ガンダムビルドファイターズトライ ~高みを目指す流星群~
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05 「ヨーロッパからの転校生」
週が明けた月曜日の放課後、今日も俺達は部室でこれといって変化のない時間を過ごしている。内容と挙げるならば、バトルを行いその結果を踏まえて反省点や改良点を話し合う。それを元にガンプラの調整や新武装の製作といったものになるだろう。
「それにしても……変化のない日々を送ってるわね」
「仕方がないでしょう。顧問の山田先生が新任で繋がりがないのも理由ではありますが、ここはガンプラバトルで有名な学校でもありませんし、部員はここに居る3人だけです。練習試合を組むのも大変なはずですから」
ヒョウドウの言うとおり、基本的に練習試合は自分達と同じまたは上の学校と行いたいと思いものだろう。2軍、3軍といったクラス分けが行えるほど部員が多い学校ならば受けてくれる可能性はあるが……受けてくれたところで、当日は確実に舐めて掛かってくるだろうが。
まあ学校のブランドだけで判断するようなファイターは、俺達からすればありがたい存在なんだけどな。舐めて掛かってくるなら付け入る隙は多くなるし、練習試合から本気になれない人間が本番である大会で実力を発揮できるとは思えない。
「そうだな……うちは休部もしていたわけだし、他校からすれば実力の分からないチームだ。顧問の心理的に練習試合をするのに乗り気にはなりにくいだろう。……それに山田先生の性格も性格だからな」
「そこは言ってあげないの。確かに山田先生はどちらかといえば内気だし、何もないところで躓いたり、教科書とかをバラ撒いちゃうドジっ子だけど良い先生なんだから」
「コウガミさん……それはフォローよりはむしろナグモさん以上にひどいことを言っていると思うのですが」
確かにそのとおりである。
まあ……個人的には、山田先生はドジな部分もあるが一生懸命で優しそうな性格をしているので、生徒達からは好感を持たれているとは思う。小柄ということもあって小動物……マスコットのような扱いをされているとも言えなくはない気もするが、そこは気にしないでおくことにしよう。
「愛情を込めて言っているから問題ないわ」
「そういう問題ではないと思うのですが……まあ山田先生はコウガミさん達の担任でもあるので、私よりも親しい関係にあっても不思議ではないですし、これ以上は言わないでおきます」
そう言ってヒョウドウは中断していた作業を再開する。彼女が今何をしているかというと、セラヴィーの武装を作っている。具体的な内容としては敵に接近されたときのために、腰部のGNキャノンを散弾も撃てるように改良しているのだ。
――何だかどんどん対俺用に改良されてる感じがする。射撃も基本は胴部から腰部を狙ってくるが、他の部分を狙うようになってきてるし。まあ俺が正確過ぎる射撃は読みやすいって言ったからなんだが。
正直に言ってしまえば、俺は自分自身で己の首を絞めてしまっているということになる。今はまだ機体のスペックと操縦技術に差があるので全勝を保てているが、このままでは近いうちに負けてしまってもおかしくない。
「……ナグモさん、どうかしましたか?」
「あぁいや、別に何でもない。ただ俺も何か作ろうかと思っただけだ」
「何かって新しい機体? それとも武器?」
「さあ、まだそこまで決めてない。休日にデパートにでも行ってゆっくりと考えるさ」
と言ってみたものの、頭の中にはすでにいくつか案が浮かんでいる。今ではフルクロスを使ってはいるが、ヨーロッパ在住の時に色んなガンプラや武器を作って使用してきたのだ。むしろ何かしら浮かばなければスランプだと言えるだろう。
「あ、じゃあ一緒に行きましょ。あたしも買いたいものあるし」
「いや、ひとりで大丈夫だ」
「ちょっ、何でそこで断んのよ。別にいいでしょ」
コウガミは少しムスッとした顔をしながらこちらに近づいてくると、急に自分の腕を俺の腕に絡みつけてきた。彼女はスタイルが非常に良いため、そういうことをされると必然的に豊満な胸の感触がこちらに伝わってきてしまう。
「お、おい、何やってんだ」
「別にー、ただ腕を組んでるだけよ」
「あのな」
「こういうことされるの嫌? ナグモは女の子に興味ないわけ?」
俺だってガンプラ馬鹿ではある前に年頃の男子だ。異性に興味はある。コウガミのような美人に現状のようなことをされて嫌な思いをすることはない。正直に言ってしまえば嬉しい。
だがしかし、それだけに色々と考えてしまうわけで……これまでに異性と付き合ったことがない男子に豊満な胸の感触は刺激が強すぎる。
「ふふ、赤くなっちゃって……ナグモ可愛い」
「うるさい……さっさと離れろ」
「なら今度デートってことでいいわよね? ナグモはあれこれと余計な心配してるかもしれないけど、ぶっちゃけ今更遅いと思うわよ。ここだけじゃなくて教室でもなんだかんだ話してるわけだし」
確かに休日コウガミと一緒に居るところをクラスの男子に見られたら、と考えたりもしたが……冷静に考えてみるとコウガミの言うとおりである。嫉妬めいた感情を抱いている連中はすでに存在しているのだから、下手に考えずに行動を決めた方がいいかもしれない。
別にコウガミのことは嫌いではないし……むしろ美人で巨乳、ガンプラ好きと俺のような男子からすれば理想の存在なのだから。まあ胸の大きさとかに関してはそこまで重要ではないが……
「あの……イチャつくなら他の場所でやってくれませんか。視界に入る場所でされると気が散るのですが」
「あら、もしかして妬いてる? ヒョウドウもナグモとデートしたかったり……」
「コウガミさん……ケンカを売ってるんですか? いいですよ、武装の製作は終わってませんがそのケンカ買ってあげます」
ガンプラバトル部が活動を始めてから早い段階で分かっていたことだが、コウガミとヒョウドウはあまり相性が良いとはいえない。バトル中やバトル後ならまだいいのだが、今日のように普段のテンションで会話をしているとこのような展開になってしまう。
――というか、ヒョウドウって見かけによらず意外と好戦的なんだよな。今回の場合はコウガミが悪いわけだが、日によっては逆にヒョウドウがコウガミを挑発したりするし。1回バトルしたらとりあえず落ち着くだろうし、それまでジュースでも買いに行ってようかな。
そんなことを思った矢先、不意に扉をノックする音が耳に届いた。その直後、扉が開かれると共にスーツを着た小柄の女性が入ってくる。流星学園ガンプラバトル部の顧問である山田真綾先生だ。言ってはなんだが、童顔ということもあって子供が背伸びしているようにも見えなくもない。
「み、みなさん、お疲れ様です!」
「先生、あたし達とは何度も顔を合わせるんだからもう少しリラックスしよ」
「は、はい……すみません」
コウガミは別に責めてはいないのだが……。
というか、よく山田先生は教師を目指そうと思ったものだ。個人的にこの性格では問題児の相手をしなければならなくなったとき、泣きそうな気がしてならないのだが。
「いや別に謝らなくても……」
「コウガミさんの言い方に問題があるのではないですか」
「は? あたしは普通に話してたでしょ」
「あなたはご自分が思っているよりも目が怖いですし、強気な性格も相まって声色も高圧的ですよ」
「――っ、あんただって目は冷たいし、声色だって淡々として機械みたいじゃない。あんたの方が怖いっての!」
山田先生の登場で沈静化するかと思ったふたりのケンカは一瞬にして再び幕を開ける。
俺はこの光景に慣れつつあるので問題ないが、気の弱い山田先生はパニックを起こしかけてあわあわしている。まあそんな状態でもふたりのケンカをやめさせようとするあたり、もう少し肝が据わればより良い先生になるのだろう。
「ふ、ふたりともケンカはやめてください。ふふふたりは同じ部活動に励む仲間じゃないですか。ケンカは良くないです! ……って全然聞いてくれない。……あっ……ナグモくん、黙って見てないでふたりを止めるの手伝ってください!」
「先生、触らぬ神に祟りなしです」
「ナグモくん……それはそうですけど、わたしは教師なんです。放っておくのは不味いんですよ!」
そのとおりではあるが、なればこそ自分の力で止めるべきだろう。一般的に生徒が止めに入るよりも教師が止めに入った方が状況は沈静化しやすいのだから。場合によっては教師が介入しない方が良い時もあるだろうが、今回はそのケースではないだろう。
「それにお客さんを連れてきてるんです。ふたりが落ち着いてくれないと中に入れれません!」
俺としては先生にも落ち着いてもらいたいんですが。ふたりと同じくらい大きな声を出してますし。
と思いながらもコウガミ達が静かになれば山田先生も大人しくなるだろうと、俺はコウガミとヒョウドウの間に入ることにした。どちらかの味方をするつもりか、私達の邪魔つもりかといった鋭い視線をダブルで送られる。どっちが怖いだの言い争っているわけだが、客観的に言えばどちらも怖い。
しかし、口論に割って入った経験は過去にもある。またコウガミ達は完全に頭に血が昇っているわけではない。口論をするようになったのはある意味壁がなくなったとも言えることだ。
そう自分に言い聞かせながら部室の前に客人が居ることを説明すると、彼女達は少し膨れっ面のままではあるが口を閉じた。すると山田先生は笑顔になり、一度部室から出ると客人を連れて戻ってくる。服装はここの制服なので流星学園の生徒のようだ。
「……え」
山田先生と一緒に入って来た女生徒を視界に納めた時、俺は自然と声を漏らしていた。
端正な顔立ちだけでなく桃色の髪と青色の瞳が目を惹く。体つきも女性らしく醸し出している雰囲気も実に落ち着いたものだ。おそらくこの学校に居る大半の男子は彼女を見た瞬間に何かしら反応をするだろう。
だが俺が声を漏らしたのは入って来た女生徒が人の目を惹く外見をしているからではない。いやこれも理由にはなるだろうが、それ以上にヨーロッパで生活していたときに交流があった人物だということが大きい。
「フェルト……なのか?」
俺の声に女生徒は反応し、視線をこちらに向けた。直後、彼女の目は大きく開かれ俺と同じようにポツリと言葉を紡ぐ。
「……キョウスケ」
どうやら目の前に居る人物は、俺のよく知る人物で間違いないようだ。
フェルテシア・クライヴ。俺がヨーロッパに渡った間もない頃に出会ったガンプラビルダーであり、俺にガンプラ製作の技術を教えてくれた人物でもある。云わば彼女が居たからこそ今の俺が居ると言っても過言ではない。
ちなみに俺がフェルトと呼んでいる理由は、彼女の名前にフェルという言葉があるのに加え、容姿がガンダムOOに出てくるフェルト・グレイスというキャラに似ているからだ。
誤解がないように言っておくが、最初にフェルトと呼び始めたのは俺ではなく彼女の友人だ。その流れで俺も言うようになっただけであり、他意は存在していない。
「ナグモくん、クライヴさんとお知り合いなんですか?」
「え、えぇ……俺は少し前までヨーロッパの方に住んでましたから。そのときに……」
「おぉーそうだったんですね。だったらあとのことはナグモくんに任せたほうが良い気がします」
「はい?」
「えっとですね、簡潔に説明するとわたしは転校してきたばかりのクライヴさんに学校を案内していたのです。案内している内に彼女がガンプラに興味ということが分かり、休部だったガンプラバトル部が再始動したと話したところ見学したいということになったのです。わたしとしては最後まで案内したいのですが……何分ここに来るまでに時間をかけ過ぎちゃいまして。恥ずかしながら職員会議の時間が迫ってまして……というわけであとのことはお願いします!」
山田先生はこちらに有無を言わせず颯爽と去って行ってしまった。普段からそれくらいハキハキしていればいいのではないか、などと思ってしまった俺は悪くないだろう。
なんて現実逃避をしている場合ではない。
正直に……現在の状況は非常に不味いと言える。もし俺がフェルトと知り合いでなかったならば、おそらく部員の中で最もフレンドリーなコウガミが話しかけていただろう。
だが現実は俺とフェルトが知り合いということをコウガミやヒョウドウは感じ取っている。俺達の関係を気にしてか口を開く様子はないため、俺が事を進めるほかにない。しかし……ヨーロッパに居た頃にはない緊張感が俺を襲っているのだ。
――何でこうも緊張しているんだ……確かに髪形をショートとかにしているから記憶にあるフェルトとは違いはするが。だが別に嫌な別れ方をしたわけでもなければ、別れてから長い月日が経ったわけでもない。むしろフェルトは俺にとって最も親しかった異性のはず……。
「えっと……転校生が来るとは聞いてたけど、フェルトだったんだな」
「う、うん……その……急に仕事の都合で日本に引っ越すことになって。……キョウスケと同じ学校になるとは思ってなかったけど」
「あ、あぁ……そうだろうな」
互いにこんなところで再会するとは思っていなかったせいか、会話が実にたどたどしい。知り合いであるはずの俺達でさえ妙な気まずさがあるせいか、フェルトと初対面のふたりは俺以上に感じるものがあったらしく、閉ざしていた口を開き始める。
「ちょっとナグモ……あんたはこの子のこと知ってるようだけど、あたし達は知らないんだけど」
「勝手に一括りにしないでください。私は彼女のことをあなたよりは知っています」
「何でよ? あの子もヨーロッパでは有名人なわけ?」
「いえ、単純に私のクラスに転校してきたからです」
思わずズッコケそうになってしまったが、どうにか耐えることが出来た。
一応フェルトはヨーロッパではそれなりに有名なビルダーのだが、どうやらヒョウドウの知っている海外の情報はファイターが主らしい。まあフェルトの大ファンだとかハイテンションで言い始める……みたいな展開の方が困惑したとは思うが。
「ナグモさん、何をぼけっとしているのですか。この中で全員と繋がりがあるのであなただけです。あなたが進めなくてどうするんですか」
「あ、あぁそうだな。えっと……こっちの黒髪の子がヒョウドウ、あっちの金髪の子がコウガミだ」
「同じクラスではありますが、ちゃんと挨拶するのは初めてになりますね。ヒョウドウ・トウカです、よろしくお願いします」
「あたしはコウガミ・アリサ、よろしくね」
「あ……はじめまして、フェルテシア・クライヴです。こちらこそ、よろしくお願いします」
自己紹介を済ませたことで全体的に幾分か緊張が和らいだのか、同性ということで抵抗が小さいのか女性陣の口数は自然と増えていく。
「さっき先生が言ってたけど、クライヴさんってガンプラに興味あるの?」
「は、はい。バトルは苦手なので作る方をメインにしてますけど」
「へぇー、どんなガンプラ作るの?」
「えっと……色々作りますけど、1番多く作ったのはOOシリーズだと思います。キョウスケと一緒に作ったりしてましたから」
フェルトがさらりと言った言葉に俺はGNソードで貫かれたような衝撃を受ける。
そこでそういうのは不味いんじゃないかな、いや考えるまでもなく不味いだろ。コウガミの目の色が変わってるし……ヒョウドウの方も何だか目つきが違うような。嫌な展開になりそうでならない。
「ほほぅ……ねぇクライヴさん」
「何?」
「クライヴさんってナグモの元カノだったりする?」
「え……そそそんなことないよ。キョ、キョウスケと付き合った覚えとかないし。キョウスケはその……ただの友達だから!」
ただの……友達だと。グフッ……!
なんてなったりはしない。実際にフェルトの言うように俺と彼女の関係は友人の枠から出たことはない。一緒にガンプラを買いに行ったり、ガンプラを作ったりしたことはあるが……人によっては付き合ってるように見えた可能性は否定できないが、あえて言おう友人であると!
「本当に? 元カノとかはともかく何かしらあるんじゃないの。お互いに意識してるみたいだったし。ねぇヒョウドウ」
「ここで私に振るんですか? まあクライヴさんはナグモさんを下の名前で呼んでますし、ナグモさんもクライヴさんを愛称で呼んでますから可能性は否定しませんが」
ヨーロッパに渡って間もない頃から最近まで交流があったんだから呼び方がそういう風になるのはおかしいことじゃないだろ。
「お前らな、3年くらい付き合いがあればそれなりに親しくなるのは当然だろ。変な疑いを持つな」
「へーナグモってそういう顔もするんだ」
「当たり前だ。出会って間もないお前よりもフェルトの味方をするに決まってるだろうが」
「ふーん……まあそういうことにしといてあげる。その方があたしとしても都合が良いしね。さすがに人の彼氏を奪う趣味とかないし」
……何だろう。もの凄くまた面倒な展開になりそうな気がしてならない。
「え……あのコウガミさん、それってどういう」
「うん? 簡潔に言えば、あたしがナグモをデートに誘っても問題ないみたいな」
「えっと……そういうことに私はあれこれ言える立場じゃないですし、キョウスケに特別な相手がいないのなら問題ないんじゃないかと」
「なあヒョウドウ……面倒な流れに乗ってしまっているように感じるのは俺の気のせいか?」
「気のせいではないと思いますよ。ただ……ここであなたが迂闊に言葉を発すれば、高い確率でより面倒な方へと進んでしまうと思いますが」
「だよな……しばらくどっか行ってていいか?」
「私は構いませんが、十中八九あとで面倒な目に遭うと思いますよ」
つまり、俺はこのまま黙って流れに身を任せるしかないと……さあて、フルクロスのメンテでもしますかね。……山田先生、覚えてろよ。今度何かあったとき助けに入ったりしないからな。
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