俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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暮れ泥む街衢の陰で
21.死んデレらストーリー。
前書き
ふと冷静になって振り返るとオーネストもアズも明らかに敵サイドの方が似合うよね。
……あれ、こいつらが敵になったらどうやって倒すんだ?
雑踏が行き交う中、噴水の水をぼうっと眺める一人の少女がいた。
「ぬぼ~~………」
その少女がリリルカ・アーデという名である事を知る人間はこのオラリオでは少ない。しかも、その数少ないリリを知る者ですら、彼女の事をリリだとは確信できないだろう。今の彼女は変身魔法『シンダー・エラ』によって狼族の耳と尻尾を生やし、髪の色まで変えているのだから。
元々、リリはとても働き者だった。自分のファミリアを抜けるために必死で悪行を繰り返し、潜った修羅場と盗品は数知れず。そして、それほどに悪行を繰り返しながらも身元を特定されなかった理由こそがこの変身魔法だ。
では、何故彼女は変身しているのか。
その理由は、なんとリリも分かっていない。
仕事道具の巨大なバックパックは背負っているし、変身もしている。となれば必然、彼女は適当な冒険者を引っかけて金目のものをちょろまかすのが仕事となる筈だ。ところが今、リリはそれをする必要が全くない。
理由は言わずもがな、あの『告死天使』のせいだ。
元々リリはファミリア内で孤立した劣悪な環境下にあり、しかも出ていくにも金が必要という腐った状況下に置かれていた。だから危険な橋まで渡ってお金の亡者になったというのに……あろうことかあの告死天使はその前提条件を色々と覆してしまったのだ。
なんと、実はソーマ・ファミリアはアズの舎弟みたいな存在だった。そして当のアズは滅茶苦茶人が良く、頼めば大抵の事は叶えてくれるというとんでもない御仁。つまり、彼が片手間にソーマ・ファミリアと交渉すれば今すぐにでもリリはファミリアを脱退できる。それどころかお小遣いがてら受け取った最上級品の神酒を売りさばけば一転してお金持ちにだってなれる。
そう――もうリリが働く理由など何もないのだ。
「ぬぼ~~~~………」
そしてこの有様である。
産まれてこの方現状を脱出すること以外を考えたことが無かったリリは、ゴールへの道が完成した瞬間にある事に気付かされる。………やることがないのだ。
こう……仕事を引退してしまった人が何もやることがないまま虚脱感に苛まれるような感覚。仕事に燃えて燃えて……燃え尽きてしまって熱が消える、『燃え尽き症候群』にリリは見事に嵌まってしまったのだ。
気が付けばこのように仕事スタイルになっていたが、外に出てみれば仕事をする必要が全くない。
(そっか……夢が叶うと、リリには何も残らないんだ)
何故、自分が今までアズに頼ろうとしなかったのか。その理由を、リリはふと悟った。
届かないから夢であり、届いてしまえば夢ではない。
そしてリリには次に続く夢がない。
だから、こうして無為に過ごしてしまう。
こうして自分とは違う姿でぼうっとしていると、リリルカ・アーデという存在が最初からいなかったのではないかと思えてくる。自分がリリであれリリでなかれ、皆は興味がないように通り過ぎていく。それほどにリリという存在はちっぽけて希薄で、求められていない。
ならばいっそ――このまま流れに乗って消えてしまおうか。
そう考えた矢先、リリの周囲の空気が変わった。
「あれ、リリだ。こんなことろでぬぼーっとして何してんの?」
「え……あ、アズ様。おはようございます」
条件反射的にペコリと頭を下げると、そこにいた人物も「これはどうもご丁寧に」などと言いつつ頭を下げてへらっと笑う。
アズライール・チェンバレット。
どことなくパパという言葉が似合う気がする自称リリの三歳年上は、今日も変わらずお気楽そうだ。外見は若そうに見えるけど、本当は何歳なのか分からない。下手をしたら神のように数億年単位で生きているかもしれないし、彼の自称する通りかもしれない。そんな人物だ。
彼が現れると周辺の空気が冷たくなる。陰と陽ならば限りなく陰に偏ったその気配は闇や極寒のように自然界にある畏れとどこか似ていて、殺気の類は欠片も感じられない。最初は恐ろしかったそれも、今のリリにはむしろ涼しい程度にしか感じなかった。
「今日は天気がいいねぇ……こんな天気がいい日は昼寝とかしたいんだけど、俺が昼寝すると何でか物珍しがって人が集まるんだよなぁ」
「アズ様は何かと目立ちますからね……くすっ」
「というか、何故に様付け?」
「年上でしょう?」
「そうだけど」
「なら様付けです」
「そういうもんか……?」
何やら釈然としない模様だったが、深く考えるのは苦手なのか直ぐに「ならいいや」と笑った。体は大きいのにこういう時はちょっと子供っぽくてキュートだ。
「ま、それはそれとして。暇ならちょっとダンジョン行かない?知り合いの神にファミリアが出来てさぁ、今から訓練なんだよね」
「新人さんですか……ぶっちゃけどうでもいいんですけど、ヒマですしいいですよ」
「あっはっはっはっは、正直だねぇ!ま、護衛は俺がするから気軽にいこうか」
どこか毒のあるリリの物言いを快活に笑い飛ばした彼は、案内するように手を引く。
大きくて暖かな掌。この手がリリが無気力になる切っ掛けだと思うと少々複雑だが、彼は当然人の気など知りもしないだろう。
彼も本質的には自分勝手なのだ。自分の命も省みずにダンジョンにも行くし、お金の使い道も極めて適当。商売もどきをしてる癖に利益は簡単にマリネッタへ放り出す。それが貧乏人にとってどれほど妬ましい行為なのかも、どうせ深く考えてはいない。
しかしそうだと分かっても、リリは何故かこの男の事を意識してしまう。
「あの……一ついいですか?」
「ん?何かなー?」
「なんで狼族の姿をしてる後ろ姿でリリだって判別できたんですか?」
「ああ、そんな事……そういうのは雰囲気で大体分かるかな。それにホラ、俺のあげたチェーン腕に付けてるし」
「………アズ様はいけない人です」
「え、何故に!?」
アズはリリをあっさりすくい上げてくれる。例えそれが大勢の気まぐれで拾われた人々の一つだったとしても……アズだけはリリをリリだと気付いて声をかけてくれる。
ただそれだけの事実が、リリの心臓の鼓動を高鳴らせた。
= =
人には得手不得手という物がある。
それが証拠にオーネストは世渡りと人付き合いが壊滅的だし、告死天使と呼ばれる俺にもイロイロと苦手な事はある。主に、剣術とか。
「………ていっ」
支給品の剣を使って、魔物を真っ向唐竹割にしてみる。グギャアッ!と悲鳴を上げた魔物は中途半端に頭が割れて苦しんでいる。余りに剣の振り方がへっぴり腰だったせいか上手く倒せなかったようだ。これ以上苦しませるのも酷かと思い、剣をしまって軽く手にスナップを効かせて振る。
「それっ、っと」
袖から弾丸のような速度で射出された鎖が、魔物を粉々に打ち砕いた。
横でその光景を見ていたベルは呆然とし、リリは固まり、そしてベル指南役を任命されたガウルは頭を抱えた。
「えー………以上が冒険者の間違った戦闘方法だ。決して真似しないように」
「逆に質問ですけど、ガウル様は真似できますか?」
「言い方を変えよう。出来ないことをしようとするな……人間には限界がある」
「え……っと、それだとアズさんが人間の限界を突破していることに……?」
「何だ、知らなかったのかベル?アズは神にすら人間だと思われていないんだぞ?」
(悲しいかな否定できない……)
少なくとも親しい神以外からは割とそう考えられているきらいがある。親友ロキやヘスヘス辺りは普通に接してくれるけど、人伝に聞いた話だとフレイヤなんか俺の事を苦手に思ってるらしい。言われてみればあんまり話をしたことがないが……オーネストには「あのクソアマ避けになるなら大変喜ばしい」と満面の笑みで言われてしまった。
……ありゃ相当怒らせたんだな。フレイヤ当人は全く懲りてないって話だけど、あそこまで攻撃的な笑顔を見せるなんてよっぽど嫌われているとしか思えない。それが証拠にオッタルの耳をもぎもぎしちゃったらしいし。
「まぁ、何だ。戦い方講座として暇そうなアズを連れてきたが、こりゃ失敗だったかなぁ」
「そうですねぇ……アズ様の戦い方は高レベル冒険者の皆さまとは違った方向で異常みたいです」
ヒマしてたのでついでに付き合ってもらってるリリの解説に、うんうん頷くガウル。確かに、俺以外でこんな戦闘スタイルの奴見たことねぇ。大抵は剣、杖、槍、ハンマー、後は体術とか魔術で戦うのが冒険者なのだが、俺のは鎖だ。そして普通、鎖を振り回して魔物と戦っても威力が足りなくて勝てない。俺の鎖がおかしいのだ。
「というかアズ様、その鎖どっから出してるんですか?」
「どっからでも出るよ?」
「えっと………その鎖、何なんですか?」
「まるで実体があるような鎖……って、オーネストが言ってた」
「やだ、質問したら疑問が増えていく……」
リリが顔を抑えて呻くなか、ガウルは壁からバキバキ音を立てて出てきた新たな的を確認し、今度はベルの背中を押す。相手はゴブリン、遅れは取るまい。
「うし、一丁戦ってみな。もしダメなら俺かアズが助けるから」
「は、はいッ!ううう、初魔物との戦闘かぁ、緊張するなぁ……」
初めて法廷に立った新人弁護士みたいな引き攣った顔で前に出るベル。しかし、言葉とは裏腹にその身体は既に魔物と戦うための構えを取っている。身体は若干震えているが、アズ以上の剣術の心得があるらしい。
「情ケ無用!戦闘開始ッ!!」
「やぁぁぁぁぁッ!」
ベルのナイフがヒュッと空気を切り裂き、魔物の肩を切り裂く。だが、傷が浅いためか相手は怯まず、ベルに棍棒を振るう。
「ブギャアアアッ!!」
「うわわわ!?……っとと!」
多少大げさに体をのけぞらせたせいでバランスを崩しながらもなんとか構え直すベルに、俺は感心する。
「お、反応速度はまぁまぁだな……」
「ああ、そのようだ。ベルは耐久でなく速度で戦うタイプが向いてるかな。体も小柄だし、無難な選択だ」
ゴブリンの攻撃だって喰らう奴は喰らう。そこから相手の動きやタイミングを覚える前に撲殺される冒険者も皆無ではない。そんな中でベルは初見の攻撃を危なげながら回避できた、ということは反射神経はそれなりに優れている。
避けられる冒険者と、防いで戦う冒険者。魔法を用いない接近戦冒険者は大別してこの二つに分けられる。理想としては回避しつつも避けきれない攻撃は防げるという万能型が望ましいが、生憎とそれが出来れば苦労はしない。よって最初の内は避けるか防ぐかのどちらかに特化させた方がいい。
なお、俺はその辺の過程をぶっとばしてオーネストと地獄の強行軍コースで鍛えられたので、今のは全部本に書いてあった知識である。
「ちなみにアズ様はどちらで?」
「うーん、どっちでもないかなぁ……何せ戦いの師匠がオーネストだし。俺、事実上教わったのは最低限の体捌きと『近付かれる前に殺せば何の問題もなかろう』の一言だもん。それが出来たら苦労せんわ……」
「凄まじいまでの無理難題ですね……リリには出来ません」
「ま、必死であいつの背中追いかけてたら出来るようになったけど」
「凄まじいまでの順応能力ですね……リリには出来ません」
リリの目線が同情からドン引きに変わる瞬間が垣間見えたのは俺の気のせいだろうか。
「ほれ、咆哮でビビってたら付け入る隙を与えるぞ!目を逸らさず、狙いを定めろ!そうだな……魔石狙いはハードルが高いし、まずは棍棒を持つ手を切り裂いてみろ!」
「は、はいぃッ!!」
ゴブリン相手に悪戦苦闘しながらもガウルの指示で戦うベルを見ながら、俺は何だかもどかしい感情に駆られていた。俺ならあの程度瞬殺だし、オーネストなら蹴っただけで即死に持って行ける。そんな簡単な戦いに、素人はあそこまで手間取るものだったのか。
戦闘狂ではない筈だが、あれだけ刺激的な戦いばかりしていると価値観が変化してくるのだな、と一人内心でごちる。知らず知らずのうち、俺も強者の驕りを抱えていたのかもしれない。戦いで得られる生への実感……もっと深く追求するのもまた一興。
「俺ももう少し自分を追い込んでみるか……オーネストと一緒だと苦戦とは無縁だからなぁ」
「ちょっ……止めてくださいよアズ様!もし怪我したらマリは絶対泣きますよ?死んだらそれこそ目も当てられない……出来る事を出来るだけやればいいんですっ!」
「え?ああ………ま、それもそうか。命を賭ける時なんて、馬鹿な友達を救う時くらいで十分だよな」
リリに言われてふとあのお金大好きマリネッタの笑顔を思い出す。小遣い目当てで愛想を振りまくマセた子供だが、結構優しいから俺みたいな屑が死んでも涙は流してくれるだろう。俺に明日は必要ないが、彼女には明日が必要だ。そして明日を迎えるために必要な金は俺が持って来る。
うーむ、世の中上手く回っているものだ。なんかリリが「本当はダンジョンになんか行かないで……」とか呟いている気がするが、よく聞こえないので気にしないことにした。
「……おお、ベル君が漸くゴブリンを倒したようだな。肩で息しているが大丈夫か?」
「初の魔物狩りなんてあんな物だと思いますよ?リリなんか未だに魔物との戦いは苦手ですし」
(………ところでガウルさん、リリとアズさんってどういう関係なんですか?)
(うん……実は俺も知らん)
(エエエエエエエッ!?同じファミリアなのに知らないってぇ!?)
リリが大暴走した頃はダンジョンに籠っていたため、未だにその辺の珍事を耳にしていないガウルであった。
= =
「そもそも――ゴースト・ファミリアってのは根本的にファミリアとして成立してない。あくまで周囲が勝手に付けた俗称が定着しただけ。基本的には俺達は別々に行動してるんだよ」
昼食時、メリージアの用意してくれた弁当を食べながらガウルはぼやいた。
ちなみにリリ以外全員が弁当を持っていたが、元々小食だったアズがリリと弁当を半分こすることで食い逸れ問題を解決している。二人は肩を寄せ合っているが、アズの肩とリリの目線あたりがほぼ同じ高さなので高低差が凄い。
「ファミリアとして成立してないって……えっと、つまりどういうことですか?」
「いいか、ベル?そもそも神の眷属と書いてファミリアと読むんだ。当然、眷属は一つの神の下に仕えている形になる。ところがウチの連中は………俺はメジェド様に、浄蓮はオシラガミ様にと、既に主神が存在しているんだよ。というかそもそもオーネストには主神がいないから、俺達は立場的には何の繋がりもないんだ」
「簡単に言うと単なる友達であって、別に家族同然の繋がりはないってことかな。行動指針もないし、本当に暇な人がつるんでるだけなんだ、俺達は」
「リリは又聞きした話でしか知りませんが、何でもオーネスト様が『やらかす』とどこからともなく人が集まってオーネスト様をフォローしたり助けたりしている姿から、実体がないのに協力し合う集団……ゴースト・ファミリアと呼ばれるようになったと聞いています」
「概ねその通りだよ、リリちゃん。実際俺達に纏まりらしいものが出来たのってアズやメリージアが来た頃からだし」
「え、何それ初耳なんですけど……」
話を聞いてたベルよりも衝撃を受けて目を見開くアズに「自覚なしかい……」とガウルはぼやく。
本来、ファミリア同士は競い合う傾向が強い。別のジャンル……代表的な例として冒険ファミリアと鍛冶ファミリアは協力関係になることも多いが、同じジャンル同士のファミリアは多くの場合敵対関係になる。これは友人関係や恋愛関係にも当然に反映され、過去幾度となく諍いの種になってきた。
だからか、昔ゴースト・ファミリアと呼ばれた人々は基本的に「オーネストを手助けする」という共通目標を除いてバラバラに行動していた。手を貸すこともあるが、それは効率を求めるだけであって、慣れあう事で余計なトラブルを避ける狙いがあった。
が、アズの登場によって状況は大きく変わった。
「具体的にどれくらい……?」
「そうだな……今のオーネストがツン9割デレ1割だとすると、アズが来る前はヤンデル成分10割かな」
「タダの病んだ人じゃないですかッ!!いや確かに神様から聞いた話だと大分イッちゃってましたけど!!」
「たった1割デレが追加されただけで超眷属派閥を形成するとは……恐るべしオーネスト様です」
「俺からしたらアズの方がおかしい。何であの狂犬みたいな野郎と会ったその日から仲良しなんだよ?天変地異の前触れかと思ったぞ」
「えー。あいつ結構お茶目じゃん」
「だからその茶目っ気を出し始めたのがお前が来てからなんだよっ!」
そういう所も含めてアズライールという男は衝撃的かつ電撃的だった。
経歴不明、所属不明、年齢不明、意味不明。その癖して戦闘能力は驚異的の一言に尽きた。鎖を用いた遠近中隙のない立ち回りに加え、『死望忌願』という神ですら畏れをなす化物を体の中に飼っている事実。そして、彼の登場を皮切りにオーネストが少しずつ軟化していったことは、まさに青天の霹靂だった。
そんなこんなで二人はコンビを組み、一緒に暮らしだし、間もなくしてメリージアが屋敷に常駐するようになっていよいよゴースト・ファミリアは表だって話をする機会が増えて行った。
「ま、そういう訳だから。広義ではリリちゃんとベルもゴースト・ファミリアに属するのかもしれん。ゴースト・ファミリアってのはそういう不確定的で目に見えない大きな枠なのさ。だからこそ、内部の人付き合いもバラつきがあるし、誰がゴースト・ファミリアなのかを厳密に把握している人間はいないよ」
「なんか………オーネストさんって色々とスケールの大きい人ですね」
「いやぁ、あいつの起こしてきた事件簿に目を通したらそのスケールが更に大きくなると思うぞ?何せ生粋の問題児だからな」
「お前の言えたことか、アズ。お前なんぞ存在そのものが問題だっつぅの」
「まーまー俺とオーネストの話はこの辺にして!そろそろベル君の話に移ろうじゃない?」
「……それもそうか。ベル、まずは一通り動きを見て俺の感じた感想を言うぞ。まずは――」
この中で最も経験が豊富なガウルの助言、サポーターならではの視点で見えるリリの補足、アズのフォローとベルのリアクションが噛みあって4人の話は弾んだ。
そんな彼等から少し離れた席で――
「ふぅん。オーネストの事を探ってる連中、ねぇ。そんなに気になる事かしらね?」
「ええ、気になりますねぇ……『生前の』彼――ああ、襲撃者の事ですが、それを調べてみたらアラ不思議。手刀で人体を貫ける癖して『神の恩恵』がないのですよ。しかし、それ以外は魔物でもない純然たる人間……他にも不審点はイロイロと。ふふっ……」
「ははぁん、要はソイツを嗾けた何者かの存在を気にしてるワケね……知的好奇心がソソられるわ」
「えぇ、実に興味深い。昨今態々オラリオの火薬庫と呼ばれるオーネスト様にちょっかいをかけることに何のメリットがあるのか……いや、本当はそちらはついでです。本当は神聖なるギャンブルの場に来ておいて『保険』などという舐め腐った真似をしてくれた下郎が甚だ気に喰わないのですよ」
「プライドとかない癖にそういう所には拘るの、嫌いじゃなくてよ?……オーケイ、暫くあたしなりに探ってア・ゲ・ル♪」
「ふふっ、報告に期待しています。期待していますが……報酬代わりにわたくしの身体を要求しても却下しますからね?万年発情変態生物さん」
「うっさいわねぇ。一晩くらいいいじゃないケチ!減るモンでもないでしょ?ねね、絶対気持ち良くするから一晩お願い♪」
「残念ながらわたくしを興奮させられるのはギャンブルだけですので」
「んもうっ!身持ち硬いのか枯れてんのか知らないけどさぁ~……ね?」
「ね?じゃありません。貴方の提案には未来永劫興が乗らないので却下です」
「けちんぼ。腹いせにこの店の食材全部平らげて代金払わせてやる!」
「では、それが今回の報酬という事で」
「ムキー!!」
この日、二人の『ゴースト・ファミリア』が勝手に動き出していた。
彼らの行動が物語に響きはじめるのは、それからずっと後の事となる。
後書き
ちなみにガウルの密かな悩みは、たまにロキ・ファミリアにいるラウルという冒険者と名前を間違えられることだったりします。奇しくもレベルが同じで年齢的にも近いです。
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