魔女将軍
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4部分:第四章
第四章
「ホプキンズ殿」
「むう・・・・・・」
「何処に行かれるのですかな」
穏やかな笑みで彼に問う。
「果たして何処に。行かれるのですかな」
「いえ、別に」
そのバツの悪い顔で答えるしかなかった。
「私は別に」
「そう、何もありませんな」
このこともはっきりと言う博士であった。
「何もない筈。そうですな」
「ええ、それは」
「ではこちらに残っていて構わない筈」
こう彼に告げた。
「ですから。宜しいですな」
「・・・・・・わかりました」
観念したように司祭の言葉に頷いた。人々は何故彼がそんな顔になったのかやはりわからなかった。だが司祭はそれがはっきりとわかっているようであった。
「何かおかしくないか」
「ああ、確かにな」
人々は顔を見合わせて言い合う。
「どうしてあの針が引っ込んだんだ?」
「しかもホプキンズ殿はあんなに狼狽されて」
彼の狼狽はさらに激しいものになっていた。人々はそれを見てさらに奇妙に思うばかりであった。それは互い絡み合い深まっていっていた。
「おかしい」
「ああ、おかしいな」
「そう、おかしいのです」
司祭はここぞとばかりに言い切ってみせた。
「つまりこの針で刺せば適当な場所で針を出すことができますな」
「ええ、まあ」
「そうです」
人々はそれがおおよそわかってきた。
「そうだよな。自由に針を出し入れできるのだから」
「というとだ」
彼等も答えが次第にわかってきたのだった。そのうえでホプキンズを見やる。
「まさか」
「これは」
「そのまさかではないでしょうか」
司祭は人々の疑問に答えるようにして今の言葉を口にしたのであった。
「考えて下さい。この針は何の為にあるのか」
「その針は」
「こうして好きな時に出し入れできます」
実際に針を出し入れしながら見せてみせる。それは当然ながら人々の目に入り彼等の考えをさらに固めさせることになるのだった。
「例えばただの痣やシミで引っ込めれば」
「そうだよな」
「それだけでな」
「そして使い魔もまた」
今度は話を使い魔に戻してきた。
「よくお考え下さい。蝿です」
「蝿ですか」
「他には蚊や犬や猫ですか」
「ホプキンズさんはそう仰っていました」
「確かに」
人々はホプキンズの話をよく覚えていた。ここでは彼がしたり顔で彼等に対して説明をしたことが仇になった形となってしまっていた。
「そんなものは何処にでもいませんか」
「何処にでも?」
「そうです、蝿です」
また蝿について言う。
「蝿なぞ何処にでもいますな」
「ええ、まあ」
「蝿なんか何処にでも」
「蚊にしろそうですな」
「俺昨日刺されたぞ」
「赤くなってるな」
人々のうち一人が右腕をかいていた。見れば確かに刺されて赤くなっている。どう見ても蚊に刺された後である。確かに蚊もまた何処にでもいるものだ。
「そんな虫がいれば蜘蛛もまたいる」
「ええ」
「蜘蛛の好物は蝿や蚊なのですからな。つまり何処にでもいるものです」
「そうだよな、それは」
「結局何処にでもいるな」
周りで言い合う。
「そんな虫なんてな」
「ああ、そういえばだ」
人々は虫についてわかったところでさらにもう一つわかったのだった。それは。
「犬や猫にしろそうだよな」
「犬なんてそれこそな」
番犬である。これまた大抵の家にいるものだった。
「うちの猫なんか三匹もいるぜ」
「御前のかみさん猫好きだからな」
「鼠捕まえるから助かるんだよ」
「そうそう」
「犬や猫もそうです」
司祭はまたここで言うのだった。絶好のタイミングであった。
「やはり何処にでもいるものですな」
「はい、確かに」
「というとやっぱり」
「その通り。どうとでも言えるもの」
はっきりと言ってみせたのだった。
「この様なことは。本当にどうとでも」
「針もそうだし使い魔も」
「ああ、そういえば他にもあったな」
「他にも?」
「ほら、あれだよ」
彼等は魔女狩りとその取り調べにおいて実に有名なあることを思い出したのだ。このことは魔女について誰もが知っていることであった。
「魔女を水に放り込むよな」
「ああ、あれか」
「浮かんだら魔女だっていうやつだな」
「それもです」
司祭はそれについても言葉を入れてきた。やはり絶好のタイミングであった。
「沈んだら魔女ではないのですな」
「ええ、そう言われています」
「縛り上げて放り込んでいますけれど」
これもまた魔女の審問においては常である。泳がれては何にもならないからだ。
「それで沈んだら当然死んでしまいます」
「はい」
「そして浮かんだならば」
「魔女です」
「違うのですか?」
「そもそも魔女ならば簡単に縄なぞ抜けられませんか」
「んっ!?」
皆ここで司祭の言葉にはっとするのであった。そうなのだ、魔女は魔術を使うものだ。それならば縄なぞ当然の様に抜けられて当然だ。彼等はこのことに気付いたのだ。
「そういえばそうだよな」
「何せ魔女だぞ」
それぞれ顔を見合わせて言い合う。とんでもないことに気付いた顔であった。
「やっぱりそんなことは」
「普通に抜けられる筈だな」
「その通りです。つまりは」
「水もインチキなのか」
「そういうことになるな」
「さて、ホプキンズ殿」
ここでまたホプキンズの顔を見る司祭であった。彼はホプキンズを問い詰める目をしておりホプキンズの顔は蒼白になっている。実に好対象であった。
「貴方は多額の報酬を受け取っていますね」
「寄付です」
「ですが受け取っておられます」
言い繕いを許さずさらに問い詰めていく。
「それは間違いないですね」
「はい・・・・・・」
「そしてこの針は明らかにインチキです」
また針を出し入れしつつ見せる。確かにこの針がインチキであることは最早誰の目にも明らかであった。強調してもし過ぎることはなかった。
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