水の国の王は転生者
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十六話 王子誘拐
「んん?」
眠らされたマクシミリアンが、目を覚ましたのは空が白みがかる頃だった。
「お目覚めの様ですね……殿下」
声のした方向を見ると、ド・フランドール伯が、にやにやと下卑た顔で笑っていた。
さらに辺りを見渡すと、窓も何も無い小さな部屋に運ばれたようだった。
動こうとするが、ロープでがっちりと縛られていて動けない。
「ド・フランドール伯。これはいったい何の真似か」
「何の真似かと申されますと、マクシミリアン殿下、貴方はやり過ぎたのですよ」
「やりすぎた? ……何をだ」
「お気づきになられないとは……ならば、お教えいたしましょう。マクシミリアン殿下、貴方が行った改革は多くの友人を路頭に迷わせる事になってしまったのです」
ド・フランドール伯はチラリと後ろに控える男に目を向けた。
マクシミリアンは知らないが、この男はアルデベルテ商会の番頭だ。
(それって、逆恨みじゃないのか?)
マクシミリアンはゲンナリした顔でため息をついた。
「……はぁ、僕を捕まえて何をしようって言うのさ」
「殿下は、しばらくの間、アントワッペンに住んで頂きます」
「人質……って訳か。その後はどうするんだい? ガリアかアルビオンに鞍替えするつもりなのかい?」
ド・フランドール伯の領地が、大都市アントワッペンがそっくりそのままガリア領、もしくはアルビオン領になったら、経済的にも国防的にも大打撃だ。
「鞍替え? ははっ、とんでもない……」
「それじゃ、目的は何なんだ?」
「殿下には関係の無い事です。おい、しっかりと見張っているんだ。間違って傷つけないように」
ド・フランドール伯は、人相の悪い男数人に命じると部屋から出て行った。
☆ ☆ ☆
ド・フランドール伯が去った後、人相の悪い連中と取り残されたマクシミリアンは脱出方法について思案を巡らせていた。
狭い部屋の中で後ろ手に縛られ、床に転がされた状態のマクシミリアンを、人相の悪い男たちはニヤニヤと見ている。
「天才と謳われたマクシミリアン殿下が、今では俺たちみたいなロクデナシの虜囚に落ちるとは、人生ってのは何が起こるか分かりませんなぁ? そうは思いませんか? 殿下?」
「……」
「へへへ……怯えてるんですか? 殿下?」
「……」
この男たちは、どうやら平民らしく、手に持った前装式のピストルを、抵抗できないマクシミリアンにチラつかせて、強者の感覚に酔っている様だった。
(杖も何処かに持って行かれたみたいだし、どうやって、外部と連絡を取ろう……)
と、脱出方法を考えていると、一つ、忘れていた事を思い出した。
「そうだ、キミたち。護衛の魔法衛士が二人居たはずだが、彼らもこの屋敷の何処かに捕まっているのかい?」
と、刺激しないように、やんわりと聞いた。
「ガッハハハハ! やっぱり温室育ちの王子サマは一人じゃ何も出来ないみたいだなぁ~!」
(コイツは一体何なんだ)
執拗に絡んでくる男たちに辟易するマクシミリアン。
しかし、魔法衛士たちに安否が分からない為、何とかして聞き出そうと不本意ながらも、自慢の演技で聞き出そうと試みた。
「ううっ、ぐすっ」
「あーあー、泣かすなよ、後でどやされるぞ」
「うるせぇな、傷を付けるとは言ったが、泣かすなとは言ってねぇだろ!」
「ううっ、怖いよう怖いよう、誰か助けに来て……」
ちょっと、子供っぽかったかな? と、思いつつも人間の加虐心に訴えかける様な演技に男たちは見事に引っかかった。
「ひひひ、王子サマ、残念だが助けは来ないぜ。アンタを守る魔法衛士はみんなヴァルハラへ旅立ったからな」
「ええっ!?」
「そうさ、誰も助けに来ないからな。せいぜい大人しくしてるんだな」
「うう、そんな……」
演技をしながらも、マクシミリアンの腹の中は怒りと殺意でで真っ黒だった。
(よくも、優秀な人材を……)
激情のまま、目の前の男たちを殺そうとしたが、何とか思いとどまった。
(こいつらはいつでも殺せる。今は状況の整理をしないと……)
マクシミリアンは心に決める。
……しばらくして、人相の悪い連中は退屈したのか、色々とぼやき始めた。
「他の平民連中は、口を開けば、王子様王子様と……飼い慣らされやがって」
「こっちは王子サマのおかげで商売上がったりだぜ。糞が」
どうやら、アンダーグランドの連中もマクシミリアンの改革で被害を被った様だ。
(そういえば、クーペの密偵団にマフィア等の反社会的勢力の監視と排除を指示してたっけ)
マクシミリアンは、この誘拐事件の背後関係がおぼろげながら見えてきた気がした。
(オレの改革で職を奪われたり被害を受けたり。と、そういった連中が一発逆転の賭けて誘拐したって言うのか?)
しかし、別の疑問も浮かぶ。
(それじゃ、何でド・フランドール伯はこの誘拐事件に関わったんだろう? アントワッペン市が潤えば領主のド・フランドール伯も、その恩恵に与れるはず……)
色々と仮説が思い浮かんだが、直接聞いてみないことには何も分からない。
(直接、聞いてみるしかないな……)
そう、決意して実行する事にした。
まずマクシミリアンは最後通牒のつもりで、男たちをこちら側に引き込むことにした。
「キミたち」
「ああ?」
「何だよ王子サマ」
「キミたち。今、僕を開放すれば、キミたち二人は不問にしよう。
「何? なに言ってんだ? コイツ」
「ついに、恐怖で頭がおかしくなったか?」
「最後通牒だ。この要求が受け入れられない場合、非常手段を持ってキミたちを排除しよう」
「杖の無いメイジに何が出来るっていうんだ」
「王子サマよ。この銃が見えないのか?」
「要求は受け入れられないと?」
「当たり前だろ?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
「……残念だ」
瞬間、マクシミリアンの目が光った!
「おおおおぅ!?」
最初に、ピストルを手に持っている男を狙う。
哀れ、男は足首から下を残し、紫色の灰になった。
「ま、魔法!? 何で???」
「キミで終わりだ」
「糞があああああああ!」
もう一人の男は、腰に挿したピストルを取ろうと腰に手をかけたがそこまでだった。
二つの光線を胸に受けた男は、この世のものとは思えない悲鳴を上げながら灰になった。
久々に破壊光線を放ったマクシミリアンの顔は青くなっていた。
「うっ……に、人間の死に方じゃない」
破壊光線を人間に放つのは初めてだったマクシミリアン。
そして、人を殺めるのも初めてだった。
嘔吐感を堪えながら、部屋の中を見渡すとロープが切れそうな包丁を見つけた。
「今更、人を殺したからって、何を吐きそうになってるんだ。今まで何人も間接的に殺してるだろうに……」
と、包丁をロープを切りながら、マクシミリアンは呟いた。
今までも、そしてこれからも、王家として為政者として、間接的に殺すであろう人々の数は星の数に上るかもしれない。
殺すのが嫌だ。と言って、歩みを止めてしまったら、責任を放棄してしまったら、更に多くの人々を死なせる事になるだろう。
(引いても、止まっても、進んでも、間接的に人々を殺し続ける。人を殺さないやり方なんて無い。ならば……)
そう、ならば。
『ならば進もう。死んでいった人々を背負ってトリステインを強くしよう……』
そう、心に決めマクシミリアンは部屋から出て行った。
「あ、待てよ?」
マクシミリアンは部屋に引き返すと、男たちが持っていた二丁のピストルと包丁一つを持って帰ってきた。
「……あんまり、急進的なのも考え物かもね」
そう、ひとりごちた。
ページ上へ戻る