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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第十九話 風穴のジャコブ


「逃げられただと!? 見張りは一体何をやっていたんだ!」

 怒声が室内に響き渡った。

 マクシミリアンに逃げられた事を知ったド・フランドール伯は辺りに居た家人たちを散々罵倒して、一時は杖を抜きかねないほどだった。

「まぁまぁ、伯爵様、直接関係の無い彼らを責めても仕方の無い事でしょう。」

「そうですとも、まんまと逃がした連中はどうなったのですか?」

「それが……」

 報告に来た男は、不可解そうにしながらも、奇妙な色の灰しか残っていなかった事を告げた。

「……?」

「どういうことだ? 王子の杖は奪ったのだろう?」

「分かりません、ひょっとしたら見張っていた連中、逃げ出したのかも……」

「たしか、灰の中にフィリップの野郎の足がありました」

「それじゃ、王子は予備の杖を持っていたってのか?」

「おいおい、キミぃ、それを見逃したって事は、それじゃ責任問題になるぞ」

「責任問題だと!? お前、よくそんな事、俺に言えるな」

 たちまち言い争いが始まった。
 元々、自分が気に入らなければ腕力で解決してきたような、協調性の欠片も無い連中の集まりだ。
 ……烏合の衆と言ってよい。

(こんな奴らと運命を共にしなければならないとは!)

 ド・フランドール伯は、呆れつつもこの騒ぎを収めようとすると……

「いい加減にしろ!」

 と、聞いた事の無い声が室内に響きこの騒ぎを収めた。
 一喝した声の方を見ると、杖で机を叩きながら、鼻の長い、いかにも悪そうな男が不敵な笑みを浮かべていた。

「あの男、誰ですか?」

「風穴のジャコブっていう凄腕のメイジですよ。なんでも昔はトリステイン王国の騎士だったそうですが、上司を殺したついでに公金を奪って逃げ盗賊に身を落としたって、そういう触れ込みでした」

「そんな男が……」

「元騎士ですから、軍事にも明るいらしく独立が成った暁には、部隊を任せようっていう話を聞きましたよ」

 隣に居た、比較的まともそうな男が語った。

「おお! 風穴の旦那」

「この様な下らない事で仲間割れなどと、困りますな。もしよろしければ、王子捜索は、ワタクシにお任せいただけませんか?」

「風穴のジャコブなら大いに期待できるでしょう」

「私も賛成です」

 裏の重鎮たちは口々に、賛成を表明する。

「それでは、ジャコブ殿には王子捜索の任務に当たってもらう」

「了解した。なるべく穏便に済ませる為、努力します」

「頼みましたぞ」

「吉報をお待ち下さい」

 そう言って、ジャコブは部屋を出て行った。

 残された、重鎮たちは『彼ならば大丈夫だろう』と、異口同音に語り合う。ド・フランドール伯も、その一人だった。









                      ☆        ☆        ☆







 マクシミリアンは自身の杖を取り戻し、フランシーヌを伴って、多数の人質が居る大ホールを目指していた。

「この通路を行けば大ホールが一望できる場所へ行けます」

 フランシーヌに道案内を任せて二人は廊下を進む。
 先ほどのアブノーマルな雰囲気は消え去っていた。

 そして、マクシミリアンたちは大ホールを一望できる場所へと行き着いた。
 ここは、大ホールで演劇などを行う際に使う魔法の舞台装置を操作する場所で、数人の見張りが居たが、スリープクラウドで一網打尽にした。
 眠らせた見張りは、ロープでぐるぐる巻きにして部屋の隅に転がしておく。

「ここからなら、大ホールが一望できるのか?」

「はい、それと踏み込む場合は、隣に下へ降りる階段がございますので」

「フライで飛び降りればいいさ」

「そうですね」

 マクシミリアンとフランシーヌは、部屋についてある小窓から大ホールを覗き込むと、二十人ぐらいの武装したヤクザ者と五人のメイジ、少しは離れた所に十人近い貴族が縛られていた。

「よかった、セバスチャンと他の魔法衛士も居る」

 ひとまず無事を確認して胸を撫で下ろした。

「フランシーヌ。キミと僕のスリープクラウドで、あの連中全てを眠らせることは出来ると思うかい?」

「……そうですね。大ホール全体に散らばっているので、難しいのではないですか?」

「そうか……」

 無力化するのなら一網打尽に……しくじれば人質に被害が及ぶかもしれない。
 ……マクシミリアンは迷った。

「殿下、あれを……」

 フランシーヌが指差す方向を見ると、大ホールの隅の方で血まみれの貴族が二人倒れていた。

「あれは一体……何があったんだ?」

「私には分かりかねます……すみません」

「もしかしたら、見せしめかも」

 二人で血まみれの貴族について意見を出し合っていると。

「あれはですね……やれ開放しろ! だの、やれ不届き者! など散々、喚き散らしたものだから、リンチにされたんですよ」

 あらぬ方向から可愛らしい声がした瞬間、マクシミリアンは杖を抜いて戦闘状態に入った。

「ちょっとちょっと! 殿下、お待ち下さい」

 声の方向を見ると、メイドの少女が両手を上げて、無抵抗をアピールしていた。

「貴女、こんな所で何をしているの?」

「知り合いか?」

「わたし付きのメイドです。でも、こんな所で……何をやっていたの?」

 フランシーヌは責める様にメイドに言う。

「あはは、勘違いしないでいただきたいですね、ミス・フランドール。私ですよ、殿下」

 メイドはフランシーヌをあしらうと、悪びれもせず自分の鼻をグニグニを折り曲げた。

「その鼻。お前……クーペか?」

「正解です殿下♪」

 誰あろう、密偵頭のクーペだった。

「殿下のお知り合いですか?」

「直属の密偵頭クーペだ。彼? いや彼女か? ……とにかくコイツは変装の名人でね」

「……そうなのですか」

「ちなみに、この顔の少女は、ちょっと別室で眠っててもらってます。同じ顔の人間が二人もほっつき歩いていたら、色々面倒ですんでね」

「そうか……ともかく、お前が自ら動いたって事は、何かあったのか?」

「何かがあったも何も、殿下が捕まってしまってたじゃないですか。それで私自ら救出に動いたんですよ」

 自分の事などお構い無しの、マクシミリアンに流石のクーペも少々呆れ気味だ。

「それにしては、動くのはずいぶん早かったな、ひょっとしてド・フランドール伯のこと……何か掴んでいたのか?」

「いえね、私たち密偵団はアントワッペンの裏事業の連中を見張っていたんですが、まさか表のド・フランドール伯爵を使って堂々と、しかもこんな短いの準備期間で反乱を起こそうとは……いやいや、私も一本取られましたよ」

 ははは、と笑うクーペにマクシミリアンは違和感を感じた。

「ド・フランドール伯爵を使って……って、黒幕が他に居るのか?」

「ええ、居ますよ、大物が……もっとも、今では風前の灯ですが」

 クーペは、大商人アルデベルテが以前起こった騒動の事と、そのアルデベルテが裏家業の連中と連絡を取り合っていた事について説明した。

「それじゃ、この事件はアルデベルテっていう奴が、プロデュースしたって事か」

「左様でございます」

「この事をフランシーヌは……」

 マクシミリアンはフランシーヌに、この事について知っているか聞いてみようと思ったがが思いとどまった。
 フランシーヌは俯いていて表情こそ見えなかったが、明らかに怒りで震えていたからだ、

「コホン……この件の黒幕は分かった。話は変わるけど、人質の彼らはどうやって救出する?」

「密偵団が5人ほど屋敷を取り囲んでいて、突入のタイミングを計っています」

「5人か、少々心許無いな」

「何分、昨日の今日ですので……ですが、トリスタニアや周辺の貴族領には既に報告が届いている頃でしょうし、夜になれば密偵団が10人ほど、増援にやってくる事でしょう」

「潜んでいる密偵団員の練度は?」

「皆メイジですが、潜入や諜報といった事が専門ですので、荒事には向いていません」

「……そうか、余り無茶な事は出来ないな」

 ここは、大事を取って夜まで待とう……と、案を練っていると……

「それともう一つ、重大なことが有ります。現在、アントワッペン市内では市民による暴動が起こっています」

「なんだって!? 暴動って……何がどうなっているのさ?」

「市内の全ての門を閉鎖して、外部との連絡を絶とうとしたのでしょう」

「そ、そんな事をすれば、町中の商人は黙っていないでしょう!」

 フランシーヌが驚いたように声を上げた。

「……早い事、暴動を鎮圧しないと。クーペ、屋敷を囲っている密偵団員に暴徒鎮圧を命じてくれ」

「……彼ら、人質の事はよろしいのですか?」

「僕たちだけで人質救出に動いても、人員が少なすぎて手が回らず人質に被害が出るかもしれない。上手く立ち回れば良いんだろうが、そんな綱渡りみたいな……博打じみた事はできないよ」」

「……なるほど、状況が動かない人質救出よりも、早急な対処が必要な暴徒鎮圧を……」

「そんな所だ……それと、肝心な事を聞き忘れてたけど、団員はスリープクラウドとか魔法の道具とか使えるんだよね?」

「もちろんでございます」

 その後、マクシミリアンとクーペは、暴徒鎮圧について詰めの協議を行っている間、フランシーヌは大ホールを見張っていてもらっていると……

「あのっ、殿下、誰か来ます」

 と、フランシーヌが告げる。

「誰だ?」

「メイジみたいです」

 三人は小窓から覗き込むと、長い鼻のメイジが取り巻きと思われるメイジ数人と供に、警備の責任者と何やら話していた。

「まずいな、メイジの数が増えたぞ」

「いかがいたしましょう?」

「そうだな……」

 三人は小窓から離れ、マクシミリアンとフランシーヌが、増えたメイジたちについて思案を巡らせている、一方で、クーペは可愛いメイドの顔で難しそうな顔をしていた。

「どうしたクーペ」

「いえね、殿下。あの長鼻の男、多分ですが、風穴のジャコブっていう奴ですよ」

「かざあな? ああ、二つ名か」

「そうです、風穴の。あの男は以前トリステインの騎士だったそうですが……まあ、それと知れた悪党ですよ」

 クーペは、風穴のジャコブについて、上司殺しと公金横領等々を説明した。
 
「……そんな奴が居たのか」

「相手は腕利きです」

「う~ん……」

 マクシミリアンが小窓から、もう一度ジャコブを覗くと……

「あっ!?」

 突如、ジャコブは人質の貴族一人の頭を魔法で打ち抜いた!

「キャアアアア!」

「な、なんで?」

 人質たちの悲鳴が大ホールに響いた。

「王子! マクシミリアン王子! 聞こえるか!」

「あいつ……なんて事を!」

「そこから大ホールを見ているのは分かっている! 人質を殺されたくなくば速やかに出て来い! 王子一人が身代わりになればここに居る人質全員を解放すると約束しよう! ……しかし!」

 ジャコブは、もう一人の人質を魔法で打ち抜いた。
 再び、悲鳴が大ホールに響く。

「下手に、時間を稼ごうとすれば人質を一人ずつ殺していこう! 時間は無いぞ! 決断しろ!」

 ジャコブは、三度人質を殺そうと杖を少女に向けた。

「く……待て!」

 マクシミリアンは思わず声を上げた。

「すぐにそこへ行く! だから、その娘は殺すな!」

 マクシミリアンは控えている二人に目を向けた。
 だが、クーペは不満そうだった。

「殿下、言っては何ですが。たかが一貴族の命と王家の……しかも、王位継承権1位の命では重さが違うでしょう」

 クーペは苦言を呈したが、マクシミリアンは取り合わなかった。

「緊急事態だ。……後は頼む」

 一方的にそう告げて、マクシミリアンは部屋を出た。


 
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