水の国の王は転生者
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第十四話 新宮殿の主
カトレアの病を治った事で、マクシミリアンとカトレアの婚約は正式に発表された。
多くの貴族たちはこの発表に対し祝福の言葉を送ったが、一部の貴族の中に内心、舌打ちを打った者が居たのも事実だ。
カトレアは次期王妃として、宮廷での礼儀作法の勉強の為、中々会う事が出来なくなった。
二人は、『お互い立派になって、また再会しよう』と、誓い合ってそれぞれの生活に戻った。
マクシミリアン12歳。優秀であれば多少性格に問題があろうが、脛に傷があろうがお構い無しに登用を繰り返した結果、マクシミリアンの家臣団は50人以上もの規模に膨れ上がった。
その結果、家臣用の住居に事欠く様になり、このままではいけないと、父王に許可を取って、トリスタニア市内にある、とある廃れた宮殿を家臣団の新しい住居とし、マクシミリアン自身も王宮からこの宮殿に移り住み、政務を行う様になった。
この廃れた宮殿はかつて栄華を誇ったエスターシュ大公の宮殿で市民たちからは『新宮殿』と、呼ばれていたが大公が失脚した後は十数年間、空き家のままだった。
十数年もほったらかしにされた為、宮殿内の至る所でガラス戸などが数枚を残してほとんど盗難にあっていた。ちなみに調度品の類は大公失脚後、すべて王家に没収された。
(立地条件も良いし、どうして、こんな廃墟になるまで放って置かれたんだろうか?)
と、この疑問をミランに言ってみると、エスターシュは母マリアンヌから激しく嫌われていて、他の貴族たちはマリアンヌの不興を買いたくなかった為に、この宮殿に手を付けなかったようだ。
優秀であれば多少の問題も構わない……そんなマクシミリアンがエスターシュを放っておくはずが無い。
飛び切り優秀だったが、野心家かつ陰謀家、しかもみんなの嫌われ者のエスターシュを登用すべく、それとなく活動を開始したが、、先代フィリップ3世の王命で一生謹慎処分のエスターシュを登用すれば、妙な問題を抱え込んで逆にピンチになりかねない。
メリットよりもデメリットの方が、はるかに高かったし、家臣団からも中止の換言があったため、仕方なくエスターシュ再登用は当分先送りという事になった。
マクシミリアンは、この件で家臣団の一部から人材コレクターと、揶揄される様になった。
☆ ☆ ☆
新宮殿に移り住んで数ヶ月。
廃墟同然だった新宮殿は、補修工事を施し今ではすっかり、かつての輝きを取り戻した。
新宮殿は四階建ての王宮と見間違えるような大きな屋敷で、最上階をマクシミリアンの部屋として使用し、下の階のそれぞれの部屋を会議室や執務室、貴人用の客室など様々な用途に割り振った。
広大な土地を誇る新宮殿は、別邸と呼ばれる屋敷が無数に有り、それらの屋敷を家臣団の住居用に開放した。
それでも、土地が余っていたため、マクシミリアンは余った土地の半分を王宮に返還し、新宮殿内にある庭園の幾つかをトリスタニア市民に無料で開放して、市民の憩いの場を提供した。
次に、新宮殿地下の事について。
新宮殿の暗部ともいえる地下牢や秘密の通路はマクシミリアンの命で徹底的に掃除され、十数年間、しぶとく生き続けたモンスターたちは駆逐された。
こうしてマクシミリアンたちによって、地下施設は再利用される事になった。
地下通路はクーペの密偵団の行き来し、トリスタニア全体をカバーする諜報網を敷くことができるようになった。
新宮殿、2階の大会議室にて……
現在、大会議室ではマクシミリアンを含めた家臣団が、北部開発の現段階での報告と、これからの方針を話し合っていた。
「北部開発、開始から現在までの達成率は約40%です」
進行役のミランがこれまでの進行状況を報告した。
「道路、農場の整備は完了。残るは、沿岸部、河川部の整備……か。むしろここからが本番だな」
マクシミリアンが資料を見ながら呟いた。
「具体的には堤防とダム建設が主流になるでしょう」
文官の一人がマクシミリアンの問いに答えた。
「それでは、沿岸部、低地地帯の干拓計画はどうなっている?」
「干拓堤防と水門の建設を予定しています。北西部沿岸のみの計画ですと完成までおよそ5年を予定しております。が、トリステイン王国の全ての沿岸部を干拓いたしますと、完成まで10年以上は掛かると思われます」
「ひょっとしたら建国以来の大プロジェクトになるかも知れないな……ともかく、予算のほうは心配ないから、しっかりやってくれ」
「ははっ」
「分かりましたっ」
文官らがマクシミリアンの激励に答えた。
「続きまして、次の案件は……」
その後も、会議は滞りなく進み、ヴァール川河口に建設中の新都市計画に議題が移った。
「殿下、現在建設中の新都市についてですが……」
都市建設担当の文官が計画書を読み上げる。
新都市は主に重工業を中心に発展させる予定である事。
製鉄所など建設し冶金技術の向上に力を入れる事。
大規模な造船所を建設し、空海軍増強の体勢を整える事。
基本的にフネはガリア両用艦隊のように水上でも航行出来るように設計する事。
……などと、他にもいろいろあったが、掻い摘んで言うと、将来的に、この新都市から工業化をトリステイン中に伝播させる予定だ。
説明が終わると、一人の文官が発言を求め、ミランはこれを承諾した。
「マクシミリアン殿下に、ご質問がございます。先ほど新都市計画にございました、製鉄所建設の件でございますが、殿下は、平民らに鉄を作らせる事が目的なのでございましょうか?」
「その通り、平民でも鉄や鋼が作る事が出来ようにするのが僕の目的だ」
「お言葉ですが、平民に任せずとも錬金の魔法で鉄や鋼はいくらでも作り出せるのではないでしょうか?」
と、文官が言う。
「言われてみれば、その通りかも」
「平民に任せずとも我々だけで十分では?」
ざわざわと、比較的静かだった大会議室はにわかに熱を帯び始めた。
「みんな聞いて欲しい。魔法を確かに便利だ、けど魔法によって出来る鉄や鋼は個々人の能力によって品質はバラバラだ、それでは工業化は成り立たない」
魔法は便利だが、工業化を成すには大量生産と品質の安定が絶対条件である為、魔法のみでの工業化は難しいと、マクシミリアンは考えていた。
「僕たちメイジだけでは、トリステイン王国を大きくする事は難しい、だからこそ平民たちの力を借りる。平民の方がはるかに数か多いから生産体制が整えば、メイジ以上の働きをしてくれるだろう。そして、家臣団みんなにも意識改革をして欲しい、平民は搾取する為だけの存在で無く、我々のトリステイン王国を供に大きくする為の大切なパートナーだ」
マクシミリアンは続ける。
「6000年経った、今までのやり方では、ガリア、またはゲルマニアの国力の前にトリステインはすり潰されるだろう。みんな、もう一度良く考えて欲しい、僕たちのトリステインを外敵から守る為に、そして未来への発展の為に、そろそろ変わるべきだ……違うかい?」
大会議室は水を打ったように静まり返った。
……この日、マクシミリアンの言葉は家臣団それぞれの心に深く残った。
マクシミリアンは家臣団の面々に現在のトリステインの取り巻く状況に、常に危機意識を持つように言ってきた。
『トリステインは小国だ。だからこそ、外敵から祖国を守る為には何でも利用する……』
マクシミリアンと家臣団との間に、この共通意識が芽生えた。
☆ ☆ ☆
今年で5歳になる妹のアンリエッタは、1週間に1回の割合で新宮殿に遊びに来る様になった。
外はすっかり暗くなり、現在、マクシミリアンは泊まりに来たアンリエッタと一緒に風呂に入っていた。
「あ゛~……いい湯だ~」
「あ~……いいゆだー?」
マクシミリアンは、アンリエッタと二人、湯船にどっぷりと浸かっていた。
風呂好きで知られるマクシミリアンは、新宮殿の内装には口を出さなかったが、大浴場には口を出した。
「あ~、所でアンリエッタ~」
「なーにー? おにーさま?」
「アンリエッタも、もう5歳だし魔法を習おうとか、そういう話は無いのか~?」
「ん~、分かんない~」
「そ~か~」
と、同じ色の髪をクシャクシャと撫でる。
和気あいあいと、湯に浸かりながらアンリエッタとたわいも無い話をした。
その後、アンリエッタは風呂に飽きたのか、早々に上がってしまい、マクシミリアン一人が大浴場に残されてしまった。
「……もう少し、年をとれば色気づいたりするのかな?」
と、独り言を言いながら、マクシミリアンは風呂に浸かる。
(ともあれ、工業化の件は家臣団に任せるとして、肝心の大隆起の事だが……)
工業化やその他のインフラ整備などは家臣団に任せるとして、マクシミリアンは大隆起について手を打っておこうと思っていた。
2年前、ワルド子爵家で告げられた、ハルケギニアの大隆起に関しては、ほんの一部の人しか知らない。
父王にも伝えるべきかマクシミリアンは未だに悩んでいた。
(下手に、大隆起の事を伝えて、狂ったと誤解されれば、最悪、地下の座敷牢なんかに入れられるかも……)
そうなってしまえば、これまでの努力が水の泡になるかもしれない。
マクシミリアンは大隆起に関しては、ワルド夫人を連絡を取りつつ、独力で動く事にした。
(大隆起の研究はワルド夫人の任せるとして、オレはオレで試してみたい事がある)
マクシミリアンが試してみたい事。
それは、大隆起が止められなかった事に対しての、最悪の状況が起こった場合の対策だった。
マクシミリアンは脳内でシミュレートする。
(ハルケギニア全体がアルビオン大陸のように空に浮かんでしまうとなれば、それぞれの国が生存する為に土地を求めて戦争になってしまう事は、簡単に想像がつく)
そして、小国であるトリステイン王国は、ガリア、ゲルマニアといった大国にとっては手ごろな土地……と、見られて侵攻を受ける可能性が高い。
(誰も死にたくないからな、ガリア・ゲルマニアの軍隊だけじゃない、それぞれの国民すらも武器を手にとって、戦争に参加するかもしれない。そうなれば国力の差、総人口の差は絶望的だ)
トリステイン国民は皆殺しになるかもしれない。
『逆にトリステイン側から侵攻する』
と、いう案も考えたが、現実的ではないから却下した。
『ゲルマニアに侵攻したら、ガリアから侵攻を受けた』
と、なったら目も当てられないからだ。
(工業化して、平民も戦力化すれば独立は守られるかもしれない)
だが、それも難しいと、マクシミリアンは考えを改めた。
先ほども言ったが、ガリア、ゲルマニアのそれぞれの国民が生きる為に武器を持って襲い掛かってくれば、圧倒的な数、人海戦術に、数で劣るトリステインは、やがて疲れ果て押し込まれるだろう。
『アルビオン王国と同盟を組んで三竦みの状況に持っていく』
と、いう案もあった、アルビオンにとっても自国が侵攻を受ける可能性が高い、お互いの利害が一致して二大大国に対する、防衛処置と考えれば。
(一番、現実的か……)
と、悪くない感触だった。
だが、距離的に考えてトリステインはアルビオンの防波堤と化してしまい、戦争になればトリステインが主戦場となり国土が荒廃する、そういう可能性を考えれば、この案はトリステイン側にとって面白くなかった。
そして、2人の王のどちらが主導権を握るかを巡って主導権争いが起きないとも限らない。
絶望的な状況で人間の理性に期待する……なんて、博打は打ちたくなかった。
結局、マクシミリアンは大隆起が起きてしまったら、トリステインにとっては『滅亡』の二文字しか考え付かなかった。
☆ ☆ ☆
深夜、4階マクシミリアンの部屋。
マクシミリアンはバルコニーに出て、ワインの飲みながら、二つの月を眺めていた。
部屋の中では天蓋付きの巨大なベッドの上ではアンリエッタが寝息を立てていた。
実の所、マクシミリアンは大隆起の際に、トリステインがとるべき方策について一つの案が有った。
それは、マクシミリアンの前世が地球人だった事から、思い浮かんだ案だった。
(地球のヨーロッパに良く似たハルケギニア、ならばトリステインから西へ突き進めば、北米大陸に相当する陸地が有るかも知れない)
と、いう簡単な思い付きだった。
そして、大隆起の前にトリステイン国民全員を新大陸に移住させる。そういう案を考えたが、考えれば考えるほど穴だらけの案だった。
最初に、そういう陸地が有るかどうかも不明だったし、道中、巨大海獣が襲ってくるかもしれない、陸地が有ったとしても先住民との交渉が上手く行くかどうかも分からない、土地を手に入れても全国民を移住させる大量のフネも必要だ、そして何より他の国が黙って移住先へ行かせるかどうか。
逃げ場があるのなら……と、われ先にトリステインに侵攻し、何もかもが滅茶苦茶なってしまうかもしれない。
(……だからと言って、始める前から諦めるのは、愚か者のする事だ)
このまま、ハルケギニアに留まっていては滅亡を待つだけ、ワルド夫人に期待したいが、逃げ場所を確保していないと博打が打てない、慎重……と、言うより小心者のマクシミリアンは新大陸捜索に乗り気だった。
これから、気が滅入るような。綱渡り的な行動を余儀なくされるかもしれない。
だが、そんな事はどうでも良かった。
そして、マクシミリアンは今更ながら思い知った。
(オレはトリステインが好きなんだ)
王家の義務とかそういう奴ではなく、国が、国民が好きなのだと気付いた。
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