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本当(ウソ)のような嘘(ホント)のハナシ

作者:ぽんす
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物語
  【短編2】地球が何回まわったとき?

 
 部室の扉を開けて私は驚いた。
「あれ?先輩がいる」
「・・・自分が所属している部活の部室に、部員がいたらいけないの?」
少しふてくされた様子で、前髪で隠れた細い目でこちらを見てきた。
その様子を見て私は慌てて、違う違う、と弁明する。
「今日は月に一度の大掃除の日じゃないですか。まだ終わる時間でもないと思ったので」
私の学校には月に一度、不平不満が満載の大掃除デーがある。
これが6限終わってクタクタの放課後にするもんだから性質(たち)が悪い。
体育があった日には、それは悲惨なものである。
そんな私の言葉に、先輩は、あぁ、と納得した声を出したかと思うと、すぐにまた怪訝な顔をした。
「それじゃ、君はなんでここにいるの?」
自分が所属している部活の・・・、まで言ったところで先輩がまた不機嫌そうな顔をしてきたため、その台詞は切り捨てた。
最近気づいたのだが、先輩は何を考えているかわからないようで、まったくそんなことは無い。
思っている以上に顔に出るタイプなのだ。ただし、嫌だと思ったときだけ、というひねくれ方はしているが。
「私は早く終わったんですよ。1年生は校庭の草取りだったんですけど。ほら」
そう言って、窓の外を指差す。そこには先ほどから降り始めた雨が窓を叩いていた。
3年生は校内の掃除だったはずなので、雨の影響は受けることはないだろう。
そんなことを考えていると、先輩は雨音に消されそうなほどの声を出した。
「・・・逃げてきた」
なんて人だ。
先輩は少しの悪気もないようで、いつものように紙にペンを走らせ始めた。
「わーるいんだ、わるいんだー。せーんせいに言ってやろー」
「君は小学生か」
「掃除サボるほうが小学生だと思いますけど」
ちょっとした悪戯心からの台詞だったが、言い返されると言い返したくなるもので、お互いを睨み付ける時間が続いた。
そんな幾ばくかの言い合いの後、先輩は大きなため息をつき、いつもの台詞を口にする。
「いいだろう。そんな小学生な君にぴったりの物語を話そうと思う」
ただし、ふてくされた顔で。



 「誰が?どこで?何年?何月?何日?何時?何分?何秒?地球が何回回ったとき?」
一度は誰でも聞いたことのあるフレーズではないだろうか。
多くは、小学生のとき、友人をからかったり、また、小学生なりの保身の方法として使用されているフレーズだ。
だけど、僕の小学校では意味が全然違った。
ケイタ君がいたから。

 ケイタ君には不思議な能力があった。
彼に「誰が?どこで?何年?何月?何日?何時?何分?何秒?地球が何回回ったとき?」と聞くとその答えが返ってくるのだ。
答えが返ってくると言っても、適当なことを言われるわけではない。
実際に尋ねた出来事が起こっていた場合、それが起こった人物、場所、時の答えが本当に返ってくるのだ。
地球が何回回ったとき、なんてものは圧倒的な天文的知識が必要となるため、本当に正しかったのかはわからないが、
それすら答えるところに小学生の身としては尊敬の念、はたまた畏怖に近いものを感じていた。 
それでも嘘を並べているのだろう、と考えるのは至極当然で、何人かがケンタ君の知りえない情報の問いかけをするのだが、見事に回答される。
意地っ張りのガキ大将が、俺が昨日風呂に入った時間は?と問い詰めた結果、
お母さんと入っていた、と言う情報まで開示され、みんなからからかわれるという墓穴を掘ったこともあった。
 ある日、学校の帰り道から少し外れた商店街で買い食いをしているところを先生に見つかったことがあった。
その見つかった先生が厄介な相手で、説教を始めると軽く30分は越える煩い先生だった。
その日はこってりと絞られ、岐路に着くことになったのだが、その途中、悪知恵の働く友人が、そうだ!と口を開いた。
「ケイタ君にあの先生が次にいつ商店街に現れるのか聞いてみよう。その時だけは商店街に近づかなければいいんだよ」
確かにいい案に思った。しかし、いつもケイタ君に尋ねる内容は過去に起こったことしか聞いたことが無かったので、
未来に起こりうることを聞いても答えられるのだろうか、と疑問に思うところもあった。
次の日、ケイタ君は僕たちの問いかけにきちんと答えてくれた。
尋ねたちょうどその日の夕方に先生が商店街にいるという。
その日は漫画の発売日でもあったので商店街に寄りたかった。本当に現れるのだろうか、という疑惑もあったが、
ケイタ君が言ったことが外れたことは無かったのでその日はしぶしぶ家に帰った。
その次の日、隣のクラスの生徒で、夕方に商店街で先生に見つかって説教を受けたと言う噂が耳に入った。
ケイタ君はやはり正しかったのだ。
それから、学校から帰るときにはケイタ君に先生が現れるかを聞いて帰るのが日課になった。
問いかけたその日の夕方を答えるときもあれば、翌日と答えるときもあった。
そうして、先生が商店街を見回らない日を狙って友達と遊んで回ったのだった。
 幾日か経ったある日、僕は母親に、学校帰りに買い物をしてくるよう頼まれた。
お手伝い、と言う名目もあるので、見つかってもいくらでも言い訳できるが、
前に一回見つかった事もあり、次は目をつけられそうな気がしていたのだ。
そこで、いつも通りにケイタ君に問いかけてみた。
「先生が次に商店街に現れるのは、何年?何月?何日?何時?何分?何秒?地球が何回回ったとき?」
ケイタ君は、少し首を捻って一言だけ、わからない、と答えた。
ケイタ君がわからないと答えたことは今まで一度もなかったのでそのときは驚いた。
これでは商店街で先生に会ってしまうかもしれない。
親のお使いとは言え、あの先生に見つかると目をつけられて厄介だな、と思いながらも、
母親に怒られるのも同じくらい嫌だったので、先生に会いませんように、と学校帰りに商店街に向かった。
その望み通り、その日先生に会うことは無かった。
ホッと胸を撫で下ろす一方、少し不思議だった。
今日現れないにしても、明日以降の日付をいつも教えてくれていたからだ。
なんでだろう、と思いながらもその日を終えた。
 その翌日、先生が死んだことを知らされた。
居眠り運転で交差点に突っ込んできたトラックに轢かれたらしい。
詳しいことはわからないが、それはいつもの見回りとして商店街へ向かう夕方の話だったらしい。
先生は商店街に来られるはずがなかったのだ。
ケイタ君は本当に「わからなかった」のだ。
 それから、僕はケイタ君に問いかけるのをやめた。
もし、問いかけて「わからない」と言われてしまったら、と考えると・・・。



 「え、なんで、わからないって言われたらダメなんですか?」
私は首を捻って先輩に尋ねる。
「そんなんだから、君は小学生なんだよ。よく考えてごらん」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、先輩は鼻歌混じりで紙にペンを走らせ始めた。
逆に私は、また小学生扱いされたことでイラっとしていた。
どうやら、どこへ行ったのかと思っていた先輩の不機嫌は、私の元に来ていたようだ。
私がなんて言い返そうかと言葉を選んでいたとき、何かを思い出したように先輩が口を開いた。
「そういえば、君、前貸した100円返してよ」
その言葉に苛立ちがすっと引くのを感じた。
先輩、覚えてたのか。
「か、借りましたっけ?」
「貸したよ。財布忘れたから、って」
そう言いながら、右手を私のほうへ差し出し、手のひらをグーパーグーパーと動かしている。
今月は友人とスイーツ食べ歩きツアーを敢行したしたことから、今は100円ですら惜しい。
「やだなぁ、いつ借りたんですか。何月?何日?何時?何分?何秒?地球が何回回ったとき?」
「6月10日12時11分56秒地球が1兆6790億73万5755回まわったときだよ」
先輩は間髪を入れずそう答えた。
・・・先輩、覚えてたのか。
雨はまだ降り続きそうだ。
  
 

 
後書き
インフルエンザにかかってました。 
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