雲は遠くて
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104章 信也と竜太郎、芸術や僧侶の良寛を語り合う
104章 信也と竜太郎、芸術や僧侶の良寛を語り合う
2月13日、土曜日。朝から晴天で、気温は22度ほど、春が来たようである。
午後の4時過ぎ。川口信也と新井竜太郎のふたりは、
行きつけのビアバー、ザ・グリフォン(The Griffon )の、9席あるカウンター
で、生ビールを飲み始めている。
ザ・グリフォンは、20種以上のクラフトビール(地ビール)を用意する
渋谷駅から歩いて3分の、 幸和ビルのB1Fにある、39席の、落ち着いた雰囲気のいい店である。
「竜さんとこは、最近の売り上げとかは、どうですか?」
「まあまあ、ですね。それでも、売り上げはジワジワと右肩上がりで、順調ですよ。
おかげさまでね。あっはは。しん(信)ちゃんのところは、どうですか?」
「おれのところも、まあ、順調といっていいんでしょうかね。
お客さんは、みなさん、出費を抑えているようですけど、みなさん、店を利用してくださっています」
「モリカワさんと、うちのエタナールとで、芸術家志望の青少年たちを支援をする、
慈善事業を共同でやっているとかの友好関係は、
同じ外食産業の会社としては、通常ありえないものですから、なぜなのだろう?とか、
雑誌や新聞やテレビでも、話題を集めて取り上げられてるしね、
・・・その結果、いい宣伝にもなって、
世間からも、好意的なイメージに受け取れているんですよね。あっはは」
「まったくですよね。それを1番最初に企画した竜さんの先見性には、
おれは今も感心するんですよ。あっはは」
「たいしたことじゃないですよ。なんでも、1番先に始めれば、注目されるだけのことです。
スティーブ・ジョブスも言っているじゃないですか。『ゼロは積み重ねても10にはならない。
創造力とは、いろんなものを結びつける力だ。』ってね。あっはは」
「うーん。確かに、その通りですよね。竜さん。あっははは。
・・・ところで、竜さん、最近、『ルノワールは無邪気に微笑む』っていう本を読んだんですけどね」
「あっはは、『ルノワールは無邪気に微笑む』ですかぁ!?きっと、しんちゃん、
あのマンガ家の青木心菜ちゃんからでも、その本を勧められたんでしょう?」
「まいったなぁ、竜さん。そうなんですよ。さすが、竜さん、すごい勘のよさですね。あっはは」
「だって、今やすごい人気の青木心菜ちゃんのマンガは、マンガ界のルノワールって、
いわれているくらいじゃないですか。あっはは。おれも大好きですよ。
彼女の繊細な絵のタッチとかは。
そうか、しんちゃん、心菜ちゃんともうまくやっているのかぁ。それはよかった!あっはは」
「いやいや、おれには、詩織ちゃんがいますから、そんなに深い付き合いはないですよ。
あっはは。まあ、『ルノワールは無邪気に微笑む』を書ている千住博さんが、
こんなことを言っているんです。
≪芸術とは、イマジネーションをコミュニケーションしたいと思う心のことです。
つまり芸術とは、気持ちを伝える行為そのもののことなのです。
つまり、人間は本来、みんな芸術的な存在なのだということです。≫とか・・・。
それで、千住さんは、われわれ、人類の歴史を、戦いの歴史だったととらえているようで、
この文章の終わりを、こんなふうにまとめるんです。
≪戦いの歴史とは、そんな《この体験のために芸術家でなくなってしまった人びと》の
歴史なのかもしれません。みんなが失った芸術性、
失いつつある芸術性を回復できればと思います。≫って言ってました。
おれも、人間は、みんな自然の美しさとかに感動できる詩人のはずだって思っているほうなんで、
千住さんのこの考え方には共感するんですよ。」
「なるほど、千住さんっていえば、ヴェネチアのビエンナーレの絵画部門で東洋人として、
初めて優秀賞を受賞した、すばらしい日本画の芸術家ですよね。
おれも、千住さんのお話には共感しますよ」
そう言いながら、竜太郎は、カウンターの中のバーテンダーに、
ビールをまた1つ注文する。
「どんな子どもや赤ちゃんも、最初はみんな、心も澄んで、きれいなはずですもんね!」
そう言って、信也は、揚げたての鳥の手羽を、おいしそうに頬張る。
「人は、子どもからオトナへと、生きているうちに、美しいものを美しいと思う心さえ、
忘れ去ったりする場合もあるんだろうね。しんちゃん。
その原因は、世の中にある、競争や戦争や、
いろいろな生きるための厳しさもあったりするんだろうけどね。
この前、NHKのEテレの『100分 de 名著』を見ていたんだけど、
日本の僧侶で、誰もが知っている有名な良寛さんの詩歌とかを
特集していたんだけどね。しんちゃんも見てたかな?
その中で、良寛さんのこんな言葉があったんだよ。
≪暮らしのために生きることをやめ、世捨て人になってみて、初めて月と花を楽しむ、
ゆとりをもって生きることができました。≫とかね。
あと、
≪花は無心で蝶を招いているし、蝶も無心で花を招いています。
花が開くと、蝶がやってきます。蝶が来たときは、花は共鳴するように開きます。
同様に、わたしも相手のことを気にしないまま、あるべきように対応し、
相手もわたしに無理に合わせるのでもなく、
その人なりに自由に振る舞って、
お互いに人としてあるべき、
自然の法則にしたがって、楽しんでいます。≫とかね。
なんて言ったらいいんだろう、しんちゃん。
この良寛さんの言葉って、詩のようなものなんだろうけど、
人間の、自然への対応の仕方とか、考えかたには、
現代人のおれたちでも、感動しちゃうよね。
えーと、たとえば、花は女性で、蝶は男って感じで、楽しく人生を送れたら、
それも理想じゃないかな?しんちゃん。あっははは」
「またまた、竜さん、笑わせてくれますね。
でも、そんな男女も確かに、理想なのかもしれませんよね。
おれも、あのEテレの良寛さんは録画してましたよ。
良寛さんの作る詩は前から好きなんですよ。
1758年生まれだから、もう250年も前の人になるんですね。
徳川幕府の江戸時代の人ですよね」
「きっと、良寛さんは、僧侶として、大変な修行をしていたから、
あんな悟りのような境地の、深い言葉や詩を残せたんですよね、しんちゃん」
「ええ、おれたちよりも、もっと真剣に人生や自然を見つめてんでしょうね。
子どもたちと、無心になって、遊ぶことが大好きな良寛さんかぁ・・・」
≪つづく≫ --- 104章 おわり ---
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