魔女将軍
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1部分:第一章
第一章
魔女将軍
「あいつは弁護士なんかじゃない」
今でもよく使われている言葉である。
今はここにそれこそ様々な罵倒文句がついてくる。これはおそらく昔も同じであろうがかつての欧州では弁護士に名を借りたとんでもない輩もいた。これに関しても同じではないのかという言葉があるであろうが少なくともそれが魔女狩り業者であったというのは欧州だけであろう。
魔女狩りが盛んであったのは大体ルネサンス辺りから十八世紀までであったとされる。だが十九世紀でもあったし恐ろしいことに二十世紀、しかも第二次世界大戦まであるにはあったという。これが共産主義者の人民裁判等に変わっただけだと考えれば東欧にも残っていた。
この魔女狩りというものがどれだけおぞましいのかは言うまでもない。だが本当におぞましいのはそれを生業としている者であった。十七世紀中頃のイギリス、丁度この国が内戦で騒がしかった頃に一人の男がいたのであった。
男の名はマシュー=ホプキンズ。整えた口髭と顎鬚を生やした冷酷な目をした男でありいつもマントを羽織りカラーまで付けた整った服を着ていた。職業は弁護士であるが誰も彼を弁護士とは思ってはいなかった。
「あの人は立派だよ」
「魔女をやっつけてくれるんだ」
そう言われて尊敬を集めていた。エセックスを中心に魔女狩りを行い魔女という存在に怯える人々の救世主となったのである。彼は言うのだった。
「私は魔女から皆様を御救いする為にこちらに参りました」
善人の皮を被り恭しく言うのである。
「忌まわしき者は魔女」
こうも言うのだった。
「奴等を許してはなりませんぞ」
「ですが魔女は何処にいるのかわかりません」
普通の人々には魔女が何処にいるのかさえもわからない。そもそもいるのかどうかわからないし本当にいるとなると魔術でそれを隠す。つまり見つかる筈もないものなのだ。
「何処で悪巧みをしているやら」
「それを見つけて頂ければ」
「私はそれができます」
しかし彼は言うのであった。
「しかも必ずです」
「必ずですか」
「そうです」
断言さえみせるのである。
「まずは魔女の手下を見つけることです?」
「手下?」
「そうです」
善良そうな笑みを浮かべて人々に囁くのである。
「魔女には必ず手下がいます。使い魔が」
「使い魔ですか」
「魔女は悪魔と契約しています」
当時はそうされていた。悪魔が絶対の悪と考えられていた時代だ。キリスト教の教理が絶対でありそれを覆すことは誰にもできなかったし考えられもしなかった。その魔女には使い魔がいると人々に対して力説してみせたのである。
「その契約の証として魔女には悪魔から与えられた小さな悪魔、使い魔がいるのです」
「それが使い魔ですか」
「そう、言うならば悪魔の手足」
彼の舌は実によく動くものであった。
「手足となって動いて悪事を働くのです」
「そんな恐ろしいものが魔女の傍にいるのですか」
「そうです。私はそれを発見することができます」
彼は語る。
「私ならばです」
「先生ならばなのですね」
「ですからお任せ下さい」
恭しく述べる。
「私めに。どうか」
「御願いできますか」
「先生に。その魔女を見つけ出すことが」
「必ず」
敬虔な顔で頷いてみせる。
「ですから。是非」
「わかりました。それでは」
「先生、御願いします」
ここで自然に人々から金を受け取るのだった。彼は何も言わないが人々は魔女を見つけてくれるのならと黙っていても金を差し出したのだ。しかも大金をだ。それだけ魔女が恐れられていたということでもありホプキンズが人の善意を知っていてそれを使っていたということだ。
その彼はまず魔女と思われる人間の家に来ると。すぐ使い魔を見つけ出したのだった。
「これが魔女です」
「これがですか」
「はい、そうです」
彼が見つけたのは蝿であった。一匹の蝿であった。
「この蝿こそが使い魔です」
「何と、蝿がですか」
「悪魔が化けているのです」
はっきりと語ってみせる。その蝿を指差しながら。
「蝿に」
「そうだったのですか。これが悪魔だったのですか」
「蝿になぞ化けていて」
「その通り。魔女は抜け目ないもの」
さりげなく何でも使い魔とみなせることを隠してしまった。
「だから。使い魔をこうして隠しているのです」
「蝿にですか」
「蝿だけではありませんぞ」
ホプキンズはしたり顔で語る。
「蜘蛛にも蚊にもです」
何処にでもいる虫ばかりである。
「他には犬や猫にも化けさせておりますぞ」
「何でも隠せるのですね」
「左様、それが重要なのです」
つまり何とでも言えるということであった。
「ですから。私は常に細心の注意を払って魔女を見ています」
「ではこの女は」
「そうです」
魔女を指差して答えるのであった。見れば何処にでもいそうな老婆だ。腰は曲がり手は皺だらけだ。本当に何処にでもいる感じの老婆である。
「魔女です、間違いありません」
「使い魔がいたからですか」
「それだけではありません。これです」
言いながら出してきたのは大きな針であった。
「確かに使い魔は重要な証拠ですがそれだけで決め付けるのはいけませんぞ」
「いけませんか」
「そうです。決め付けはいけません」
自分がそうであるというのは何処かにやってしまっている。
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