すきなもの
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三
無事、鬼のような宿題を終えた燐が白目ひんむいて眠りについた事を確認すると、雪男は腰につけたいくつかの鍵の中からひとつ取り出し、寮の部屋の鍵穴に挿した。
ガチャリ
重々しい音をあててドアを開け、先に続く部屋の奥へと進む。
その部屋は豪華な造りになっていて、普通の人間ならばいるだけで肩の凝りそうな部屋だった。
だが雪男は一切表情を変えることなく、至って平然と足を進めた。
一言で言えば、慣れだった。
「ご用件はなんでしょう、フェレス卿。
端的に仰ってください、あまり時間に余裕のない身ですので。」
「おやおや奥村先生、今日はいつになく私に冷たいですねぇ。
ご機嫌ナナメですか?」
部屋の奥の大きな机の上に座っていた人物の名は、メフィスト・フェレス。
お気に入りのピンクの浴衣を着て、さくら餅をお行儀良く食していた。
無駄に丁寧な手つきでさくら餅を食す彼を見て雪男は、机の上に座っている時点で、行儀の良い悪いもあったもんじゃないだろうと心中でツッコんだ。
「先日祓魔塾で実施した小テストの採点もありますし…一昨日急遽召集された任務の完了報告書も私に一任されているので。」
「それはそれはお疲れ様ですねぇ。
お忙しいところお呼び立てしてしまって申し訳ありません。
いやはや、どうです、気分転換にこのさくら餅!
特別に差し上げますよ、京都の老舗和菓子店からわざわざ取り寄せて…」
「聞こえませんでしたかね?これは失礼。
僕を呼び出した理由を簡潔に3秒以内で述べろと言ったんだよ…」
「…3秒以内って…あなた寝不足なんじゃありません?
わたしへの八つ当たりはよして下さいよ。」
雪男はその言葉に、チッと心中舌打ちを繰り返した。
寝不足になる程仕事を与えてくるのは、他の誰でもないメフィストなのだ。
一昨日の緊急の召集だって、雪男自身にお呼びがかかったわけではなかった。
現場の祓魔師が、あと1人援軍を、と電話でメフィストに要請してきたのだ。
そしてたまたまその祓魔師の番号の下に奥村雪男の番号が登録されていたものだから、たまたま選び出されて召集をかけられたのである。
雪男は、むしろ今殴りかかりたい衝動を抑えている自分に拍手をしたいくらいだった。
「いえ、ね、たいした話ではないのですが」
「たいした話でないならわざわざ夜中に呼びつけないでいただけます?」
「いちいち突っかからないでくださいよ。」
数時間前に燐に言われたのと全く同じ反論を受け、雪男は口を閉じた。
「私少しばかり遠くに出張に行かなければならなくなりました。
藤本が亡くなった日に、関西の方で大学病院の火事があった事、ご存知ですよね?」
「ええ、出火原因が不明とかで、未解決の…」
「そうです。それがどうやら悪魔の仕業ではないかという説が浮上しましてねぇ。
もしそうならよく仕組まれた事件ですし、上級もしくはそれ以上の悪魔の可能性が高いんですよ。
それで私が向かう事に。」
「それを僕に伝えたという事は、理事長の留守中に何か起きる可能性があるという事でしょうか。
火事を起こした悪魔とこの学園と、一体どんな関わりがあると?」
「いやはや、奥村先生は相変わらず頭の回転が早くていらっしゃる。」
メフィストは額に手を当てて、さすがだ!と感嘆のポーズをとる。
いつになく(いや、いつも通りかもしれない)テンションの高いメフィストに呆れながらも、雪男は沸々と沸き上がる苛立ちを抑え込んだ。
「まだ確かではないので、お教えする事は出来ませんよ。
また分かり次第ご連絡させていただくので、今日のところはお仕事に戻ってもらって結構です。」
メフィストはそう言い終えると、食べかけだったさくら餅をそのまま口にパクリと入れてしまった。
結構な大きさのそれを一口で。
そしてそれをじっくりと味わいながら、用が済んだのでさっさと出て行け、と言わんばかりに雪男に向かってシッシと手を振る。
それにまた雪男はカチンときて文句を言おうともしたのだが、部屋の時計を見れば時刻はもう午後十一時を回ってかなり経っていた。
仕事もまだ大量に残っている。
こんな所で時間を食っている場合ではないと冷静に判断した雪男は、
「失礼します。」
と丁寧に頭を下げ、少し乱暴に鍵穴に鍵を突っ込んで自室へと戻ってしまった。
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