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魔女将軍

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8部分:第八章


第八章

「どうやら」
「結核ですか」
 司祭は結核と聞いて首を傾げすにはいられなかった。実際に首を傾げていた。
「それはどうも」
「おかしいですか」
「はい。あの方はですね」
 そしてホプキンズのことを彼にも語るのであった。
「非常にお元気でした。顔は赤々としていて」
「赤々とですか」
「そうです。とても結核には見えませんでした」
 まずはホプキンズの顔を思い出しつつ述べるのであった。
「咳もありませんでしたし」
「咳もですか」
「していた記憶はありません」
 これは重要な言葉であった。何故なら結核患者の特徴として咳があるからだ。だがホプキンズはその咳をしていなかった。非常に重要な言葉である。
「おかしいですね」
「そうなのですか」
「咳をしていなかったのです」
 また僧に答える。
「それで結核ですか」
「考えてみればおかしな話ですね」
「何はともあれあの方は死なれたのですね」
「はい、どうやら」
 また司祭に答えるのだった。
「これも聞きなおしておきます」
「わかりました、では宜しく御願いしますね」
「ええ」
「若しかしたらです」
 ここで司祭はぽつりと呟いた。
「若しかしたら」
「若しかしたら?」
「いえ、憶測は止めます」
 だがそれ以上言うのをここで止めたのだった。
「憶測は己の中で止めしかも深く入ってはならないものですから」
「左様ですか」
「とにかく今はもう一度そのことについて聞いておいて下さい」
 また僧に告げる。
「御願いしますね」
「わかりました」
 こうして僧はまたホプキンズの死について聞くことにした。それからまた暫くして僧はこの日もまた礼拝堂の掃除をしている司祭に対して言ってきた。
「あのですね」
「あの方のことですね」
「はい、そうです」
 僧はまずは司祭に対して一礼した。態度は若い僧が司祭に対するのに相応しいおずおずとした礼儀正しいものであった。ここに彼の人柄が見られた。
「あれからもう一度聞いてきましたが」
「それで何がわかりましたか」
「あの方が死んだのは間違いないです」
「そうですか」
 司祭はそれを聞いてまずは納得するのですか。
「それは間違いないのですね」
「はい。既に葬儀も埋葬も終わった後です」
 こう司祭に告げた。
「もう。既に」
「左様ですか」
「そしてです」
 僧はさらに言うのだった。
「結核についてですが」
「それはどうでしたか」
「疑わしいですね」
 ここではこう答えた僧であった。
「それもかなり」
「というとやはり」
「咳をした時を見たという方はおられませんでした」
 かなり貴重な証言だった。
「誰一人として」
「そうですか、これは私の予想通りですね」
「詩かも顔も赤々とされていたとか」
「死ぬ間際までですね」
「それも間違いありません。やはりそれも皆が言っています」
「では結核でないことは間違いないですね」
「そうかと。ですが」
 そして僧の目が光った。今この時に。
「ですが?」
「遺体はかなり無残だったようです」
 意外な証言であった。少なくとも彼の勘に触れるものであった。
「それについてもお話しましょうか」
「是非」
 すぐに僧に対して答えた。
「御願いします。どうした有様でしたか」
「かなり膨らんでいたそうです」
 最早確実に結核ではないことがわかる話であった。
「それこそ毬の様に」
「毬ですか」
「おまけに肌のあちこりはふやけて破れていたそうです」
「肌が?」
「そうです」
 また司祭に対して答える。
「しかも服はあちこちが濡れていたそうです」
「ふむ、そういうことですか」
 司祭はここまで聞いてあらためて納得した顔で頷くのだった。
「やはり。そうでしたか?」
「!?司祭様」
 僧は今の司祭の納得した顔を見て問うのであった。彼は司祭のその納得した顔とは正反対に怪訝な顔になっていた。その顔で問うたのである。
「何かおわかりですか」
「まさに天罰です」
 司祭の最初の言葉はこうだった。
「天罰です、これは」
「天罰とは」
「魔女の審問でありますね」
 今度は魔女の審問を言葉に出すのであった。
「魔女の!?」
「そうです。水に投げ込む」
 これであった。その縛り上げたうえで水の中に放り込み浮かべば魔女、沈めば魔女ではないと確かめるものである。どちらにしろ死ぬものである。
「それなのですよ」
「といいますと?」
「あの方はそれを受けて死んだのです」
「受けてですか」
「そう、因果応報です」
 こうも言ってみせたのだった。
「全ては。その結果です」
「世の中。報いは確実にあるのですね」
「その通りです。悪には悪」
 司祭の言葉は続く。
「全てはその定理に基いています」
「そうですね。それではそれを肝に銘じて」
「生きていきましょう」
 その言葉に頷き合う二人であった。ホプキンズは謎の死を遂げた。それが実際に報いであったのかどうかは公式の資料ではわかりにくい。だが彼を知る者は皆それが報いだったと言う。現実はどうだったかはわからない。しかし若しそれが真実だとしても。それは誰にも疑えないものがあった。現実の中に。


魔女将軍   完


                  2008・8・28
 
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