺は様子を見たいだけだ!!」
殺る気満々で臨戦態勢バッチリだった方の猫が俺に襲いかかってきた。ひょっとしたらこいつは、このぐったりしている子猫の母親かもしれない。自身の子供を守るのに必死になっているのか……思いっきり爪を立ててバリバリ引っ掻いてくるから、腕やら顔やらに生傷ができまくって痛い痛い……
「うう……い、痛い……」
「んふふー。球磨を地に立たせた罰だクマ!」
「んじゃ私が見てみよっか」
川内がそう言いながら子猫に近づいた。一瞬、俺のように襲われて傷だらけになるんじゃないかと心配したが……
「ねーハルー。やっぱりこの子、具合が悪いみたい。ぐったりしてるよ」
「……つーかなんでお前、襲われないんだよ?」
「いや、わかんないけど……?」
驚いたことに、川内は母猫には襲われなかった。川内は今、ぐったりした子猫を抱きかかえているが、それでも母猫は、そんな川内を攻撃するどころか、その足元でただひたすらに子猫を心配そうに見ているだけだった。
「んー……分かった。その親子を連れて一度鎮守府に戻るか」
「調査はいいクマ?」
「ああ、光の正体は大体分かった。川内?」
「ほい?」
「悪いけど、その親子を運んでくれ。川内以外が運ぶと、その母親が牙を剥きそうだ」
「りょうかい。夜戦出来ないのは残念だけど、任せといて!」
というわけで、俺達四人の肝試しは終了した。やはり俺の読みは正しかったようで、川内が子猫を抱えている間、その母親は川内の頭の上で静かに彼女の頭にしがみついていた。途中、球磨が好奇心で母親にちょっかいを出してみたが……
「ふしゃー!!!」
「いだいクマッ?!!」
母猫からねこぱんちを食らって泣きそうな顔をしていた。ざまーみろ妖怪おぶさり女。
「ハル〜……怪我したクマ。歩けないクマ。おんぶして欲しいクマぁ〜……」
「そう言いながら元気いっぱいで歩いてるじゃねーか……」
次第に鎮守府が近づいてきて明かりが見え始めると共に、ビス子の顔には血色が戻ってきて……
「よかった……小豆あらいに身体を洗われることはなかった……ぬらりひょんにも説教されなかったし、しょうけらにも覗かれなかったわ……世界の平和は守られたのね……私たちの勝利よ……ッ!!」
と無駄に壮大な独り言を言っていた。
鎮守府に戻ったら、今回の結果を提督さんに報告し、早速白猫親子を市街地の動物病院に連れて行く手はずを整えた。輸送任務についたのは、川内と球磨の二人で、終始震え上がっていたビス子と俺は、ここでお役御免となった。
「んじゃ、ちょっと行ってくるね!」
手には大切に守るように抱きかかえた子猫。頭の上にはその母猫という出で立ちで、川内はフラッシュライトのような笑顔を浮かべながら球磨と共に出発していった。
俺はというと、さっき見た二人の女の子のことを提督さんに話したくて、その後執務室に残っていた。提督さんは俺の説明を聞くなり、机の中の引き出しの中から、一枚の写真を取り出し、それを俺に見せた。
「提督さん、これは?」
「以前、この鎮守府に所属している艦娘のみんなで撮った記念写真だ。今も残っている面子は半分以下だよ……その写真を撮った時でさえ、全盛期の十分の一以下の人数だけどな……」
なるほど……今いる面子も合わせて倍以上の人数の女の子たちが、この写真には写っている。加古の隣にいる女の子は……以前に俺が寝ぼけながら幻を見た子だ。古鷹だったかな。
暁ちゃんの周囲には、彼女によく似たちっちゃい子が三人、仲良さそうにはしゃいでいた。
「その子たちは暁の妹たちだ。それぞれ、響、雷、電だな。響は本名はヴェールヌイと言うんだが……皆からは響と呼ばれていたよ」
「提督さん、この帽子……」
「ああ。今暁がかぶってる帽子は、響の形見だ」
この子たちがみんな……戦死したのか……。
川内の両隣にいるのが、おれが今回見た女の子たちで間違いないようだ。川内と同じベースの服を着て、一人は凛とした美しさの女の子、もう一人がとても明るくて……それでいてどこか張り倒したくなるムカついた笑顔をしている女の子だ。
「その子たちは、神通と那珂だ。二人とも川内の妹だよ。もう轟沈してだいぶ経つ。二人とも戦闘になればそれこそ目を見張る強さだったが……それ以上にとても優しい子たちだった……」
そう言って提督さんは、窓の外を眺めた。その目はどこか遠いところを、懐かしそうに眺めていた。
「そっか……お前たちが猫をか……変わらないな……お前たちらしいなぁ……優しいなぁ……」
「……なんかすみません。余計なことを聞いて……」
「謝るようなことじゃないさ。この前も言ったけど、俺は嬉しいんだ。古鷹は加古を見守ってくれてるし、神通と那珂の二人は、今も変わらない二人だった。こんなうれしいことはないよ」
それはウソだと言う言葉が喉まで出かかったが、おれはその言葉を吐いてしまうことを必死にこらえた。
なぜなら、もしそれを言ってしまえば、わざわざ隠すように写真を引き出しにしまっていた提督さんの気持ちを踏みにじってしまうような気がしたからだ。
「そうか……二人がか……うれしいなぁ……」
今にも泣き出しそうな笑顔で思い出せる人を、唐突に失う時の気持ちは俺にはまだ分からない。でも、そんなにつらい思いで失ってしまった仲間を思い出すときの気持ちは、きっと嬉しさだけじゃないってのは、俺でも分かる。
それでも必死に、涙声で『うれしいなぁ』と自分に言い聞かせる提督さんの後ろ姿が、見ている俺にはとても辛かった。
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