ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~
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アインクラッド編
8.報告会
「ギルドに入ったぁ!?」
「そこまで驚くことか」
仰け反る黒髪剣士を、やや呆れたように俺は見つめた。まさかそんな、と呟いているキリトのことは放っておいて、キリトとは反対の方向を見やる。
そこには≪夜桜騎士団≫の面々が立っていた。
「君が噂の真っ黒剣士か!私達は≪夜桜唱団≫!宜しくね!」
「あぁ・・・よ、よろしく」
キリトはミーシャの勢いに若干押され気味だった。
現在5月某日午後5時33分、第27層転移門前。今日、第26層のボス攻略戦が終了した。何人かパニックに陥りかけた奴等がいたものの、≪血盟騎士団≫の活躍により死者数はゼロ。因みに、ボスのラストアタックボーナスを奪ったのは隣にいる黒髪剣士だった。転移門のアクティベートも終了したので、周りには観光目的のプレイヤーで溢れている。ミーシャ達がここに来ることができたのもそのためだ。
「そっか、そうなんだな・・・えっと、おめでとう?」
「なぜ祝う」
「そりゃ勿論ソロ脱出・・・いや、何でもない」
苦笑を浮かべてキリトは呟いた。その瞳の奥に、僅かに羨望の色が混じっていたのは気のせいだろうか。
「ン・・・じゃあ俺はもう行くよ。お疲れ」
「あぁ。お疲れ」
ひらっと片手を振り、キリトは俺たちに背を向けて歩き出した。さっそく≪血盟騎士団≫の副団長に声をかけられているのを見届けると、俺はやや視線をきつくしてミーシャ達を見た。
「フィールドに出たい、なんて言わないだろうな」
「言わない言わない!私そこまでチャレンジャーじゃないよ!観光だよ。ね!」
ぐるりと他のメンバーを見渡す。ナツとアンはしっかり頷くが、タクミとシルストは微妙な反応だ。シルストはやれやれとでも言いたげに首を振った。
「一緒にご飯食べたいんだって素直に言えんのじゃ」
しゅばっとミーシャの腕が動いてシルストの口を塞ぎにかかった。口を押さえられたまま暴れるシルストをしっかりホールドし、一言。
「さあ行こうか!」
第27層の主街区≪ディフェータ≫。赤煉瓦をふんだんに使用した明るい街並みを一通り見終わった俺達は、最寄りの店で夕食をとっていた。
「いやぁ、でも良かったよ!君に断られなくて」
「理由がないときは断らない。・・・多分な」
「でもアンタは断れたもんね」
くるくると器用にフォークを回しつつ、シルストは言う。
「そういう約束じゃもんね」
どちらかというと好ましくない部類にはいる視線を、俺は無言で受け止めた。
「行儀悪い。フォーク回さない」
「・・・・・・」
そしてシルストはタクミに注意された。
***
俺はギルドに入るとき、いくつか条件を出した。1つ目は、常に一緒に行動しないこと。2つ目は、抜けたくなったらいつでもギルドを抜けられるようにすること。我が儘な俺の条件を、ミーシャはあっさり了承した。
その代わり、とミーシャは笑顔で言った。毎日とは言わないから、できるだけ、このギルドに帰って顔を見せて欲しいと。≪夜桜唱団≫が俺に提示した条件は、それだけだった。
***
「そういえば」
食後のお茶を飲んで一息ついた後、不意にタクミが呟いた。
「2人が帰ってくるって」
「・・・は?」
突然のセリフについていけない4人を代表して、シルストが首を傾げる。聞こえなかったと思ったのか、タクミは、今度はゆっくり、先程の台詞を繰り返した。
「2人が、帰ってくるって」
「2人って、あの?」
「うん」
えぇ!?と驚いた声を上げて、ミーシャはウインドウを開いた。次いでホントだ!と叫ぶ。
「なんで早よ言わんの!」
「さっきメッセージがきた」
「なんでタクだけなん!?」
「さぁ」
俺が困惑しているような様子で黙ったままなのを察知したのか、アンは苦笑混じりに教えてくれた。
――――――曰く、もう2人ギルドメンバーがいて、その2人は武器強化のために、一時的にギルドを離れていたのだ、と。
「皆を付き合わせるのは申し訳ないからって。・・・まぁ、2人で過ごしたかったって言うのもあると思うけど」
「何故最初に説明しないんだ」
「状況を説明するのが・・・面倒だったじゃないかな?ミーシャのことだし。あの場には居なかったから、改めて紹介するつもりだったんだよ。・・・多分」
今さらギルドメンバーを確認してみると、確かにもう2つ、名前があった。名前は、"リヒティ"と"クリスティナ"。もっと早く確認しておくべきだった、と思ったのも束の間。店の扉がやや乱暴に開けられ、「よぉみんな、ただいま!」と大音量の挨拶。
「声大きい」
タクミに注意されても、声の主、リヒティはニヤリと笑っただけだった。
リヒティとクリスティナの挨拶、俺の紹介がそれぞれ終わり、2人はつけっぱなしだった装備を外した。リヒティはメイスを、クリスティナは槍を装備していた。
「ねえクリス、槍どうなったの?」
「そうね、おかげさまで無事新しい槍に更新できたわ。1週間も離れていてごめんなさいね」
「かなり強くなってたな!」
追加注文した料理をかき込みながらリヒティが付け加える。そんな彼を見て、クリスティナはニッコリ笑った。
「リヒティが手伝ってくれたお陰よ」
「いや、クリスの頑張りだ」
「リヒティよ」
「クリスだ」
「・・・コホン!」
わざとらしいシルストの咳払いを聞いて、2人は無意味な押し問答を止めた。ミーシャはニッコリ――――と言うよりはニヤニヤ――――笑っている。
「2人は付き合ってる」
意外にも、タクミが教えてくれた。何となくそうだとは思っていたが。あんなにベタベタした雰囲気を醸し出しておいて、付き合っていなかったら逆におかしい。
「なぁナツ。お前料理スキル上げてたよな?」
「あげてるッスよ。まだまだヒヨッ子ッスけど。どうかしたんスか?」
「実はな・・・」
リヒティがクリスティナに目配せをすると、クリスティナは頷いて、メニューウインドウを操作した。アイテムを1つオブジェクト化して、机の上に置く。それは、どぎつい赤色の果物らしき物が詰まった籠だった。
「これは・・・果物?何味?」
「ふふ」
アンに向かってニコッと笑うと、クリスティナはミーシャを左手でガシッと捕まえた。同時に、右手で謎の果物を摘まむ。
「口開けて、ミーシャ」
「えぇ!?なんで私!?嫌だよ!」
「まぁまぁいいからいいから」
抵抗するミーシャを意に介さず、クリスティナはミーシャの口に果物を押し込んだ。「うわぉ」とシルストが呟く。果物をしばらく咀嚼していたミーシャは、やがて懐疑的な表情で首を傾げた。
「これは・・・マンゴー?オレンジ?いやレモン?」
「あらそんな味だったの」
「食べたことなかったんかい!」
シルストのツッコミを、クリスティナはペロッと舌を出して流した。
「うん、まぁそういうことで。俺が受けたクエスト報酬で貰ったんだ。こいつで何か作ってくれないか?」
「果物ッスか・・・。ならケーキッスかねぇ・・・う~ん」
「問題でもあるのか」
俺が聞くと、ナツはメニューウインドウを開いた。
「ケーキを作れるぐらいの熟練度には達してるッスけど・・・。材料が足りないんッス、残念ながら」
「何が足りないの?」
「卵ッス」
「卵なら色々見たことない?」
「虫とか爬虫類の卵で作りたくないッスよ」
「・・・それもそうだねー・・・」
アンが唸り声を溢して考え込む。卵、と聞いて、俺は記憶に引っ掛かるものを感じ、メニューを開いた。
確か、21層のフィールドで、鳥の巣らしきものを見つけたのだ。その時は特に何もなかったが、条件次第では見つかるかもしれない。
「ナツ、心当たりがある」
「卵ッスか!?どこッスか!?」
「21層だ。詳しい場所はメモを・・・」
「皆で行こう!」
いつから聞いていたのか。シルストとじゃれあっていた筈のミーシャが勢いよく立ち上がった。2人の世界に浸りかけていたリヒティとクリスティナも話を止めてミーシャを見る。
「君が場所を知ってるんでしょ?なら一緒に行った方が早いよ!2人も帰って来たし、親睦会を兼ねて。ね?」
「いいぜ、行こう!」
トントン拍子に話が決まり、断れる状況ではなくなってしまった。明日は久々に1人になろうと思っていたのだが。
・・・まぁいいか。
断るのは諦め、代わりに、今日頼んだ中で一番高い飲み物をぐいっと煽る。
「あぁ!それあたしが目をつけとったのに・・・」
シルストの抗議は、聞こえなかった振りをした。
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