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されど咎人は焔と遊ぶ

作者:久遠夜月
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02 謎の女




 東部内乱、イシュバールの戦争。
 国家錬金術師たちはその手をその術を血に染めて。
 多くの悲劇をもってしてまで、この国は一体何を得たというのだろう。



 東方司令部、執務室。
 傷の男(スカー)がイシュバールの民の生き残りだという事実が発覚し、焔の錬金術師は敢えて感情を排した低い声で告げた。

 あの男の復讐には、正当性がある。

 部屋の隅で聞いていたレイは当時の惨状を思い出し、まぁ確かにそう言えなくもないけどさぁ、と内心でぼやいた。
 錬金術を嫌ったあの民族は、武器と言えば刃物に銃器爆薬、そんなものしか持ち得なかった。
 戦略だの戦術だのを捻り出す将校も兵士として戦場を駆ける武僧の数も、国軍に比べて圧倒的に少なかった。
 そんな絶望的状況であってさえ、信仰と民族のため、女子供でさえ銃器を手に彼らは良く戦った。

 しかしそれも、大総統の命令ひとつであっという間に覆される。
 国家錬金術師(人間兵器)の戦場への投入。
 殲滅戦。その言葉が示す通り、一人残らず殺し尽くせとの命令。

 結果、戦場は――― 一方的な虐殺の場へと変わった。

 そして無残な戦は一方で英雄を生み、一方で復讐を誓う男を生んだ。
 あの戦場で自身もまた敵味方双方から悪魔と呼ばれた国家錬金術師としてのレイは、目の前で強く瞳を閉ざした男の言葉に同意はしないけれど反論する気にもなれなかった。

 けれど、ただの一個人としてのレイは。

(全てを知っていながら、あの惨劇の戦場に立っていながらこの咒式を奮っておきながら、それでも)

(生きて生きて、いつか必ず幸せに)

(我儘に、傲慢に、いっそ愚かなほどに)

 言葉に出さずとも、いつだって願うのは祈るのはロイを始め愛する者たちの幸福な未来だ。
 罪も痛みも投げ出さずにけれど潰されもせずに、自らの足で立ちあがった者たちの、光に満ちた。

 それを邪魔するというのなら、どんな正論も正義も潰して見せる。
 元々真っ当な性格なんてしていない。身内贔屓のいっそ冷徹な排他思考はとっくに自覚済みだ。
 酷く歪んだ思いを自覚して、レイは彼らそれぞれの言葉を聞きながら、僅かに自嘲の笑みを口の端に浮かべた。



「さて! 辛気臭ぇ話は終わりだ」

 ピンと張りつめた空気はヒューズの一言であっさり砕けた。
 これからどうする、という問いに故郷の整備士の元へ向かうと返したエドワード。 錬金術の使えない兄弟には国家錬金術師連続殺人犯・傷の男(スカー)が未だ捕まらぬ今、ここから離れるのなら護衛が必要になるのだが。

 ロイはこの東方司令部の実質的な司令官、ホークアイはその副官。
 ヒューズは明日にでも中央へ帰らねばならず、ハボックやブレダ達には傷の男(スカー)の相手は荷が重い。
 単純な消去法で残りはアームストロング少佐とレイ、なのだが。

「そういえばレイ、お前何しに来たんだ?」
「酷!久々に会ったってのにロイってば酷い!」
「やかましい!1ヶ月とか言っていたのに4ヶ月も音信不通だったのは誰だ!」
「あーそれはちょっと色々ありまして…それなりに成果もあったよ、これ報告書」

 至極軽いノリでぽん、とロイに手渡された報告書は厚さ4、5センチはあろうかという書類の束だった。受け取ったロイは無言で上の数枚だけ手に残して後は乱雑に机に放り出す。
 そのままぺらぺらとその数枚だけに目を通し、あっさりサインを入れてファイリングし棚に仕舞い、机に投げ出していた分厚い書類はサインどころかさらっと目を通しただけで処理済みの箱へまとめて放り込んだ。

「…テログループの末端の捕縛か。追加事項は今夜あたりにでも聞かせてもらおう」
「了解です、サー。つーかそれ末端だけど実は頭っていうベタなオチだから。2~3日後にはそいつこっちに届くからみっちり尋問してやって、ネタは後で教えとく。後日談シミュレートもね」

 報告書を上官に提出、というには随分乱暴なやりとり。
 まるでなにかのついでの瑣末事のようなそれを見るとはなしに眺めていたエドワードは、少々どころか腑に落ちない。

(俺が報告書出すときとでっかい差じゃねーかクソ大佐)

 エドワードがロイに報告書を手渡す時は、何だかんだ言いつつちゃんと最後まで目を通し、その上で必要だと判断されれば訂正や追加項目などの修正を課せられる。
 それは兄弟が関わった事件などにもよるが、軍のある程度上層部までその報告書が回されるからだ。
 事が大きければヒューズの勤める軍法会議所よりもっと上まで記録として上げられることもある。上の者たちがどの程度きちんと目を通すのかは判らないが、ロイがエルリック兄弟の後見人であり、尚且つエドワードを国家錬金術師に推薦したのがロイである以上、エドワードの評価はそのままロイの評価にも繋がるのだ。
 ただでさえ20代の若さで大佐位などという異例の昇進を続けるロイを妬み恐れ、失脚を狙う狸共など上を向けばきりが無い。
 どんな些細なミスだろうと、それこそ重箱の隅をつつくようにして粗探しをしたがる輩に隙を見せるわけにはいかないロイは、サボり魔だの無能だのとは傍から言われるだけで、実際のところ仕事の手を抜くようなことはしない。

 そんなロイを知っているからこそ、怒りの前に違和感を覚えてしまったのだが。

「そりゃお前、そこは経験と実績の差だよ」
「っ!?」

 内心の悪態やら疑問やらをまるっと読まれた上に、いつの間にか気配も無く背後に移動していたヒューズの返答にエドワードは心底驚いた。
 あからさまにビクッと肩をはねさせて勢い良く振り返る。

「良い機会だ、一度読んでみるといい。レイのアレは参考にするにゃもってこいだ」

 ちったぁ報告書の“書き直し要再提出”が減るかもしれないぜ? とヒューズはニヤニヤ笑いながら言った。だがそのスクエア眼鏡の奥、金を塗した緑の瞳はちっとも笑っていない。

 読んで学習し実践せよ、出来ないとは言わせない、お前はロイが自ら認め推した国家錬金術師だろう。
 その信を裏切るな、足を引っぱるのならば容赦はしない。

 その視線にはいつもの飄々とした、あるいは柔らかな父性愛に満ちた温かみは欠片もない。
 共に地獄を見、修羅に身を(やつ)し、罪業の奥底からそれでも光を見据えて立ち上がった親友への底知れぬ深い信頼から来る、かつてここにいるロイの部下たちにも向けた事のある抜き身の刃物のような視線。

 それは彼らが東の砂漠の地で何を見、何を為し、何を思い、そうして何を目指すのか、未だその詳細を知らぬエドワードには僅かな畏怖すら抱かせるものではあったが、ある意味信頼されているという証でもある。

 『どうでもいい』と判断されたならばこんな眼は向けられない。
 厳しさはただ許されるだけの子供に向けるものとは違う、1人の個人として成長を促す期待を込めたそれだ。

「ああ、そうさせてもらう。………けど、その前に。 レイって、何者?」

 訝しげに黒髪の女を指差すエドワードに、おや、と目を向けたのはロイだった。

「鋼のには紹介していなかったかな?」
「…そういやそうか。よく皆から話は聞いてたから初対面って感じしなかったわ」
「ロイ、レイも…お前ら本当変なとこ抜けてんなぁ…」

暢気な会話に今にも噛みつきそうなエドワードを放って2人は肩を竦めてみせる。
そういう相手を逆撫でするような仕草は本当にそっくりだ、とヒューズは呆れたような苦笑を洩らした。


 
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