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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  36話 黒刃の鷹、赫眸の将

 周囲の戦況を判断するに、数的不利に立たされたマフィア側は苦戦を強いられるであろう。
 現状は場数を踏んでいるというか、喧嘩慣れしているというか、どういうわけか実戦経験の豊富さを感じさせる個々の能力値の差によって劣勢こそ免れているが、フォールンの連携を見る限りは決して楽に終わるような相手でもなさそうだ。消耗が目立った時に覆されかねない。
 幸い、将軍はコルネリオが食い止めてくれているから、あの猛攻がこちらに突如として向かってくることはなさそうだ。彼を助けようにも、あの凄まじい剣戟の嵐に飛び込めば《流れ刃》で立ちどころに命を落としてしまうだろう。故に、周囲のフォールンを相手取ることで方針を策定する。


「クーネ、このまま周りのフォールンのPTを殴るぞ」
「そうね、出来るだけたくさんのPTを合流させて一気に蹴散らした方が早そうだし、そうしましょう! 皆、戦闘しているコルネリオさんの部下を援護するわよ!」



 リーダーの承認も得られたことで、本格的に行動を開始する。
 先ず狙うのは、最寄りでフォールンの二隊を同時に捌く……というよりは撤退戦を演じているマフィアPTの援護だ。二対二の構図となれば、多少は楽になるかも知れない。
 とにかく、何よりも一隊のヘイトを集めねばならないため、俺が先陣を切って敵陣に飛び込むことにする。深く姿勢を落とし、獣じみた姿勢から繰り出されるは、俺が扱うソードスキルのなかで最速を誇る突進技である。


「ぐぁ、がぁあ!?」


 瞬時に景色が流れ、衝突によって停止した疾走の終着点は、愛剣の鍔ぎりぎりまで突き刺さったフォールンエルフ。俺を受け止めることもままならず倒れていく剣士をそのままに、鋒が岩肌に着いた感触を確認して一気にひねりを入れて姿勢を戻し、低い姿勢で着地する。即興で取得した軽業スキルであるが、姿勢制御については殊に強力な恩恵を享受できる優れものである。背後で何かが砕ける音を聞きつつ、《レイジハウル》を()()に構え、拳を軽く握って周囲を警戒する。目論見通り、俺を取り囲むように五人のフォールンエルフが剣を向けてくる。


「おのれ人族め!!」


 仲間の敵討ちのつもりか、それとも何らかの連携か、一人のフォールンが曲刀を構えて地を蹴った。
 大上段に振りかぶられた一撃はされどライトエフェクトを纏ってこそいなかったが、十分に威力の乗った気勢を感じさせた。だが、それでは届かないのだ。


「フッ!」


 フォールンから見て左側へ向けて大きく踏み込み、擦れ違いの刹那に逆手の愛剣を振り抜く。ライトエフェクトの纏った剣閃は紛う事なきソードスキル。しかも片手剣薙ぎ払い技である《ホリゾンタル》であるが、技の初速と硬直時間の短さ、加えて予備動作は本来のものと大きな隔たりこそあるものの、これは紛う事なきSAOにおける仕様なのだ。

――――片手剣・曲刀・短剣共通Mod《逆手持ち》

 メリットといえば、ソードスキルのモーションが変化する程度だった。実際はPvPにおける隠し玉という認識しかされなかった経緯があり、今のSAOにおいては無用の長物のようなModなのだが、テキストに明文化されていないもののソードスキルの剣速が上昇し、且つ技後硬直が半減するのである。しかし、威力も半減しており、総じて使い勝手の悪い印象が否めない。だが、威力が落ちてもディレイやスタンは確実に入るので、むしろ状態異常を狙う場合には打ってつけの運用法かも知れない。


「遅い!」


 そして、硬直時間の短さとは《動作の移行を早める》ことにも繋がる。
 すかさず()()に持ち替え、脇腹を真一文字に斬られて怯んでいるフォールンの背中に渾身の《スラント》を振り降ろし、HPを削り切る。気付けば俺だけで二人ものフォールンを倒しているのだが、コルネリオの鮮やかな腕前を拝見した後では無様な格好に思えてならない。まあ、考えたところで栓無きことか。


「ヒヨリ、ティルネル、畳みかけるぞ!」
「うん、いくよ!」
「行きます!」


 追撃を掛けてきたフォールンのうち一人の刺突を体術スキル単発技《裏閃》の裏拳で弾き、そのまま未だ密着するフォールンの手首を捉える。刺突の勢いが殺しきれないフォールンをそのまま引き寄せ、足を払って転倒させる。
 
 体術スキル払い技《薙風》と称されたこの技は、《裂衝》と共に習得したもの。相手の腕を取らねばならないシビアな発動条件さえ目を瞑れば、確実に転倒させられる優れた技だ。ただし、今のように《裏閃》をガードとして使用した後ならば予備動作が完成してしまうため、極めて有用な技に化けるのだが、それでもある程度の《慣れ》を要求されることになる。
 すかさず転倒したフォールンの胸を踏み、喉元に剣を落として介錯すると、その頃にはヒヨリとティルネルが小隊の残党を始末していた。後方では撤退戦を演じていたマフィアPTの増援に向かっていたクーネ達が仕事を終え、こちらにマフィアを伴って移動していた。


「た、助かったッス……アイツら……あんな大人数で来るもんだからビックリしちゃって………」
「お、おう……大変だったな……」


 突然の災難を嘆くのは、コルネリオに薬草の買出しを命じられた《アドルフォ》というNPCだった。明らかに年上で、それもマフィアの構成員だというのに、当人には覇気を感じない。他のPTメンバーに至っては、やはり大人数を相手に喧嘩をするほど周りが見えないではなかったらしい。何気に戦略的である。


「とにかく、手が空いたなら他の連中の増援に出向いてくれ。挟撃すれば勝てない相手じゃない筈だ」
「了解ッス! 勝てるって分かればあとは俺等の独壇場ッスから! 任せてくださいよセンパイ!」
「あ、おい!? ………ポーション飲まなくて良かったのか?」


 窮地を脱して息を吹き返したマフィアどもは、匕首を握ったアドルフォを筆頭に獲物を求めて乱戦の中へと突撃してしまう。一応は俺でも彼等の平均HPを確認できるのだが、看過できないような損耗は見られなかったから良しとしておこう。

 その後も俺達は三回ほど、他のPTの戦闘に介入してフォールンに打撃を与えては自由に行動できる遊撃隊の数を増やしていった。やがて、数的不利は覆されたものの、未だに敵方の抵抗は凄まじい。将軍と戦列を共にすることの誉れか、あるいは単純に粘り強いのか、その根拠は度し難いが、少なくとも一筋縄ではいきそうにない。


「燐ちゃん、あそこ見て!」


 ヒヨリの叫びで思考が中断され、咄嗟に指差す方向を見る。
 それは倉庫側の大扉から押し寄せる暗色の革鎧の一団、フォールンの増援だ。


「まさか、ボス部屋の入口から入ってくるとはな………」
「リン君、どうするの? もし一定時間ごとに敵が増えるようだったら、何時まで経っても終わらないわよ?」
「……終わらないなんてことはない。絶対に何かある筈だ」


 現状を打開する何かが、このフィールドにある筈だ。いや、あってもらわねば困る。

 懸命に、周囲と異なるギミックとなり得るオブジェクトを探すが、機材関係も完全に大破しており、役立つモノなど見受けられない。ならば敵対的NPC(アクティブ)はどうだろうか、際立って特殊な者はフォールンに至っては、側近二人を相手に大槌を振るう魁偉と、コルネリオと切り結ぶ将軍のみ。この戦闘において何かしらの動きを齎すならば、この両名以外に考え付くものこそないが、だからといって確証も無い。選択を決めあぐねているうちに、視界に映る戦況の片隅と、複数示されたHPゲージに連動して変調が生じた。

 それまで余裕をもって戦闘を継続していたコルネリオが、将軍から手痛い一撃を受け、それに応じてHPゲージが危険域へと落ち込む。膝をつくマフィアのボスに凶刃が振り降ろされるも、漆黒の刃を盾に辛くも致命傷を凌ぎ、耐え忍ぶ。
 その姿がふと、第一層ボス攻略にて散った《一人の騎士》を想起させた。彼には未だに謎こそ多いものの、それを知る術はもう残されてはいまい。或いは、彼があの戦いを生き延びていたならば、俺は彼と同じ位置に立って会話が出来ただろうか。叶うはずもない願いが、今になって蘇るのを実感しつつ、しかしそれを振り払う。

――――過去に戻ることは叶わないが、少なくとも、後悔だけはしたくない。


「クーネ、増援の相手を頼む」
「………じゃあ、ニオが到着するまでは一緒に場を繋ぎましょう。もちろん、皆にもお願いするけれどね」


 口に出してもいない《コルネリオの救援》という目的を見透かされたかのように、クーネはにべもなくといった具合に語る。


「何を言っているか分かっているのか? あれは今のお前達のレベルではどうにもならないぞ?」
「それはお互いさまでしょう。命の恩人が危ない目に遭う方が、私としては問題なのよ……それに、ヒヨリちゃんを泣かせるような真似は許しませんから。以上!」


 何故か抗えないような威圧で押し切られ、クーネ達もコルネリオ救援に出向くことに。ヒヨリやティルネルは是非もないと言った具合の即決だった。ともあれ、如何にコルネリオがいようと強敵相手に単身で加勢に向かうというのは無謀が過ぎたか。感傷に惑わされると碌なことにならないものである。
 ともあれ、最速で到達し得るのはAGIに覚えのあるヒヨリかリゼルであるが、コルネリオを庇いつつ戦線を維持するには困難があろう。とりあえずはコルネリオの回復が済むまでの間、ティルネルを護衛に付けておくこととする。


「はぁぁぁッ!!」
「シャァァァッ!!」


 それ故に、俺とクーネが前線を構築する。
 苦々しげに防戦を強いられるコルネリオ、彼を追い詰める深紅の双眸の将軍に目掛けて吶喊、そしてソードスキルによる不意打ち。我ながら無謀な策に出たものだと頭を抱えたくなるのを堪えつつ、難なく後退した将軍を睨む。
 しかし、妙な充足感じみた安堵が心に湧き起こるような、そんな気さえしたが余韻に浸る間もなく緊張を十全に張り巡らせる。


「………やれやれ、そんなに私は頼りないかい?」
「そういうのは、もう少し善戦した状態で言ってくれ」


 後ろに言葉を投げかけつつ、それでも視線は逸らさない。
 ステータスの数値的な差は、ほんの僅差であればプレイヤー本来のスキルでカバーは可能だ。しかし、根本的にその数字の差が歴然としてしまえば、それは覆しようがなくなってしまう。更に言えば、将軍の技量は決して侮れるものではない。単調なルーチンで突進でもしてくれれば、いっその事その方が楽なのだが、こちらの静観の構えに対して微動だにせず慢心が一切感じられない。

――――しかし沈黙も束の間、突如として距離を詰められる。

 覚悟こそしていたが、圧倒的な速度の中にも幾つか情報が得られれば、ほぼ博打に近いものの対策は講じられる。
 下段に構えられた剣は即ち剣閃が上昇する軌道をとるものが多い。加えて。脇に捻られていないところから鑑みて薙ぎ払いではない。《斬り上げ》と見て間違いはないだろう。ならば、俺が取るべき手段は自ずと定まってくる。


「ゼァァッ!!」


 間合いに迫るまであと一歩という段階で、ここぞと見込んだ瞬間に剣を振り降ろす。
 スキルアシストに乗った袈裟斬りは、予想通り下段から跳ね上がるような刃と衝突して凄まじい反発力を両手に伝える。ともすれば麻痺にさえなってしまいそうな一撃を懸命に押さえつけると、将軍の双眸は噛み合う剣に向けられた。ソードスキルさえ用いない通常攻撃でありながら、その重さは大剣や両手斧と見紛う破壊力を備えているようにさえ思える。到底、一介の片手剣使い(ソードマン)である俺の手に負えるような相手ではない。その証左に、鍔迫り合いの様相を呈していた双方の剣が呆気なく躱されるが、今回は正攻法が通じる相手ではない以上、隠し玉で応戦する他ない。

――――故に、生憎と()()()()()()()()()()()()()()()()


「ッシャァァッ!!」


 鍔迫り合いが解け、刃を振り降ろさんとする将軍の懐に敢えて踏み込む。
 剣とは、その刃に最大の殺傷力を有する武器だ。如何に遠心力を纏い、必殺の威力を誇る凶刃となろうとも《その一撃を繰り出した当人までは凶刃たりえない》のだ。どんなに速く、鋭く、重い剣を繰り出そうとも、その懐は安全地帯なのである。

 しかし、もし相手も攻撃できない間合いでありながら、その困難に阻害されない軌道でこちらが一方的に攻撃できるのだとしたら……

 畢竟、それを使わない手はないのだ。


「……クッ!?」


 袈裟斬り、つまりは斜め斬りを行使するソードスキルは広く《スラント》が認識されている。片手剣というポピュラーな武器に加え、その使い手であれば誰しも一度は使ったことがあるというほどに親しまれたものだろう。しかし、その上位版である二連撃技が存在するのだ。
 片手剣二連撃技《スラント・アーク》の繰り出す後の閃。途切れかけたスキルアシストを強引に続行するテクニック――――初撃で生んだ相手の隙を狙い、強引に追撃を捩じ込む秘技《剣技克破(スキルパリィング)》に任せた逆袈裟気味の一撃は将軍を微かに呻かせるも、あえなく見切られてしまい背後に大きく跳び退られて回避されてしまう。
 だが、将軍とはいえモンスター。このヘイトが俺に向けば当然《周りが目に入らなくなる》ことだって有り得るだろう。俺も将軍だけを視界に捉えていたこともあって、それが幸いした結果となった。

――――その回避した先に、盾を構えた幼女が居たことを。


「オオオオオオオオオォッ!!!」


 裂帛の怒声、大気を震わせる幼女の咆哮は将軍に攻撃を察知させるものの、既に黒銀色のライトエフェクトを纏った金属の塊は加速を開始しており、止まることはないことを暗に報せる。
 そして、事前情報として確認していた内容と照らし合わせるところによれば、あれは《盾殴術》二連撃技である《ギルト・アンド・パニッシュメント》。踏み込みつつの振り降ろしによって相手を潰し、更に下段の裏拳を叩き込むコンビネーションだったか。現状のプレイヤーには分不相応な火力を誇る一撃は、しかし予備動作の遅さを《お膳立て》で補いさえすれば頼れる切り札にもなってくれる。
 如何に高レベルモンスターとはいえ、あれほどの軽装ではダメージは看過できないものとなろう。

 ただ、そんな淡い期待は叶うことは無かったのである。


「………中々に面白い。だが、興醒めだ」
「ッ!!?」


 鼓膜を劈くが如き金属音は、将軍の鎧とニオの盾が衝突したものではない。
 身を翻し、しかし勢いは殺さず、いや寧ろ加速して、その剣に血のような赤い光を満たした斬撃はニオの盾とぶつかり合い、相殺したのである。
 モーションからして基本技であろうが、たったそれだけでも《盾殴術》を食い止めてしまえるほどに、この敵は強大だったようだ。反発力によってノックバックを受けてしまったニオからして、その凶悪さは想像するに易いというものだ。


「ニオ、あぶねぇ!?」
「お姉さん登場、ってね!!」


 そしてニオに繰り出された刃を前にリゼルがニオを抱えて跳び、レイが槍の柄を以て受け止める。切り結ぶ格好で、先のコルネリオのように徐々に押されているレイに救援に向かうべく、今度はヒヨリを伴い、クーネと共に駆ける。刃が迫るレイに駆けつけんと先行したヒヨリであったがあえなく察知され、咄嗟に槍の柄を握った将軍がレイごとヒヨリに投げつけることで両名を衝突、転倒させて無力化。それでも俺達が後続にあったことで牽制となり、追撃には至らなかったこともあって、これで全員が将軍と一定の距離を置いた形となる。仕切り直しとしては分の悪さもあるが、奇跡的に損耗は限りなく少ない。綱渡りのような戦闘でありながら、これでさえ稼げた時間は数分にも満たないことだろう。
 コルネリオの回復は、そのレベルから鑑みても初級ポーションでは心許ない。一応はエルフの秘薬であって、効果は店売りのそれとは一線を画すものであるのだが、それでも彼を癒すには一歩及ばないかも知れない。

 そして、いつかと同じように俺の顔の真横を掠めた矢は背後で何らかの動きがあったことを報せる。
 不意打ちであったとはいえ見切られてしまったらしく、身を僅かにずらして回避されたが、その狙撃手を視認した将軍は僅かに目を見開く。


「何故、ダークエルフが此処に……どこから嗅ぎ付けられた……?」
「さあ、私は上の指示で人族と共に此処にいるだけですので」


 装備していたケープのフードを外し、貌を晒すティルネルは静かに告げる。
 

「申し遅れました。私はエンジュ騎士団特務斥候隊所属、ティルネルと申します。僅かばかりの時となりましょうが、お見知り置きを……ノルツァー閣下」


 初めに聞いた肩書と大きく異なるティルネルの素性に首を傾げそうになるが、敢えて話に騙されたかたちで聞いておくとしよう。幸い、誰も気づいてはいないようだ。


「私がここにいる理由はお分かりですよね?」
「既に作戦が漏れていると、言いたいのか?」
「ええ、それも三ヶ月も前から情報を得ていました……間もなく、リュースラの精鋭がこの洞を訪れ、フォールンを一掃するでしょう。名誉の死をお望みならば、どうぞご自由に」


 相手のプライドをズタズタに引き裂くような冷酷な言葉ではあるが、敵に塩を送るとも思えるような側面も見受けられる。
 一瞬の逡巡の末、将軍――――ノルツァーは剣を鞘に納め、声高に叫んだ。


「諸君、この拠点を放棄する! 至急カイサラ隊に伝令を送り、この層より撤退せよ!」


 司令官の指示を受けると、乱戦の最中にあったフォールン達は一斉に煙幕を放ち、素早く戦線を離脱していった。最後にノルツァー将軍に一瞥されるや否や、彼もまたゴンドラを足場に跳躍し、漂う煙幕の中に姿を消していった。
 煙も晴れ、視界が開けた頃には匕首や柳葉刀を持ったマフィア達が敵の敗走を知って鬨の声を上げるのを聞きつつ、強敵との戦闘による緊張から解放されたこともあって一気に身体が重くなる気さえした。

 ………そして、完全に気が抜けてへたり込んでしまった黒エルフのお姉さんと目が合い、突如として否定された。


「ち、違いますよ!? 私はホントにタダの薬師なんですから!!」
「それにしては、随分と真に迫っていたんじゃないか」


 というより、別に騎士団在籍を頑なに否定しなくても良かろうに……


「コルネリオさんが言ったんです! 護衛中に耳打ちされたんです!?」
「いやいや、私としては彼等が得られるはずだった利益を無駄にしたかっただけだしね。これはこれで立派な勝利というものさ」


 清々しい顔で(のたま)うマフィアのボスには思うところがないでもないが、しかし、ティルネルから僅かに話を聞き、それにこれまでの報告書の情報を加味した上でティルネルに即興劇を演じさせたにというならば、それだけでノルツァーを化かしたこの男の腹の底はとうとう知れない。

 標的である黒エルフがこの場に居れば、確かに作戦が看破されたことを疑うだろう。
 加えて、更に黒エルフでも国家の上層が把握しているとすれば、むしろ作戦を続行することさえ危険な行為となろう。

 本当は黒エルフの国には一切知られていない筈なのに、それだけの情報を見せるだけでノルツァーの心理を揺さぶり、逃がすことで戦闘を終結させた。殲滅にさえ拘らなければ、十分に勝利と呼べる。

 ………本当に、敵に回さなくてよかったと思わされるのは俺だけだろうか。


「さて、このまま放置すれば船を回収されてしまう事もあるだろう。だから、今回は少し趣向を凝らしてみたのだが……まあ、お楽しみとしよう」


 僅かに口角を上げたコルネリオは、二人の側近に指示して船着き場に部下を向かわせた。
 ティルネルのポーションが功を奏したか、HPが危険域に達する者はあれど全損までに至った者は幸いにしておらず、一人として欠けることのなかったマフィア達は、大型ゴンドラにおいてテントの壁を構成していた木箱を運び出したのである。空箱と思いきや、皆一様に力の籠った足取りであり、如実に重量を感じさせる。それを筏型のゴンドラや水際に設置して、アドルフォが何やら革袋に詰まった液体をばらまいて倉庫に戻ってきた。


「準備完了ッス!」
「ご苦労、やはり君に任せると良い仕事をしてくれる」
「いえいえそんな~……というか、これから何やるんスか?」
「まあ、有り体に言えば………そうだね………」


 何やら言葉を選びつつ、傍にあった篝火を台ごと掴んで扉の内側に放って見せた。
 篝火の触れた液体は引火し、徐々に火の手を木箱へと伸ばしてゆく。既に嫌な予感しかしないのだが、側近は鉄の二枚扉を閉じて閂をかける。

――――そして間もなく、扉の向こう側で猛々しい轟音が荒れ狂い、倉庫内の気温が急激に上昇した………気がした。


「………火遊び、としておこうか」


 俺達は、最後にマフィアの狂気を思い知った。 
 

 
後書き
ロービア抗争、終結回。


キリトさん達がプログレで頑張るまでに起きたバックストーリー的な何か。
ノルツァー閣下が第四層くんだりまで足を運んだのに御自ら現地へ向かわなかった理由的な何か。
そして、水の都のお話を爆発オチで締めくくるマフィアのボスの策略的な何か。


ということで、大規模戦闘あり、高レベルの敵との戦闘あり、心理戦ありの第三章のラストバトルも終わりまして、次回はクエスト報酬回となります。ノルツァー閣下が何気にソードスキルだけでニオさんの《盾殴術》を止めていますが、それほどの強敵ということで。

そして、今回も燐ちゃんの心に突き刺さる場面がございましたね。
大規模戦闘、倒れそうなレイドリーダー。この二つだけで燐ちゃんはあの記憶を思い出してしまうんです。ですが、今回はコルネリオさんも死ななかったので、まあトラウマが一つ向き合える形になったということでしょうか。地味に成長しているんです。


さて、今回は燐ちゃんに戦略性をプレゼント!
片手用刃物のModである《逆手持ち》のご紹介です。
別に持ち方くらい自由でも良いんですけれど、一応SAOはPvPも可能なゲームです。同じソードスキルでもモーションや特徴が変われば戦略性はググッと拡がります。ですが、このままだとプレイヤー全員同じようなビルドになってしまいますので、立派な特徴がございます。それは逆手持ち状態だと《剣速上昇・技後硬直半減・ダメージ量半減》という特典および制約が付いてくるところでしょうか。
ただ、冷静に考察すれば前者二つはモーションの変化の一環ですし、ダメージ半減が結構キツい条件となります。順手と切り替える事が可能なので、状況に応じて剣をクルクルしましょう。

……と、あくまでリアルの実戦でも不意打ち程度の意味しかないようなので、意外性特化な仕様で考えてみました。逆手で片手剣とかニンジャですね。某ゴザルさん達にも使ってもらいたいものです。


前回はいつ更新するか分からないなんて言いましたが、次回こそ危ないです。
多分、今回みたいな速攻は困難だと思われます。

まあ、失踪だけはしませんけどね!




ではまたノシ




………副題を変更しましたが、これは実はコルネリオさんから受けられるクエストのボツタイトルです。このタイトルを何としても使いたかったので、ご容赦頂ければと思います。(2/22現在) 
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